二十七 意地
「小四郎」
声をかけるアサ姫にコシロ兄が振り返る。
「ヒメコ様を比企に送って頂戴」
言って、アサ姫はヒメコの肩をそっと前に出す。コシロ兄はヒメコに目をやってからアサ姫を見て、首を微かに横に向けた。
「三郎兄は?」
「別で用があるの」
「急ぎか?」
「まぁ、早い方がいいはいいけど」
「そうでなくてもいいんだな?」
「いいけど早いにこしたことはないでしょ」
「その程度か?」
珍しくコシロ兄がアサ姫にたくさん問い返している。ヒメコはそれをヒヤヒヤしながら聞いていた。コシロ兄は明らかに拒否の色を示していた。
「とにかく、あんたがヒメコ様を比企に送ってきなさい。分かったわね?頼んだわよ」
アサ姫は押そう言って切り上げようとした。
コシロ兄はそれには答えず、落ち着かないように足踏みをする馬の首筋をポンポンと軽く叩くと顔を背けて馬屋を出て行く。
「小四郎?どこに行くのよ」
コシロ兄は足を留めるとアサ姫を振り返って口を開いた。
「三郎兄の方がいい。三郎兄に頼んでくる」
そのまま館に向かうコシロ兄の袖を引っ張って足を止めさせる。
「ごめんなさい。コシロ兄じゃなきゃ帰らないって私が言ったの。だから」
コシロ兄が鋭い目でヒメコを見下ろす。
「三郎兄に送って貰え」
アサ姫がハァとため息をつき、申し訳なさそうにヒメコを見た。
「ヒメコ様、ごめんなさいね。この子、頑固で一度言い出したら聞かないの」
諦めろと言ってる。
でもヒメコももう意地になっていた。コシロ兄を睨み返す。
「私、コシロ兄じゃなきゃ帰らない!」
「ヒメコ様ったら」
弱り顔のアサ姫に申し訳ないとは思いつつ、口が止まらない。
「コシロ兄に送って貰いたいの!コシロ兄じゃなきゃ嫌だ!」
「おいおい、何事だ?」
呑気な声と共に現れたのは佐殿。
「ま、大体の事情は聞いたがな」
その隣には三の姫が立っていた。
「小四郎、比企まで送ってやればいいだろう。何故拒む?」
コシロ兄は佐殿を睨んだ。
「俺だとまた襲われるかもしれない」
「それを言ったら誰でも同じだ」
「同じじゃない。俺だとなめられる。俺じゃない方がいい」
「私はそれでもコシロ兄がいの!」
ヒメコの叫びに、コシロ兄が目を吊り上げた。
「童姿だと危ないんだ。聞きわけろ!」
「嫌ったら嫌って言ってるでしょ!そっちこそ聞いてよ!」
ブッと佐殿が噴き出した。ひとしきり笑ってから仏頂面のコシロ兄の肩を抱く。
「小四郎、女にここまで言わせるとは男冥利に尽きるというもの。いい加減諦めてヒメコを比企まで送ってこい」
「だから危ないと言ってる。何かあったらどうするんだ!」
「何かあっても、その時はその時のこと。お前は死ぬまで戦え。それだけのことだ」
「それだけじゃない。その後彼女はどうなる。あんたはいつもそうやっていい加減だから困る。俺はともかく、こんな小さな子まで巻き込むな!」
途端、佐殿の顔色が変わった。
「何?私がいい加減だと?いつ私がいい加減なことを言った。人はいずれ死ぬんだ。死ぬまで戦えと言って何が悪い!死ぬ覚悟がないなら、元服せずに僧侶にでもなれ!」
「俺の話じゃない!」
「それはヒメコとて同じだ。違うか?」
「今はそんな話をしてる場合じゃないだろ。話を逸さないでくれ。とにかく俺は行かない」
「いや、おまえが行け!」
「意地にならないでくれ」
「その言葉そっくり返してやる!」
「あんた、子どもかよ」
「フン!そっちこそ」
思いがけず展開され始めた幼稚な口喧嘩に面喰らう。その時、
ガン!
アサ姫が馬屋の壁を蹴った。
「あんた達、いい加減になさい!どうしてそう頭がカチカチなのよ。もっと広く丸く考えられないの?」
そう怒鳴りつけるとコシロ兄の手を引っ張って館の中へと入って行った。
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