第7話 吹っ切れる。【覚醒】する。

 ピー助は死んでいるのだろう。

 周りには同じようにウサギの魔物ボーンヘッド・ラビットを咥えた狼がいる。

 

ーーー10匹くらいか?いや、俺には見えないところにも敵意が向けられているのが分かる。

 ……なぜだ、どうして?


 不思議でしかならなかった。

 この1ヵ月あんなにも可愛がっていた友達が目の前で死んでいるのに冷静でいられる。

 そんな自分が怖かった。目の前や周りにいるであろう狼たちより自分の精神状態が冷静だったのが怖かった。


『ピー助を離せ』


 目の前の狼には伝わるはずがないのは分かっていた。今のマナには友達を救いに来たと装うしかなかった。

 

 狼たちにとっては目の前の人間は少年だが、自分より大きな者が来たことに警戒と敵対心の感情を向けていた。

 しかし、人間が1人しかいないことを匂いで確認すると精神が安定していくのが分かった。余裕が出てきたんだろう。

 今は嘲りの感情が出ている。


 マナは焦っていた。手元には父親にこっそり貰ったサバイバルナイフしかない。それに、集中して感覚を広げてみたら狼は17匹いることが分かった。


 これじゃあピー助を助けられない!


『ウサギは死んでいるだろ?目を背けるな』


 また、自分が言い聞かせるように喋りかけてくる。


 例えそうだとしても、このまま友達が無残に食べられるくらいなら怪我してでもピー助を奪い取るんだ!

 

『目を背けるなって』


 背けてなんか……ッ!?


 左足の太ももが噛まれた。死角から狼が近付いていたのだ。

 さすがに心が読めるといってもこの極限の環境では視野が狭くなるし精神の感知も、意識が見える対象に偏っていた。

 1匹の奇襲を皮切りに次々に襲いかかる。


 この時、マナは理解した。


ーーー自分が何に恐れ、涙したのかを。


………………

…………

……


『これは…』


 目の前では、今襲われている自分の姿が第三者の視点で写っていた。まるで自分の体が着ぐるみの様で、中に人が入った状態に感じる。


『やっと、理解したか』


『……』


 感覚的には分かっていた自分のイメージが、そこにははっきりと形を作って、俺を見ていた。


『俺は、【死】そのものが怖かったのか』


 そう、俺は狼に噛まれた時に死の恐怖を感じた。


『だれだって怖がるさ、ただ人一倍怖がりなのはお前だ』


 【彼】は言った。慰めようとはしていない。彼は、俺の本能の塊なのだろう。だから、俺より【俺】を知っている。

 だが、俺としてではなく他人のように判断する存在。マナはそう考えた。


『お前は3度死んでいる。

 前世での死、神のあやまちでの死。

 気ずいていないだろうが、俺ーーーが転生することで、その身体の元の持ち主マナ=フィルドーと混ざりあった結果での人格の死』

『つまりお前は、俺であってマナ。マナでもなければ俺でもない存在だ』


『っ…!』


 気ずいていた。マナではないし、残った記憶を自分の物として見れない自分は前世の俺でもないことは。


『目を背けるな。死を乗り越えろ。そして、死に抗え。それが、この身体に対するけじめじゃないのか?』


 負い目を感じていた。もし、俺が転生しなければ、いつかマナは感情を取り戻せていたかもしれない。そう思っていたからこそ恐怖していた。

 前世での死ぬ感覚は残っていないが、魂にはしっかり恐怖が染み込んでいた。


 心が【わかる】俺は自分の死への恐怖さえ感じていた。だから、自分の心には向き合わないでいたのだ。

 俺は、マナ。前世の記憶も無いし、フィルドー家の息子としての記憶も無いが、それでもフィルドー家の夫妻は愛してくれる。

 …それに、甘えていた。


 はぁ~。とんだ、甘ちゃんだな俺。


 自分という存在も曖昧に理解して、感情から逃げるように生活していたんだもんな。


『仕方がないことさ。怖いもんは怖いからな』


『向き合わせようとしている奴が言うかそれ』


 この時、【彼】は初めて笑ったように思えた。……そう、哀しげに。


『じゃあ、あとは頼んだ?いや、楽しめよ!』

『正直きつかったんだよね。この感情たちを留めるの。はいっ、』


 【彼】が俺に触れる。


ーーー感情の激流。汚れきった沼の水が渦巻くような感覚だ。


 やばい、心が完全に壊れる。


『やっぱり、すぐには慣れないか!少しはカバーしてやるよ!』


………………

…………

……


 意識が戻っていく。


 目の前には【僕】に群がって腕や足を噛み千切ろうとしている狼たちがいる。


 怖くはない。まだ、死んでいないんだから。あの、死ぬ間際に出る恐怖と比べればこんなものは恐怖とはいわない。

 

 ……いつまで、咥えているんだこいつら?離れろよ?


『ギャッ!?』『『ギャウ!?』』


 狼達が【僕】から離れる。尻尾が垂れ下がり、小刻みに震えている。


 ……いわゆる恐慌状態か?

 ちょっと怒っただけなのに。あれ?なんか【僕】から魔力が溢れてない?てか、黒っ!?


 魔力が夜の暗闇の中でも視えるくらい、黒いんですけど?

 これじゃあ、完全な悪役じゃん!


『え~と。とりあえずはどうすれば……あぁ!ピー助を回収しないと!』

『あとは、そうだな。

 うんっ!友達を殺した、こいつらは許したらダメだよね!一般常識として』


『グルルルッ』


 お!リーダー格が敵意向けてきたな。他も恐怖半分、敵意半分か。

ーーーでも、弱いな。精神が弱すぎる。

 

 敵意とは、もっと、殺気を込めないと


殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す『死ね』


 こんな風にね!

 

 なんか念じていたら、黒い魔力が地面の上に広がって、飲み込まれた狼たちが一瞬にして血を吐いて倒れたな。


ーーーまさか魔力と【僕】の精神が繋がっているのか?


 試しに、まだかろうじて立っているリーダー格に意識を集中させてみる。

 イメージは蛇。黒い蛇が相手の心を壊すイメージ!!!………できちゃった。

 

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