ギルドマスターの就職斡旋録~石を投げれば転移・転生者にあたるこの世界にて~
さくら
スズキキョウコ
昼食時の殺人的な忙しい時間は少し前に終わった。
ホールのスタッフたちは遅めの昼食を隅のテーブルで取り始めている。
カレタカは奥の部屋から出てきて、かすかに昼の熱気が残る部屋を見渡した後、受付のカウンターへと向かった。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
カウンターにいるのは、いつも笑顔を絶やさないミレーアだ。
特別に美人というわけではないのだが、親身になって話を聞いてくれるということで人気のスタッフだ。
「今日はどんな具合だ?」
「初心者として登録した人は5人いました。皆さん、普通の人たちでしたよ」
「そうか」
ここはこの町のギルドの建物だ。安価な食事も提供しているので、食事時は持ち金を減らしたくない冒険者たちで溢れかえる。
「西の森あたりにモンスターが住み着いたようなので、こちらは初心者向けのクエストとして発注の準備をしています」
「ランクは?」
「1から2くらいですね。はぐれたコボルトのようですし、数も多くはないということでしたから」
「そうか。駆け出しにはぴったりだな」
カレタカはこのギルドのマスターだ。
暗い金色をした猫っ毛のせいで頭はいつもボサボサしている。顔立ちは整っており、声もイケメンボイスだ。彼に声を掛けられた女性は、まず嫌な顔をすることはない。
年の頃は二十代後半に見えるのだが年齢は不詳だ。
ギルドマスターという地位は若年者がなれるほど軽いものではないので、こう見えてかなりの年ではないかと噂する者も多い。
それに付随して、かつては超一流の冒険者だったとか、実は伝説のドラゴンを倒したパーティーメンバーの一人だったとか、ここだけの話だが王家の血筋なのだとかいろいろと言われている。
雰囲気を壊さないようにそっとドアが開いた。
それに気が付いたのはカレタカだけだ。
ドアに体を半分隠すように立っている少女を観察する。
黒い髪は肩にかかるぐらいのところで綺麗に揃えられている。
服装はこの世界ではあまり見かけない紺色の『セーラー服』だった。スカートの丈は膝上あたり。
踏み込む勇気がないのか、少女は入口で固まっていた。
『入ってきなよ』
『……っ!?』
いきなり声を掛けられて混乱をしている――のではない。
現地の人間から『日本語』で話しかけられたので驚いているのだとカレタカは理解していた。
恐る恐るという様子で少女がギルドホールへと足を踏み出す。
靴は『黒の革靴』だ。これもこの世界で見るものではない。
『こっちだよ』
再びカレタカに声を掛けられた少女は、ゆっくりとカウンターまでやってきた。
『ようこそ、この町のギルドへ。冒険者への登録を希望かな?』
茶目っ気たっぷりに声をかける。ぱちりとウィンクも付けた。
それだけで決まったパートナーのいない初心な女性冒険者なら顔を赤くしながら喜ぶところだ。
この少女の場合はそんなことはなかった。
だが少しは警戒心解いたのだろう。少女が口を開く。
『あの……あなたは日本人、ですか?』
少女は縋るような目でカレタカを見つめている。
二人の会話する言葉を聞いて、ミレーアは黙って席を外す。
こういった気遣いができるところも彼女が人気の理由なのだろう。
『いや、残念ながら。俺はこの世界の人間だよ』
『そう……なんですか』
如実に落ち込む少女。
『その前にお互いの名前を名乗ろうか。俺はカレタカ。このギルドのギルドマスターをしている』
『私は……鈴木京子です』
『じゃあ、キョウコと呼べばいいかな?』
『はい……』
キョウコのような名前はこの世界で生まれた者にはまずありえない。
ごくまれにあるのをカレタカは知っているが、それは些細な点だ。
『キョウコはニホンのジョシコウセイだね』
『ええっ!? ど、どうして知ってるんですか?』
怯えたようにキョウコはカレタカから少し距離を取った。
『実は君のような人は珍しくないんだ』
『珍しくない? 嘘です。だってみんな知らない格好してるし、建物も変だし、私にはわからない言葉で話してるし。私、英語なら少しはわかります。でも英語じゃない! それに……それに……』
『それに?』
『人間じゃない……人もいたし。み、耳が生えてて! ああいうのってコスプレってやつじゃないんですか? そうだって言ってください。じゃないと私……私……』
カレタカは頭の上に両手を置いて、ぴょこぴょこと動かして見せた。
『こんな風に、犬や猫やウサギのような耳をした人たちのことかな?』
『そ、そうです。それに、もっと変な人たちもいました……』
この世界には鱗をまとった種族や、羽の生えた種族なども生きている。
『日本』からやってきたキョウコから見ればどれも異質な存在にしか見えないだろう。
『うーん、ニホンっていうところはジンシュサベツみたいなのは少ないところだと聞いているんだけど』
『あ、そんなつもりはないんです……ごめんなさい』
素直にキョウコは頭を下げる。
彼女に差別意識はないのだ。ただ自分とは違う存在がいるだけなのだと心では理解しているのだから。
それは元の世界でも変わらないのだろうとカレタカは考えている。
『これって……夢じゃないんですか?』
最後の望みとばかりに問いかける。
『残念だけれど。ここは現実だよ』
『……そう、なんですね……はは、ははは……』
力ない笑いだった。
現実を受け止めきれないとき、ニホン人はこうやって笑うのだ。
嘆いたり涙を流す者もいるが、カレタカの知る限りニホン人の多くは笑う。
『さて、現実が認識できたところで確認をしようか。キョウコはここへ来る前に誰かに
『えっと………………はい』
『ふむ。その存在はなんて言ってたのか教えてもらっても?』
『……たしか手違いだったので、そのお詫びに別の世界で生きれるようにとか。あと何かギフトをあげるって言ってました』
『なるほどね。その存在はなんて名乗っていたのかな?』
『神様だって。でも嘘ですよね?』
『うーん、残念なことに俺はその存在に会ったことがなくてね』
『そうですか……』
キョウコは記憶を整理するように少し考え込んでいる。
『それで、ギフトっていうのは何をもらったの?』
『よくわからないので最初は断ったんです』
ニホン人というのは、この神と名乗る存在との遭遇時にギフトを与えられると言われても断る人が多い。
もちろん喜び勇んであれこれ要求する者もいるのだが、どうやらただで何かをもらうのに引け目を感じる人が多いのではないかというのがカレタカの予想だ。
もっとも最終的に神を名乗る存在は彼らにギフトを等しく授けるのだが。
『どうしてもと言われて……もらいましたけど……』
『そうなんだ。それはよかった』
『そうなんですか?』
『うん。この世界でキョウコたちが生きていくのはなかなか大変なことだからね。たとえばデンキなんていうものはないし、すまほだって使えない』
『……やっぱり』
キョウコはスカートのポケットから取り出した手のひらサイズの薄い板を取り出してため息をついていた。
『キョウコはどんなギフトをもらったのかな?』
『えっと、〈経験値ボーナス〉だそうです』
『なるほど。定番だね』
『定番なんですか?』
〈経験値ボーナス〉は文字通り経験値がたくさんもらえるギフトだ。
同じ経験をしてもより多くの経験値が得られるので成長速度が上がる。
『簡単にこの世界のことを説明しておくと……キョウコはあーるぴーじーっていうのを知っているかな?』
『スマホのゲームのですよね。はい。知ってます』
『それに似た世界だと思ったらいい。モンスターがいて、剣や魔法を使って戦ったりする。この冒険者ギルドはそういった人たちが利用する場所だよ』
『剣や魔法……そうなんだ』
この世代のニホン人は理解が早くて助かる。
『というわけで、キョウコは元の世界でトラブルに巻き込まれてこの世界に転移してきたんだ』
『……元の世界には帰れないんですか?』
『うーん、それを探そうとしている人もいるよ。紹介もできるけど』
『ぜ、ぜひお願いします! 私、お父さんやお母さんに会いたい……友達にも会いたい……元の世界に帰りたい……』
俯くキョウコの足元にポタポタと涙が落ちる。
『彼らは遠くに冒険に行っているからしばらくは戻ってこないんだ。それまでキョウコはどうする? どうやって生きていくつもり?』
『………………わかりません』
『キョウコは何かできることがあるかな。ギフト以外で。キミ自身ができること』
『……わかりません』
こういうとき、ニホン人はまず何もできないと言う。
本当は様々な知識や技能を持っているというのに。
この世界のものでなくとも文字の読み書きができ、四則演算ができるというのに。それが自身の強みだというのを理解していない。
加えて薄い差別意識もメリットだった。
最初は及び腰でも、慣れてくるとどんな種族ともそれなりの関係を築けてしまうのがニホン人の特性なのではないかというのがカレタカの分析だ。
『それじゃあウェイトレスみたいな仕事はどうだろう? このギルドでは食事も提供していてね。注文を受けて料理をテーブルまで届ける仕事をできる人がいると助かるんだ。他にも調理ができるというのもいいね。キョウコ、君はできるかい?』
『簡単なものでよければ……カレーとかお味噌汁とか……ウェイトレスならバイトでしたことあります』
『おお、それはいいね。どうだろう。ここで働いてみないか? 働いてくれるのなら部屋と食事と制服を提供できるけど』
キョウコは考えていた。
受け入れがたい現実と提示された生活の術。思考はぐちゃぐちゃになっているけれど必死に考える。
この世界で生き抜く方法を。
『働かせてください。よろしくお願いします!』
『ようこそ、キョウコ。この世界へ』
カレタカの差し出した手をきょとんとした顔でキョウコが見ている。
『握手だよ。あー、でもニホン人はあんまりしないだっけ』
『あ、はい。でも、します』
ぎゅっと手を握り合う。
ここは冒険者ギルド。
外の看板には『日本語』をはじめとした様々な言語でこう書いてある。
『自分がどこから来たかわからない人はこちらへどうぞ』
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