タカハシマサアキ
「マサアキ! いいから下がれ!」
声は聞こえていたが、マサアキの体は思うように動いてくれなかった。
かざした盾にさらに圧力がかかる。押し返そうと思ったが力は五分五分かやや相手の方が上だ。両足を踏ん張って耐えないと押し切られかねない。
こんなことなら下半身を鍛えるためにもっと走っておくべきだったと後悔の気持ちがわいてくる。
下半身だけではない。上半身の筋力も足りていない。
剣、盾、防具。冒険者ギルドから借りた装備は自分の力量にあっていない。見た目重視で選んでしまったからだ。
剣は余計な装飾が入っているせいで重いし、盾も見栄を張りすぎて大きすぎる。防具は要所を守っているだけで軽量だが守られていないところにかすっただけで悲鳴を上げるぐらい痛い。
何もかも間違っていた。
はっきり言って冒険者を舐めていた。
それを今更ながら思い知らされる。
「下がりなさい、マサアキ! これ以上は無理よ!」
「ダ、ダメだ! 下がれないっ」
「ちっ。俺たちの言うことを聞けって言ってあっただろうが!」
マレスコが強引にマサアキとモンスターの間に割って入る。
大振りのナイフが武器をはじき、火花を散らした。
その動きでターゲットをマサアキからマレスコに変えたらしい。
一瞬の隙をついてマレスコはマサアキの首根っこを掴むと思い切り後ろへ引っ張った。
バランスを崩したマサアキはごろんとひっくり返る。
すかざすマサアキが抜けた場所にパルメが入って戦線を維持する。
「バカ野郎! 死にたいのか!」
「はあ、はあ……」
マレスコの罵声に何も言い返せない。
荒い呼吸を繰り返すだけで精いっぱいだった。
なんとか起き上がろうとするのだがうまくいかない。
足に力が入っていない。自分がどんな姿勢なのかすらわからなかった。
天井が見ているということは寝転んでいるのか?
手はどこだ?
足は地面についているのか?
「早く立って! 撤退する準備をするのよっ」
ようやく自分が仰向けに倒れていることを認識できた。
手をついて上体を持ち上げる。
膝に力を入れてやっと立ち上がることができた。
右手に剣、左手に盾。
大丈夫、どこにも目立つ傷はついていない。
「ふう、ふう、ふう、ふう……」
小さい呼吸を繰り返す。
ちっとも肺の中に空気が入ってこない。
目の前ではマレスコとパルメが半包囲しようと迫ってくるモンスターたちを相手に一歩も引かない戦いをしていた。
二人の背中は冒険者のそれだ。
自分とは違う。
今になって体が震えてくる。
「おおおおれ、だだだめだとおおもって……」
さっきからガチガチとうるさいと思ったら、自分の歯の根が合わずに音を立てていたことに気が付いた。
ぐっと奥歯を噛みしめると今度はアゴが震える。
その振動は首、肩、胸、腹、腰、足と伝わっていく。
ガタガタと全身が震えていた。
今にも手にした剣と盾を投げ捨てて、後ろを向いて逃げ出したかった。
「ゆっくり下がるわよ。足並みそろえて!」
「マサアキは背後の警戒だ! 頼むぞ!」
二人は戦いながら指示を出してくれる。
けれどマサアキはそれに応える余裕がなかった。
完全に右から左に声が抜けている。
「返事!」
顔を上げる。
ちょうどパルメの剣が敵の頭をかち割ったところだった。
びしゃりという水音がしたかと思うと、体から力が抜けたモンスターの体が崩れ落ちる。
「もしかしてケガをしてるの!?」
一瞬前にモンスターを斬り殺したばかりだというのに、パルメはマサアキを気遣う余裕があった。
「だ、だいじょうぶ……」
「よし、それなら一度押し込んで距離を開けたら全力で下がるぞ。退路の確認はマサアキに任せる!」
「え、ええ……!?」
「退路の確保よ! 今まで来た道は覚えてるわよね?」
「あ、えっと……」
戦闘で頭が真っ白になったので何も覚えていない。
「ダメそうだな。なら俺が誘導する」
「お願い」
二人の言葉にはマサアキを責めるような色は含まれていない。
ただ今必要なことだけを最小限のやり取りですませている。
ベテランの域にある二人は互いの次の行動を予測して位置を変える。
ファイターのパルメが殿を務め、スカウトのマレスコが先導する形になる。
当然パーティーの最後尾となるパルメは危険だが、このレベルのモンスターであれば問題はない。そこまで考慮に入れたうえでの判断と行動だった。
大切なことはパニックになっているマサアキをいかにして無事に地上へ連れ帰るかというのを二人は理解している。
「マサアキ!」
「……」
「マサアキ!」
「ひゃぃ!」
声が裏返っている。
そのことを自覚して、こんな状況だというのにマサアキの顔が朱に染まった。
「大丈夫だ。俺たちは必ず生きて帰る。マサアキ、お前も無事に帰してやるから心配するなよ」
「そうそう。この程度、冒険者をしていたら普通にあることなんだから。マサアキも今できることを全力でやればいいのよ」
「今の俺に、できること……」
「簡単だ」
しゃがんだマレスコは敵の足を斬りつけ、パルメは盾の大きさを利用して敵を押し返した。
これで三人とモンスターたちとの間に距離ができる。
マレスコがすれ違いざまにマサアキの肩を叩いていく。
「走って逃げるんだよぉ!」
「そういうこと」
茫然としてマレスコの背中を見送っていたマサアキの背中を押すようにしてパルメも出口へ向けて駆け出していた。
※ ※ ※
「……すんませんでした」
マサアキはダンジョンから出たところでマレスコとパルメに頭を下げた。
「なんのことだ?」
マレスコはしゃがんでダガーの状態を確認していたが、謝られている理由が本気でわからないようだった。首を傾げながらパルメを見る。
「さっきマレスコに前線入ってもらったことじゃないの? あんなの気にしないでいいんだからね。それに狭いダンジョンでモンスターに出会えば、最初の内はびっくりして動けなくなっても仕方ないわよ」
パルメの慰めの言葉も、今のマサアキには痛かった。
「でも、俺は戦士なのにマレスコさんに守ってもらって……」
「カッコ悪いってか?」
「…………はい」
マサアキは肩を落としてうなずく。
「んー……」
特に刃こぼれなどはしていなかったので、布で軽く拭ってから鞘へと納めた。
「そりゃあれか。俺がスカウトで、お前がファイターだからか?」
「……そうです」
顔を上げることができず、マサアキは地面を見ている。
「お前さ、レベルいくつよ」
「……5です」
「俺は32なんだけどな。ファイターのレベル5と、スカウトのレベル32。どっちが強いと思う?」
「それは……スカウトのレベル32だと思います……」
「それがわかってるならいいや。お疲れさん。今日は町へ引き上げようぜ」
立ち上がったマレスコはズボンをパンパンとはたいて荷物を背負う。
そしてそのまま町へ向かって歩き始めた。
「あ……」
マレスコの背中が自分を拒絶しているようで声をかけることができなかった。
「私たちも帰りましょう。いい、町へ戻るまでが冒険だからね」
パルメに促され、ようやくマサアキも自分の荷物をまとめ始めた。
※ ※ ※
マサアキが初めてダンジョンへ挑戦するにあたりベテランのマレスコとパルメに声をかけたのは、カレタカからパーティーを組むようにアドバイスをもらっていたからだ。
これまでにいくつかクエストを受けてレベルを上げてきたが、どれもお使いのようなものばかりでモンスターと戦ったりというのは一度もない。
だが、レベルが5になったところでそろそろ自分も冒険者らしいことをしたいと思い、冒険者ならダンジョンだろうと挑戦することにしたのだ。
二人はその日の食事代を出してくれるのなら付き合ってもいいと言ってくれた。
だからマサアキは装備を脱いでエプロンを身に着けるとギルドのキッチンに入る。
「あ、マサアキくん。おかえり」
ウェイトレス兼コックをしているキョウコに声をかけられた。
「……ただいま」
落ち込んでいる様子のマサアキを見てキョウコは少し驚いたような顔をしたが、結局は何も言わずに自分の作業に戻る。
キョウコの隣に立ったマサアキは料理の準備を始めた。
氷室にはマサアキが集めた食材も入っている。これらはギルドのクエストをクリアしていくうちに知り合った人たちから分けてもらったものだ。
鶏肉、ピーマン、タマネギ、ニンジン。それにキノコ類などを出す。
油を敷いたフライパンが十分に温まったところで野菜を入れて火を通す。
その間に角切りにした鶏肉に小麦粉をまぶし、こちらも炒める。
調味料を入れてとろみが出てきたところでナッツ類を加え、最後にごま油をかけたら完成だ。
ナッツの野菜炒めを教えてくれたキョウコに味見をお願いする。
「……ん、美味しいね」
「さんきゅ」
残りの食材で数品を作ると、ホールで待っている二人のところへ持っていく。
「お、きたきた。待ってたぜ」
すでに酒が入ってマレスコは上機嫌のようだった。
「今日のお礼です。俺が作りました」
「へえ、すごいわね。おいしそう」
「お、この野菜炒め美味いな。酒がすすむぜ」
二人はマサアキの作った料理に舌鼓を打ち、満足そうだった。
食事の間、マサアキは俯きっぱなしだった。
初めてモンスターと戦ったとはいえ情けなさ過ぎた。自分はもっとやれると思っていたのに全然だった。
それどころか二人を危険に晒してしまった。冒険者失格だと思った。
「それでよ、今度はいつダンジョンに潜るんだ?」
だからマレスコの言葉の意味がよくわからなかった。
「また潜るんだろ。冒険者は慣れよ。少しずつ慣れていけばいい。一度引き受けたんだ。お前が一人前になるまで見捨てやしないって」
「仲間を守ろうという意識、ファイターとしては大事よ。これからも忘れないで」
「でも俺、二人を危ない目にあわせて……」
「気にするなって。仲間なんだから持ちつ持たれつさ」
「それに、こんなおいしい料理が報酬なら文句ないしね」
「違いない。これからも頼りにしてるぜ」
二人は愉快そうに笑う。
「は、ははは……」
マサアキもようやく笑うことができた。
カレタカの言っていた通りだと思った。
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