第7話 旅の目的

 午後になると雨はやみ、風も大分弱まってきたが、川原を覆う濁流の水位には変化はなかった。

 シルヴィは錬金術の勉強を行い、アレッタは興味深そうにそれを眺めている。

 エドはレンと話をしたそうにしていたが、レンがポーションの容器を作るのだと準備を始めたのを見て、自分の横穴で長剣と防具の整備を行い、合間に腕立て伏せや腹筋をしたりもしている。

 そしてレンは、宣言通りにポーションの容器を作成していた。粘土を捏ねて陶器の瓶を作り、紙片に特殊なインクで保存の魔法陣を描き込み、コルクを加工して瓶の蓋を作る。

 結界棒を作るために必要となる定着ポーションのための容器の準備が一段落したところで、レンはポーチから使い終わって効果が切れた結界棒を取り出した。

 結界棒は先端に魔石を付けた長さ50センチほどの短杖のような形状で、魔石は透明になっており、交換が必要な状態だと分る。


(棒の部分だけでも再生しとくか。聖銀ミスリルのインゴットはまだ山ほどあるし、使い終わった結界棒も溜まってる)


 結界棒の鉄の棒の中には細い穴が空いている。

 その穴に聖銀で作った線を通し、魔石を載せた台から地面まで魔力が綺麗に流れるようにするだけなので、構造としては非常にシンプルである。

 この聖銀の線と魔石内の魔力が反応して結界が作られるわけだが、その反応の過程で聖銀が少しずつ消費されてしまう。

 そのため、鉄の棒は再利用できるが、魔石は交換が必要となるし、聖銀の線はたまに交換しなければならないのだ。


 土魔法の錬成と同じ名前の錬成という魔法が錬金魔法にも存在する。

 錬金魔法の錬成は、土魔法の錬成と比べると、狭い範囲を細かく操作するためのもので、その対象に魔力を含んだ固体を指定することもできる。

 レンは結界棒から魔石を取り外すと、錬金魔法の錬成を使って聖銀のインゴットから一塊を切り出し、それを棒の上部の魔石を載せる台の上に乗せる。

 そして錬成で聖銀の小さな塊を半液体状に変化させ、台に空いた小さな穴に流し込み、棒の下から先端が出てきたところで固体化させる。


 台の部分と、棒の下から出ている両方の聖銀に触れ、魔力が通ることを確認すれば、とりあえず棒の部分は完成である。

 後は、魔石に魔法陣を描いて定着させたあと、その魔石を棒の先端にはめ込めば結界棒の完成だ。


「……一応、結界棒の動作確認もしとかないと不味いか……手持ちの素材で4本作って、明日にでも森の中で試しておくか」


 命を預ける道具である。

 レンの知らない記憶は、問題ないと告げていたが、実際に使ってみてから結界が生じませんでしたとか、ゲーム内とは効果が違ってましたでは話にならない。

 レンは残り少ない定着ポーションと、小豆大の魔石を四つと、魔石に魔法陣を描くための道具を取り出したところで、大きく伸びをし、作業台にしていた丸太を見てため息をついた。


(ちゃんとした台がないと精密作業は厳しいかな。ぐらつかず平らな作業台……まずそっちを作るか)


 ゲームでは、どんな場所でも物作りに悪影響が出ることはなかったが、不安定な丸太の台の上で細かい作業をするのは無理だと判断したレンは、砂利を取り出して土魔法の錬成で、平らでそこそこ分厚い板を作り出す。

 板の下に4本の足を錬成し、丸太の椅子に座って作業しやすい高さに天板が来るように調整したレンは、出来たばかりのテーブルの上に魔石類を載せ、小豆大の魔石の表面に魔法陣を描き込み始める。

 魔法陣の知識は頭の中に入っており、魔法陣を描くための技術も体に叩き込まれていたようで、レンは迷いなく小さな魔法陣を描き、そこに少量の魔力を流して正常動作を確認すると、定着ポーションを入れた容器の中に魔石を落とし込む。

 四つの魔石に魔法陣を定着されると、それを先ほど作った棒の先端に取り付ける。

 杖の先端を錬金魔法の錬成で変形させ、魔石がしっかりと爪で固定されたのを確認し、四本の結界棒を何の変哲も無い革の背負い袋にしまったところで、レンは背後に人の気配があるのを感じて振り向いた。


「錬金術の勉強で分からないことでもあった?」

「あ、いえ。アレッタお嬢様も錬金術の勉強をしたいと仰っているのですけど、構いませんか?」

「ああ、それはもちろん……何か足りないものとか?」

「今のところ大丈夫です。素材のサンプルもたくさんお借りしてますし」


 アレッタも錬金術を学ぶという話を聞き、レンは好都合だと考えた。

 戦えそうなエドや、それなりに短剣が使えると主張するシルヴィと違い、アレッタは基本的に洞窟の中での生活を続けることになる。

 洞窟で不安な状態で待つよりも、何か目標があった方が精神安定上、よいだろう、という判断である。


「なら、もしも、充分に学んだと思ったら……」


 レンは錬金術師の職業レベルを中級にするための基礎知識の学習方法をシルヴィに伝える。初級技能を一定回数使ったり、特殊な条件下で素材採取をするといったクエストをこなす必要があるため、学習しただけでは中級になれないが、学ぶことは無駄にはならないだろうと考えたのだ。

 だが、真剣な表情でそれを聞いていたシルヴィは、小さく首を傾げた。


「何か不明点があった?」

「いえ、ええと、はい……錬金術師の中級が何なのか分からなくて」

「そのまま、錬金術の職業レベル中級って意味だけど?」


 レンは首を傾げ、そのまま固まった。

 錬金術師の職業レベルを中級にするための条件達成のひとつに、戦闘中の素材回収というクエストがあったのを思い出したのだ。

 登場する敵はイエロー系で、レンがNPCを育てたときはレンが敵を引きつけている間にNPCに素材回収をさせていた。レンの基準ではそれほど強くない魔物だが、NPCにとっては十分な強敵である。その辺りが原因で、錬金術師中級になる方法が失われたのだろう、とレンはあたりを付けた。


「……中級にあがる方法も失伝してるのか……シルヴィさん、錬金術師が作成可能な体力回復ポーションの等級は?」

「普通は初級です……よね? 中級以上は迷宮から産出するものだから高価だって聞きます」


 職業レベル中級の錬金術師なら、中級の、上級の錬金術師なら上級のポーションを作成できる。

 シルヴィの言葉に確信を深めたレンは頷いた。


「やっぱりそうなってるんだ……ちなみに、職業レベル中級になれる職業ってどんなのがある?」

「えっと……冒険者には中級があります。あとは農民と戦闘職の一部……詳しいことは分からないですけど」


 シルヴィの言葉を聞き、レンは嘆息した。


「ああ、ありがとう。それだけ分かれば十分だよ」


 職業レベルを中級にするためのクエストには、レンが知っているものに限っていえばすべて戦闘が必要なものが含まれていた。

 プレイヤーがいれば難なくこなせるクエストも、NPCだけでは難易度が高かったのだろう。レンはそう判断した。


「まあ、とりあえずさっき言った範囲も勉強しといて」

「はい」


 中級になれる職業があるのなら、他の職業も正しい方法さえ知っていてば中級になれるはずだと考えたレンは、シルヴィ達を中級に育てられるかで、それを判定しようと考えた。


(……モルモット扱いは申し訳ないけど、中級になったときのメリットは大きいし、それで勘弁して貰おう)




 数時間後、氾濫していた水が引き、空がオレンジ色に染まる頃に川原が姿を現した。

 木切れや葉っぱが散らばった川原を二階の穴から柵越しに見下ろしたレンは、しばらく様子を眺めてからエドを誘って川原に出ることにした。


「で? 儂を呼んだのは何故じゃろうか?」

「これの使い方を教えておきたかったんですよ」


 レンは、魔物忌避剤をエドに手渡し、その効用と、使い方を教えた。


「儂の知ってるのと同じじゃな。で、これをこことそっちに撒いておくのじゃな?」

「ええ、この忌避剤はだいたい丸一日で効果が切れますから、俺が街を目指して不在になる間もエドさんには毎日撒いて貰いたいんです」

「うむ。承知した。それでレン殿は、魔物忌避剤はどの程度持っとるのじゃろうか?」

「不在の間分となると少し足りませんので、出発前に素材を集めて作ろうと思ってますけど」

「そうか……ところで、レン殿が結界棒を作れるという話じゃが……」


 レンの顔を伺うようにそう言ったエドに、レンは苦笑いをしながら頷いた。


「ええ、作れます。結界棒は錬金術師中級で作れるようになりますから、疑問に思うのは当然ですけど、まあ出来るものは出来るんです」


 レンは革の背負い袋から結界棒を取り出し、エドに見せた。


「これは、結界棒じゃな?」

「さっき作ったものです……ええと、最近作ってなかったので、使えるものを作れるのか自信がなくて、試験用に」

「……見た限り、迷宮から産出する結界棒と同じ物に見えるが……これは人間の手では作れぬ物と思っておった……」

「まあ、俺の錬金術師としての技量は結構高いんです」


 レンが知る限り、ゲーム内では職業レベルは上級が最大だった。

 だが、それはレンがゲームをしていた頃の話で、その後のバージョンアップで新しい等級が追加されていてもおかしくはない。『碧の迷宮』サービス開始時は職業レベルは中級までしか実装されていなかったことが、レンがそう考える理由だった。

 だから、レンは、技量は結構高い、と曖昧な表現を使うことを選んだ。


「なるほどのう……であれば、レン殿はその錬金術の腕を用いて中級解呪ポーションも作れたりするのかの?」

「中級解呪ポーションですか? ええと……あれは厳密には魔術師の領分なんですよね」

「……そうか、残念じゃ」

「いえ、作れって言うなら作れますけどね」

「なんと! それは真か?」


 レンの返事を聞き、エドは逃がさぬとばかりにレンの両肩を掴んだ。


「ええ……凄い剣幕ですね。作れますし、何なら手持ちもありますよ?」

「それを! それを譲ってはくれまいか! いや、違う。レン殿が街に着いたとき、領主の館に届けては貰えまいか!」

「ええ、構いませんけど……誰か呪われてるってことですよね。間に合うんですか?」

「呪いの進行は薬で抑えられておる。もう2年もその状態が続いておるのじゃよ」

「薬で抑えてるって、初級解呪ポーションでってことですか? そんなこと出来たかな?」


 レンは首を傾げた。

 レンの中の記憶が正しければ、中級の解呪ポーションを必要とする呪いの進行を初級解呪ポーションで食い止めることは出来ないはずだった。

 体力回復などと異なり、状態異常には適した等級以上のポーションを使わなければ治らないというのが『碧の迷宮』に於けるルールで、それはこの世界に来てたから植え付けられた記憶でも同じだったのだ。


「差し支えなければ教えて下さい。呪いを受けているのは誰ですか?」

「我が主じゃ。アレッタお嬢様の父上にしてサンテールの街の領主。コンラード・サンテール様じゃ」

「なるほど、領主様ですか。だとすると条件が限られますね」

「……何を言っておるのじゃ?」


 レンは、洞窟の二階部分の窓を見上げ、シルヴィとアレッタが見ていないことを確認してから声を潜めた。


「まず、聞いた限り、それは普通の呪いじゃないですね。薬は渡しますけど、それでは治らないと思います」

「なんじゃと? じゃが、薬師はこれは呪いで、初級解呪ポーションで一時的に解呪できるが完治はせぬから、迷宮から中級が出るのを待たねばならぬと言っておったぞ」

「俺の知る限り、中級の呪いに対して初級解呪ポーションを使っても、何の効果も発揮しません。治るか、治らないか、どちらかです。初級のポーションで治るのならそれは初級の呪いです」

「じゃが……薬師の薬を使った後、コンラード様は一時的に回復されておった」


 レンは頷いた。


「恐らく、その一瞬、領主様は解呪されていたのでしょう」

「じゃが、数日するとまた症状が出てしまうのじゃ」

「呪いが掛け直されてる可能性は?」

「一応、それも疑って調べたことはあるが、誰も近付けない状態でも呪いの症状が再発したのじゃ」


 掛け直さないのに掛かり続ける呪いに、レンは心当たりがあった。


「……もしかして、その症状は、視力が極端に弱り、体に力が入らなくなるというものでは? あと、体に黒いアザが浮かび上がるようなものでは?」


 レンの言葉を聞き、エドは目を剥いた。

 その反応を見て、レンは自分の推測が正しかったと理解した。


「何か知っておるのか? 知っていることがあるのなら聞かせて貰いたい」

「……特殊な呪いです。伝染する呪いカーススプレッドって言って、物は中級の呪いですけど、これの厄介なところは、呪いの対象が生き物じゃないんです」

「生き物相手ではない呪いが関係しておるというのか?」

「相手の持ち物に掛け、その所有者に初級の呪いを与え続けるという呪いです……俺は呪術には詳しくないですけど、この呪いは何回か見たことがありますので」


 ゲーム内では、武器を持つ強力な魔物との戦いの際に、その武器に呪いをかけ、敵を弱体化させるような使い方をしており、レンもそういう戦い方を見たことがあった。

 敵の所有物――例えば剣に呪いをかけ、敵がその剣に触れると呪われるのだ。魔物は呪いに耐性があるが、剣に呪い耐性があることは少なかったので、コストパフォーマンスの良い弱体化デバフ手段だと評価されていた。

 魔物には耐性があるから持ち物が呪われても、伝染する呪いカーススプレッドの効果が出るには時間が必要だったが、呪われた持ち物を捨てない限り5秒間隔で呪いが掛け直されるため、呪い無効を持っていない限り、いつかは呪いが本体に及ぶ。

 そしてその効果は、視力と攻撃力の低下で、発動中のエフェクトとして、呪われた魔物の体に黒いアザが浮かぶ。


「なんと……それはつまり、コンラード様のそばに呪われた品があるということか」


 カーススプレッドはエンチャント系の呪いだった。

 だが、とレンは首を捻った。


「まあそうですね……でも、確か、2年前から呪われてるって言ってましたよね?」

「そうじゃ……街のそばに生まれた迷宮を冒険者達が消した後辺りじゃったから、2年半にもなるか」

「……なるほど。だとしたら、悪意のある人はいないかもしれません」

「悪意のない呪いなどあるものなのか?」

「カーススプレッドの効果時間は10分程度です。もしも毎回呪いを掛け直せる立場の人が犯人なら、最初から本人に呪いを掛けます。だから、それは誰かの呪いではなく、呪われたアイテムによるものの可能性があります」


 エンチャントされた呪術が10分程度で効果を失うのに対し、迷宮などから産出する呪われたアイテムの効果時間は無制限である。

 アイテムに付与された呪いが解呪されるまで、呪いの効果を失うことはない。


「……なるほど。それで、レン殿はそれを見分けることは出来るのじゃろうか?」

「ええと……それは見てみないとなんとも……怪しい物を指摘するだけならできますけど」


『碧の迷宮』には鑑定という技能が存在するが、それは既知の品を詳細に調べるためのもので、未知の物の正体が理解できるようなものではない。


「うむ。怪しい物を遠ざけられるなら、それで十分じゃ」

「とりあえず、2年半前に持ち込まれた物から調べることにしましょう。その辺りは救助要請と一緒に、紹介状なりに書いておいてください」

「承知した……さて、かなり暗くなってきたが、レン殿の腕を試させて貰ってもよいだろうか?」

「ああ、そんなのもありましたね。それじゃ、川原の真ん中辺りでやりますか。木剣ぼっけんとか使いますか?」

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