タカハシマサアキ
冒険者ギルドではクエストの斡旋以外にも、冒険で獲得したアイテムの買い取りをしている。
買い取るのはアイテムだけではない。重要な情報であればそれに一定の金額を支払ったりもする。
さらにこのギルドでは簡単な食事の提供もしている。
ただしここで食事ができるのはランクが低い冒険者だけと決められていた。冒険者カードを持たない者は食事をすることができないのだ。
冒険者と冒険者ギルドは切っても切れない関係にある。
ギルドが安価で食事を提供するのは金のない駆け出し冒険者たちを支援するという目的があった。
※ ※ ※
「なあなあ、俺の話をもう少し真剣に聞いてくれてもいいんじゃねーかな。絶対、悪い話じゃないんだって。むしろこの世界が一変するかもしれない貴重な話なんだぜ」
「すみません。私はここの受付でしかないので……」
ミレーアが困り顔で対応をしている。
「そんなこと言わないでくれよ。できたらここの偉い人を呼んでくれないかな。損はさせないからさ」
さっきからミレーアに話しかけている少年は動きやすそうで柔らかい素材で上下のデザインが統一された服を着ている。
端的に言えば、彼が着ているのは『ジャージ』だ。
つまり、彼はこの世界の人間ではないということだった。
「ミレーア、俺が話を聞こう」
「カレタカさん……お願いします」
少年は値踏みするような表情でカレタカを見た。
「俺はここのギルドマスターのカレタカだ。まずは君の名前を聞かせてもらえないか」
「お、おう。俺の名前は高橋正明だ」
「じゃあ、マサアキと呼べばいいかな? 俺はカレタカと呼んでくれ」
「ああ、いいぜ。カレタカさん」
「ところで貴重な話を聞かせてもらえるらしいが、いったい、どんな話なんだ」
マサアキはペロリと唇を舐めた。
「なあ、カレタカさん。あんた、野菜を食べるときってどうしてる?」
「野菜か。いろいろな食べ方ができるな。焼く、蒸す、煮る、揚げる、炒める、茹でる。野菜の種類によって料理方法を変えることで味は変わるから一概にこれというのは難しいな」
「お、おう……なんか、やけに詳しいみたいだけど、カレタカさんって料理とかできる人?」
「簡単なものならな。冒険者なら長い間、野外で生活をしないといけないこともある。そういうときに料理ができないと生き延びられない。それはマサアキだってわかるだろう?」
「もちろんだ。食事は肉体の維持だけじゃなくて、士気にも関わるから重要っていうんだろ」
「その通りだ。追い詰められたときこそ、しっかり食事をとらないいけない。いざというときに体が動かないからな。冒険者の基本中の基本だ」
「へへ」
嬉しそうにマサアキは鼻の下を右の人差し指でこすった。
「それで野菜を食べるときの話だったな。たとえば生野菜なら塩を振ったりするぞ」
「それだ! 塩っていうのを入手するのって意外に大変じゃないか? その、なんていうんだっけ、王様だけが売買をするっていう……」
「塩の独占販売権のことか?」
「そう、それだ! さらに海から遠いところだと塩も入手しづらいだろうし、値段だって高いんじゃないか?」
「そういうところもあるかもしれないな」
カレタカの言葉を聞いて、マサアキがにやりと笑う。
「そこでさ。卵と酢とサラダ油があれば! 俺がすげーもんを作ってやるよ!」
「ほほう、すげーもんか」
「そうだ。それをギルドに教えるから買い取ってくれ」
「そいつは物を見てからだな。その前に、どうして冒険者ギルドにその話を持って来たんだ。他のところに持ち込むことを考えなかったのか?」
人差し指を立てながら、マサアキはチチチと舌を鳴らす。
「俺の目的は商品を卸すことじゃないんだ。こいつの作り方の情報を買い取ってもらいたいんだよ。情報を売る先なら冒険者ギルドが一番だろう? 聞いたぜ。冒険でゲットしたお宝以外に、情報も買い取ってるってな」
「ふむ、目の付け所は悪くない。たしかに冒険者ギルドでは重要な情報と判断をしたら買い取ることもある。その最終決定権を持っているのはギルドマスターの俺だ。マサアキが偉い人間を出せっていうのも納得だな」
思惑通りだとマサアキは笑う。
「だが、その情報が本当に重要かどうかの判断はこれからさせてもらうぞ。それで、卵と酢と『サラダ油』を用意すればいいのか?」
「ああ!」
※ ※ ※
ギルドのキッチンはそれなりに広い。
さまざまな調理器具や食材などが揃えられていた。町の食堂と比較をしても十分すぎる施設といえるだろう。
「……なんか思ってたよりも立派なんだな」
ポカンとした表情でマサアキがつぶやく。
「なにしろ、ここで駆け出しの冒険者たちのための食事を作っているからな。道具も一通りあるから必要なものを使ってくれ」
「助かるぜ」
「材料だが、必要なものは揃っているかな?」
台の上には卵の入ったカゴに、酢とサラダ油の入った瓶が並べられていた。
「できたらマスタードや塩もあるといいんだけどな」
「大丈夫だ。用意できる」
「……なんでもあるな。よし、やるか」
腕まくりをしたマサアキが早速作業に取り掛かった。
「まずは卵黄の部分とマスタード、塩をボールに入れて、泡立て器でかき混ぜる……かき混ぜる……」
カチャカチャと音をさせながらマサアキはかき混ぜた。
「んで、ちょっとずつ油を入れていく……っと」
かき混ぜながら油を垂らす。
「とにかく混ぜる……混ぜる……混ぜる……手がつれぇぇぇ」
明らかに調理器具を使い慣れていないが、必死になってかき混ぜる。
「混ぜながら油を入れる。んで、また混ぜる……くそぉ、こんな大変だったのかよ。ネットで見たら簡単そうだったのに……」
固まってきたらサラダ油か酢を追加し、必死にかき混ぜる。
マサアキの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「お、おおお……なんか形になってきたんじゃね? それっぽいっていうか、粘ってきたっていうか……もうちょいだな……くそ、腕が攣りそうだ……」
ひたすらかき混ぜ続け、ようやく完成する。
「ふぅふぅふぅ……やっとできたぜ。って、あんだけ苦労したのにこれっぽっちなのかよ……」
ボールの中にはクルミ程度の大きさの白い塊があった。
「ほう。これがマサアキの言っていたやつか」
「そうだ、これがマヨネーズだ。食ってみてくれ!」
胸を張るマサアキはとても誇らしそうだった。
「このまま食べるのか? それとも野菜を用意した方がいいか?」
「俺はマヨラーだからこのままでもいいけど、初めてならやっぱ生野菜につけて食った方がいいんじゃねえかな。なんかあればいいんだけど」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
カレタカはキッチンの奥にある大きな前開きの棚を開ける。
中から白い煙のようなものがゆっくりと出てきた。
ただの煙ではない。冷気だ。
氷や雪を一緒に入れて低温で貯蔵する氷室というものもあるが、ここにあるものはそれよりも優れた機能を持っていた。
「お、キュウリがあるな。あとはこの器だったかな」
キュウリを二本と小さな器を手にしたカレタカが戻ってくる。
「こいつでどうだ」
「キュウリとはいいチョイスだな」
マヨネーズをキュウリにつけてカレタカがかじる。パリンと小気味いい音がした。
「ボリボリ……ふむ。どうだ、マサアキも食べないか」
「そうだな。せっかく作ったんだし……って、このキュウリ冷てぇ!? え、なんでだ? なんで箱に入ってたキュウリが冷たいんだよ」
「氷室に入っていたからな」
「ひむろ……聞いたことねえな。まさかこの世界に冷蔵庫があるとは思わなかったぜ……いや、待てよ。魔法がありなら生活系の道具に利用されている可能性も考えられるな……」
「ブツブツ言ってないで、マサアキも食ったらどうだ」
「お、おう。そうだな。なにしろ俺も初めて作ったものだからあんまり自信はないけど……ん、んん? なんか店で売ってたのと違う気がするぞ……」
食べ慣れたマヨネーズと比べると口触りもざらっとしているし、なんだか重かった。
「それに上手く混ざってない気がする……」
「なあ、マサアキ。よかったらこっちのでも食ってみろよ」
カレタカが差し出した小鉢には白いものが入っていた。
「これは……まさかマヨネーズか!?」
キュウリを付けて食べてみる。
「う、美味い! 俺のとは全然違う……本物のマヨネーズだ!」
驚いたマサアキがカレタカを見る。
「実はな、マヨネーズはこの世界でもかなり前から食べられているんだよ」
「なん……だと……」
マサアキはズシャっと両膝を床についた。
「一発逆転のネタだと思ってたのに……」
「自分から知識を売り込みに行こうというマサアキの気概はよしだ。この世界で生きていくには強い心がないといけないからな」
「……でも二番煎じには価値はねーだろ。ああ、これからどうしよう……」
「マサアキは料理人になりたいのか?」
「いや、本当は冒険者になりたい。でも金がないとろくな装備も買えないからまずは軍資金をこいつで稼ごうと思ってさ」
「なるほど。しっかり考えているんだな。冒険者をやるのならギルドから武器や防具なんかを貸し出しているんだがどうする?」
「やる! やりたい!」
「マサアキみたいなやる気のある奴ならギルドは歓迎するぞ。ただし踏み倒すなよ。俺をがっかりさせないでくれ」
「大丈夫だって。任せておいてくれよ!」
「あとは信頼できる仲間を早く見つけろ。ソロだと危険度が違うからな。それから料理ができる奴は頼りにされるぞ」
「わかった!」
「ギルドカードの発行はミレーアがやってくれるからカウンターに行ってくれ。死ぬなよ、マサアキ」
「ああ!」
笑顔を張り付けてマサアキはキッチンをあとにする。
「ははは。元気な奴だ」
カレタカが笑っていると、奥の扉からキョウコが姿を見せた。
「さっきの人ってもしかして……」
「キョウコと同郷の人間のようだな。よかったら気にかけてやってくれ」
「はい、もちろんです」
「しかし、キョウコの作ったマヨネーズは美味いな」
ホクホク顔でカレタカはキュウリを一本平らげた。
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