Do or die
装具を身に着けて格納庫にやってきた俺を待ち受けていたのは、ORBIS適合者用のぴったりとしたスーツに着替えてきたルースだった。
「ORBIS搭載型ウィステリアか、いいね」
伊良部基地には適合者もいないのに、一機だけ配備されていたウィステリア迎撃機の存在理由を、俺は理解した。こういう時に使い捨ての切り札として出すためだ。
「お兄さん、ウィステリアは飛ばせるよね?」
「千歳で先月まで乗ってたよ」
「乗せてって」
ちょっと隣町まで、といったノリで彼女は俺に言った。
「基地司令と飛行隊司令の許可もあるし、ついでにいうと私のほうがお兄さんより星は一個多いよ」
「ルース……一尉?」
「いいねぇその呼び方。では本庄二尉、私の前席として戦場まで乗せていってもらおうかな」
「……了解」
ルースはウィステリアの機体中央に埋め込まれた卵型の操縦モジュールに飛び込み、俺は梯子を登って通常の戦闘機と同じコクピットに乗り込んだ。
「クリアード・フォー・テイクオフ」
管制塔からの許可を得て俺は最大までスロットルを叩き込む。
轟音とともにアフターバーナーに点火し、ウィステリアは加速していく。
「離陸後はサンセットの指示に従え」
「サンセットよりサシバ04、方位220。レプリ・フルクラム、6機だ」
サシバ04は俺のコールサイン。サンセットは隣の島にあるレーダーサイトだ。
「6機か……」
先に上がった分遣隊のF-15Jが2機に、俺達のウィステリアを合わせても敵は2倍。
空中管制機なし、那覇基地からの増援到着まであと25分。
サブディスプレイに浮かぶルースの侵食指数表示は94%だ。
できれば彼女を使わずに切り抜けたい。
「サシバ01、02がエンゲージ」
先行した分遣隊のF-15Jが会敵し、戦闘を始めた。
「サシバ02、ダウン」
「くそ……」
戦闘空域にたどり着くなり、先行した2機のうち1機が撃墜された。
「サンセット、ORBIS起動許可を」
ウィステリアの本当の性能を引き出すにはORBIS適合者との神経接続が必要だ。
そしてそれは、彼女がさらに侵食されることを意味する。
「……起動を許可する」
少し躊躇ってから、上は神経接続を許可した。
「ORBIS起動、神経リンク確立」
合成音声がルースと機体が一体になったことを伝える。
「アイハブコントロール」
こうなったら前席の俺にできることはなにもない。強いて言うなら周りを見張るくらいだ。
それすらも、機体各所のセンサーが捉える情報を直接認識できるようになった彼女からすれば雑音のようなものだ。
残る敵機は5。こちらの手持ちはミサイルが6発、27ミリ機関砲250発。
ORBIS搭載機の前席から空中戦を見るのはこれが初めてではない。
それでも、ルースの飛び方は同じ飛行機乗りとして称賛の言葉が出ないほど見事だった。
攻撃、回避、フェイント。
空を舞台にして彼女は踊っていた。
まず2機が中距離ミサイルの餌食になった。
生き残りのF-15Jに食いつく一機を引き剥がし、短射程ミサイルで吹き飛ばす。
わずか数分で戦力差をイーブンに縮めた。
「サシバ04、助かった! 戻ったら……」
分遣隊のパイロットからの礼は雑音でかき消えた。
「サシバ01、レーダーよりロスト!」
レーダー管制官が悔しそうに伝える。
「増援はまだ来ないのか?」
「あと10分!」
「ここで止めなきゃ……大丈夫、間に合うから」
ルースは荒く呼吸しながらなおも敵機に相対する。
サブディスプレイの侵食指数表示は98%を越えている。
バレルロールで真後ろに食いついた敵を前に押し出し、即座にミサイルを放つ。
敵機は直撃を受けて砕け散る。
「あと……一機!」
「ルース、もういい! あとは俺がやる」
「最後まで踊らせて」
侵食指数99.4%。
生涯最後のキルスコアを彼女から奪いたくなかった。
「ありがとう、私を信じてくれて」
こちらを振り払おうと逃げまどう残った一機との距離はミサイルの最小射程を割り込んでいる。
武装選択が機関砲に切り替わり、ウィステリアの右ストレーキに内蔵された機関砲が吼えた。
レプリ・フルクラムの翼が吹き飛び、きりもみしながら海へと吸い込まれていく。
「これで……分遣隊の仇は……とったよ。ユーハブ……」
苦しそうな声とともに操縦権限が前席に戻ってくる。
「ルース、おい!」
侵食指数は100%で赤く明滅している。
「イラブタワー、緊急着陸の用意を!」
着陸して機体を止めるなり俺はキャノピーを開け、非常用の梯子を伝って転がり落ちるように滑走路に降り立った。待機していた消防車がウィステリアを囲む。
黄色いパネルを開き、非常用レバーを引く。
ロックが外れ、ORBISモジュールのハッチがゆっくりと開く。
「ルース! おい!」
ベルトを外し、彼女のヘルメットを脱がせる。
完全にナノマシンに侵食されて生命活動を停めたルースは、穏やかな笑みを浮かべていた。
唯一白いまま彼女の背に残った風切羽だけが、彼女が確かに生きていたことを証明していた。
これが彼女との最初で最後のフライトだった。
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