ジョルジュ

 冒険者ギルドでは定期的に訓練会を開いている。

 これは一般にも開放されており、ギルドカードを所持していない場合は参加費用が必要だ。


 一方、ギルドカードを持つ冒険者は無料だが参加は強制ではない。

 だが冒険者になったばかりの者はなるべく参加するように指導されている。


 この訓練会では冒険者として知っておくべきことを教えてくれる。

 いくつもの難関クエストをクリアして成長していった冒険者たちは口をそろえて「訓練会での経験があったから今がある」と言うほど内容は充実していた。


 あこがれの冒険者たちもこの訓練会に参加していたと聞けば、よほど頭のネジが緩んでいる者でなければ参加しようと思う。

 結果として冒険者たちの生存率が上がり、クエストの達成率も向上し、みんなが幸せになれるわけだ。


 訓練会の内容は大きく分けると二つある。


 一つは屋外で生き抜く方法だ。ケモノに襲われないように眠る方法や、火種や飲料水を確保する方法。湿地、森林地帯などでの狩りに狩った獲物を食べるための処理などなどを教えてもらえる。サバイバル技術全般の訓練といえばわかりやすいだろう。

 これは旅をする一般人にとっても知っておくとよいことが多いため、旅商人を志す者が受けたりもする。


 もう一つは戦い方だ。

 冒険者となれば戦いは避けられない。人が暮らす地域を外れればそこはモンスターたちのテリトリーだ。自分の命を守るためにも戦う能力は必須と言える。


 この訓練はレベルが上がっても参加することができる。

 ある程度慣れてきた頃の方が危険だという考えもあるので、中級者を抜けるまで訓練会に参加するのは好意的に受け入れられていた。


 フルプレートを身に着けた若い冒険者の姿を見て、今日の訓練を担当するパルメが声をかける。


「ジョルジュじゃない。今日は見学? それとも参加?」


「あ、パルメさん。こんにちわ。ボクは戦闘訓練に参加します」


 ジョルジュは裕福な商家の息子だった。まだ駆け出しの冒険者なのにこれだけ立派な装備を整えられたのは親の援助のおかげだ。両親は商人としてかなりの成功を収めていたのだから。

 稼業は長男が継ぐことになっていたので、ジョルジュは早いうちから独立するつもりだった。そして小さい頃から憧れだった冒険者になった。


「そっか。今回の訓練は私が担当なの。よろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


 訓練会で講師を担当するのは冒険者を引退した者が多いが、戦闘訓練については現役の者がギルドからの依頼で請け負うこともある。

 パルメのようにソロでファイターをやっている場合は、時間があるときにこうして講師役を引き受けている。


 別にパルメが暇をしているというわけではない。クエストを受けていないから暇なんだろうというツッコミもあるだろうが断じて違う。

 パルメはクエストを受けるよりも、こういったギルドからの依頼を受けるのを好む傾向にあるだけのことだ。ちゃんとお金も出るし。


「今日はどのぐらいの参加者がいるんでしょうか」


「ジョルジュ以外は一般の方が四人いるぐらいだって。私一人だとちょっと大変な人数よね。ジョルジュは先輩なんだから、しっかりやってね」


 ぽんとプレートの背中部分を叩く。


「は、はいっ。頑張ります」


「あはは。肩の力が入りすぎよ。過度の緊張は実力を発揮できない。以前の訓練でそう教えてもらわなかった?」


「そうでしたね。すぅぅ、はぁぁぁ……深呼吸をしてリラックスしておきます」


 あくまで訓練なのだから命の危険はない。

 仮に怪我をしても癒しの魔法を使ってもらえることになっているので、その意味でも気楽だった。


「それでは訓練会を始めます。戦闘技能を学びたい方はこちらへ集まってください」


 パルメが声をかけると、ジョルジュをはじめとした五人が集まる。


「今日は皆さんが戦闘練習を希望ですか。わかりました。それでは一般の方の指導は私が行いますので、ここにある模擬刀を持って私についてきてください」


 箱に収められた刃をつぶした剣を手に取っている一般参加者を横目に、ジョルジュはパルメに声をかけた。


「ボクはどうすればいいんでしょうか」


 パルメといっしょに一般参加者の訓練に参加してもいいのだろうか。


「ジョルジュはどうしたいの? たぶん、こっちは本当に基礎的な練習になっちゃうから、あまり意味はないかもしれないよ」


 改めて自分の立ち回りの勉強をするつもりで訓練に参加したのだが、ジョルジュもギルドの一員だ。一般の人たちの訓練に付き合うのも悪いことではない。


「だったらボクも――」


「すまん、遅くなった」


 何か手伝いますと言いかけたとき声がかかった。


「ギルドマスター。お疲れ様です」


 パルメの挨拶に軽く手を挙げてカレタカが応える。

 彼の手には二振りの訓練用の剣が握られていた。

 ジョルジュの前にカレタカが立つ。


「どうなってる?」


「今日の参加者は五名です。うち、四名が一般の方で全員戦闘訓練を希望とのことでした」


「わかった。それなら任せてもいいな?」


「はい」


 返事をすると、パルメは戦闘希望者を連れていく。

 その後ろ姿を茫然としながらジョルジュは見送った。

 この場に残ったのは、ジョルジュとカレタカの二人しかいない。


「今日の戦闘訓練を担当するカレタカだ。まずは名前を聞いてもいいか」


「あ、は、はいっ。じじじ自分は、パーティー〈黄金の盾〉のリーダー、ジョジョルジュといいますっ」


「うん? ジョルジュだよな? 改名したのか?」


「あ、いえ! ジョルジュです!」


「そうか。訓練を始める前に少し話をしよう。座ってくれ」


 そう言うと、ジョルジュの返事を待たずにカレタカは地面に腰を下ろす。

 少しの間だけ逡巡したが、ジョルジュも地面に座った。


「さて、ジョルジュはレベル5だったな。〈黄金の盾〉のランクも1だったよな」


「……は、はいっ」


 驚いたことにまだ数回しかクエストに行ったことのないジョルジュたちのパーティーのことまでカレタカは知っていた。


「どうだ、冒険者の生活は。慣れてきたか?」


「えーっと……なんとかですかね。これまで一人の脱落者もなくやってこられました」


「うん、それはいいことだ。リーダーとして、これからも仲間のことをきちんと見てやってくれ」


「は、はい!」


「なんだ、緊張しているのか? いつも通りでいいんだぞ、いつも通りで」


 そんなことを言われても、ずっと上の存在だと思っていたギルドマスターとこうして会話をするなんて数分前には思ってもいなかったのだから仕方がない。

 頭の中が真っ白になってしまい、心なしか息苦しい。


「あ、あ、あああ……」


 何かを言わなければと思うのだが、言葉がさっぱり出てこない。

 とにかくこの場をつなぐためにも話題を出さなければ。なんでもいい。


「あの! ボクたちのパーティーはどうしたらいいでしょう!」


 その結果出たものはよくわからない話題だった。

 いきなりそんなことを聞かれてもカレタカだって困るだろう。


「えっと、今のは――」


「たしか〈黄金の盾〉に魔法使いはいないんだったよな。となると、瞬間火力と継戦能力がネックになってくるはずだ」


 脈絡のない唐突な話題にも関わらず、カレタカは付き合ってくれるらしい。

 しかもジョルジュたちのパーティー編成まで知っている。


「がっちり前衛を維持しつつ敵戦力を削るって戦い方になっているんじゃないかと思うんだが」


「その通りです。よく御存じですね」


「なに。そういうパーティーのが多いからな。〈神速の燕〉みたいなところの方が珍しいんだぞ」


 それはジョルジュの友達であるツェラーのパーティー名だ。

 あそこは先日ランクが2になったばかりだった。メンバーにソーサラーとプリーストがいるので、新人パーティーとしてはかなり注目されている。

 魔法が使えるメンバーが一人もいない〈黄金の盾〉と比べるとずっと恵まれている。


「パーティーによってとれる戦術は変わるし、どれがベストというわけでもない。〈黄金の盾〉はみんな防御力が高いから簡単に前衛が崩れないのがいいところだな」


 そこは胸を張れるところだった。だが問題はある。


「その分、火力がなくて一回の戦闘が長引く傾向にあるってところか」


 その通りだった。

 ちまちまと削って行き、こちらの体力が尽きる前になんとかするというのが基本戦術となっている。


「今回、戦闘訓練に参加しようと思ったのは、短時間で敵を倒す方法を身につけたいと思いまして」


 そのジョルジュの決意を聞いて、カレタカはニヤリと笑った。


「その意気やよしだ。必殺の型を持つことは大切だぞ。俺が一つ、お前にあった技を伝授してやろう」


 かつては超一流だったと噂されるギルドマスターから直接指導を受けられる幸運をジョルジュは神に感謝する。


「ありがとうございます!」


「訓練は厳しいぞ。最後までついて来い」


「はい!」


        ※        ※        ※


 ジョルジュとレゼルバは、先日パーティーランクが上がったツェラーのお祝いをするために冒険者ギルドに集まっていた。


「悪いな、二人とも。祝ってもらっちゃって」


「いいってことヨ。でも俺たちのパーティーのランクが上がったときはちゃんと祝ってくれよナ」


「もちろんだとも」


 このギルドでは安くて美味い料理を腹いっぱい食べることができる。しかも酒だって他では飲めないようなものばかりなのだ。

 三人の収入状況でもたまの贅沢ぐらいはできた。


「そういえば、二人の尊敬する人は相変わらずヒビトとミウラなのカ?」


 宴もたけなわ。

 ほろ酔い気分のレゼルバの問いかけにジョルジュとツェラーは難しそうな顔をする。


「どうしたんだヨ」


「鉄壁のミウラさんは本当に尊敬している。今でもボクの目標だよ。でも――」


「二刀を使うヒビトさんはオレの憧れだ。だけど――」


「「今一番尊敬しているのはカレタカさんだな」」


「……カレタカってここのギルドマスターの?」


 レゼルバの確認に、二人はしっかりとうなずいた。

 冗談を言っている様子はない。


「俺が知らない間に何があったんダ……」


 一人首をかしげるレゼルバだった。

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