不死身の烏は夕陽とともに
CK/旧七式敢行
Sunset glow
初夏の風が、椰子の葉を揺らしていた。
僕は助手席に置いてあった花束と手提げ袋を持って、墓地のはずれにある慰霊碑へ向かった。
「2023年7月28日の戦闘での犠牲者を悼んで」と刻まれた御影石のそばにはまだ新しい花束が供えられていた。
7月28日――あの日から、俺の乗機の後席は空席のままだ。
水平線に沈もうとする太陽が、ビーチをオレンジ色に染め上げていた。
ガイドブックにあった通り、なかなかの夕陽スポットだ。
俺は自動販売機で買った炭酸飲料を飲みながら、展望台のベンチに背中を預けて自然のショーを楽しんでいた。
着任早々わざわざ橋を渡って隣島の繁華街まで出かけるのに気が引けたのが主な理由だが、こうしてゆっくりと過ごすのも悪くない。
「となり、いいかな?」
声のした方を振り返ると、羽つきの娘が俺に会釈した。
銀色の髪を海風になびかせる姿は、宗教画に出てくる天使を思わせる美しさだ。
彼女の背中の翼は黒く染まっていた。自然の黒ではない、にぶく夕陽を反射するのは金属のそれだ。
有翼人種の翼がそうなる原因は一つしかない。だがそれに触れるのはよそうと思った。
「お兄さん、パイロットでしょ」
「なんでわかった?」
「翼のことを聞かないから」
彼女はそう答えて薄手のパーカーの袖をめくる。白い左腕に残る痛々しい手術跡は、俺も見たことがある。戦闘機と操縦者を直結する有機受容体脳機械インタフェースシステム――ORBISの適合手術の跡だ。
「適合者か」
「950秒」
と彼女は答えた。
「世界新記録だよ。神経接続して連続950秒。安全限界の3倍」
機体と神経を直接接続するORBISは当然、操縦者にも相当の負荷をかける。
ナノマシンを併用するマークIVになると、操縦者そのものを侵食するようになった。
「飛べなくなったのか」
侵食率が90%を越えた適合者は退役し、英雄として静かに余生を過ごす。
「うん、やりすぎちゃって今はこの島の療養所でゆっくりさせてもらってる」
そういえば、着任時にこの島には退役した適合者たちのための療養所があると聞いた。
「ごちそうさま」
いつの間にか俺の飲みかけのソーダの残りを飲み干した彼女は空容器を俺に手渡すと大きく伸びをした。
「門限までに帰らないとまた先生に怒られちゃう」
「あ、おい」
「ばいばい、お兄さん」
彼女は別れを告げるとぱたぱたと砂を散らしながら海へと駆けていく。
翼に海風をはらませ、オレンジと紺の合間に飛び上がった黒いシルエットが溶けていった。
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