ツェラー/エムリヒ/コレル/クルーガー
ツェラーたちのパーティーメンバーたちは背中を丸めて椅子に腰かけているだけで喉がひり付き、冷や汗が流れていた。
パーティー〈神速の燕〉のリーダーは腰に二本の剣を下げるツェラーだ。
先日、それぞれ別のパーティーでリーダーをしている友達二人と尊敬する前衛は誰かという話題で盛り上がっていた。
他のメンバーは炎系の魔法を得意とするエムリヒ、神聖魔法を使える癒し手のコレル、それからスカウトのクルーガーという四人構成だ。
今日はパーティーのランクが2へ上がったお祝いを冒険者ギルドでするつもりだった。だからツェラーはギルドの席を予約しておいたのだ。
だが、しかし。
その席にはすでにギルドマスターであるカレタカがニコニコ顔で座っている。
ツェラーたちは案内された席が間違っていないかと案内してくれたロセスに聞いた。だが彼女は笑って「こちらが予約の席です」と言い残して行ってしまった。
「どうした。座らないのか」
カレタカに促され、四人は顔を見合わせたあと、それぞれの椅子にかける。
そして無言で背中を丸め、冷や汗を流しながら座っている。
ギルドで一番偉い人との同席なのだ。まだ駆け出しの肩書が取れ切っていないツェラーたちが恐縮するのも当然のことだった。
「どうした。今日は祝いの席だろう。楽しくやろう。おーい、料理と酒を頼む」
カレタカはパーティーの面々の困惑を気にした様子もなく、スタッフに声をかけている。
クエストをクリアしたことで少し懐が温かくなったツェラーたちは、今日はお祝いだからとちょっと奮発してコース料理を予約している。
「ああ、今日は俺の奢りだ。腹いっぱい飲み食いしていくといい」
それを聞いて嬉しい気持ちがなかったわけではない。多少まとまったお金が入ったとはいえ、できれば出金は抑えたいのだ。
冒険に必要なアイテム、よい装備への更新。当然、日々の生活費もある。
駆け出しの冒険者たちは何かと入り用なのだ。
だからだろう、四人は顔を見合わせている。
料理代を肩代わりしてもらえるのであれば感謝の気持ちを伝える必要がある。そしてそれをするのはリーダーであるツェラーの役目だろう。
メンバーたちの懇願の視線を受けて、ツェラーは内心ため息をつきながら口を開いた。
「あ、ありがとうございます」
「なに、気にするな」
ひらりとカレタカは手を振る。
「こう見えて金はある。お祝いパーティー代ぐらいは問題ないさ」
ギルドマスターであれば相応の給料はもらえているし、かつては一流の冒険者であったというのが本当なら、死ぬまで贅沢な生活をしても使いきれないぐらいの資産をカレタカが持っていたとしてもおかしくない。
事実、ギルドから独立していく者が資金援助を必要としていれば、カレタカは気前よく貸している。
「……ところで、どうしてギルドマスターがここにいるんですか?」
代表して、今、一番聞きたいことを質問する。
「お前たち〈神速の燕〉のパーティーランクが上がったからに決まっているだろう。メンバーが誰ひとり欠けることなくランクが上がったんだ。おめでたいことじゃないか」
その返事にメンバーたちは驚く。
〈神速の燕〉はまだ結成したばかりのパーティーだ。当然、ランクは1から始まっており、先日のクエストをクリアしたおかげで2になったところだ。
そんな結成したばかり、しかも構成がいいとはいえ低レベルメンバーばかりのパーティーのことをギルドマスターが知っているはずはないと思い込んでいた。
「あ、いや、オレたちにとっては嬉しいし、めでたいことなんですけど……どうしてギルドマスターがオレたちのことを知っているのかなあと」
今度は聞かれたカレタカが目を丸くしていた。
「そりゃ冒険者ギルドに登録しているからに決まっているだろう」
「あのー、一ついいですか?」
「なんだ、エムリヒ」
「……っ!? ど、どうして私の名前を?」
まだ4レベルになったばかりのソーサラーの名前をギルドマスターが知っているはずがないと思っていたのだが、それは思い違いだったようだ。
「何か勘違いをしているようだな。いいか、俺は冒険者ギルドのギルドマスターだ。だからギルドに登録している奴のことは全員知っているぞ」
「マジですか……」
驚きだった。
具体的な数字まではツェラーたちも知らないが、少なくとも何百人という単位でギルドメンバーは存在している。それを全員知っているとは驚き以外に言葉がない。
「たとえばクルーガー。お前は弓が得意だな。いい弓だ。ショートボウの割に射程距離がある。スカウトだから当然、気配を隠したり察知するのが得意で、パーティーの目と耳が役割だ」
「おお……」
「コレルは8歳のときに信仰に目覚めたんだったな。熱病に罹って死の淵をさまよった結果、神の存在を確信してプリーストになることを決めた」
「そ、その通りです……」
「エムリヒは祖父が元冒険者でソーサラーだった。だから君は師匠と仰ぎ、勉強に励んだ。特に炎系の魔法が得意だったな」
「まさか、おじいちゃんの名前も?」
「クロイツナハだろう。爆炎系の魔法で名を馳せた人物だな。そうか、エムリヒが炎系を得意としているのはそれが理由か。血筋か、それとも憧れか。いずれクロイツナハと同じ爆炎の魔法も使えるようになるだろうさ。鍛錬を怠るなよ」
「……おじいちゃんのことまで知ってるなんて……驚いた」
「最後にリーダーのツェラー。二刀を下げてはいるが、基本的には一刀は鞘に納めたままワンハンドで戦うスタイルだ。将来的には二刀で戦うことを考えてだと思うが、今はまず両手でしっかり剣を操れるようになった方がいい。ワンハンドでやるなら筋力アップは必須だ。いくら軽めの剣を使っているとはいえ振り回され気味だろう?」
「あ、はい……そうです」
四人はあまりのことに口をあんぐりと開けて驚いていた。
※ ※ ※
最初は遠慮気味に料理を口に運んでいたツェラーたちだが、ビールを2杯空けた頃にはすっかり出来上がっていた。
「ツェラーが壁役としていまいち頼りないんだよ。だから俺がどうしてもフォローに回らざるを得なくて、後衛の二人を危険に晒しかねないっていうのがね」
「だったら、クルーガーは弓で敵を止めてくれよ!」
「バカ言うなって! 弓の一撃で止まるはずがないだろっ」
「味方を巻き込まないようにって思うと、どうしても魔法を躊躇してしまいがちで。ファイアランスとかを使ってツェラーをフォローしてあげたいんですけど、うまくできないんです……」
「いや、エムリヒはよくやってくれてるよ。お前は悪くない。悪いのはツェラーだから」
「オレだってゴブリンは同時に二体までしか相手にできないって。三体は無理!」
「だったら盾を持って相手をけん制しながらラインを維持してはどうでしょうか? もちろん傷ついたらすぐに回復はしますから」
「うーん、盾はなあ。オレの矜持が許さないっていうか……」
「そういうのはいらないってーの! お前のレベルを考えろよ。レベル6だぞ、6! どこぞの誰かに憧れるのは結構だが、まずは自分の足元を見ろって話をしているんだ!」
「うるせぇ! ヒビトさんのことを悪く言うな!」
「いえ、クルーガーはヒビトさんのことを悪くは言っていませんよ」
「そうだね。ツェラーがしっかりしてくれって言ってるだけだから」
「ぐっ、オ、オレが……悪いんですかね?」
ツェラーが聞いた先はカレタカだ。
「そうだな。まずはクルーガーの動きについてだが、お前はショートソードも使えるんだろう? だったら最初に牽制で弓を放ったら、あとはショートソードに持ち替えて前衛のフォローに入った方がいいかもしれないな。そうすれば前衛が安定する。ただし、奇襲の危険がありそうな場合は周囲の警戒をするべきだ」
「そこの優先順位はどう考えればいいんですか?」
「たとえば開けている場所なら視界が通るだろう。そうすれば近くに伏兵がいないかどうかがわかるはずだ。逆に森の中は姿を隠しやすいから警戒の必要がある。ダンジョンなら、クリアリングをしっかりしていれば前衛のフォロー、横道があるようなときは警戒に回った方がいいだろうな」
「なるほど。そうしてみます」
「エムリヒは無理に敵を攻撃しないことも考えたらどうだろうか。たとえば、防御系の魔法をツェラーにかけるとかだな。それだけでも壁の安定感は変わるぞ。魔法使いっていうのは魔法を使うだけが仕事じゃない。優秀な魔法使いほど攻撃魔法を使う頻度は高くないというしな。自分の手札をどう使うか。それを改めて考えてみたらどうだ。クロイツナハは爆炎魔法だけが得意な冒険者じゃなかったぞ。むしろパーティー全体を見て、そのときにもっとも必要な魔法を使っていた。師匠の派手なところばかりを真似ない方がいい」
「……お恥ずかしい限りです」
「コレルも武器を持って戦えるんだろう。だったら、クルーガーがツェラーのフォローにいったら、お前がエムリヒを守ってやれ。人の命を守ることはお前の信仰にとって大切なことだっただろ」
「はい、その通りですね。自分は後衛だという考えは改めようと思います」
「それからツェラー」
「はいっ。……え?」
慌てて自分の腰を触ってみるが、そこにあったはずの剣がない。
「一本は俺がしばらく預かっておく」
「そ、そんなぁ」
「情けない声を出すな。お前はパーティーのリーダーなんだぞ。自分のスタイルを追いかけるのを否定はしないが、まずは基礎を身に付けろ。仲間を危険に晒すようではリーダーどころか冒険者すら失格だ」
「…………はい」
「ヒビトは冒険者になったときはそんなに目立たなかったが、陰での努力は人の何倍もしていたんだぞ。英雄の表面的なところばかりに目を奪われるな。どうしてそういうスタイルを確立したのか、その流れを想像するんだ。大丈夫。少なくとも今の段階で当時のヒビトとの差はないからな」
「本当ですか!?」
「ああ」
若い冒険者たちとギルドマスターの宴はまだまだ続くようだ。
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