サトウケンジ
ギルドマスターはギルドにいるだけが仕事ではない。
ときには町の有力者としてさまざまな会合に出席をする。
今日も一つの会合に出席していた。
話は長時間に及び、商業ギルドの建物を出た時にはすっかり暗くなっていた。
「なんでわざわざ裏通りを行くんですか。危ないっすよ」
「危なくないように私たちが護衛をしているんでしょ」
今日の護衛はスカウトのマレスコとファイターのパルメだった。
「お前たちが守ってくれるんだろう? なら心配はいらないさ」
そう言ってカレタカが笑うと、二人も照れたように微笑んだ。
ギルドマスターから信頼を寄せられているということは、冒険者としての誉れでもある。
二人は特定のパーティーに所属しているわけではない。基本的にソロで活動しており、必要に応じてパーティーに参加するタイプの冒険者だ。
同じパーティーを組み続けることは案外難しい。
それは戦力的な問題でもあり、金銭的な問題でもある。人間関係で維持できなくなるのもよくあることだ。
そういった煩わしさを厭い、二人のようにソロでいる冒険者は案外多い。
「そういやマスミのところがスカウトを募集してたぞ。どうだマレスコ」
「んー、悪い奴らじゃないんすけどね。俺みたいなタイプとは合わなくて」
「あまり会話してる感じはしないのによく続いてるわよね」
「互いに干渉しないっていうスタンスのパーティーだからな」
実はマスミのパーティーを編成したのはギルドマスターであるカレタカなのだが。
「ま、しばらくはソロでいいすわ」
時折だが、ソロの冒険者にギルドからこうした護衛の依頼を直接行うことがある。
ギャラはそこまでよいわけではない。
だがギルドが信用した者にしか依頼しないし、滅多に危険に遭遇しない仕事なので喜ばれていた。
「あれっすよね。商業ギルドとの打ち合わせってアイテムとかの値段の相談すよね?」
「大雑把に言ってしまえばな。冒険者たちが持ち込む素材に偏りがあると値段が上下するだろう」
「毛皮とか肉とかを一度に持ち込んでもたいした金にならないってやつっすか?」
「そうじゃなくて。たとえばスピアラビットが大量発生したときに角を持ち込んでも高く買い取ってもらえないでしょ。みんなが角を売ろうとするから。だから時期をずらして売ればいつもの値段で買い取ってもらえるわけ。そういうのを冒険者ギルドと商業ギルドで調整しているのよ」
「すげーな、パルメ。お前ってもっと頭の悪い奴かと思ってた」
「なんですってっ」
パルメは腰に差した剣の柄に手を置いた。
「じゃれるのはその程度にな。仕事はしっかりやってくれ」
「……はい」
「……っす」
カレタカが裏通りを歩くようにしているのは理由がある。
人の目につきにくいところには問題が起きやすい。
スリであったり、人さらいであったり、場合によっては殺人であったり。
もちろん兵士たちは町の巡回をしているが、裏通りにまで目を配れない。
だからこそ冒険者ギルドが目の届かないところのフォローをしているのだ。
「最近、裏通りもきれいになってるっすよね」
「あ、わかる。以前はもっとゴチャゴチャしてて歩きにくかったもの」
「『ワレマドリロン』というのがあってだな。それを実践しているんだ」
聞いたことのない言葉だったのか、二人は顔を見合わせている。
「簡単に言えば裏通りを綺麗にして、冒険者ギルドの人間を巡回させ、ゴミなんかを放置しないようにしたら犯罪が起きにくくなるってわけだな」
「へー、そりゃマジなんすか?」
「バカね。実際に見ればわかるじゃない。ゴロツキを見なくなったでしょ」
「あ、そういえば……なるほど」
一般的に冒険者というのは荒くれ者と大差がない存在だと思われている。
その一方で冒険者が町の周辺に出没するモンスターを退治したり、アイテムを入手してくることで一般人の生活が成り立っている部分もある。
共存共栄のためにも冒険者たちには一定の品位をカレタカは求めた。
たとえば一般人に手を出さないとか、犯罪行為に手を染めないといったことだ。
「っと、いかん。忘れ物をしてきた。剣がない」
「ぶふっ。ちょ、そりゃいくらなんでも抜けすぎっすわ!」
マレスコは腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
パルメも仕方がないなと言いたげな顔をしていた。
「面目ない。他のギルドの建物に入るときに帯剣するわけにもいかんから抜いておいたんだが、そのまま忘れてきたらしい」
「しゃーない。俺がとってきますわ」
「いや、構わんよ。自分で行ってくる」
「いやいや、そういうわけにはいきませんって。俺たちは護衛なんすから。ギルドマスター一人を行かせられるはずがないっす。パルメ、あとは頼めるか?」
マレスコの問いかけにパルメは頷く。
「ええ、任せておいて」
「じゃ、すぐに合流するんで」
スカウトらしく足音を立てずにマレスコは走り去っていった。
「ギルドマスターにも抜けたところがあるんですね」
「これはみんなには言わないでおいてくれよ」
「さあ、どうしましょう。いい弱みを握ったと思っているんですよね」
「参ったな……今度、二人には美味い酒をおごるっていうのでどうだ?」
「それで手を打ちます。マレスコには私から伝えますね」
歴戦の冒険者だったと噂されるギルドマスターの意外な一面をパルメは好意的に受け止めたようだ。
「きゃ――!」
「逃がすなっ」
女の悲鳴。そして男の抑えられた声だった。
右手側の細道の先から聞こえてきた。
パルメは腰の剣をすでに抜いている。
カレタカが頷くと、パルメは通路に向かって走り出した。
足音が遠ざかっていく。
「そろそろ姿を見せても構わんよ」
一人だけ裏通りに残ったカレタカが誰もいないはずの空間に声をかける。
「……まさか、気づかれていたとはな」
ゆらりと黒い影が姿を現す。
「さっきの声もお前たちの仲間なんだろ」
「……それをわかっていながら何故護衛を向かわせた」
「あの二人を危険にさらすわけにはいかんからに決まっているだろう」
カレタカは丸腰にも関わらず余裕の表情だった。
「この場から生きて逃れられると思っているのか?」
「思っているさ。かかって――」
カレタカが言い終わる前に影が何かを投擲する。
同時に黒い刃を抜いて距離を詰めるために影が一歩を踏み出す。
「――きてもいいぞ」
カレタカは投げナイフをかわそうともせずに前に出たかと思うと、距離を詰めようとした影の一歩目が地面に着く前に鳩尾へ左手の一撃をくらわせる。
「ゲフゥ……」
影の身体がくの字に折れ曲がる。
前に出ながら掴んでいた投げナイフを頭上へと放る。
「グッ」
くぐもった声がしたかと思うと、どさりという重い音と共に何かが落ちる。
「ま、まさか……俺たちの動きを読んで……」
崩れ落ちた方はピクリとも動かない。
「毒か」
即効性の毒が刃に塗られていたのだ。
「あれは助からんな」
「ク――ッ」
影は逃げ出そうとする。
地面を蹴ろうとした右足の甲をカレタカが踏み抜く。
骨が砕け、腱が千切れる嫌な音がする。
「――ふっ」
影がバランスを崩して左足をついたところにカレタカのローキックが見舞われる。
「ゲハッ」
大腿骨を蹴り折られた影は壁に叩きつけられた。
「き、貴様……こんな、はずでは……」
影の身体からはしゅうしゅうと湯気のようなものが立ち上っている。
カレタカは影の前に座り込むと、がっちりと右手で顎を捕まえる。
「ギ、ギギギギギギ……」
これでは舌を噛んで死ぬこともできない。
「依頼主は――ほう、あの領主様か。俺も嫌われたものだな」
影は目を見開いた。
何故、目の前の男は依頼主のことがわかったのか。
「お前の正体は――名前はサトウケンジ。なんだ、転移者だったのか。道理でいい動きをするわけだ。持っている能力は――〈危機感知〉〈気配遮断〉〈直感〉〈再生〉ね。冒険者向けじゃないか。なんでこんなことをやってるんだ」
(な、何故だ……何故俺の本当の名前や能力が……転移者であるとわかる!)
「あっちの奴は仲間か? ――違うのか。あいつはこの世界の人間か」
カレタカは影の目を覗き込みながら話を続ける。
「――なるほど。お前、コミュ障ってやつか。こっちの世界に来ても友達ができなかった。パーティーに入れてもらえず、ソロで活動するしかなったんだな。そうしているうちに人間関係が希薄な裏世界に入ったと」
(やめろ! やめてくれぇ! 俺の黒歴史を暴かないでくれぇぇぇぇ)
「忠誠のために死ぬタイプじゃないと思ったんだが、もしかしたらこの〈再生〉って能力、死んだ状態からでも復活できる系じゃないか?」
(ど、どうしてそれを……っ)
「――やっぱりか。セーブポイント式か? それとも元の場所で復活か――なるほど、任意の場所に肉体を移動して生き返るタイプか」
(こいつ、どうしてこんなに詳しいんだ!? まさか、こいつも転生者なのか?)
「どうする、ケンジ。お前はこの世界で生き続けたいか。それともここで死にたいか。言っておくが俺はお前の〈再生〉を無効化することができるぞ」
(い、いやだ……死にたくない。死にたくない……)
「――そうだよな。だったら俺のところに来い。仕事を紹介してやる」
カレタカは両手を腰に当ててケンジの顔を正面から見た。
「……し、仕事を?」
「知ってるだろう? 俺は冒険者ギルドのギルドマスターだ。仕事っていえば冒険者の仕事だ。お前だってこの世界に来たときには冒険者になりたかったんだろう?」
ケンジは茫然としながらその言葉に頷いた。
「なれよ、冒険者に。俺が力を貸してやる」
久しぶりにサトウケンジの瞳に輝きが宿っていた。
※ ※ ※
「そういや、マスミのところに新人が入ったらしいすね」
マレスコは美味い酒を堪能していた。
なにしろ今日はギルドマスターの奢りだ。ただ酒より美味い酒はない。
「上手く行ってるみたいね」
パルメも同席している。
流石にギルドマスターは美味しいお酒を知っていると感心していた。
「ま、同郷で似た者同士だからな」
カレタカは喉を鳴らしながら酒を飲み干した。
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