第6話 初めての崩壊

 主人公マナ=フィルドーは心が【分かる】、いや解るといったほうが具体的かもしれない。


 初めの1週間は違和感があった。

 例としては、


①寝ていると部屋に近付いてくる気配がする。決まって母さんが添い寝にやってくる。


②家でくつろいでいたら、台所から殺気を感じる。行ってみると、大の虫嫌いの母さんが魔法を唱えて台所ごと全滅しようとしている姿がある。


③父さんと夜に男だけの語り合いをしていたら、嫉妬の感情が駄々漏れの母さんが隣の部屋から聞き耳をたてている。


 母さん親バカすぎだろ…。もう12歳なのに添い寝はちょっと…。


 あまりにも感情がはっきり分かるものだから、俺、超能力者なんじゃないか?と中二病患者の思考に落ちてから、密かに感覚を覚えていたら対象の心のイメージや発している感情の種類を色や形、皮膚に当たるような触覚で【分かる】ようになった。

 もちろん、このことは親には離せないし、信じて貰えないだろう。


 ちなみに、今、俺の手から呑気に雑草を食っているこのウサギからは敬愛や友情的なものを感じる。

 このウサギ、名を【ピー助】は魔物だ。角生えてるし。

 こんな森林生い茂る場所では友達なんてできるわけがないから、ペット&友達1号として放し飼いをしている。はたから見れば、ただの餌付けされた魔物だが。


ーーー俺たちには、友情があるんだ!本当だ!指笛で寄ってくるし。


『最近、母さんの監視が強くなってな。これからはこっちに寄るペースを減らさないといけないんだよピー助。わかるか?』


『プキュ♪プキュ~♪』


『そうか、分かってくれるか!』


 多分、わかってないな。

 ま、いっか。こいつも魔物だし、エサ(雑草またはその辺の草)はやらなくても本能で生きていけるだろう。

 

 あまり、ここに居たらバレるし帰るか。


 母さんには、元気だって言ってるのに森に入らせてくれないんだよな~。

 まぁ、3ヶ月前まで植物状態みたいな感じだったみたいだったし?森で怪我したみたい?だから何かと怖いんだろう。森を見ていたら母さんから焦りや恐怖心を感じるし。


 前はストレスのせいで疲れが表情や感情に出ていたが、消え始めたきた頃から母さんは俺が家から出るのを怖がっている節がある。

 逆の立場なら頷けるけど、こうも寂しい静かな土地だと冒険とかしたくなるんだよな。男ですから!


ーーーそこで!

 森を歩いてすぐに見つかったのがこのピー助!バカな顔のウサギが横切ったから後を追いかけ回したら降参のポーズをしたので友達1号にしたのだ!


『今日の夜は、牛肉を使った鍋みたいだから抜け出して持ってきてやるよ』


『プ?』


『そうか、楽しみか!』


 ちなみにピー助は雑食だ。


………………

…………

……


ーーーー夜になった。よし、寝ているな。


 半径30メートル以内の精神状況を把握することで、その揺らぎから人が寝ているのか、嘘をついているのかが分かるようになっていた。

 集中したらまだまだいけるが、あまり範囲を広げると森の動物達の心まで読んでしまうので、力をセーブしている。

 

『ピー助待ってろよ!今、牛肉を持ってくからな!』


 わざわざ小声で言う。娯楽のあまりないここでは、ペットにエサを持っていくことさえ冒険だった。


プピィィイー!


『来ないな』


 いつものように指笛を吹くがペットは来ない。

 何か嫌な予感がする。こういう場合は、絶対に不幸が訪れると前世の知識が告げていた。なぜ不幸が訪れるかは分からないが、この嫌な予感は気持ち悪くなってくる。


ーーー吐き気がする。家に帰ろう。朝になって、探せばいい。


 森に入って数分だったがマナの心は揺れに揺れて崩れかけていた。まるで前世の記憶にあったプリンが揺れるように、マナの心は揺れていた。

 

 身体の向きを変えた。

 家に向かって1歩目を踏もうとした時、狼の遠吠えが聞こえた。


 ……今、聞きたくなかった。マナは森に入ったことを後悔する。



 遠吠えが聞こえた方角へ俺は走る。走ってる途中で心の中で、自分が問いかけてくる。


 なぜ走る?

 

 なぜ走る?


ーーーなぜ走る?


 自分が同じ質問を繰り返してくる。


 うるさいっ!静かにしてくれ!


 マナはそう念じていたが、実際はこの問いかけは動く原動力になっていた。

 これがなかったら、こんな光が消えたような暗い森の中で走らないだろう。本当ならランプを持っていきたかったが母さんが隠していた。昼間は許していたが夜の外出は許せなかったのだろう。


 脳内では、ピー助を貪る狼の図が浮かんでくる。



ーーーマナの目から涙が流れた。


 否定したい。否定するために走るんだ!


『無駄だろう?』


 心の声が、やけにはっきり聞こえた時、視界の先にはピー助の首を咥えた狼がいた。


パキッ……


 自分の体にひびが入ったように感じた。


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