Invoke

次の休暇、なぜか俺は療養所の面会受付に立っていた。

ロビーの作りは高級リゾートそのもので、こじんまりとした施設を想像していた俺は面食らった。

経営破綻したリゾート施設をそのまま国が買い取った、というところだろうか。

「面会ですか?」

「ええ、たぶんここの入所者だと思うんですが、この間前浜ビーチでした話の続きをしたくて……」

「前浜……あぁ、それなら419号室のルースさんだね。今はたぶんラウンジにいると思います」

「どうも」

受付に礼を言って面会者カードを受け取り、ロビーを抜けて西ウイングへの廊下を歩く。

ちらりと渡り廊下の右を見ると、水着姿の有翼人種の娘たちが黒く染まった翼をばたつかせながらプールで戯れていた。



尋ね人はすぐに見つかった。

「ルース、だったか」

「あれ、ビーチで黄昏れてたお兄さんだ。また会ったね」

有翼人種用の背もたれが細いロッキングチェアを揺らしていた彼女は読んでいた本から顔を上げる。

「もとは金髪だったのか」

「この髪? あぁ、よく言われるの。ここだけ金のまま残っちゃって。ダサいよね」

彼女はそう言って殆どが侵食によって銀色に変わった髪のひとふさを俺に見せてくれた。黒く染まった翼のなかほどに僅かにちぎれ雲のように残された白い羽毛が痛々しさを強調していた。

「ここは良いよ。静かだし、ご飯もおいしいし」

彼女はロッキングチェアから降りると大きく伸びをした。

南国の青と白の空を黒い翼が切り取る。

「で、こんな掃き溜めに何の用かな、お兄さん?」

「なにも。強いて言うならこの間飲み逃げされたソーダのお礼参りってところだ」

「じゃあ、今日は私のおすすめを奢るね」

ルースはおすすめと言ったドリンクのボタンを押してIDカードを自動販売機に読み取らせる。

「はい、どうぞ」

キンと冷えたくすんだベージュ色のスリム缶を手渡される。

「なんだコレ」

「飲む極上ライス。振ってから飲んでね」

甘酒みたいなものだろうか。彼女の言う通り軽く缶を振ってプルトップを起こす。

「んがっ!? 何だこれ……」

甘ったるくてドロドロした液体が口いっぱいに広がり、思わずむせこみそうになった。

「やっぱり、お兄さんもダメかぁ。私は結構好きなんだけどな」

「沖縄のご当地ドリンクは訳わからんな……」

顔をしかめつつ俺は缶に残った残りを一息に飲み干す。

「お兄さん、最近移動してきたでしょ」

「随分うちの事情に詳しいな」

「ま、元の職場だしね」

ルースが得意げに胸を張ると、シャツのポケットに入れていた携帯が震えた。画面には至急基地に戻るようにとの通知が浮かんでいる。

少し遅れてJ-アラートの国民保護サイレンが施設内に響き渡る。

「警戒警報発令、警戒警報発令、市民の皆さんは落ち着いて行動してください」

録音の放送に続いて館内放送が流れた。

「入所者の皆さんは部屋に戻り、窓から離れて待機してください」

「あーあ、呼ばれちゃった」

ルースの携帯にも俺と同じく、非常招集の通知が表示されていた。

「お前……それは」

「私だって、まだ籍は残してるからね。基地まで乗せて」

大急ぎで車に飛び乗り、エンジンをかける。

「よいしょっ」

ルースは助手席のシートを最大まで倒してシートベルトをつける。

「出して!」

サトウキビ畑に伸びる国道をアクセルベタ踏みで駆け抜ける。

島を繋ぐ橋を渡っている時、轟音とともに伊良部基地分遣隊のF-15Jがスクランブルしていくのが見えた。

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