八 誓い

言い終わって、はぁとため息をつく。祖母から教わったことだけれど、間違ってなかっただろうか。自信を持って伝えられていない自分が、我ながら情けない。本当に自分は未熟だ。

「へえ、成る程。それでさっき無駄って言ったのを怒ったわけね。納得した。もう無駄なんて言わねぇ。本当、悪かったよ」

四郎がそう言ってくれる。コシロ兄は目を伏せていたけれど、納得したような顔をしてくれていた。それでホッとする。

と、四郎が「あのさぁ」と口を開いた。

「あんた、小四郎のことは昨日コシロ兄って呼んでたろ?じゃあ、俺は四郎兄でいいぜ。妹が出来たみたいで楽しいや。で。あんたの名は?なんて呼べばいい?」


「え」

突如そんなことを聞かれてヒメコは戸惑う。

「おい、四郎。いつまでもふざけてるな。行くぞ」

コシロ兄が四郎の腕を掴んでさっさと歩き出す。

「何だよ、まだ彼女と話してんだよ。お前、行くなら先に行けよ」

コシロ兄の手を振り解いてこちらに向かおうとする四郎の手首をコシロ兄はもう一度掴むと凄んだ。

「いいから来い。彼女にはもう話しかけるな」

「何だよ。お前の妹じゃないんだろ?何でそんなに邪魔にすんだよ」


「俺達はこれから合戦に参じる身。血で穢れる身だ。対し、彼女は巫女。穢れには極力近付けたくない。だから距離を保て。これは佐殿から直々に下された命だ」

「別にどうこうするつもりはねぇよ。軽く立ち話するくらいいいじゃんか」

それに答えず四郎を睨みつけるコシロ兄。

ヒメコはいたたまれず口を開いた。

「私はヒメコです。比企の者。穢れは懸命に祓いますから、どうかお二人が仲違いするのはやめてください。合戦の士気に関わります。今、一番大事なことは緒戦を勝ち抜くこと。それだけに集中するべきではないですか?」

そう紡いだら、コシロ兄はじろっとヒメコを睨んだ。その隣で四郎がくっと笑う。

「言われたな。比企のヒメコか。わかった、誓うよ。小四郎と仲良く力を合わせて勝ちを取ってくりゃいいんだろ?きっと穢れて帰って来るだろうから、その時はあんたが祓ってくれよな」

ヒメコは諾の返事をして佐殿の屋敷へと向かった。途中でチラと振り返ったら、コシロ兄と四郎がこちらを見ていた。ヒラヒラと手を振る四郎に軽く頭を下げて、また背を向ける。


土で汚れてしまった竹箒の柄を綺麗に洗い流して元の場所に戻しながら、ヒメコは馬屋の横の惣門を見返した。土塀の向こうに広がる緑の山々。賑やかに響く蝉の声。その声を聴きながらヒメコは佐殿がコシロ兄と五郎に言っていた言葉を思い出していた。


「我らの大願叶うまで、彼女に穢れを近付けないよう護れ。ヒメコは比企の尼君からの大事な預かり物だからな。ゆめゆめ忘れるなよ」


ああ、それでコシロ兄はああやって四郎が近付くのを阻止してくれたのかと今更納得する。

でも。

大願って何だろう?いつ叶うんだろう?

それがきちんと叶うまで、きっとコシロ兄が自分に話しかけてくれることはないのだということを実感する。

寂しいと思った。近くに居るのにとても遠いとも。

でも。



でも、いつかきっとまた話せる日が来る。

戦が終わって佐殿の願いが叶って。だから、それまでは精一杯祓って祓って祓い続けるしか自分に出来ることはない。

「巫女に出来るのはそれくらいさ」

祖母の声が聴こえる気がする。

「はい、懸命に祓います」

ヒメコは胸の中で誓った。

フゥ、と大きく息を吐き、胸一杯に新しい気を入れて肚へと落とし込むと、えいと気合いを入れて佐殿の屋敷へ入る。そうだ、落ち込んだり考えたりしてる暇なんてない。今は、今出来ることをやるだけだ

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