ローズお姉さまのドレス

有沢真尋

第1話

 最近のルイーゼは少しおかしい。


 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。

 話し方もお姉さまそっくり。

 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。


「キャサリン、もっと姿勢を良くして。背筋をすっと伸ばして、スープのスプーンはまっすぐにお口に入れるのよ。たらたらとこぼれてしまわないように」


 わたしにお小言をくれるくせに、ルイーゼ自身は袖に手が埋まっているし、ウェストを布ベルトで絞めても身頃の部分が余ってとても不格好。


(ご自分の、身の丈に合う服を着たほうが良いのではなくて?)


 よほど言ってあげようかと思ったのだけれど、ルイーゼを見るたびにわたしのお母さまが悲しい顔をして首を振る。


「ルイーゼはきっと、ローズお姉さまのことが忘れられないのよ。とても傷ついているの。優しくしてあげて」


 ローズお姉さまにはここのところお会いしていない。

 どこへ行ってしまったのかしら。


 * * *


 ローズお姉さまはお空の上よ。

 とても楽しそうに笑っているわ。

 だから私たちも泣いてはいけないの。


 * * *


 ルイーゼのローズお姉さまは遠く遠く、手の届かないところに行ってしまったのよ、とお母さまが言った。


「もう会えないの?」

「しばらくは会えないわ。だけどお姉さまのドレスを身に着けて鏡の前に立ったり、お姉さまの話し方をなぞってみると、そこにまだお姉さまがいらっしゃるように思えるのではないかしら。きっとルイーゼはお姉さまのお姿を探しているの。優しくしてあげて」


「はい、お母さま。わかりました」


 * * *


 以前は一日一回あるかないか。

 昨日は三回。

 今日は五回。

 いい傾向だと思うの。

 私はうまくやれるわ。


 * * *


 ルイーゼは今日もローズお姉さまのドレスを身に着けている。


“優しくしてあげて”

“はい、お母さま。わかりました”


 わたしはわかったふりをしていただけで、何もわかっていなかった。

 だから正直にルイーゼに聞いてみた。


「あなたはローズお姉さまを探しているの?」


 するとルイーゼは、驚いたように大きく目を見開き「ちがうわ! 全然ちがう!」と言った。


「ではどうして、お姉さまのドレスを身に着けて、お姉さまの言葉遣いを真似ているの?」


「それはね、私のお母さまが、お姉さまを探しているからよ。お姉さまの姿が見えなくなってから、ずっとお姉さまを探しているの。私のことも見えていないみたい。だからね、お姉さまになることにしたの。そうしたら、毎日少しずつ笑う回数が増えてきたわ。私、ずーっと記録をつけているのよ。お母さまが笑った『ローズの言葉』『ローズの仕草』『ローズのドレス』『ローズの髪型』大丈夫、私はうまくやれているわ」


 ルイーゼの表情は自信に満ちて、きらきらして見えた。

 わたしのお母さまが言う「傷ついているの。優しくしてあげて」は的外れなのではないかしら。

 だけどわたしは用心の為に、もう一度確認してみることにした。


「ルイーゼがローズになってしまったら、ルイーゼはどこに行ってしまうの?」


 ルイーゼは遠くを見て、少し考えてから言った。


「お母さまがローズを探さないで済むようになったら、帰ってくるわ。このドレスが体にぴったりする頃かもしれない。だけどもし、ルイーゼが帰ってこないようだったら。そのときはあなたが探して」


“優しくしてあげて”

“はい、お母さま。わかりました”


 わたしは急いで頷いてみせた。

 それがルイーゼに「優しくする」ことになるのなら、絶対にそうすると誓いを胸に。


「わかったわ。だけどそんなに長いことルイーゼがいなくなってしまうの、わたしはとても不安だわ。わたしの友達はローズお姉さまではなくルイーゼなのだし、わたしの前では今まで通り、ルイーゼでいてくれないかしら。あなたはうまくやれているもの、少しくらいルイーゼに戻っても大丈夫よ」


 ルイーゼは大きな目をまたたかせて、涙を溢れさせた。

 自分では、自分が泣いていることにも気付いていないよう。

 唇に笑みを浮かべて、わたしの目を見て言った。


 ありがとう。

 そうさせていただくわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ローズお姉さまのドレス 有沢真尋 @mahiroA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ