第9話 風呂の作成・内装編

「風呂桶と風呂場は作れると思いますけど、風呂にお湯を入れたり沸かしたりできる人はいますか?」

「魔法について聞いておるのじゃよな? アレッタお嬢様が少し水魔法を使えるが、風呂桶を満たすのは難しかろう」

「あ、いえ、水については昔作った泉の壺があるので問題ないんですけど、加熱が出来るのかな、と」

「……ほう?」

「土魔法の錬成で石の風呂桶を作るとして、火で炙って割れても困りますから、底に鉄板入れて、その下で薪を燃やす方式ですかね?」

「待たれよ。レン殿は泉の壺を個人で所有しておるのか?」


 エドの言葉に、レンは知らない記憶の中を探ってみたが、泉の壺が希少であるという情報はなかった。

 泉の壺は魔術師と細工師と錬金術師が協力して作成する魔道具である。中に魔石が残っているか、魔力が注がれ続ける限り、傾けると真水が出てくるという代物で、この壺を使わないとクリアできないクエストが存在したため、レンはクエストクリアの後、ポーチの中に死蔵していた。

 機能だけ見ると便利そうな魔道具なのだが、泉の壺はとても重く、ウエストポーチからの出し入れにも苦労するほどで、それを使うよりはと水魔法を覚えることを選択するプレイヤーが多かったのをレンは何となく覚えていた。

 ゲーム内の記憶を含め、泉の壺の所持は問題がなさそうだと判断したレンは頷いた。


「昔、ちょっと必要に迫られて作ったのがひとつ、ポーチの中にありますけど?」

「……エルフはどうか知らぬが、ヒトの町や村では泉の壺は貴重品なのじゃよ。魔石が必要なので頼り切ることは出来ぬが、それがあれば水源に問題があってもしばらくは凌げるからの」

「水源に問題って……この土地、水だけは豊富だと思いましたけど?」


 大地の大半は森林地帯で時折大雨が降るし、ちょっと穴を掘れば水が湧いてくるような土地柄で、水に困ることはほとんどない、というのが、ゲーム内でのレンの感想だった。


「まあ、森ばかりで雨も多いから、島のように真水が一切手に入らなくなったりはせぬが、大雨で井戸が濁ることもあるし、魔物の影響で飲めなくなることもある」


 魔物の影響で飲めなくなる、というのがどういう状態か分からなかったレンはとりあえず曖昧な表情で頷いた。


「街に戻ってから、値段が折り合えば譲っても良いですよ。素材はそんな大した物は使ってませんし……それはさておき、洞窟内でも水の供給は可能ですから、外に風呂はやめましょう。危険です」

「そうじゃの。風呂までの移動中を魔物に発見されれば、魔物忌避剤では心許ないのは確かじゃ」


 魔物忌避剤の影響があるため、川原左右の森の魔物に発見される可能性は低いだろうが、川向こうまで魔物忌避剤の効力が及ばないため、たまたま対岸にいた魔物に発見されて獲物タゲ認定されてしまう可能性を考えると、戦力がない状態で川原に出る機会は少ない方がいい。


「それじゃ、一階の出入り口付近に作ることにしましょうか……ああ、でも火は洞窟の外から焚くことになりますけど」

「換気や煙の問題もあるし、それは当然じゃろうな……魔物に不意を討たれぬよう、目隠しでもあれば嬉しいが、それは灌木でも持ってくればよかろう」


 レンは頷くと、洞窟に入ってすぐの左側の壁に炸薬で奥行き4メートルの横穴を掘り、そのすぐ隣にも、もう一つ同じ大きさの横穴を掘ると、どちらも丸い床と天井を平らに錬成し、天井部分を硬化する。

 奥側に掘った穴は2階に続く上り坂部分に掛かっているため、二つの穴は微妙に高さが異なる。


「なぜふたつも穴を掘ったのかのう?」

「浴室と脱衣場です」


 レンは、洞窟の出入り口に近い側の、掘ったばかりの横穴の入り口部分を石壁を作って埋めてしまうと、隣の横穴の一番奥の部分に、封鎖した横穴に繋がる穴を開ける。

 ふたつの横穴は、入り口部分の高さが違っているため、床には数センチの段差がある。


「洞窟の出入り口に近い側が風呂で、こっちが脱衣所じゃろうか?」

「そうです……風呂場には換気と明かり取りのための窓も付けますね……風呂は一番奥に作るから、窓は少し離れた天井近くがいいかな」


 レンは風呂場の壁の上の方に、小さい四角い穴を5つ開けた。穴の中は斜めになっていて、外にいくほど高くなっている。


「窓にしては小さいの? それにひとつではないし、なんか斜めじゃの?」

「覗きはいないでしょうけど、まあ外から見えないように高い位置に小さく作りました。複数あるのは換気の効率を考えてです。斜めになっているのは、光が入りやすいようにというのと、あとは煙突みたいな効果を期待してですね」


 レンは説明しながらポーチから鉄鉱石を取り出すと、そこから鉄を作り出して板状に錬成する。

 そして、風呂場の奥の床の右端に錬成で穴を掘り、その穴を外に向かって伸ばした。


「なるほど。そこが火を焚く場所になるのじゃな?」

「そうです。で、この穴の上にさっき作った鉄板を少し変形させて乗せて錬成で固定します」

「鉄板を火で炙るということは、その鉄板は熱くなると思うのじゃが」

「ええ、鉄板の位置は少し高めにしておくので、触れないように気を付けて入って貰うか木の板でも乗せるか……まあ、危なさそうなら、そのとき考えましょう」


 レンは、床にあけた穴の周りに石の壁を作り、その上に鉄板を置くと鉄板の周囲を全体的に下に曲げ、金属製の浅い箱のような形にして、その周囲を錬成で水が漏れないように固定する。

 床から10センチほどの石の台があり、その天井部分が30センチ四方の鉄板になったような形状で、レンの計算では風呂桶に水が入っていれば、熱膨張で鉄板のサイズが変わっても、変化は最大でも0.5ミリ以内で、必要な余裕は持たせているため、鉄板や周囲の石が歪む恐れはないし、鉄板の形状から、水が鉄板の下に漏れる可能性も少ない筈だった。


 風呂釜が完成したので、次は風呂桶の錬成である。

 風呂桶となる部分に砂利を敷いて石の壁を錬成し、風呂桶として過不足のない深さになるように壁の高さを調整し、風呂桶の底の部分に砂利を加えて、底の部分を少し高くしつつ、風呂場に向かって傾斜を付ける。

 念のため、風呂桶や風呂釜の部分に硬化スプレーをかけたレンは、続いて窓の下の壁に石の棚を錬成し、棚の上に丸い窪みを作り、窪みの中をツルツルに仕上げる。そして、更にその周囲に低い石の柵を作成し、それらを硬化スプレーでしっかりと固める。


「レン殿、その棚は邪魔にならんかの?」

「ええ……ぶつからないように気を付けて下さいね……この棚の上には泉の壺を置くんです。風呂桶に水を入れるときに使うから、届かない高さにはできないし、まあ、顔の高さにあればさすがにぶつからないんじゃないかな、と」


 棚の上から風呂桶まで石の樋を作ったレンは、エドに手伝って貰いながら棚の上の窪みに泉の壺を設置し、斜めに傾ける。

 十分に傾いた泉の壺から流れ出た水が樋を伝って風呂桶の中に入るのを確認したレンは、壺を立てて水を止めると、風呂桶の手前の壁に穴を開ける。


「……それは、排水用の穴じゃな?」

「そうです。風呂場の床は、脱衣所と繋がる入り口の方が低くなるように少しだけ傾斜を付けてますから、風呂桶から流れた水はあっちに向かって流れます」

「排水孔の蓋は何を使うのかの?」

「コルクですね。木の棒に布を巻き付けてもいいですけど」


 レンは風呂場の入り口に近付くと、外側の壁際の床に水が流れるように細い溝を掘り、壁に排水のための穴を開けた。


「これで、使った水が外に流れます……あとは、外側の釜の穴周辺に石の壁を作れば、風呂を沸かす時の安全も確保できますかね?」

「そうじゃのう……ああ、外に流れた水を川まで通す溝もあると良いかの。外に水が溜まって、魔物忌避剤が流れてしまうと危ないしの」

「ああ、それは考えてませんでした。明日、明るくなってから作りましょう」

「ところで、煙突は作らないのじゃろうか?」

「……おっと、忘れてました」


 外気に触れる構造の風呂釜で木を燃やし、その上にある鉄板を熱するだけの単純な作りなので、煙突がなくても燃焼には支障はない。

 だが、煙が出ないわけではない。煙突なしでは、薪を入れる部分から煙が立ち上ることになるのは明らかだった。

 それに、煙突を適切な位置に取り付けることができれば、熱した空気の流れをコントロールすることも可能になるため、効果的に鉄板を温められるようになる。


「風呂釜の鉄板の少し下から、外に向けて排煙のための穴を開けて、そこから上に向けて石の管を伸ばして、煙突に雨が入らないように小さい屋根を付ければいいのかな? ……外は明日やるとして、内側だけは作っておきましょう」

「ああ……しかし石の管の煙突か。修理や掃除が大変そうじゃな」


 風呂釜や風呂桶、風呂場の壁と一体化した煙突では、一部が壊れたからと言って分解して部品を交換するわけにもいかない。

 それを指摘されたレンは苦笑を返した。


「保守性は考えません。使うのは長くて一ヶ月程度ですから」

「……なるほど、確かにそうじゃの。使い捨てと考えると、随分と贅沢な設備を頼んでしまったのう」

「いえ、提案してくれて良かったです。半月以上洗浄も風呂もない生活は、女性には厳しいでしょうから、これは精神状態を健康に保つために必要な設備ですよ……よし……釜から壁の外までの穴は完成。外回りは明日ですね……ああ、明日は薪も拾わないとですね」

「薪拾いなら、儂とシルヴィも戦力に数えて貰って構わんぞ」


 エドの言葉に、レンは風呂の床に細かな凹凸を作る錬成の手を止め、エドの方を振り向いた。


「シルヴィさん、森の中入っても大丈夫なんですか?」

「誰かを守る必要がない状況で、グリーン系の領域なら、数で押されん限りは逃げることができる程度には鍛えてある……ところでレン殿、脱衣所と風呂の入り口には扉は作るのかの?」

「カーテンにしましょう。使うのは俺がいない間だけだし、エドさんは風呂焚きでしょうから、偶然覗いてしまう心配はないと思いますし」


 ウェブシルクを垂らして目隠しにすれば良いのではないかというレンに、エドは頷いた。


「そうじゃな……使う期間も短いし、トイレのように匂いや音が漏れる心配もない。木で扉を作るほどのことではないか」

「後は……風呂の排水栓はこれでいいかな?」


 レンはポーチからコルクを取り出した。


「これはまた、都合の良い大きさのコルクが出てきたのう?」

「これは、ワインの蓋に使った余りです。外に繋がる穴よりも大きいから、間違って流しても問題ないはずです」


 レンはあちこち確認してから、コルクを風呂の排水用の穴に差し込む。


「太さは良さそうだけど、どのくらい水漏れするかは試してみないと分りませんね」

「ならば、少し水を入れてみるかの?」

「あ、お願いします」


 エドが泉の壺を傾けると水が流れ出す。

 風呂桶の底の方に水が溜まるが、排水孔から水が流れ出る様子はない。


「よさそうですね。後は、水じゃなくお湯になったときも問題なければこれで問題なしってことで」

「そうじゃな……外側は明日、日が出てから作るとして、カーテンはシルヴィに頼むとするか」

「いえ、内装部分は今、俺がやっちゃいます」


 レンは鉄板を作ったときに余った鉄を使い、入り口の外側に布を掛ける棒を引っかけるためのL字型の金具を作り、それをできるだけ天井に近い部分に取り付ける。

 そして、ポーチから長い棒を取り出し、その金具に引っかける。


「……その棒は……太さと長さから見て、槍の柄、かのう?」

「ですね。穂先がないから、ちょっと永続魔法が付与されてて、頑丈なだけの棒ですけど」

「……ほう?」

「これを脱衣所と風呂場の入り口に引っかけて、棒にカーテンを吊せば良いかな、と」

「……いや、もう何も言うまい」


 レンはウェブシルクの端の部分をふたつ折りにすると、ほつれないように縫い、棒が入る太さと床までの高さを確認して、少し長目に折り返して縫う。

 目的は完全な目隠しなので、暖簾のように、中央に切れ込みを入れたりはしない。


「ほ……器用な物じゃの」

「長さはありますけど裁縫としては難しい部分はないですからね」


 レンは作った目隠しのカーテンを風呂場の入り口に掛け、目隠しとして問題がなく、出入りも可能であることを確認すると、同じ物をもうひとつ作り、脱衣所の入り口部分にもぶら下げた。


「中はこれで完成ですね」

「うむ。感謝する。謝礼は街に戻ってからということなら、忘れず代金を計算しておいてもらえんか?」

「あー……ええと、ヒトの街の物価が分らないから、値段は任せます」


 レンの中の記憶から、ある程度の相場は分る。

 だがレンには、その相場が、今現在のものであるという確証がなかった。

 レンの知識が英雄の時代のものであれば、今とは物価が大きく異なっている可能性もある。


「そういえばレン殿はヒトと付き合いのないエルフの村から来たと言っておったか。ヒトやエルフが使う貨幣についての知識はあるのかの?」

「一応は。だけど、それが今現在もヒトが使っている貨幣なのかは分りません」

「貨幣価値についてはあとで教えるとしよう。あと、街のことも教えておくべきじゃろうな」

「あ、是非お願いします……それじゃ上に戻りましょう」

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