第16話 奪還戦
鏡花が攫われた。しかもロストがいうフォールの群れが過去使いを育成する三瀬学園の中にあるという前代未聞の事態。
有体に言えば急を要する。素早い動きが必要だった。
「あー、マージかぁ」
そうしてまずは事実の確認として、偵察部隊がロストが指定したポイントへと送られた。
その役割についていたのは重吾のいるチームだった。現状、送り込めるのが学生のチームだけだったからだ。
重吾の過去はカメレオン。動物系の中でも珍しく迷彩が使えるため偵察に向いていた。
彼は他のメンバーたちと偵察に来ていたが、状況は悪いと彼でもわかった。
指定された場所は蟲毒とでも言わんばかりの穴があり、そこには数十を超えるフォールが殺し合いをしているのだ。
中には中級、上級に届くフォールもいることが観測された。
そんな蟲毒の中央に、これ見よがしに作られた神殿のような場所に鏡花が囚われていることもわかった。
即座に帰還し、その報告を教師へと伝える。
それらの報告を聞いた上杉と小槻は思案顔で会議室を歩き回っていた。いや、歩き回っていたのは、主に小槻だが。
「いや、本当に学園内にいるだなんてねぇ」
「しかも、相手は我々の急所を知っているようだ」
「未来視でどうにかこうにかやりくりしてたのバレてるって? いやいや、ご冗談。まさか、本気で言ってる?」
「私はそのつもりだが?」
「いやいや、フォールにそんな知恵があったらもっと人間は早くに滅んでるって」
「だが、未確認の特級だ。何があるかはわからんだろう」
「そもそも学園内にこれだけ入りこまれててこんな施設まで作っててバレないってのがおかしいでしょ。これ、アレだと思うんだよ」
「内通者がいると。確かに、考慮するべき可能性だ。となれば、教師の手は使えんか」
「何があるかわからないからね。使えるのは二年と一年じゃないかな」
「まだ未熟な彼らを使うというのか」
「だって、誰の手も入っていないとすれば、彼らだけさ。三年は今外に出てるし、誰か呼び戻すにしても時間がない。この偵察映像にある神殿の時計。これ見よがしなカウントダウンだろうしね」
小槻が指し示した画面中央、神殿の中心に立つ塔に電子時計がつけられている。そこには数字があり、刻一刻と減っていっていた。
小槻が言う通りにカウントダウンだ。これがゼロになった時、何が起きるかは想像したくないところである。
少なくとも人質の命はないだろう。ならば使えるものはなんでも使う。それが未熟な学生であったとしてもだ。
いや、彼らとて既に過去使いだ。時間がなかったからなどという言い訳は使えない。
「残り一時間ってところだ。こりゃ悠長にしている時間はない。それに良い経験になる」
「そのために犠牲になるとしてもか」
「その時はその時さ。厳しいけどね。それにここが落とされるよりはマシさ。日本唯一のフォール対策機関である三瀬が消えたら、あとはもう滅びを待つ以外になくなる」
「……ならば奪還に向かうとしよう」
決まればあとは早い。
あとはどうすればいいかを決める。
真正面からの相手はもちろんなし。ならば少数精鋭での侵入になるが、その侵入のために正面からの陽動もいる。
「良し、じゃあ、僕が表のフォールどもの大軍を何とかする。まあ、生徒のほとんどを借りればなんとかなるでしょ」
小槻の過去はこういう場面で輝くものだった。
だから彼は率先して正面に行くという。普段の軽々しい印象はどこにもない。
「それは任せる。私は部隊を率いて行こう。私ならば戦力の追加が可能だ」
「君も正面にいた方がよくない?」
「君が正面を相手にすると言ったのだろう。それに誰が部隊の引率をする?」
「過去的にはどうかな?」
「大勢で相手をしたところで私が屈服させねば意味がない。それにストックを使うにしても共食い現場にいかせれば即座に進化されて反逆される」
「なら、自爆させよう。使えないストック溜め込んでても意味ないでしょ。ストック全部に爆弾括り付けて正面から放り込めば、僕が楽になる」
「では、その隙に侵入するとしよう。選抜してこよう」
「何人連れてく?」
「三人だ」
●
そうして健仁、萌絵、司の三人が上杉に呼び出されていた。
「状況は聞いているな。これより特級フォール「ロスト」の討伐に入る。君たちはそのための精鋭だ」
「……なぜ彼らを」
司はわかるが、そこに健仁と萌絵がいるのがわからない。彼らは入学したてだ。それを最も危険な任務に連れて行く意味は。
「それはお前が一番よく知っている。それにお前もまた、連れて行くつもりだっただろう」
「……復讐しろ」
「そうだ」
健仁が選ばれたのには理由がある。もし選ばれてなくとも司が提案していたかもしれない。
健仁には戦う理由がある。彼のフォールと戦う理由が。
「しかし、強制はしない。やるかね?」
上杉が一年二人に問う。ここで逃げたところで何も言われないだろう。相手は日本にて初邂逅の特級のフォールだ。
これを滅ぼした事例は少なく、そもそも倒せるのかすらもわからない。しかし、レベル十。特級の中でも下位のうちに叩かねば世界が滅びる。
「やります」
それら全ての理由を抜きにして、健仁は戦う理由がある。戦わなければならない。ロストは家族を殺し、先輩を攫った相手だ。
それが目の前にいて戦わないという選択肢は彼の中には存在しなかった。
「そうなると、あたしが場違いなわけだけれど」
萌絵にとってロストとの因縁もなければ、ここに選ばれるだけの実力も足りない。因縁はあっても実力が足りない健仁は無謀すぎるとすら思っているくらいだ。
「君は矢田健仁と過去の共鳴を果たした。十分、ここにいる理由になると思うがね」
「まあ、そうね。まあ、それがなくてもやるわ」
あえなく気絶させられて鏡花を奪われた。その屈辱を晴らすためにもここに残って戦うという選択肢はない。
あるのはあのクソ野郎をぶっ飛ばす。
「よろしい。では、早速、征くとしようか」
「あの、準備とかは」
「過去時計があれば問題なかろう。時間はあと四十分もないのでね」
●
作戦の開始は爆音が告げてくれる。
蟲毒壺と呼称される敵の拠点の正面から突っ込ませた上杉がストックしているフォールが自爆特攻をしたのだ。
工作系過去使いがその総力を結集して作った爆弾を山盛りの盛り盛りのメガ盛りで載せてぶつけたのでその辺周囲の地形が変わったほどだ。
それで大半のフォールは倒せる。下級、中級の中位と下位。必然的に残るのは上の階級のものばかりだが、小槻と学生全員が全力でかかれば何とかなるだろう。
問題はその上で侵入する上杉のチームである。
爆発に乗じ、山裏手から侵入する。やり方は単純に萌絵の力を使った地下からの侵入。
元々この山には避難経路も整備されているから、丁度神殿の真下まで来た辺りで穴を掘らせた。
「侵入成功だな」
「はあ、はあ……」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ……」
それでも穴掘りなどという行為は初めてだ。それが思いの外しっくり着て、楽しいなんて思ってしまったのはきっと過去の影響に違いない。
共鳴してから過去との結びつきが強まっている。引かれ過ぎないように注意しなければ、今にも目の前の健仁の顔を舐めそうになるのだから、ちょっとマズイ。
いや、今、そんなことを考えている暇はないと萌絵は頭をふり、周囲に耳を澄ませる。
索敵もこなせる萌絵に休んでいる暇は与えられていない。
「周囲には何もいないわ」
「ふむ、神殿内部にまではフォールを配備していないのか」
「……でも待ち構えている」
「ならば、いるのだろうな」
神殿内部は入り組んでいるということもなく単純な造りだ。
大きなフロアがあり、奥に階段がある。外から見るよりも中は広いらしく、二、三階は存在していそうだ。
階段を上がったとところで、萌絵が気がつく。
「いるわ」
階段エリアから奥のフロアには、待ち構えるようにフォールが待っている。数字にして九。上級フォールだ。
その奥にはまた階段が見えた。
「さて、では誰がいくかね?」
「え?」
「全員でここに残るのは時間の無駄だ。一人、あるいは二人でアレの相手をしているうちに上へ行く。そうして最後に残った者がロストと戦うのだ」
「なら、私が」
「でも、それなら俺の方が」
健仁の思考として、これはゲームに近い。これ見よがしな神殿の作りに待ち構えているフォール。
近くにいるというのに攻撃してこず部屋に入るのを待っているような気配。
ならばこれは連戦だろう。それもボスの。そうボスラッシュというやつだ。人間らしく、そういう趣向なのかもしれない。
まず間違いなくロストは遊んでいる。
その前提を考えると、フロアが上がるごとに敵は強くなるのではないか。そう考えれば弱い者から落としていくのが良い。
それか全員で戦うかだ。
「……いいえ。復讐して」
しかし、それを司は却下した。健仁は復讐しなければならない。
そうしなければならないのだと、告げる。
もう相談はなしとばかりに司はフォールの前に立った。全員で戦えば、確実さは増す。この先も楽になるだろう。
しかし、その中で死ぬ確率が高いのは健仁と萌絵だ。
司は彼を死なせるわけにはいかなかった。彼には復讐を成し遂げてもらわなければならない。
自分が復讐できずに後悔している。それを健仁に背負わせたくはなかった。死ぬのだとしても、復讐に手をかけていた状況とそうでない状況は大きい。
何より、復讐心は力だ。土壇場で大きく爆発を引き起こす。
強者の予感か、あるいは自分に似た少年への期待、もしくは願望だが。
司はここで足止めすることを望んだ。それだけだ。
「行くぞ」
上杉はそう言って萌絵を連れてフォールの脇をすり抜けていく。フォールは上杉をスルーした。
逆に残ろうとする健仁を邪魔だといわんばかりに睨みつけている。
「……行って。復讐してきて」
「どうして、そこまでするんですか」
「……私は復讐できなかったから。それで後悔した。あなたには、あなた以外にも後悔してほしくない。行って」
「……わかりました」
健仁もフォールの脇をすり抜けていく。
追ってこない。それどころか歓迎するように通した。
次のフロアにも敵が待ち構えていた。こちらもレベル九。
こちらには一人で戦うようにと看板がおいてすらあった。
「では、私が行こう。君たちは二人で戦わねばならないのだからな」
「……行くわよ」
「わかってる」
残ったのは上杉。
まるで敵はこの状況を望んでいるかのようであった。ある意味で作為的ですらある。
階段を上りながら、萌絵が言う。
「残ったのがあたしとあんたね。どうにかできると思う?」
「珍しく弱気だな?」
「そりゃね」
特級の相手をしなければならないとなれば、誰だって弱気にもなる。
健仁とて考えないようにしているが、これから勝てる気が全くしていなかった。それでも仇が目の前にいる。
勝てる勝てないではない。倒さなければならないのだ。人類のためではなく、死んだ家族のために。
そのためなら、何があっても前に進む。
そう言ってやると。
「部分装甲化もできないのに何言ってんだか」
「それは考えないようにしてるんだから、やめてくれよ」
今ある手札でどうにかするしかない。
「とにかく最初っから全力。過去共鳴で一気に行くわよ」
「ああ」
そして、階段をあがりきったところで、ロストが待ち構えていた。
「やっぱりキミらが来たね」
この状況を予想していたのか、あるいはこうなるように仕組んだのか。
「こんなことをして何が目的なんだ」
「目的? 人類滅亡だ。それ以外にあるわけがないだろうオレ様はフォールを支配する者だからなァ」
「なら、なんで俺たちをここに招いたんだ」
「アン? そりゃ…………なんでだろうなァ?」
「何ですって?」
「いや、何か理由があった気がするんだが」
ロストの言動を真面目にとるのは愚の骨頂であるが、それにしたって誰かを招くような構造にしているのだから、何かあるはずだ。
しかし、ロストはそれがわからなかった。こんなことはありえるのだろうか。
「まあ、いいじゃねえかァ。オレ様は、オマエを殺せればそれで良いんだからさァ」
「戦うのは賛成だが、その前に聞かせろ。俺の家族を殺した時、お前はどう思ったんだ」
「家族ゥ? アア、あったあった、そんなことも。妹は叫んでたなァ。だからオレ様も覚えてるぞォ。おにいちゃーん、おにいちゃーんって叫んでさぁ」
醜悪な声真似は、ただただ健仁の精神を逆撫でするばかりだった。だが、不思議と怒りはわいてこない。
心にはさざ波すら巻き起こさなかった。
「ちょっと、あんた凄い顔してるわよ」
「そうか、自分じゃわからん」
ただ何も感じないほどにブチ切れていた。
「ただ、今はお前を殺す」
もう仇を前にしてからずっとそうしたかった。
全力の氷を叩き込む。
それが戦いの火ぶたを切る一撃だった。
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