第15話 デート
回復し帰ることが赦された翌日。
健仁は学園の名物であるらしい広場にある噴水の前で司が来るを待っていた。待ち合わせ時間は三十分後である。
その間も考えているのはデートという単語についてだった。
(で、ででで、デートってあれだよな。あのほら、あれ。そう、あれあれ)
あまりに衝撃の展開で、語彙が失われてしまっているし、心の中で会話すら繰り広げている。
そうこれから健仁は司とデートなのである。司が誘って、放心状態のままOKして今に至る。
何がどうしてこうなったのか。何かの陰謀なのか? あるいは自分は死にかけていてこんな幸せな夢を見ているのかもしれない。
そちらの方がありえそうだが、何度頬を引っ張っても痛みがあるばかりで現実であると突きつける。
(理由は教えてくれなかったし、なぜ、こんなことに? はっ、もしや先輩が何か手を回してくれたのか)
夢の次に一番あり得そうな可能性は鏡花が何かをやったかだ。恋バナ好きと言っていたし、何とかしてあげる宣言もあった。
それを有言実行してくれたのかもしれない。
(いや、でも、こんなにすぐに? それに赤城先輩が死んだのに……)
赤城恵は死んだ。
略式の葬儀が行われたらしい。らしいというのは、健仁と萌絵が眠っている間に執り行われたからだ。
人が死んだ。その実感が与えられる前に赤城は墓に入っていたのである。
「…………」
実感はあるが、悲しいというよりは虚しさが勝る。また何もできなかったという無力感が背を昇ってくるのだ。
何とかできなかったのか。もっとできることはなかったか。どうすればよかったのか。
後悔は尽きないし、未来視ができる鏡花はどうしてこうなることを教えてくれなかったのかとも思う。
そんなことをうだうだと考えていたのだが。
「……お待たせ」
やってきた司を一目見た瞬間に、全てどっかに吹っ飛んでいった。
これからデートするということ以外の色が消え失せた。
「いえ、今来たところですから」
男としてデートの時に言いたい台詞上位の台詞を言えて、健仁は舞い上がった。
そうデートである。
中学で彼女ができるというイベントもなく、妹からバカにされ、高校になったらなったでフォールと戦うための訓練でこういうイベントはまるでなかった。
いや、まるでなかったわけではない。一度、重吾たちと女子風呂を覗きにいくという青春イベントがあるにはあったのだ。
しかし、当然のようにそれは失敗した。あの上杉が阻んでいたからだ。
重吾は諦めず策略を使い何とかしようとしたが、それすらも読み切られている。思春期の男子たちのバカ騒ぎには慣れっこと言うことらしい。
ことごとくが失敗に終わった。まあ、それでもあの日々は結構楽しかったのだと健仁はおもっているし、少なくとも男子たちはそうだった。
女子からしたら馬鹿だろうと思うだろうが、男子はそういうことで絆を深めたりするのだ。
それはさておき。
「ええと、それで、どこへ行くんでしょうか」
「……来て」
どこへ向かうかは司に任せてしまっている。
調べるくらいはしようかと思ったが待ち合わせ場所が学園の噴水前ということで学園内に何があるのかわからない健仁ではどうしようもなかった。
というわけで、健仁は大人しく司についてくことにした。
すっかり憧れの人とのデートで舞い上がっていた健仁は自分を見つめる四つの目に気がつかないでいた。
●
「んふふふ、司ちゃんとー健仁くんのデート! この一大イベントを鑑賞しないでどうしますか! ねえ、萌絵ちゃん!」
健仁を見つめる四つの目。
そのうちの二つは鏡花であった。そして、もちろんもう二つは萌絵である。
「…………」
なんでこんなことに休日を使わされているのだろうか。
萌絵は不機嫌であった。ただでさえ、寮が小屋で健仁と一つ屋根の下という状態なのである。
しかも最低限の設備である。簡単に言えば、最悪だ。まあ、仕方ない。フォールの襲撃があり、萌絵が所属していた赤城チームは解散になった。
それぞれ新しい配属先へ行った。萌絵の配属先は草薙チームであったのだ。過去の共鳴ができる健仁がいるのだから当然だった。
いや、待て、仕方なくないと萌絵は思った。これ全て鏡花のせいである。彼女が留年なぞしなければこんなことにはなっていない。
少しくらい怒りをぶつけていいのでは? さらに言えばこんな何の興味もないようなことに付き合う義理はない。
「なら帰ればいいのに、なんで一緒にいるんですかね、萌絵ちゃん」
鏡花の言う通り義理はない。義務もない。それでもここにいるのはなぜだろう。
「そ、それは、その、あれですよ。草薙先輩が余計なことしないか見張りです」
そうあくまでも見張りである、というのはもちろん建前である。基本として萌絵も女子高生なのである。
恋バナも嫌いではない。年相応に興味がある。
だからこそ、不機嫌を装いながらも鏡花についてきたのだ。それを認めるのは業腹なので絶対に認めないのだが。
「んふふ、そういうことにしておきますね」
鏡花はそんな事情などなど全て未来視で把握しているが、今は目の前のデートである。結末を知っては楽しめないと未来視を極力見ないようにする徹底ぶりである。
「さてさて、まずはどこへ行くのでしょう」
「未来視でわかりますよね、草薙先輩」
「わかりますけど、萌絵ちゃんはまだまだですねぇ。恋の結末が見えてしまっては興ざめではないですか。極力目を背けるようにしてます」
「視えないようにはできないんですね」
「残念ながらこれ、
なるほど、彼女にもやむにやまれぬ理由があるということか。などと萌絵は納得したりしない。
彼女はきっとこれがなくても人のデートをこっそりと観察しに行く。そういう女である。
「あ、動き出しましたよ、行きましょう」
「はいはい」
「あ、そうだ萌絵ちゃんは耳が良いですよね。獣さんの過去なので」
「まあ、そうですけど」
ここでその話がでるのは非常に嫌な予感がした。
そして、それは当たる。
「じゃあ、実況してください。実況がいやなら、二人の会話を演じてください」
尾行する相手が司であることを加味して二人は結構な距離をとっている。そうでもしなければ気配を察知されるだろうという鏡花の言である。
実際は、察知されることはないのだが、用心に用心を重ねてだ。
しかし、そうなると会話を聞くことはできない。しかし、ここには獣の過去を持つ萌絵がいる。
装甲を部分展開し耳をつければ、会話を聞き取ることができるのである。
「なんであたしが」
「二人の会話を聞きたいからに決まってるじゃないですか」
「嫌ですよ」
「仕方ないですね、戦術リンクしてくれれば集音したのこっちに流せるので、それでお願いします」
恋の覗き見のためにここまでするか。
「というか、あいつ、伊瀬先輩が好きなの……?」
そういえば学園最強と史上初の三つの過去持ちがデート。萌絵からすれば司が健仁に興味を持つのは考えにくいから健仁の方ということは想像に難くない。
いや、もしかしたら司の方が惚れっぽいとか何かあるのかもしれないが、あの反応を見れば健仁からだろう。
「…………」
ふっと何かが胸の内をよぎった気がする。
それを振り払うように頭を振って、先に進む鏡花についていく。
●
デートである。
そうデートなのである。
こういう場合何をすればいいのか。すべてが未体験の健仁にはわからないので、大人しく司についていくしかない。
三瀬学園の敷地内は、過去を使って拡張されているため、非常に広い。それも特別科専用の敷地だけでも結構な広さだ。
ただし、在籍している学生が少なすぎてほとんど無人に近しい。
すれ違うとしても同級生か先輩。むろん、同級生に会ったら会ったで非常に恥ずかしいので会わないでくれと思いながら向かった先は、喫茶店であった。
そこのオープンテラスの一席に座る。
「ええと……」
「……好きなものを頼んでいい。奢る」
「いや、自分の分は自分が」
「ここは討伐ポイントで支払う。討伐を行っていないあなたはまだ使えない」
学生証代わりになる端末を見せられれば、すさまじいゼロの数が見えた。対して健仁の方はゼロ一個である。
というかこの学園では普通のお金で取引するものの方が少ない。寮の設備も全てフォールを倒して得る討伐ポイントで賄うことになる。
とことん弱い奴には向かないシステムだが、弱い者は早々に去らせなければ無駄な犠牲が増えてフォールを強力にしてしまうのだから仕方ない。
「わかりました」
「……それでいい」
とりあえず安めのコーヒーを注文して待つ。その間、会話はなし。実に面白みのないデート序盤である。
コーヒーが来てから、一口飲んでみればこれがまた結構おいしい。よし、これが話題でいいのではと早速話しかけてみようと思ったところで躓く。
司がどばどばど砂糖をコーヒーに入れていたからだ。
それを見ていたことがバレたのだろう。
「……苦いのは苦手」
ならコーヒーを頼まなければいいのではないだろうか。と思う前に、苦いの苦手なんだ、かわいい、と思ってしまうのが恋に盲目な男子高校生の性だろうか。
「そうですか。それで、ええと、おいしいですね」
「……そうね」
会話は続かなかった。
「ええと、その、何でデートを」
「……聞きたかっただけ」
「何を……?」
「……フォールを倒してどう思ったのか」
「倒して……?」
まあ、期待したような甘い話じゃないのは一応、予測済み。現時点で健仁と司の間に特別な何かがあるわけではない。
頬をかきながらとりあえず率直な感想を述べてみよう。
「あまり俺が倒した感じはしないですね。ほとんど萌絵と先輩がやってくれたから。ただそれでも嬉しかった、のかな。俺でも倒せるって思ったから」
「……そう。良かったわ」
「何がですか……?」
「復讐できそうで」
「……そう、でしょうか」
「ええ、復讐することは大事。必ず復讐しなさい。その方が、後悔しない」
「先輩は、後悔してるんですか?」
「……そう。してる。私は、自分で仇を殺せなかったから。あなたはそうならないでほしい」
「……大丈夫です。必ず自分の手で復讐します」
●
そんな甘くもないまったくブラックな会話を聞いている覗き魔。
せっかくのあまあまを期待していた鏡花としては楽しくない。もっとこう青春の甘酸っぱい会話が好みなのに復讐とか戦い方ーとかそんなのばかりだ。
「むぅ、面白くありません」
そう頬を膨らませてむくれるが、それで会話が楽しいものに転換するわけもなし。
「…………」
それでそれを聞き取っている張本人の萌絵の方は、非常に気まずい。同級生の知られざる過去。
それも家族が殺されたりといった重めの話で、復讐をしようとしているとか。
珍しくはないが大手を振っては触れたくない話題を、無許可で盗聴しているのである。
流石の萌絵もこれには気まずさを感じずにはいられなかった。
「草薙先輩、帰りましょう」
そうここで引いた方が良い。これ以上は、普段の生活に関わる。いや、ここまで来た時点で普段がどうのこうのいう場合ではないが、今ならまだ障りだけだ。
知らんぷりしてもまだ赦される。ここからさらに発展していくともっと深い話を聞きそうでやめたい。
そう思ったところで。
「ッ――」
特大の悪寒を感じる。
それは鏡花も同じようで目を見開いていた。
「草薙先――ぐぁ!?」
「また、未来が割り込んできた。これ、まさか――!?」
そう二人が気がついた瞬間、意識を奪われた。
●
そんな状況を知らない二人の下にも異変は訪れている。
「やあ、ここ良いかな」
サングラスをかけた男が、突然やってきて、空いている椅子に座ったのだ。
「……誰」
「えっと、他にも空いていますよ」
他にも席は空いている。
だから、どうしてこんなところに来るのか。
「いやいや、ここで会ってる。だって、そうだ。そうだろう? オレ様が殺し損ねたガキと、オレ様を追い詰めやがったクソガキが揃ってるんだからさァ!」
その瞬間、司は抜刀していた。
どこに持っていたのか健仁には見えないが、気がついたときには抜刀していた。
だが、目の前に座った男を切り裂くには至らず、その切っ先にサングラスがひっかけられるだけにとどまった。
「いやいや、ひっでぇなァ。オレ様じゃなけりゃ死んでるぜ」
サングラスを外し、露わになった瞳にあったのは、十の数字だった。
この男は、フォールだ。
完全な人型。それも特級のフォール。
一体どこから。いや、それどころかいつから。いいや、その前に、健仁は聞かなければいかないことがあった。
「さっき、何か言っていたな」
「ああ、オレ様が殺し損ねたガキとオレ様を殺そうとしたクソガキってなァ」
「おまえかあああ!」
全力の凍結を叩きつける。
「オイオイ、やめろって。別に今日は戦いに来たわけじゃァない」
それでも無傷。
当然だ。未熟な健仁の技が特級に通じるわけがない。それも怒りに心乱された状態では、氷雪の女王特に力を発揮しない。
「……
そこに司の刃が滑りこむ。
「おっと」
フォールの腕が飛ぶ。そこから毒が侵食するが、すぐに逆転される上に、腕が生えてくる。
特級と呼ばれるフォール。それだけのことはあるか。
「待て待て、話くらいいいだろ?」
「……フォールと話すことはない。全て殺す」
「人間は理性的な生き物だろ、理性的に判断しろって。知りたいだろ、オレ様が何で今、オマエたちの目の前にやってきたのかをさァ」
確かにそうだ。
情報は知らなければならない。
司が動こうとする健仁を制し、先を促す。
「まあ、座ろうぜ」
「……」
フォールの男は座るが健仁と司は座らない。
「あっそう」
「くっ」
「……落ち着いて」
鼻息を荒くする健仁に司は冷静になるように促す。
心を乱したままでは勝てない相手。そもそもこの状況で健仁には何もできない。足手まといになるだけだ。
まずは現状の把握からだ。
「……それで、何故来たの?」
「ちょっとした偵察みたいなもんだ。この前、送り込んだろ。今度は自分の手でってことだな」
「お前が、あのフォールを送り込んだのか!」
「そうだ」
「……フォールが群れるなんて聞いたことない」
「ハッ」
その男は小ばかにしたように笑った。
「認識が甘すぎるんだよ。テメェらが群れるように、人間を滅ぼす未来だって群れる。統率者が現れればなァ」
「……あなたがその統率者?」
「そうだ、破滅の未来を支配する者――ロスト様だ」
その瞬間、司は踏み込んだ。
群れるフォール。厄介だ。だが、そこにその首魁というのが来るというのならば話は早い。
ここで潰す。
装甲を展開。
全力で過去を行使する。
「おっと、仲間ごと斬るのか?」
「――ッ!」
高速機動に入っていた司が急制動をかける
「先輩!」
黒い影がロストと司の間に割り込んだ。その手には気絶した鏡花がいる。
「返してほしけりゃ、あそこまで取り戻しに来い」
そう彼が言って指さしたのは三瀬学園にある山だった。学園中枢に近い場所に潜んでいた。
その事実は重い。
「戦おうぜ、過去使い。いい加減、針を進めよう。霊長は絶滅する。それが世界の意思なんだから」
そう言ってロストは消えた。
鏡花が攫われた。
最高と最悪は同時にやってくる。
デートという最高の後にくるのは、どうしたって最悪なのだ。
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