フクシマケンイチ
福島健一はメイドが三度の飯よりも好きだ。
いや、メイドも好きだがメイド服も好きだ。
どちらも好きなので、どちらかを選べと言われれば三日三晩悩んだ末に、両方と答えてしまうぐらい好きだ。
だから前の人生ではお金を握り締めて毎日のようにメイド喫茶に通った。
メイド喫茶を知らない人はいないと思うが、コンマ数パーセント以下の存在に向けて簡単に説明をしておこう。
メイド喫茶とはウェイトレスがメイド服を着ている。
それだけだ。
コーヒーや紅茶といった飲み物の他、軽食なんかも注文できる。
それだけだ。
ちなみにメイド喫茶では他にもさまざまなサービスを提供してる。
たとえば、注文した料理に美味しくなる魔法をかけてくれたりだとか、一緒に写真を撮れたりだとか、オムライスにケチャップでお願いをした文字や絵をかいてもらったりだとか、カードを引いて商品の割引をしてくれたりだとか。
そういった特別なサービスがあるから足しげく通うのだ。
もちろん、メイドとして働いている女性たちの笑顔を見て癒されるためでもあるし、給仕をしてもらってささやかなご主人様感を味わうためでもあるのだが。
さらにメイド喫茶ではいろいろなイベントを随時開催している。
アニメやゲームとコラボをして、登場キャラが着ている衣装に着替えるコスプレイベントは定番の一つと言えるだろう。
そういうときは作品に出てくる食べ物をイメージした料理も提供される。
彼女たちが創意工夫を凝らして準備するであろう新メニューは一通り試すというのが健一たち選ばれたメイドスキーにとっての恒例行事となっている。
食事のネタを提供しているのは関連してる野郎スタッフだぞなどと夢を壊すようなことを言ってはいけない。
どんな世界にだって言わなくてもいいことは存在するのだ。だから黙れ。
他にも季節モノのイベントは定番だと言えるだろう。
暑い夏の時期には浴衣デーがある。
和風テイスト漂う店内はいつもと違った喜びを提供してくれる。まさに暑い夏に一服の清涼感が得られるのだ。
ただし、過ぎたるは及ばざるがごとしというイベントがあったことも忘れてはならない。
スク水デーを開催することによって客が殺到してしまい警察騒ぎになったのだ。
客にも適度な節度が必要であり、イベントも煽りすぎてはならないという貴重な教訓が得られた。
あー、物事は前向きにとらえた方が何かと幸せになれるぞ?
他にもバレンタインのシーズンに顔を出せばチョコをもらえる。
これは欠かせない。健一も少なくとも十年はこのイベントに参加してきた。
寂しい? 何を言っているのだね。
ただ女の子からチョコを合法的にもらっているわけなのだが。
それのどこが寂しいというのか。ちょっとなに言ってるのかわからない。
え? もしかして君、頭悪いの?
女の子からチョコもらえるんですよ?
別にお金払っているわけでもないのに!
飲食代は関係ないですからー! 全然関係ないですからー!
チョコをメイドさんからもらっているご主人様に対する嫉妬ですか?
あー、わかりますわかります。
でも男の嫉妬なんて醜いですよねー。
ぷー、くすくす。
成果こそすべてだと社会に出て学ばなかった残念な人なのかなぁ?
母親からももらえるだろうって?
ははは、面白いことを言う人もいるなあ。
それはノーカウントに決まっているだろ。
そもそも女の子枠に入るのか、お前のかーちゃんは。
いや、そんなことはどうでもいい。
大事なのはメイドだ。
メイド以外は大事ではないのだ。
メイド好きを名乗っていると、たまにではあるがヘンなのに絡まれることがある。
メイドスキーにすれば取るに足らない、些細な言いがかりにしか思えないわけなのだが。
よくあるのがメイドはウェイトレスではないというものだ。
はあ。世の中を知らなさすぎる。
これは一見、正論のように聞こえるかもしれない。
いや、他人の見識を悪いと言うつもりはないのだ。
誰しも知らないことはある。もちろん健一にだって知らないことは多い。
具体的にはメイド以外のことはよく知らない。
だがよく考えてみて欲しい。
もともと日本にはメイドは存在しなかった。
いや、わかっている。
そんないちいちツッコミを入れないでも大丈夫だ。
日本にも貴人の近くに侍り、お世話をしたという女中や女房などはいたし、時代が下って家政婦と呼ばれる人たちが日本にも存在していた。
健一だってそのことは認めている。
事実を事実として受け入れないという狭量さは持ち合わせていないことをご承知おきいただきたい。
だが、あえて問いかけよう。
それはメイドと言えるのか、と。
たしかに役割や仕事内容において日本の家政婦とメイドには重なる部分がある。
しかし四本足だからゾウとネズミが同じと言っていいのかという話だ。
それぐらい日本の家政婦とメイドを同一視するのは乱暴なことなのだ。
改めて考えてみようではないか。
メイドとは何かを。
メイドと聞いて何を思い浮かべるか。
多くの人は仕事内容ではないだろうか。
ならばここでメイドの分類について触れておこう。
まずメイドがする仕事として思い浮かべるのは貴族の屋敷を清潔を保つために行う掃除だろう。この仕事をするメイドをハウスメイドと言う。
ホウキやハタキをもって掃除をしているメイド姿といえば海外映画の一コマとして時折登場する。
ディープなメイドスキーともなると、そういったシーンだけをつなげた動画を作成したりもするらしい。素晴らしい趣味の持ち主と言えるだろう。
次に貴族の子息子女の面倒を見るナニーメイド。いわゆる子守だ。
日本でもそうだったが、高貴な身分にある女性は自分で子育てをしないのが一種のステータスなのでナニーメイドが生まれた。メイドから母性を感じる場合はこのあたりが影響をしているのだと思われる。
子守ではなく女主人の身の回りの世話をするのがレディースメイドだ。他の言い方ならば侍女。
彼女たちは着替えを手伝ったり、外出するときに同行したりもする。
パーラーメイドは客間で給仕なんかをするメイドのことだ。お客様の目に触れることが多いので、容姿の整った者を選んだという。
メイドには美人が多いというのはこのあたりから来たのだろう。
細かく分類をすれば他にもいるわけだが、主だったところならば以上で十分だ。
さて。
メイドはウェイトレスではないという低レベルな話についてだったな。
果たして、そうだろうか。
なるほど、メイド喫茶のメイドは子守をしない。
なにしろメイド喫茶に子守が必要な年齢の客はターゲット層に入っていないのだろうから。
であるならば、メイド喫茶には最初からナニーメイドの役割はないと言ってもいい。ないものはないのだ。だから考慮に値しない。
メイド喫茶を清潔に保つため彼女たちは毎日掃除をしている。これはハウスメイドに該当する。
問題ない。
お客が来るとメイド喫茶のメイドたちは主人あるいは女主人としてお客を扱っている。そして給仕を行う。それはまさにレディースメイドであり、パーラーメイドである。
問題ない。
以上のことから、メイド喫茶のメイドはメイドであると断言できるわけだ。
異論は許されない。
その他にある程度の低いイチャモンといえば衣装についてだろうか。
曰く、スカートの丈がどうだの、生地の質がこうだの。
あー、いいかね?
そんな些細なことを気にして、胃が痛くならないか?
――スカートの丈。
ロングでもミニでも構いはしない。
スカートの丈に貴賤はないと信じる紳士なのだからな!
――ホワイトプリム派? シニョン派?
健一ぐらいのレベルになるとそんな違いは違いとは言わない。
メイドという尊い存在がある。それ以外に何が必要だと言うのだ。
――はわわ、ご主人様!
はわわは正義!
そもそもだ、日本に今あるメイド文化が花開く前は、メイドというものはほとんど認知されていなかったようなものなのだ。
メイドを愛する健一のようなピュアな心を持つ者たちは、パイなどが有名なおっぱいのところを強調する制服や、関西方面にあったパン屋の青と白のチェックの制服などを見てカラカラに乾いた心を癒していたのだ。
その頃に比べれば、今はなんと恵まれているのか!
暗黒期を過ごしてきた健一たちのような開拓者に向かって指差すのは間違った行為なので改めるべきである。うむ。
※ ※ ※
「というわけで、このギルドの制服はすみやかにメイド服にすべきだと思うんですよね!」
「は、はあ……」
このまとまりのない話をケンイチからされるのは何度目だろうと、ひきつった笑顔をしながらミレーアは考えていた。
ケンイチはこのギルドに所属する高位の冒険者だ。
積極的にクエストをこなしたりレベルを上げたりをしているわけではないが、優秀な冒険者だと見なされている。
ただし、この過剰なまでのメイド愛がなければ、だ。
「今の制服も悪くないと思うよ。この世界のものとはとても思えない。まるでボクが暮らしていた世界のような品質だ。よほど腕のいいデザイナーに発注したんだろうね。ボクにもそのデザイナーを紹介してもらいたいぐらいだよ」
「はあ……」
「そうしたら、ボクが最高のメイド服を提供してあげるからさ。なんだったら経費はボクがすべて持ってもいい。こう見えてそれなりに稼ぎはあるんだ。そうだ、クリーニングもボクが請け負うのもいいな。ふひ」
「随分と楽しそうな話をしているじゃないか」
低音の効いたイケメンボイスに、ケンイチの表情が固まる。
「や、やあ……ギルマス……」
「ほれ、パーティーメンバーが待ってるぞ」
カレタカは出入口を指差す。
そこにはそれぞれ異なるデザインのメイド服を身につけた女性たちがリーダーが来るのを待っていた。
「じゃ、じゃあ、冒険へ行って来ようかな……」
「無理だけはするなよ!」
しっしと追い払うように手を振ると、ケンイチはそそくさとメンバーのところへ向かった。
「あれさえなければいい奴なんだがな」
そんなカレタカのボヤキに、ミレーアは同意するようにため息をついた。
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