ヒビト/ミウラ/ク・ホリイ
「前衛で一番頼りになる冒険者?」
「そう。オレたちも前衛職なわけだし、それぞれ目標にしている人とかいるだろ。その中で誰が一番頼りになる前衛なのかを話そうぜ」
「それは面白そうだね」
冒険者ギルドの一角で、まだ駆け出しの三人がそんな話題で盛り上がっていた。
「じゃあ、言い出しっぺのオレからな。オレが一番頼りになると思っているのは
「あー、おまえ、あの人尊敬してるもんな。それで二刀流を目指してるんだろ。全然だけどサ」
軽そうな皮の鎧を身に着けた少年は腰に二本のソードを下げている。
「大きなお世話だ。オレだってレベルが上がればきっと……」
ぐっと拳を握りしめ、遠くを見つめる。
「いや、オレのことはどうでもいいんだ。とにかくだな、ヒビトさんの身の軽さと決断力の早さはすごいんだぞ。瞬き一つする間に相手の懐に飛び込んで切り刻む。100匹以上のゴブリンの群に単騎で飛び込んで殲滅できる冒険者なんて滅多にいないだろ」
「たしかにすごいけどゴブリン相手だからナァ。一匹二匹なら俺たちでもなんとかなるし」
「100匹だぞ、100匹! オレたちだったら囲まれて背後からブスリだろ。ヒビトさんのすごいところは相手に決して背後を取らせないところにあるんだよ。常に動き続けて相手の隙をついて一瞬で仕留めるのがカッコいいのさ」
「でもヒビトさんの一撃は軽いんじゃないかなあ。たしか薄刃剣ってすごく薄くて軽い剣のことなんでしょ。装甲が厚い相手だと苦戦しそうだよね」
「そこは手数で勝負なんじゃないかな。どんなに硬い相手でも、何度も斬られたらたまらないだろ。しかもヒビトさんは一刀でも強いのに、状況によっては二刀になってさらに手数を増やせるんだからな!」
「二刀ってそんなに有利か? 身軽さを維持するために防具は重いの使えないだろうし、そこにちょっと不安があるよナ」
「攻撃は回避するから問題ないだろ。ヒビトさんの辞書には、あたらなければどうということはない格言があるって聞いたことあるし」
「いくらなんでもちょっと乱暴だよ。たしかに素早さや攻撃力という面でヒビトさんはすごいと思うけどね。でも仲間を守るという意味では疑問があるかな。その点、鉄壁のミウラさんの安定感はとても頼りになると思うんだ」
次に名前をあげたのはプレートメイルを身に着けた少年だった。
ヒーターシールドを四人掛けの丸テーブルにもたれ掛けさせるように置いている。
「あ、その名前、聞いたことあるゾ。たしかドラゴンブレスすら防ぎ切ったっていう壁役だろ? その話が本当ならマジすげぇよナァ」
「パーティーで戦うときはヘイトコントロールが大事だよね。その意味で壁役は相手の攻撃を最前列で防いで味方が自由に攻撃できるようにするという大事な役目がある。この人ならば大丈夫という安心感をパーティーに持たせることができるのはすごいことだと思うんだ」
「うーん、それは一理あるかもな……」
「だけどサ、攻撃力には欠けるじゃないか。一応、前衛としては敵を倒す能力だって必要になるだろ」
「ミウラさんだって攻撃はできるよ。でもあの人はガーディアンだから仲間を守ることを優先して戦っているんだ」
「でもガーディアンって動きが遅いからなあ。やっぱり素早さって重要だとオレは思う。あと殲滅力な。敵の数を減らさないとずっと戦ってなきゃならないわけだし」
「攻撃力あり、素早さあり、敵を翻弄して壁役もできるという意味で、俺はファーストスピアのク・ホリイの名前をあげるネ」
肩に担いだ槍をポンポンと叩きながら最後の少年が名前をあげた。
「もともと対人戦闘においては槍は剣を上回る。『槍術三倍段』って言葉は知ってるよナ」
「そりゃ知ってるけど……」
「実際、お前は俺に勝てたことないしサ」
「う、うるさいな。オレだって腕を磨けばきっと……」
「悪ィ悪ィ。別に俺たちのことはいいんだ。ク・ホリイがすげェって話をしたいんだから」
「うーん、でも槍で強い人ってあまり話を聞かないし、ボクはその人のことをよく知らないんだよね」
「ガーディアンを目指しているお前は知らないかもナ。それに槍をメインで使う人も実際少ないし」
「使っている人が少ないってことは、それほど強くないってことなんじゃないか? 前衛なら剣のが一般的だろ」
「チチチ。わかってねェナ。だからこそ槍使いがカッコいいんじゃないか。それに槍を使っている人が少ないってことは対応法もあまり知られていないわけで、その点でも有利だって言えるだろ」
「対応しにくいという意味では、たしかに槍はやっかいだと思う。でも横にまわって柄を折ってしまうとかで対処できるんじゃないのかな」
「甘いナ! ク・ホリイの獲物を簡単に折れると思うなヨ。しかもあの槍は投擲武器としても使えるんだからナ!」
「なんだよそれ。ずるくないか」
「それを言うなら剣を二本振り回すのもどうかって話になるゾ」
「いいんだよ。ヒビトさんはそれが取り柄なんだから!」
「だったらお前にはできないってことになるナ!」
二人が険悪な顔をして睨み合っている。
「まあまあ。ここで二人がケンカしないでもいいじゃないか」
「……さらにだな、ク・ホリイは魔法だって使えるらしいゼ」
「前衛なのにか? そんなのってすごすぎないか?」
二刀を下げた少年が驚いたと言いたげな顔をする。
「もっとも、どんな魔法を使えるのかまでは俺も知らないんだけどナ。でも、前衛として戦える上に魔法も使えるっていうのは他の二人にはない有利なポイントだろ」
「うーん、そう言われてしまうとそうかもしれないね」
プレートメイルの少年は腕組みをして考え始める。
「それでもボクは安定感のある鉄壁を推したいなあ。パーティーの生存率が違うからね」
「それは仲間ありきの話じゃないか。単独での戦闘能力を考えたらヒビトさんにかなう前衛はいないって」
「単独行動能力なら槍使いのク・ホリイに間違いないネ。しかも魔法も使えるんだから、この中では断トツの対応力があるだろ」
三人は互いの候補を譲ろうとしない。
「おーと、話は聞かせてもらったぜぇ~」
テーブルの空いている席にどっかりと腰を下ろしたのはスカウトのマレスコだった。
「少年たち、元気にやっとるかね?」
「あ、はい」
「どうしたんですか?」
「うわ、酒くせェ」
マレスコは持っていたジョッキをドンと机に置く。
「俺に一杯奢ってくれたら、いい話を聞かせてやるぞ」
「駆け出しのオレたちに集らないでくださいよ」
「この前もボクたちがお金を出しましたよ」
「先輩として奢ってくれてもいいんじゃないですかネ」
三人は異口同音にマレスコを責め立てる。
「なんだよ、先輩のありがたーい話を聞きたくないっていうのか。何度もクエストの手伝いをしてやったじゃねーか。冷てーよな、まったくよ」
ブツブツ言いながらヘソを曲げる。
こうなると面倒なのを知っている三人は、ウェイトレスを呼びとめてジョッキを一杯注文した。
「マレスコさんってギルドでは食事できないんじゃないんですか?」
冒険者ギルドでは駆け出しでまだ十分な資金がないメンバーにのみ、格安の食事を提供している。
だが一定のレベルに達した者はここで食事をすることはできない。彼らには町でお金を使ってもらう必要があるからだ。
「あー、酒は別なんだよ。知らなかったのか?」
「ボクは知りませんでした」
他の二人も首を横に振っていた。
「なにしろギルドでないと飲めない酒もあるからな」
「お待たせしました」
ウェイトレスをしているギルドスタッフがテーブルにジョッキを置いた。
透明な器で、中に入っている黄金色の液体が見えている。
「んじゃ、遠慮なくいただくぜ。んぐんぐんぐ……ぷっは~! やっぱ、冷えたビールは最高だな!」
透明な器はビールジョッキ。お酒はビールだった。
しかもキンキンに冷えている。
「よく冷えたビールなんて他の店で飲めないもんな」
「魔法でも使ってるのかネェ」
「ギルドのキッチンには食材を冷やしておける棚があるそうだから、そこで冷やしているんじゃないのかな」
美味そうに喉を鳴らしてビールを飲んでいたマレスコがジョッキを置いた。
「んで、だ。頼りになる前衛の話だったよな。二刀使いのヒビトに、絶対防御のミウラ、あとは一番槍のク・ホリイだったか」
微妙に二つ名が違っているが、三人はうなずく。
「三人とも俺はパーティーを組んだことがあるんだが――」
「「「本当ですか!?」」」
「ああ。もちろん別々のパーティーでだけどな。たしかに三人ともすげぇ奴だよ。あのレベルのはちょっと他でお目にかかることはない」
少年たちはそれぞれが慕う英雄を思い浮かべながら胸を張っている。
「ヒビトの反応速度はやべぇ。この俺の目ですら追い切れないレベルだった。剣速もとんでもないな。使っている剣とも相まって目で捕えるのはまず不可能だ」
二刀を下げた少年がそうだろうとばかりにうなずく。
「ミウラの硬さはマジとんでもないぞ。あいつ、ジャイアントトロルの一撃でも平然としていたからな。人間じゃねぇ」
プレートメイルの少年は目を輝かせた。
「ク・ホリイの槍捌きは敵を懐に入れない文字通り槍の結界だ。しかもとんでもないのは投げた槍は百発百中。おまけに自動で戻ってくる。あれがあいつの魔法なんじゃねぇかな」
自分の相棒である槍の柄を叩いて少年が破顔した。
「んでまぁ、三人が揃ってある人に稽古をつけてもらったことがあるんだが、瞬殺だったね……三人の方が」
「「「……は?」」」
「ちなみに相手はここのギルドマスターな。カレタカさん。なんでも三人を冒険者に勧誘したのがあの人らしい。んで、腕を上げたから見てくれって三人で挑んで見事返り討ち」
三人ともぽかんと口を開けていた。
「その稽古の様子を聞きたいっていうのなら、もう一杯奢ってもらわねぇと口にはできないな」
その日、マレスコは浴びるほど冷えたビールを堪能することができた。
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