カネモトシュウジ
その料理がテーブルに置かれたとき、少年は我が目を疑った。
それから配膳してくれたスタッフに醤油を要求し、いつもの分量だけかけ入れる。ドンブリの大きさにもよるが、およそ一周半。ちゃんと体が覚えている。これがベストの量だった。
しっかりとかき混ぜる。
卵の黄金色とご飯の真白色のコントラストが失われ、醤油の黒と混じりあって飴色に変化していく。
このとき米を潰してはならない。切るようにしてよくかき混ぜるのがポイントだ。
できた。
もう二度と口にすることはないと思っていたものが目の前にある。
両手を目の前であわせ、万感の思いを込める。
「いただきます」
右手にハシを、左手にドンブリを持つ。
目をつむると炊き立てのご飯と卵、そして醤油のかぐわしい香りが混然一体となり、たまらない気持になる。
カッと目を見開いた。
「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
そして猛然とした勢いでかき込み始める。
同じテーブルに座っている三人は全員が目を見張るような美人なのだが、少年の食事をそれぞれの表情で眺めていた。
「ふふ。シュウさんって、ご飯をとってもおいしそうに食べるんですのね。そんなにおいしいのなら、わたくしも注文してみようかしら」
「ちょっと必死すぎ。キモイ。あー、もう、泣かないでよ。ウザいんだから。っていうか、それって泣くようなことなの? あんたが泣いたところみたことないんですけど。だから泣きながら食べないでってばっ」
「あらあら。ほっぺたにお弁当がついちゃってますよ。いつまでたってもシュウジちゃんは子供なんですから。ママがとってあげますからね」
「ムシャムシャムシャ。ガツガツ!」
美女たちの反応には目もくれず、少年は涙を流しながらドンブリ飯をかき込み続けた。
「……ごっそさん!」
食べ終えた少年はテーブルにドンブリと箸をおくと、ぱんと両手を目の前で合わせて軽くお辞儀をする。
「うまかった。感動した! 日本人にはやっぱりTKGが必要なんだよっ」
すかさず一人の女性がハンカチを取り出して、シュウジが流した涙を拭く。
「いい食べっぷりでしたわ。ごはんをおいしそうに食べる男性って、とっても素敵なんですね。わたくし、シュウさんに惚れ直してしまいました」
「よせやい、照れるじゃないか」
テーブルでイチャイチャし始めたところに、ウェイトレス姿のキョウコが湯呑を置いた。
「こちらもどうぞ」
「おお!? これってもしかして日本茶? マジで? ありがとう!」
湯呑を持とうとしたが熱かったのでテーブルに置いたまま息を吹きかける。
「なんでわざわざ飲み物を熱くするんだよ。こんなことしたら飲みにくいだろ。さっきの店員は何を考えてるんだっ」
「あー、いや、いいんだよ。店員さんのことを悪く思わないでね。彼女は俺のためにこのお茶を用意してくれたんだからさ。食事のあとに熱いお茶を出してくれるなんて、なんてサービスが行き届いているんだろう。これぞおもてなしの心ってやつだよ。ホント、ここにきてよかった。ふーふー」
「シュウさんは何をしているのですか?」
「これはお茶を冷ましているんだよ。熱いからね」
「まあまあ、それならママがふーふーして冷ましてあげますのに。ほら、ママに貸してみてみて。ふーふーってすればいいんでしょう? ふーふー」
「ありがとう。……ずずず。ふぅ。うまい」
少年の名前は金本修二。
もともとは日本の高校生だったのだが、先日、この世界へと転生してきた。
彼には転生する際にひとつのギフトを授けられた。それが〈ランダム型アイテム提供方式〉の力。
つまりガチャをすることでシュウジに協力的なキャラクターを召喚する能力だ。なお、ガチャからはキャラだけではなく装備やアイテムも排出される。
ガチャのポイントはモンスターを倒したり、冒険者ギルドに限らずクエストをクリアすることで得られる。ポイントをためて一回だけギフトを使うより、たくさんためて10連続でガチャをした方がよいキャラが出るようだった。
「すげー久しぶりだよ。はー、いいよね、お茶。そういえば、こっちってお茶を飲む習慣ってないのかな」
「ありますわよ。わたくしは午後のティータイムが大好きですもの」
「でも、そのお茶って紅茶だろ? そうじゃないんだよなー。緑茶がいいんだよ」
これまでに排出されたキャラは三名。
お嬢様っぽい雰囲気のあるアースラ、素直ではないが根は優しいキュティス、ママキャラのミホとどれも濃いキャラ揃いだ。
彼女たちは最上級レアリティのキャラということもあり、スペックは非常に高い。このギルドに登録している冒険者たちの中でも上位に位置する。
しかし、彼女たちのマスターであるシュウジは駆け出しなので、今の彼は彼女たちにおんぶに抱っこ状態である。
パーティーのランクもまだ高くないのでギルドでの食事も可能だ。
「あ、キミキミ!」
「はい、なんでしょうか」
通りかかったキョウコを呼び止める。
「このご飯を作った人にお礼を言いたいんだけどいいかな?」
過去にドラマだったか漫画だったかで見た、美味い料理を食べたときにシェフへ感謝の言葉を伝えるシーンをやってみたかったのだ。
「えっと、私が作りました……」
右手を肩のあたりまであげるキョウコは畏まっている。
「そうなんだ。ありがとう。久しぶりに食べた卵かけごはんはやっぱり最高だったよ!」
それを聞いてキョウコもにっこりと微笑む。
「いいえ、こちらこそ。喜んでいただけてなによりです」
「いやー、マジ嬉しいよ。こっちの食事に不満はなかったけど、日本で食べてたものはやっぱりいいよね」
「そうですね。私も最初の頃はとんでもないところに来ちゃったなあって思っていたんですけど、意外に日本で見かけたものも多いんですよ。お米があったのには驚きましたけど」
「あ、わかる。西洋ファンタジーっていったら小麦とかジャガイモを想像するよね。あとはトウモロコシとか。まあ、この世界には全部あるんだけどさ」
「きっと皆さん、故郷が懐かしいんでしょうね。なんとか元の世界のものを再現できないかと活動されている方も多いみたいですし」
キョウコもシュウジが元日本人ということで会話がしやすいようだった。
もっともギルドのスタッフの多くは転生者だったり転移者だったりするので、今のキョウコは誰とでも普通に会話できるようになっているのだが。
「シュウさんがそんなに美味しいとおっしゃるのでしたら、わたくしもひとつ頼んでみようかしら」
「そうだな。シュウジの故郷の料理には興味あるし。あんだけ必死で食べてたってことはきっとおいしいんだろうし」
「ここのギルドの食事っておいしいって評判なのよね。せっかくですから私たちも注文しましょう」
三人も今日のおすすめ料理を注文する。
残念ながらシュウジが食べた料理は今日予定していた分がすべて出てしまったので注文できないとのことだった。
「お、なんだか話が盛り上がっているようだな」
「ギルドマスター。いいんですか、こんなところで油を売っていても」
キョウコにツッコまれ、カレタカはひょいと肩をすくめる。
「目の前に油を売っているウェイトレス兼コックがいるからいいんじゃないか」
「そういうのズルいですよ。私がお仕事をサボっているみたいじゃないですか」
キョウコの表情には、初めて冒険者ギルドへ顔を出したときの悲壮感はもうなかった。今の彼女には年相応の少女の笑顔がある。
「あー、すみません。俺が呼び止めちゃったから責めないでください。食事が美味かったのでお礼を言っていたんですよ」
「そうか。食事は日々の基本だからな。こう見えてキョウコの料理の腕前はかなりのものでな。いっそのことコック専業でやっていかないかと話してたりするんだ」
カレーや味噌汁のような簡単なものしか作れないと言っていたキョウコだが、元の世界では仕事が忙しい母親にかわって毎日の食事やお弁当を用意していたぐらい料理には慣れていた。
しかもこの世界には日本に近い食材があり、調理器具も多少の違いがあるとはいえ揃っている。
それ故、今のキョウコはウェイトレスとしてホールに出るよりも、コックとして調理場に立つことが多くなっている。
「やめてくださいよ。私なんてまだまだなんですから」
「このギルドに誘ってもらってよかったよ。こんなに美味い料理が食べられるなら、毎日だって通っちゃうよ」
そんなことを話していると、三人のところにも料理が届き始めていた。
「ええ!? なんですの、このお料理。こんなにおいしいものは食べたことがありませんわ」
「もぐもぐもぐもぐ……」
「シュウジちゃんが涙を流してまで食べていた理由がわかったわ。美味しすぎて、ママも泣いちゃいそうなんだもの」
三人の高評価にシュウジも嬉しくなる。
味覚が近い者といっしょに食事をとると楽しいからだ。美味い食事は人の和を作る。
「私よりもカレタカさんのほうがお料理上手ですからね」
「マジで?」
シュウジもカレタカにギルドに来ないかと誘われたクチだ。あのイケメンボイスに誘われれば男だってほいほいついて行ってしまうのは仕方がない。
年齢不詳ながら美男子だし、ギルドマスターなんて地位についているし、噂では超一流の冒険者だったというし、その上に料理上手とかどうなっているんだと言わざるを得ない。
神様っていうのは実に不公平だとシュウジは思った。
「簡単なものなら、な」
そしてぱちりとウィンクを一つ。
「今の私へのあてつけですよね? そうですよね?」
ぷーとキョウコのほっぺたが膨らんでいた。
「卵かけごはん、また食べたいなあ」
「準備に手間がかかるので一日3食限定なんです」
それを聞いて食事に夢中だった三人が目を輝かせる。
「シュウさん、明日は朝一番に来ましょう!」
「もぐもぐもぐ……」
「ママもシュウジちゃんが食べてたお料理を食べたいわ」
この三人が注文をしたら自分が食べられなくなってしまうのだが、一度は味わってもらいたいのでそれでもいいかなとシュウジは思うことにした。
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