四 首

大路を東に向かって遠ざかって行く茶色の馬と白い馬。そしてその向こうに槍を手にした騎馬の武者の姿。

ヒメコの足がぴたりと止まった。

騎馬した武者が手にした槍の先端に鞠くらいの大きさの何かが見えたのだ。あれは、まさか。ヒメコはゾッと背を震わせる。

「やった!殿、見事仕留めて戻りましたぞ!」

男の声に八幡姫の声が被る。

「義高様っ!」

驚いたらしい武者が馬を止める。その馬に茶鷲が体当たりを喰らわせた。馬は横倒しになり、武者は落馬する。ガランと転がる槍。そして地をコロコロと転がる義高の首。

「義高様!」

茶鷲から飛び降りた八幡姫がその首を拾い上げて胸に抱きしめた。

その時、横倒しにされた馬が起き上がった。苛立たし気に蹄をガツガツと踏み鳴らし、その場に蹲っている八幡姫を踏み潰そうとする。

「危ない!」

叫ぶが間に合わない。

ヒメコは思わず目を閉じた。

でも少しして、

「ユキ!」

叫ぶ八幡姫の声がした。

ユキが八幡姫を庇うように馬に体当たりをしていた。そして茶鷲も。

ヒメコは急いでその場に駆けつける。八幡姫は義高の首をしっかりと胸に抱き、真っ赤に染まってしゃがみ込んでいた。

「返せ!私の手柄だ」

声を上げたのは落馬していた武者だった。

「それは私が殿に差し上げるもの。殿の手柄だ!それを横取りしようとは小癪な女子!お前の首も取って共に献上してやろうか!」

「待ちなさい!それは御所の一の姫様!」

ヒメコが叫んだ時、ゆらりと八幡姫が立ち上がった。

「名を名乗れ」

姫の声とは思えぬ低い声。

胸に首を抱えたまま武者を睨みつける。

「我が名は八幡。源頼朝の娘。我が夫の首を取ったお前は何者だ。名を名乗れ!」

八幡姫の放つ異様な気に武者が一瞬狼狽える。だがそれでも粘ろうとした。

「こ、これは御所様の命により討ち取った首。例え姫さまと言えど、私の主は堀親家殿。そしてその主の鎌倉殿。あなた様の命には従えませぬ。首をお返し下され」

「嫌だ。下がれ!」

「何だと?」

「嫌だと言っている!下がれ!」

「聞けぬ!私が従うは我が殿のみ!早く首を渡せ!それは我が殿の手柄だ!」

気色ばんだ武者が刀を抜こうとする。

そこへ誰かが割って入って来た。

「堀親家殿の郎従、藤内光澄殿とお見受けする。お役目ご苦労。だが御所内での刃傷沙汰は厳禁。早く堀殿の元へ下がられよ」

コシロ兄だった。

男が笑顔でコシロ兄に向かう。

「おお、これは江間殿!お聞きくだされ。私は殿の命であの首を取って来たのです。それをあの女子が横取りしようと絡んだので、けしからんと成敗しようとしたまで」

興奮して喋る男にコシロ兄は静かに告げた。


「御所、並びに御台様ご鍾愛の姫君の命は、堀殿の命にも勝るもの。光澄殿は、急ぎ堀殿の元に戻り、追っての沙汰を待たれよ」

「ですが、あの首は」

「早く去れ!」

コシロ兄の一喝に、舌打ちをして去って行く男。その向こうからアサ姫が駆け付けてきた。

「姫!何てこと!さあ、早くこちらへ」

八幡姫を引っ張って立ち上がらせようとするが、姫は首を抱えたまま動かない。アサ姫はうずくまる八幡姫をそのまま抱え上げた。小御所へと戻って行く。ヒメコも急ぎ、その後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る