第17話 ロスト

 まず、健仁と萌絵がやるべきことは過去の共鳴。

 それにより発生する合体技は強力であるが、それ一発しか残弾がない状態であれば軽々に出すわけにはいかない。

 しかし、共鳴をすることで発生する効果がある。

 健仁と萌絵がするのは今回はこちら。

 過去の共鳴をすることで共鳴中、互いの過去が同期する。出会った場所と深度に応じて入り乱れる。

 何が起きるかを単純に言えば、過去の共有による異能力の共有にも近しい分割とステータスの上昇。

 過去共有の深度にもよるが、未熟な一年生でも上級を倒せるレベルまで高めることができる。

「へエ?」

 高速で機動する萌絵の一撃を氷が追いかける。

 四肢で触れた部分の氷結が共鳴により萌絵が得た能力だ。そうやって放たれる爪撃をロストへと叩きつける。

 振るう軌跡に氷が発生するのは、健仁のもう一つの過去とも間接的に接続しているからだ。

 過去の繋がりが広がるほどに能力の解釈も広がる。

 少なくとも今の二人は現状、上級を倒せる程度にポテンシャルが引き出されている。

「ッ――」

 もちろん、それは木製の器に燃え盛る溶岩を詰め込んでいるようなもので、己の身を燃やしているのと同じ所業だ。

 苦痛が苛むが、これしかないのならばやるしかない。

 萌絵は振り下ろした爪を引き戻さず、前に倒れこむように腕を曲げる。足を曲げ、さらに腕をバネとして両足を跳ね上げてロストの顔面へと打ち付ける。

 獣装甲による強化された筋力により衝撃を伴ってロストは、宙へと打ち上げられる。

「貫け!」

 そこへ健仁が氷柱を放つ。

 両腕一杯で作った五本の氷柱を拳で殴って打ち出す。共鳴により獣に近づいた身体能力のおかげで砲弾の威力は十分。

 拳から血が流れるがその血を固めてナックルガードにして接近。

 それは萌絵も同じ、直撃を喰らい落下してきたロストへと同時に走りこむ。

「「喰らえ!」」

 互いの拳がロストの顔面を捉える。

 ぴしりと嫌な音が響く。それは健仁の腕から聞こえてきたが知ったことではない。そのままさらに能力行使。

 一気に冷気を広げ、ロストの身体自体を凍り付かせる。

「萌絵!」

「言われなくても!」

 振り上げた脚から放たれる踵落とし。氷ごとロストの肉体を砕かんと放たれる。装甲の踵は尖っているため殺傷力は高い。

「ハッハハハ!」

 だが、その一撃をロストは受け止める。砕けた氷が破片と散る。

 その身体に傷の一つもない。殴った部分もロクなダメージにはなっていない。単純に威力が足りないのと過去の深度も足りていない。

「良いぞ、やはり戦いは素晴らしいよなァ!」

 今度はこちらの番と言わんばかりにロストが笑みを浮かべる。

 肉弾戦に付き合うと言わんばかりに放たれる拳。狙いは萌絵。

 ロストは先ほどの攻防で気がついている。健仁の方は装甲がなく、肉弾戦をするタイプではない。

 動けるが、防御力及び打撃力はなく相手にならない。

 萌絵の方は動ける方。狙うならばまずはこちらを行動不能にする。

「でしょうねぇ!」

 その猛攻を何とか捌きながら萌絵は反撃の機会を探る。

 なぜだかわからないが、ロストは体術を駆使してくる。人間の真似をしているのか遊んでいるのかは不明。

 真面目にフォールの思考を考える。何故ならば、特級はその能力が限りなく人類滅亡シナリオに近づいている。

 かつて逃したフォールならばデータがある。戦闘の片手間でオートで検索させたものがようやく出る。

 絶滅シナリオ『気候変動』。

 それはオーソドックスな絶滅シナリオの一つ。地球温暖化などによる人類生存圏内の気候が変動することにより、生存不可能領域となること。

 この手のシナリオを持つフォールの能力は概ね、天候などを操作、あるいは操るもの。

 データによれば発生するのは風による風化現象。

 つまりは、物理的に削り取られる。

「あんまり時間かけられないわよ。健仁!」

「わかった!」

 健仁が氷の壁を作る。守りに入ったか。

「うりゃあ!」

 その間も萌絵は攻める。

 とにかくロストに能力を使わせないように、果断なく攻め続ける。

「ハハハ、その程度か? 子犬に撫でられたようだなァ」

「あっそう!」

 ならばもっとあげる。

(集中しなさい、熱田萌絵。今はもう何も考えるな)

 ここで負ければどうなるかも考えない。ただ目の前の相手を殴る。雪辱を晴らす。熱田の誇りを賭けて。

「ふぅ……」

(雰囲気が変わった)

 ロストは萌絵の変化を如実に感じ取る。

 強敵との戦闘は大きく自分を成長させる。ここまでロストがレベルアップを重ねることができたのも、一年ほど前、健仁の家族を殺す前に殺されかけたからだ

 あの時、伊瀬司に殺されかけて必死になった結果、特級にまで成長できたのである。

(うん?)

 そこでロストは不意に気がつく。

 なぜ自分は健仁の家族を殺したのだろう。行き掛けの駄賃にしては、追われている途中だったはずだ。

 それなのにどうして自分は。

 そこまで考えて、萌絵の拳が眼前に迫っているのに気がつく。

 そのまま受けてもいいが、首をそらして避ける。

「――」

 避けられたと見るや、即座に高く跳ね上がった脚による蹴りが来る。

 それは受け止め、軸足で飛んで放たれる再度の蹴りは頭を下げて躱す。

 徐々に鋭さが増している。まだまだ深さは足りないが、共鳴分で下駄をはいている。

 この短い時間でも攻撃を通すくらいはできるようになるかもしれない。

「まあ、オレ様には勝てないだろうがなァ」

 そう能力を使えばこんなもの一撃で終わるのだ。そう、使えば。

 使う気はない。もっと遊んでもいいだろう。

「フッ――」

 放たれる爪撃と冷気。

 それを押し返し、お返しの拳に蹴りを放つ。

 鋭い感覚で来る場所を予測しているのか、萌絵にその拳は当たらない。

「なら、これはどうだァ!」

 計画変更。

 先ほどから動かない健仁を狙う。

「待て――」

 当然、萌絵は追ってくる。

「崩れた」

 それは明らかな戦闘の流れを崩している。

 追いかける寸前の間隙へとロストは即座に滑り込む。元々から狙いは萌絵の方が先だ。 

 健仁を狙うと見せかけて萌絵を崩す。そのつもりだった。

「ごァ――」

 全力の拳が萌絵の胴を突き刺す。

「ヘェ」

 だが、衝撃のほとんどが内部へと貫通したが装甲は破れていない。内臓のいくつかが破裂しただろうが、一撃での落命は防いだ。

 もとより装甲の強度は変わらないのだ。誰であろうとも装甲は一定。素材が同じなのだから、硬質化の能力でもない限り装甲が教師も生徒も同じなのは当然であった。

「こんの!」

 だから、腹に一撃を喰らった瞬間、萌絵は貫通していないことを悟り、即座に相手の腕を握っていた。

 このまま吹き飛ばされてしまえば距離があく。そうなれば能力を使う可能性がある。

 なにより背後には氷の壁がある。まだそこに突っ込むわけにはいかない。

 そのまま万力で締めようとするがびくともしない。だから、頭部への打撃へと変更。

 一発が入るが、踏ん張れない状況ではさほどの痛痒にはならない。

「鬱陶しいなァ」

 逆に、そのまま地面へと叩きつけられる。

「ぐぁぼッ――」

 腕の力が緩む。

 また地面へと叩きつけられて反動で浮いたところに蹴りが来る。

 ガードは間に合わない。顔面へと蹴りが入り、サッカーボールのように氷の壁へと突っ込む。

 顔の装甲が砕け散った。

「ぐ、げほッ――」

 盛大に血を吐くが、まだ死んでいない。かろうじて命を繋いでいる。

「追撃ィ……ん?」

 そのチャンスにロストが追撃を放とうとした時、気がつく。

(矢田健仁がいない?)

 てっきり壁の向こう側に隠れて機を狙っているであろう健仁の姿がない。

(この状況で、逃げた? いや、ここの出口には見張りを置いておくと言ってたし。何よりアイツが止めるって言っていたから、逃げられないはずだよなァ)

 そこで再びロストは己の思考に違和感を感じる。

(いや、待て、なんだァ? アイツって?)

 何かがおかしいと気がつく。

 その何かに迫りかけた時。

「腕、もらいますよ」

 上の階をぶち抜いて、鏡花が現れた。

 落下と同時に振るわれた薙刀がロストの左腕を斬り落とす。さらにその切り口には不可視の何かが嵌っていて抜けない。

「共鳴に時間をかけ過ぎましたが、ギリギリ間に合いましたね」

「ぐ――なるほどォ。人質を助けに行ってたってわけかァ」

 健仁も穴から降りてくる。

「俺たちだけじゃ勝てなさそうだからな!」

「だが、一人増えたくらいで、どうなるんだよォ」

「いえいえ、大きく変わりますよぉ。なんてったって、おっと、この先はネタバレでした」

 薙刀の一撃が放たれる。

「うーん、使いにくい。健仁くーん、もっと別の過去で出会っててくださいよぉ」

「今、そんなこと言ってる場合ですか!」

「だってぇ、せっかくお姫様みたいに助け出してもらった過去なんですよぉ。とても良いのに、共鳴で共有されたのがこれって」

 そう言って放たれる薙刀の一撃。ロストの未来へと放たれる斬撃は必中。そして、傷が物質化する。

「斬撃物質化じゃなくて、傷の物質化。再生阻害程度にしか使えませんね!」

「今にとっては有用でしょう」

「うむむむ、もっとこう甘いのがいいなぁって」

 そんな二人の緊張感のないやり取りに流石の萌絵もキレる。 

「いちゃいちゃしてないで真面目にやって!」

「「いちゃいちゃしてません!」」

「ああもう!」

 しかし、状況が動いたのは確かだ。未来視で共有される相手の攻撃ビジョンは、回避率を挙げてくれる。

 相手が一人というのもいい。ここで手勢を使ってくればいいのに使ってこない上に、未だに能力を使う兆しもない。

 まるで何かを待っているかのようですらあり不気味だった。

 だが、良い。その間に攻める。勝つ未来は鏡花の瞳には確かに見えているのだから。

「そこ、一歩踏み出して、凍結」

「はい!」

 指示を食い気味に実行する。過去の共鳴で健仁は急速に過去への理解を深めていた。

「萌絵ちゃんはまっすぐ行ってどーんと」

「あたしの指示雑!」

 しかし、それでも実行できる萌絵は凄いのではないかと健仁は思う。

「はい、攻撃来ますよ。後ろに避けて避けて」

「このォ!」

 攻撃は掠ることもな回避する。放たれる爪。要所で繰り出される氷、薙刀に銃弾。

 徐々に趨勢は健仁たちへと傾くが消耗も大きい。慣れない共鳴で過去を酷使している。スタミナの消耗は普段以上。 

 各個人のヒットポイントに換算すれば四割を切っている。

 対して、敵はまだまだ七割はヒットポイントが残っている状態。削ってはいるがまだまだ終わりが見えない。

 さらに相手にはまだの能力が残っている。この期に及んで使わないのには何か理由があるのかもしれないが、使われれば誰かひとりは死ぬかもしれない。

「そろそろ決めた方が良いですね。思いの外消耗が激しいです」

「じゃあ、大技で」

「健仁くん、行けますか」

「もちろんです!」

「なら、行きますよ!」

 共鳴技で決める。

 異能を高め、過去をさらに深めて共振させる。鏡花の練度を基準に二人の練度を加速度的に引き上げていく。

 魂ごと繋がるような共鳴だからこその離れ業。

 それを認識し、ロストは決めに来ることを悟る。

(ならば迎え撃つか)

 ここにきてようやく彼は能力使用を決める。

 手の中に風を圧縮していく。気候変動シナリオから派生するロストの異能は風の操作。

 ひいては暴風を作り出すというもの。風による風化し霊長類の全てを無に帰すための異能が右手に圧縮され乱回転する玉を作る。

「行くわよ――氷雪の巨狼……」

 放たれる共鳴技。

 過去を同時共鳴させ、冷気が獣の形を作り、それと共に身体能力の全てで突撃するもの。

 以前よりも狼の圧縮率を上げている。その貫通力は、初回の比ではない。

 まぎれもない萌絵の全力の技が放たれる。

「無駄ァ!」

 それに右手に圧縮した風をぶつける。

 轟音と高鳴りが響き、神殿の外壁に罅を入れる。

「まだですよ」

「こんのおおおおおおおお!」

 萌絵がさらに力を求めて過去へと深く接続する。強制的に健仁の過去も励起されていく。

 深く深くどこまでも深く。二人であの草原を駆け抜けた優しい日々を思い出す。

「行きますよ――」

 さらにたたみかけるように鏡花がそれを後押しする。

 鏡花の過去と健仁の過去に起因する一つのエピソードを引き起こす。

 戦国の世にて戦の道具をなっていた鏡花を救い出した侍だった健仁。二人が出会い、どこまでも二人で逃げたあの日々を思い出す。

 それが共鳴し技と成る。

「その攻撃どこかへ逃がしますね」

 薙刀で振れた異能力が未来のどこかへと逃がされる。

 当然、どこの未来に逃がしたかは鏡花には見えている。自分の未来に逃がすしか逃がし場所はない。

 普通なら自分に直撃するが、鏡花はロストの攻撃を自分に当たる直前で避ければ、ロスト本人に当たるようにした。

「ぐ、ぉおおおお!?」

 自分の攻撃は当然自分にも効く。自分の攻撃力なのだから当然だ。

 そして、抑えがなくなれば萌絵の攻撃も通る。

 がりがりと削られて行くロスト。

「っく、ここまで……」

 萌絵が力尽き、技が溶ける。

「く、フハハハハ、良い技だった。驚きの技もあった。だが、オレ様を倒すには至らんかあったようだなァ!」

「まだだ!」

 もちろんこの二人の攻撃で倒せるのが理想。そこで倒せなければ最後に健仁がいる。

「まずは、父さんの分!」

 二人の技を喰らいボロボロのロストに健仁の拳が直撃する。

 その拳が鎧に覆われる。

「つぎは母さんの分!」

 左拳が鎧に覆われる。

「そして、茉奈の分だ!」

 頭突きをくらわせば、健仁の全身を装甲が覆っていた。

「ああ、ようやくだ。それを待っていた!」

 ロストがそう言った。

「いや、何を言っているんだオレ様はァ?」

「知るか」

 全力で過去を振るう。

 健仁はただそれだけしか考えていなかった。

 ここにいたり、全身装甲が成ったのは二人と過去の共鳴をしていたことが大きい。それにより急速に過去への理解が進み、深度が増した。

 それにより装甲化できるレベルになったための変化だ。

 装甲ができる過去使いとできない過去使いの差は大きい。

 何より装甲は、熱田の技術力により異能を強化する。身体能力も強化する。過去を素材として鎧を作るからには防御力も高い。

 まあ、そんな理屈を全部放り捨てて、健仁は構える。

「共鳴抜刀――氷刃!!」

 抜刀と同時に形成される氷の刃。

 ロストの肉体へと通る。

 そして、通った斬撃が物質化し、永遠にロストの体内に残り続け、そこから氷が侵食する。

「ぐぉおおおお!?」

 さらに斬撃は続く。

 一時的な能力ブーストであるが、共鳴により都合十の斬撃が体内へと残すことができた。

 急速に凍結が始まる。

 どれほど強靭な生命力を持とうが、異物があっては再生は不可能。それを抜き出そうとすれば凍結が邪魔をする。

「これで終わりだ。死んで、地獄で家族に詫びろ」

 一刀両断。

 ロストに浴びせた一太刀が彼の身体を砕く。

 黒い粒子となって消え失せた。

「はは、やった。か――」

 鬨の声をあげようとした瞬間、過去の共鳴が強制的に消える。

「え?」

「また、割り込みで、こんなことできるのは――ぐっ」

 まるで引きちぎられたかのような感覚。そうやって漏れ出した声は誰のものだったか。

 萌絵と鏡花の胸から黒い刃がのびていた。二人がどさりと倒れる。死んではいないだろうが、重いけがだ。

「先輩、萌絵!」

 慌てて健仁が駆けよろうとした時、ぱちぱちと拍手が聞こえてくる。

 影の中から現れたのは上杉だった。

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