二 勢至菩薩

一 人の子

ヒミカ、忌憚なく申せ」

真名で呼ばれ、ヒメコはクッと唇を噛んで佐殿を睨み上げだ。佐殿のこういう所が苦手だ。相手の意表を突いて、隠そう、偽ろうと迷う暇も与えずに真実を炙り出そうとする。


ヒメコはフウと一つ溜め息をついた。


真名で問われた以上、ヒミカはその信条上、嘘偽りを口に出来ない。ただ、今この場で観音さまだと答えるのは少し違う気がした。




「まだ、よく視えていません」


すると佐殿は、ふぅんと言って親指と人差し指で顎を撫でた。

「前回は一目見た瞬間に答えたではないか」

「あれは」

言葉に詰まる。

前回、八重の時はよくわからないまま祖母の言う通りに着替えて広間でただ待っていた。ヒメコはまだ言葉も危ういくらい幼く、ただ祖母にどうかと促された瞬間に頭に響いた声を口から音にして出しただけだった。

言い終えた瞬間、顔を青ざめた二人の息をのむ音と、満足気に笑った祖母の声が耳に入り、ヒミカはそこから神の子ではなく人との子しての意識と記憶を持つようになった。


「あれは視る準備が整っていた為にすぐ神が降りられただけ。もう少し時を下さい」

「それは構わん。藤九郎は一度先に比企に戻そう。その準備とやらを進めよ」

ヒメコは頷いた。ホッと息をつく。これでもう少しここに居ることになる。父に会って話したいことが山ほどある。本当は、寂しいと心細いと泣き付きたい。抱きとめて頭を撫でて欲しい。でも何故かわからないけれど、ヒメコはまだここに居なくてはと思った。

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