第18話 復讐

「すばらしい。見事に特級に勝利した。色々と制限をかけていた特級相手ではあるが、これはまぎれもない快挙。英雄の誕生と言えるだろう」

 柏手を叩きながら、上杉は健仁の前にでてきた。

 無傷だ。敵を倒してきてくれたのだろう。

 すぐに二人を連れて帰ろう。傷が深い。司先輩は無事だろうか。そう聞こうとして。

「先生、二人が!」

 いや、待て、何かがおかしい。制限をかけていた特級相手、といったか?

 それにその手には二人の胸から伸びていた黒い刃が握られていることに健仁は気がついた。

「先生、それは、なにを……?」

「どうした、誇りたまえ。君は今、英雄の第一歩を踏み出した。三つの過去を持つ、稀代の英雄。必ずや世界を救うだろう」

「何を言っているんだ!」

「何を? 決まっているだろう。英雄の誕生を寿いでいる」

「なんで二人を刺したんだ!」

「英雄の条件を知っているかね?」

「条件、今はそんな場合!」

「良いから聞き給え」

 上杉が手を振ると健仁は動けなくなるし、声もでなくなる。

 何かされた。だが何をされたのかまったくわからない。

「さて、では、英雄の条件を教えよう。それは全てを失うことだ。失い、それを原動力とすることで人は何十倍もの力を発揮する。

 そういう普通以上の力が人類を滅びの未来から救うために必要であると私は考えた」

 そこで、上杉は思った。

 英雄が必要ならば英雄を作るしかない。

 その切っ掛けこそが伊瀬司。家族を殺され天涯孤独となった彼女は復讐に燃え、力をつけた。

 入学してたった数か月で二年生を凌ぐほどの成長を見せ、単独でレベル六や上級フォールと戦えるまでに成長した。

「全ては復讐という原動力があったからだ。しかし、彼女の成長はとまった。彼女の仇のフォールが倒されてしまったからだ」

 しかし、良いモデルケースを得ることはできた。

 もし伊瀬司が何人もいたならばどうなるだろうか。おそらく世界を滅びから救うことも夢ではない。

 上杉はそう考えた。

「生憎と私の能力は人工的に悲劇を起すことに向いている。この世界には英雄が必要だ。だが、英雄は悲劇の中でしか生まれない。ならば悲劇を起すしかない」

 やめろ、それ以上聞くな、そう健仁の理性が叫ぶが、どれほど力を込めようと身体は動いてくれない。

 そうやってもがいているうちに上杉は致命的な一言を健仁に告げるのだ。

「だから、私は悲劇を起すことにした。フォールを操り君や今年入学した一年の家族を殺し回らせた。君は三瀬に入学し、史上初の三つの過去を持つ過去使いとなった。実験の初回から金の卵を引き当てた。私は滾ったとも。必ずや君を英雄にしようと思った」

 だからこそ、逆境へ追いやった。丁度良い鏡花を利用し、最も設備が悪く人数も少ないチームを作った。

 そこに小槻を言いくるめて送りこみ、過去を一足先に覚醒させたりもした。

 プライドの高い萌絵を近くに置き、健仁と反目し合うように未来を調節したりもした。

「本来、熱田萌絵という女は利口な女だ。相手の美徳を認め、褒めることができる良い人材だ。その上で努力も欠かさない天才。彼女もまた英雄の卵だ。

 だから君のライバルとしたかった。そのために少々性格を含めて色々と未来を調整させてもらったがね。これにはだいぶ骨が折れたものだ」

 ふざけるな、そう言いたかった。自分だけではなく萌絵すらも利用したというのか。

 英雄などというよくわからない存在のために、自分の家族は殺されなければならなかったのか。

「ぐ、この、ふざけ、る、な!」

 怒りが口を動かした。

 多少であるが、身体も動いてきた。

「おお、そうだ。それでこそ英雄というものだ。だが、もうすこし話を聞いてもらえないかね」

 さらにきつく縛られる感覚。また動けなくなる。

「良いかね? 伊瀬司の成長は止まったといった。復讐心を失った彼女はもう劇的な成長をしない。先ほどの君のような爆発的な力の覚醒もなくなってしまった。だから私は考えた」

 どうすれば英雄の特性を長続きさせることができるだろうか。

 それはあまりにも簡単に思いつくことができた。

「悲劇を与えてやればいい。再び大切なものを英雄から奪えばいい。その喪失が大きければ大きいほどに、英雄は力を増すだろう。

 英雄が君のようなお人好しで良かった」

 そう上杉は言いながら、萌絵の傷を踏みつける。

「あ、ああああ!?」

「萌絵!」

 健仁は心のうちで爆弾が爆発したようだった。それは身体を動かす原動力となり、立ち上がらせるに至らせる。

 ただそれは、上杉の言葉の証明であった。

「素晴らしい」

 その声に多分に喜色を混ぜながら、上杉は萌絵を踏みつけにする。

「や、めろぉ!」

「まさしく君は英雄的な人間だと思う。いいや、こういうべきか。ヒーローと。君ならば、人類を救う救世主にすらなれるかもしれない」

「ふざけるな! そんなことのために先輩や萌絵を犠牲にして、たまるか!」

 狂っていると健仁は思った。

 この男は狂っている。良い先生だと思っていたが、最初からこの男は狂っていたのだろう。

 ならばどうする。

 決まっている。

 守るんだ。

「そうだ。怒るが良い。その怒りが燃え盛る炎がお前の原動力となるのだ」

 ぱきぱきと音を立てて、冷気が足元から健仁の全身を包んでいく。

 ぱりんとガラスの割れるような音と共に、健仁の全身を装甲が包み込んだ。

「お前はここで止める!」

「それは困る。お前にはまだまだ強くなってもらわねばならん。私を仇として、より強く、より高みへ!」

「知るかあああ!」

 健仁はキレた。そもそも、そんなことの為に家族が踏みにじられたことが赦せない。

 全力で踏み込み拳を叩きつけんとする。

 だが、上杉はそんなもの読んでいるとばかりに装甲を身に纏い受け流す。

「そんなものではないだろう。それにお前の武器は拳ではない」

「わかってるよ!」

 言われた通りというのが癪であるが事実だ。健仁の武器は刀だ。冷気そのものを刀へと武装化する。

 それを兵士の過去で以て振るう。

「はああ!」

 攻撃の鋭さが増す。

 二人との共鳴と特級との戦闘で深まった過去への理解と深度は過去最高。武術はより強く健仁の肉体に刻まれ、己の技量として振るうことができるまでになっている。

 物質化する斬撃、その数、都合十。檻のように鋭い冷気を放つ斬撃が上杉を捉える。

 しかし、上杉の身体が

 収縮し内部の全てを凍り付かせ切り刻む氷の檻は上杉の肉体を傷つけることはなかった。

 まるで瞬間移動したように上杉は移動していた。

「なにを」

「教えてやろう。私の能力は未来操作だ」

「未来操作?」

「そうだ。私の能力は未来を操作する。望む通りに未来をスライドさせ持ってくることができる。例えば先ほどのように檻から脱出できる未来を持ってくればそれが現実となる」

「チートかよ……」

「いや、そうでもない。可能性がなければ未来は生まれない。ありもしない未来を作り出すことは不可能だからな」

「なるほど」

 ならばこいつが避けられもしない攻撃を放つのが正解ということだ。

「なぜ、そんなことを教える」

「なに、私だけ君のことを知っているのはフェアではないからだ。それに、知られたところで対策の使用がない。草薙ですら突如未来視に割り込む未来に対応ができないのだから」

 未来視を無効化した手段がこれか。直前まで別の未来を確定させておいて、突然、スライドさせて割り込み、別の未来として発現させる。

 それにより未来視による先読みと対処を妨害していたと。

「さらにフォールも自由に操れる。教員には条件が必要と言ってあるが、あれも嘘だ。私の力が続く限り、未来ならば問答無用に操れる」

「それなら、あんたが破滅の未来をどうにかできたんじゃないのか!」

「それも考えた」

 だが、無駄だったと上杉は自重する。

 己の力では世界の終末を示す、世界終末時計の針を数分戻すことができる。だが、それだけだ。

 まるで破滅は確定しているのだと言わんばかりに、ズラしたところに破滅が迫ってくる。

「そこで私は気がついた。私だけでは破滅の未来を覆すことはできない。だからこそ英雄が必要なのだ」

 繰り出される拳打。回避したとしても、直撃した未来がスライドしてくるため回避できない。

「くっ――」 

 要所要所をピンポイントで凍結させることで防御とする。

「そうだ。能力の使用法を考え続けろ。まだまだそんなものではない。お前の能力であるならば、私を即座に凍結して止めることをするがいい」

 身体能力は健仁の方が上。技量は上杉の方が上。

 未来をスライドさせ、望むものをひきよせる上杉を相手にすると必然的に健仁は不利に立たされる。

 怒りによる覚醒。本当に強くなったわけではないのだから当然だ。相手は数十年以上、フォールとの戦いに心血を注いできた男なのだ。

 まだ過去使いとして数か月。正式にフォールと戦う任務すら受けていない小僧の健仁が勝てるわけがない。

 勝てるとするならば――。

「ハアッ!」

 斬撃を放つ先から物質化する。実質的な間合い伸ばし。鞭のように斬撃をしならせれば、それだけで広範囲を薙ぎ払うことができる。

 それで己の領域を広げていく。辺り一面を凍結させていく。

 さらにそこに斬撃を滞留させて相手の動きを制限する。

「ほう、考えたな。しかし、そんなものは見ていればよい」

 未来をスライドさせてしまえば、そんなものは無意味だ。上杉の行動をしばるならばもっと物量がいる。

「なら、もっとだ」

 もっと、もっと。

 目の前の男は敵だ。

 彼がいなければ自分はこんなところにはいなかった。わずかに感謝するとすれば司と出会わせてくれたことだけ。

 それでは到底釣り合わない。幸せな日常の方がなによりも思いに決まっているのだ。

 こちらの日常も悪くないが、妹の分をまずは殴ろう。それから母と父の分も。それで初めて、健仁は前に進めるのだ。

「だから、力を貸してください、先輩!」

「ロックオン――」

 階段フロアの影の中から白刃が閃光の如く、広間を疾走する。

 例え、どれほどの距離があろうともロックオンしたのならばそれは必ず必中する。

「ああ、そうだともわかっているさ」

 伊瀬司が上杉に向かって斬撃を放った。彼女とて事情はわからないが、どちらに加勢するかと言われれば劣勢な方だ。

 結果として、その一撃は上杉の左腕を落とすことに繋がる。

「……何をしているのですか上杉先生」

「英雄を誕生させているところだ」

「……そうですか」

 興味はないが、先の一言に入り混じる狂気を感じ取ったらしい。司は戦闘態勢を解かない。

「なら、首を刎ねます」

 いくらなんでも話が早すぎる上に、躊躇いの欠片もない。

「……躊躇いは味方を殺す。だから、斬ってから考えるようにしている」

 この人、実は結構ぽんこつなのでは? という考えが健仁の中に浮かび上がってきたが、今は保留だ。

「いえ、先輩待ってください。あいつは俺の家族の仇なんです」

「……わかった。なら、復讐して」

「ええ、でもちょっと足りないので」

 作戦を司に伝える。

 その間も、上杉は黙って待っていた。腕から流れる血は装甲の効果で止血した。毒が肉体をむしばみ始めているため、全身を激痛が襲っていたが、そんなものは意志力で無視だ。

「……わかった」

 司は刀を鞘に納めて壁際に下がる。

「話は終わったかね」

「はい」

「では、来い」

 目を閉じる。

 そして、ただ抜刀する。

「――」

 その瞬間、健仁の刃は、上杉に直撃する。

「なに?」

 装甲に突き刺さった刃は即座に凍結を開始する。

 健仁の過去にこのような能力はない。新しい拡張がなされた。となれば――。

「そうか、伊瀬司との共鳴か」

「どうやらできたらしい」

 本当は鏡花からあらかじめ聞いていたのだ。司も来ていることを説明したら、彼女とも共鳴すればいいと。

 そういう過去があるという話を聞いていた。彼女には過去にだれがどんな繋がりがあるのかも見えるという。

 未来視だけじゃなく、そういう無形の者を見るというのが彼女の能力の神髄。普段はあまり役に立たないから未来視だけ使っているとか。

『いや、ずるいっすね』

『そうなのだよ。だから、わたし、超重要人物。敬って恋バナして』

『いや、それ二年の先輩から、おまえ正気か、やめとけって全員から止められたんですけど』

『さあ、萌絵ちゃんを助けにいくですよ!』

『露骨に話しそらしたな、この先輩』

 ともかく、ここにきて鏡花を助けている間に過去共鳴ができることは判明していた。あとはそれを実際にやってみただけだ。

 その能力は斬撃、刃、あらゆるものの逃走。健仁を中心として、あらゆるものは逃げ出す。

 そういう異能が共鳴により発生していた。

 これは過去に敵対していたなどの反発があったことによる過去の事例によくあることで、能力が逆転したりその過去の持ち主が相手の過去にあった事象を再現したりする。

 そんなことをおそらく萌絵に意識があれば解説していただろうが、生憎と彼女は気絶中だ。

 そのためその事象に思い至ったのは上杉のみ。

「ふっ、素晴らしい。まさしく英雄だな」

 さらに再び刃や氷柱が直撃する。

 シャレにならない速度で突き刺さり上杉の肉体を抉っていく。

 未来をスライドさせて逃げようとしても無駄だ。スライドさせた未来から彼の攻撃は逃げる。

 そして、別の未来へと到達してしまう。

「ふはははは。素晴らしい」

「最後まで、そんな調子かよ」

「英雄の誕生だ。素晴らしいではないか。それ以外に言う言葉はない。お前は世界を救え」

「それは知らん。俺はただ復讐と……恋の為にここにいるんだからな」

 そして、刃を振るった。

 一刀両断。

 上杉は倒れる。

「…………」

 復讐を果たした。

 しかし、思ったような達成感はなかった。

「……どう?」

「そうですね。よくわかりません」

「そう……」

「でも、とりあえず一区切りかなって」

「そう思えたのならよかった」

「あ、そうだ、先輩」

「……なに」

「デートしてくれません?」

 思い切ってというか勢いで言ってしまった。

 何を言っているのだろうと思うが、言ってしまったものは仕方ない。そして、仕方ないものはどうしようもない。

 あとはもう沙汰を待つだけ。

「……良いわ」

「やった――あ、れ?」

 そして、健仁の意識は嬉しさとともに闇に沈んでいった。

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