第6話 DIY

 その日は雨が降り続いた。

 少し小雨になることもあったが、強い風と大粒の雨の音に、時折雷鳴が混じり、洞窟内は陰鬱とした雰囲気になっていた。


「あの、お師匠様」


 レンが自分の横穴で革鎧を脱ぎ、鎧下とズボンだけというラフなスタイルで寛いでいると、錬金術大系を読んでいたシルヴィがやってきた。


「本当にその呼び方するんだ……まあ、いいや。錬金術大系で分からないことでもあった?」

「いえ、本の指定範囲には一通り目を通しましたし、お借りした素材の特徴は覚えたつもりです。そうではなく、その、御不浄にドアを付けることは出来ないものでしょうか?」


 御不浄の意味が分からずにレンは首を傾げ、それがトイレを指す単語だと思い出した。

 レンが必要に迫られて作ったトイレは、洋式の便座を設置した汲み取り式に近い構造のもので、元々レンしかいない洞窟の中のことだったため、目隠しになるようなものは設置していなかった。


「ドアか……素材があれば作れるかな? 必要なのは木の枠……角材ととそこに収まる戸板を作るための木の板。それと蝶番ちょうつがい。ドアラッチは手持ちの道具じゃちょっと面倒かな。あと、ドアノブと簡単な鍵……公衆便所なんかで使うスライドラッチなら簡単に作れるか」


 洞窟の入り口は石の柵を石の棒に縛り付けてドアの代わりにしたが、場所がトイレであれば密閉できる構造が望ましいだろう、とレンはドアの設計図を頭の中で書き上げる。


「木材はあるし、鉄鉱石もあるけど、鍵はどうする? 必要?」

「簡単なものでいいので、付けていただけると嬉しいです」

「鍵はスライドするだけの単純な構造で、ドアノブを回してドアラッチを動かす構造がなくていいならすぐに作れると思う……そしたら、ドアを固定する木枠と、ドア本体を作っちゃおう。エドさん、力仕事手伝って貰えますか?」


 レンがほんの少し声を張り上げると、エドが顔を覗かせた、


「それはいいが、トイレのある横穴の入り口は丸いぞ? そのままでは枠が嵌まらんじゃろ?」

「錬成で四角にします……そっか、先に錬成してそれに合う木枠を作らないと駄目ですね」


 レンはトイレの横穴の前に立ち、その入り口部分が正方形になるように土魔法の錬成を使った。

 錬成で一度に扱える体積には上限があるため、一回目の錬成で入り口部分の形を整え、もう一回錬成を使って通路部分を平らに均していく。


「ほう。歩きやすくなったの。土魔法の錬成か、これは砦を作る際に役立ちそうじゃの」

「そこまで大きいものだと、錬成では厳しいですね……ええと、そしたらエドさんはこの角材を入り口の高さに合わせて切ってください。5センチくらい長目のを3本お願いします。あと、こっちの板はドアにするので、入り口の高さより5ミリくらい小さめで、ドアに必要なだけお願いします」

「承知」


 角材と板と鋸をエドに渡し、レンはその場に座り込んで赤茶けた石を取り出して石の床の上に転がした。

 その横にしゃがみ込んで、シルヴィはレンの手元を興味深げに観察する。


「お師匠様、それは何ですか?」

「鉄鉱石。赤いのは錆びてるから。普通に手に入る鉄鉱石は、錆びてるのが多いね」


 鉄鉱石を地面に置き、錬成で鉄鉱石から酸化鉄のみを取り出したレンは、そこから更に鉄のみを抽出する。そうして取り出された鉄は、鉄と言うよりも銀のように輝いていた。


「お師匠様、鉄に見えません」

「ええと、これは普通の製鉄で作れる鉄とはまったくの別物の、混じりけのない鉄。高純度鉄っていうんだけど、シルヴィさんの知ってる鉄と比べると、酸や熱に強くて柔らかいかな」

「なぜでしょうか?」

「その説明始めると長くなるから一言だけ。金属は混じり物で性質が変わるけど、これは混じり物がないんだ。その違いが性質の違いになってる。鍛冶師になれば、割と始めの方で勉強するよ」


 レンは取り出した高純度鉄を材料にして、数枚の板と、細い棒を錬成する。

 細工師の技能と細工師基本セットに含まれる工具を駆使し、鉄の板と棒を変形させて蝶番にすると、残った鉄から釘を錬成する。


「本当は釘は高純度鉄じゃない方がいいんだけど、今回は手抜きしてるんだ。高純度鉄は柔らかいから粘りはあるけど剛性はそんなでもない。シルヴィさんが釘を作ることはまずないと思うけど、普通なら錬成じゃなく鍛造した方がいいって覚えといて」


 土魔法の錬成は様々な地面由来の物質を変化させることができるが、その変化には一定のルールがあり、鉄鉱石から取り出せるのは、酸化鉄か超高純度鉄という種類の鉄になる。

 混じりっ気のない超高純度鉄には、様々な用途があるが、トイレのドアの蝶番や釘として考えると、素材としては微妙なのだ。

 レンの手元を覗き込みながら、シルヴィは頷いた。


「鋼を素材にすればよいということでしょうか?」

「いや、単なる鉄で十分かな。この超高純度鉄っていうのが柔らかすぎるだけなんだ」


 その会話を耳にしたエドが、切り分けた角材を片手に覗き込んでくる。


「レン殿には鍛冶の心得もあるのかの?」

「まあ、手習いレベルですけどね」


 必要な数より少し多めの釘を作り終えたレンは、トイレのドアを組み込む部分に、角材がはまる程度の溝を錬成し、まず天井部分の溝にエドが切り分けた角材をはめ込み、それがぐらつかないように錬成で岩を変形させて固定する。

 固定したと言っても、手を離せば落ちてきてしまう程度なので、レンはエドの方を振り向いて声を掛けた。


「エドさん、天井側の角材を押さえてて貰えますか?」

「おう……これでよいか?」

「はい、そのままちょっと持っててください」


 レンは左右の溝に柱になる角材をはめ込み、それで天井の角材がしっかりと支えられたことを確認すると、左右の柱と天井の角材を釘で打ち付ける。

 そして、トイレの外から見て右の柱の一部を少し削り、そこに蝶番を打ち付けて固定した。


「エドさん、もう手を離してもいいですよ。それじゃ、次はドアを作っちゃいましょう」

「板はできとるぞ。板をまとめるための横板はとりあえず2枚用意したが、よかったかの?」

「完璧です」


 板を入り口の幅に合わせて並べ、そこに2枚の板を乗せ、釘で固定して大きな一枚の板にする。

 完成した板を柱に打ち付けた蝶番に取り付け、スムーズに動くことを確認すると、次はドアノブの作成である。


「ドアノブも手抜きさせて貰いますね」


 レンは砂利をひとつかみ取り出し、錬成でドアノブっぽい形に整える。

 ドアノブは板に釘で固定するだけで、回したりは出来ない。

 外側のドアノブを取り付けると、ノブのそばの木枠部分に釘を打ち付け、ノブに結んだ紐を釘に引っかけることでドアを固定できるようにする。


「あとはドアが閉まりすぎないように、ストッパーに木切れを打ち付けて……それから鍵ですね」


 木枠に、ドアを閉めたとき、それ以上ドアが動かないようにするためのストッパーとして木切れを打ち付ける。軽くドアをぶつけてきちんとドアが止まるのを確認したレンは、ノブ側の木枠に小さな穴を掘り、鉄の板をスライドさせて穴に差し込むスライドラッチと呼ばれるタイプの鍵をドアノブの下のあたりに取り付けた。

 スライドラッチを動かし、鍵として機能することを確認し、レンは頷いた。


「これで完成っと。しばらく様子を見て、必要なら改造ってことでいいかな? シルヴィさん、ちょっと鍵の具合とか試して貰えないかな」

「はい……ええと、釘に掛かってる紐を外してドアを開けて、内側ノブの金属片をスライドさせて鍵を閉めるんですね……」


 カチャカチャと数回試し、シルヴィは頷いた。


「良いと思います。ドアを閉めたときにカチャって閉まるようにできるともっといいんですけど、あれは構造が難しそうですよね」

「それにはドアラッチって部品が必要なんだけど、ちょっと面倒なんだ」


 レンの手持ちの素材に、必要な素材は揃っているので、作ろうと思えば作ることは可能だ。

 だが、洞窟は一時的な避難所であって、長期間生活をしようという場所ではない。

 そんな避難所のトイレのドアに、そこまで拘るつもりはないレンだった。


「それにしても、中々雨が止まぬのぅ」

「そうですね……と、そうだ。全員に聞きたいことがあるんですけど、いいかな?」

「なんじゃ?」


 全員の注目を集めたレンは、緊張を隠しきれないままに、口を開く。


「ええと……まずひとつ目。プレイヤーって言葉を知ってる人はいる?」


 全員、首を横に振った。

 それを見たレンは、考えを巡らせた後、判断を保留することにした。


(俺以外のプレイヤーがいないのか、それとも、いても身を隠しているのかの判断が付かない……プレイヤーの痕跡がないか調べる方法があるといいんだけど)

「初めて聞く言葉じゃの。どういう意味の言葉じゃろうか?」

「ええと……英雄の時代でしたっけ? その頃の英雄達を指す言葉だと思います」


 エドが口にしていた英雄の時代というのがゲームの頃の世界だろうと当て推量をしてレンが答えると、エドは渋い顔をした。


「英雄の時代の記録は神殿に残っておるが、聞かぬ呼び名じゃな。それもエルフの口伝かの?」

「わたくしも初めて聞きましたわ。レン様は物知りですのね?」

「お師匠様は、その言葉を知ってる人を見付けてどうされるのですか?」

「いえ、まあ、ただの好奇心です。何となく話を聞いてみたいって程度ですね」


「それでレン殿、ひとつ目、と言っておったが、ふたつ目はなんじゃ?」

「ああ、こっちは切実な話で、明日からの行動方針をどうするかってこと」


 町に向かうと言っても、推定100キロも森の中を踏破するのは並大抵のことではない。

 エドとレンだけならともかく、お嬢様アレッタメイドシルヴィもとなると、その難易度は更に高くなる。

 3人を洞窟に置いて、レンだけが助けを求めに街に向かうというのが、一番安全かつ確実だろう、とレンは想定していた。

 そのためには、レンが森の中を一日10キロ踏破すると仮定し、片道で10日、街で領主に救援を依頼し、人を集めて戻ってくるまでで往復21から22日として、少なくとも25日分程度の食料を確保しておかなければならない。

 それに、レンが森の中での野営で安全確保するために、結界棒も必要になる。

 だから、当面はそれらを確保するため、森で素材集めをするというのがレンの考えている行動方針だった。


「そうじゃのぉ、アレッタお嬢様には何か考えはありますかの?」

「……このまま洞窟にいても、いずれ食料が尽きますわ。そうなる前に街を目指しましょう」

「ふむ。森を踏破できると考えてらっしゃるのかの?」


 エドに問われ、アレッタは俯いた。


(現実は見えてるみたいだな……これなら大丈夫かな?)

「俺からの提案なんだけど、俺が町まで行って救助を連れてくるってのはどうかな? もちろん、そのための事前準備は万全にするってことで、準備に数日必要になるけど」

「お師匠様は錬金術師ですよね? 森を踏破できるんですか?」

細剣レイピア使い兼弓使いとしてなら、魔物相手にそれなりに戦える自信があるよ。それに安全な踏破の方法も考えてる」


 レンがそう答えると、エドは腕を組んで上を見上げ、首をぐるりと回してから大きなため息をついた。


「誰かが代表で助けを求めに行くという方法は儂も考えましたがの、森をひとりで踏破するのは無理じゃと判断したんじゃが」

「レン様だけにご無理をさせるわけには参りませんわ」

「お師匠様、私、短剣ならちょっとですけど使えます」

「あー、とりあえず全員落ち着いて。まず、エドさん、雨が上がったら俺の実力を量ってください。アレッタさん、森を踏破するのに俺一人で行くのと、アレッタさんを連れて行くの、どちらが安全だと思いますか? あとシルヴィさん、アレッタさんをここに残して行く場合、君がいなかったら誰が食事や着替えの支度とかするのか考えて」

「……ふむ。レン殿には相応の自信があるようですの。それでは具体的にどういう目論見なのか、お聞かせ頂こう」

「大前提として、俺は迷宮外の魔物ならすべてを倒せないまでも、逃げる程度はできるし、気配察知があるから不意打ちを食らう可能性も低い。だから、昼の森の中を町に向かって歩く程度なら、何も問題はないと考えて欲しい。これが大言壮語で無いことは、雨が上がったら証明する」

「ふむ……森にどんな魔物がいるのかは調べられたのかの?」


 エドは細い目を光らせ、そう尋ねた。


「……広範囲の踏査は行っていないけど、そばの森で遭遇したのはグリーンホーンラビットだから、グリーン系の魔物の生息域だと考えている」


『碧の迷宮』に出現する魔物は、大きく緑、黄、赤、白、黒に色分けされており、同じホーンラビットでも色が変わると強さが大きく変化する。

 そして、緑の魔物は初心者向けのエリアに出現する魔物である。

 そこから、この辺りの敵は初心者向けの敵だとレンは判断していた。


「なるほどのう。その程度の敵ならアレッタお嬢様でも倒せそうじゃわい……踏破となると厳しいだろうがの」

「問題は夜です。さすがに10日も寝ずに行動するのは厳しいから夜は野営するけど、安全を確保するには結界棒が必要になります」


 魔物は結界棒で囲んだ結界内に侵入することができないし、その攻撃も結界で止められる。

 魔物は結界の中に獲物がいることを認識できるため、目が覚めたら結界の外が敵だらけという可能性もあるが、それでも寝ている間に魔物に襲われる危険性はなくなる。

 結界棒は基本的には一定時間で使い捨てるアイテムで、現在、レンの手元にあるのは、使い終わったゴミばかりである。

 結界棒を作るために必要な素材はほとんど揃っているが、魔石に描き込んだ魔法陣を定着させるための定着ポーションが少し足りないため、その素材を入手する必要がある、というレンの説明を聞き、エドは頷いた。


「レン殿は結界棒を作成できるということですかの?」

「材料さえあれば錬金術師中級で作れますね。だからまず、結界棒の素材集めと、皆の食料の確保を行い、準備ができたら俺が川沿いに遡って街道の橋を探し、街道に行き当たったら、そこから町を目指そうと思うんだけど」

「そうしますと、わたくしたちは何をすればよろしいのかしら?」

「確保した食糧を一ヶ月程度保存できるように干したり塩漬けにしたりかな?」


 レンは肉と香草と茸を集めるつもりでいた。

 香草は根が付いたままの状態で洞窟の前に移植し、茸は乾燥させ、肉は塩を塗り込んで干しておけば、暫くは食べられる筈である。

 アレッタ達のボストンバッグには時間遅延が付与されていないが、腐敗への備えを怠らなければ一ヶ月程度なら持たせられる。

 それらに加え、洞窟の前の川で罠漁でもして魚を捕れば、多少救助が遅れても問題はない、というのがレンの読みだった。


「お師匠様、それでしたら私は薪を集めたいと思います」

「魔石コンロは置いていくつもりだけど?」

「お師匠様が煮炊きできなくなっちゃうじゃないですか」

「あー、俺は錬金魔法でお湯を作ることができるから、保存食をお湯に浸して食べる程度ならコンロがなくても問題ないよ」


 そう答えたものの、道中の食事はウエストポーチ内に入れたままの調理済みアイテムなどで済まそうと考えているレンだった。

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