第14話 チーム対抗戦 6
レベル六に進化したフォールを前に、健仁たちは思案している。
相手を前に悠長なことであるが、進化したてのフォールの動きは鈍い。進化にエネルギーを使った関係で、多くのものが未完の状態。
この状態を抜け出すには時間が必要。一時的な弱体化状態。
未熟な健仁たち一年生二人と草薙鏡花というチームでレベル六フォールを倒すならばこの時をおいて他には存在しない。
「といっても、あたしの攻撃はそう有効にならない。こいつの氷もだめ。斬撃も同じね」
「ならどうする」
問題は友好的な攻撃手段がないこと。レベル六ともなれば、教員レベルの技量か、強く習熟した能力がいる。
草薙鏡花にしても彼女の能力は未来視であり、攻撃には反映されない。先読みや罠にかけることに特化している。
ジャイアントキリングを為すために必要な爆発力を生み出せる能力ではない。
「かけ合わせるしかないでしょう」
「かけ合わせる?」
「共鳴とも呼びますけど。これはもう運次第ですねぇ」
「共鳴って?」
「……手短に話すわ」
あんたそんなことも知らないなんて馬鹿なのという言葉を萌絵は飲み込んだ。この場で言うことではない。
生き残った時に言えばいい。そうでなくとも絶望的な状況だ。時間は一時でも無駄にできない。
まだフォールは再起動中。それが終われば動き出す。しばらくは進化した自分になれるために大胆な行動は避けるだろう。
そうだとしても、戦いは大いに成長を促す。学生もフォールもそれは同様だ。戦えばそれだけ進化した力の習熟を早める。
だから無駄口を叩かずに要点だけを話す。
「共鳴は過去使い同士が、過去生で出会っていた場合にできる合体技よ。過去に深いつながりがあればあるほど技の威力が増すわ。ただしどんな技がでるかは未知数」
例外なく協力であるが、どのようなものがでるかはその時次第だ。もしかしたらそれで自滅することすらあり得る。
「大丈夫出せますよ」
「なら、やってみるか」
判断するや否や、どうすればいいかを説明される。と言っても難しいことではない。
過去につながりがあるのならば、それは既にわかっていることだ。心を開き、過去に繋がるだけでいい。
そうすればその光景が見える。
ただし、時間がかかる。
それまではフォールも待ってはくれない。
ぎちぎちと音を鳴らしながらフォールが爆心地からでてくる。
「じゃあ、足止めはわたしがやっておくので、二人はしっかりと心を開いて繋がってくださいね」
そう言って鏡花がフォールへと向かっていく。鈍い攻撃、鈍い動き。今の状態であれば、鏡花ひとりでの足止めも可能。
だから、健仁と萌絵は共鳴に集中する。
「どうすればいい」
「こっちでやる。合わせて」
頭の装甲を展開して、顔を突き合わせる。額と額を合わせる。近くに萌絵の顔があることにドギマギするが、すぐに気にする余裕などなくなる爆音が響き始める。
「良いわね、扉を開いて、こっちも開く。すると過去が混ざる。拒絶反応が起きなければ、どこかで会ってるわ」
「どこかってどこでだろうな」
「そんなこと気にする場合じゃないでしょ、行くわよ」
健仁は萌絵に言われた通りに扉を意識する。
過去に向かった時の扉。三つ扉があるのは健仁が三つの過去を持っているから。どの扉を開けばいいのか、そういえば言われていないが、なんとなく最初の扉だと思った。
それは女王の過去。遠い中世に存在した雪国での日々を開け放つ。
するともう一つ、背後で見覚えのない木製の扉が開く。不格好な、獣の爪痕が数多く残る扉が開くと、二つの過去があふれ出す。
健仁と萌絵はその本流の中を流されていた。
膨大な過去の接触点へと誘っていく。
最終的にどさりとどこかの森の中に投げ出されることになった。
「いてて……」
その時、周囲の景色がブレる。
「集中しなさい。一瞬でも途切れると失敗するわ」
「わかった」
過去に集中する。覚えているが覚えていない過去を掘り起こしていく。
女王はかつてこの森に来たことがある。即位したあと、どこかへ向かう時だったか、あるいはただの散歩だったか。
それで見つけるのだ。
「こっちだ」
「ええ、あっちね」
二人が指し示す方向は同じだった。どうやら二人は過去に出会っている。それは間違いないようだ。
場面が進む。早回しのように進み、傷ついた狼とそれを世話する女王の姿があった。
それを認識した瞬間、ガチリと何かが嵌る。己がやるべきことを二人は即座に理解した。
「なるほど、あんたに救われたわけね」
「そうらしい」
「似ても似つかないわね、あの女王とあんた」
「仕方ないだろ、俺は男なんだから」
「で、やれるわね」
「たぶん」
自信なさげに答えたが、己の中にいる女王はやれると優しく微笑んでいる。掌にまとわりつく氷の粒子がその証拠。
あとはそれをただ理解したままにぶつけてやればいい。それだけで、共鳴は成るのだと悟って――。
「行くぞ」
「待って」
「なんだよ?」
「心を合わせるのよ、掛け声を決めましょう」
「こんな時に掛け声の話か!?」
「重要でしょ、必殺技よ。かっこいい掛け声は必要だわ」
「えぇ……」
「その方が合わせやすいのよ」
疑わしいが、今議論している時間じゃない。とにかく、さっさと決める。萌絵はああだ、こうだ言っているが、健仁はもう最初のひとつで良いとさっさと打ち切る。
「まったく、男のくせに細かいわね」
「細かくないからな。むしろこんな時に掛け声を決めようとか言いだしてくるお前の方がわからん」
「だってかっこいいじゃない」
「なんて?」
「有用だからよ」
とにかく聞かなかったことにしよう。きっと彼女も疲れているのだ。
そう思うことにして鏡花と戦っているフォールに目を向ける。
戦闘方法はほぼ変わりはないレベル六になったことで変わったのはフォール自身の肉体の性能のようだ。
検証すれば能力もそれに伴って何かしらの変化を見せているかもしれないが、俯瞰したところで爆発の頻度があがったことくらいだ。
威力も据え置き。もとから威力が高いのだから、それがまた上がっても困るところではあるのでそこは良かったというべきところだろう。
「それじゃあ、行くぞ」
「ええ」
「「――
その瞬間、健仁の身体から力が抜けていく。冷気が萌絵を中心として凝集し、かたちを作っていく。
その姿は狼。
かつて氷の王国にて森を統べていた者。その顕現。
――咆哮。
びりびりと訓練場そのものが震える。
「うーん、やっぱりいまいちね。もっとかっこいい感じのとか。ほら、ドイツ語とか」
その咆哮のないようはこんなものであったが。
「そんなの良いから、早くなんとかしろ! なんか滅茶苦茶力吸われてるんだよ!」
「わかってるわよ!」
再び、咆哮。
その咆哮に鏡花は笑って後ろに下がった。同時に巨狼が駆けだす。
氷の軌跡を引きながらあらゆるものを凍結させる
世界最後の冬。
終末を前に訪れる、最後の冬の象徴。過去として、それを再現する。顕現する力は絶対凍結。
時間すら凍結させる零度の使者が爪牙を破滅の未来に向けて振るうのだ。
『GRAAAAAAA!』
ただそれだけでフォールの半身が凍り付く。たまらずフォールが爆炎を放つが、そんなものではこの氷は解けない。
二人分の過去を注ぎ、互いに過去を共振させている。その力は二倍ではない。十数倍に匹敵する。
相性が良ければ、それはさらに指数関数的に上昇していく。
「効いた。けど、時間はないわね」
まだまだ健仁も萌絵も未熟。この技の持続時間は短い。さらに、力の中心核となっている己の身体が凍り付いてきているのを感じている。
あまり長いことしていれば自滅する。
それに反撃で狼の肉体が傷つけばそちらのダメージは全て健仁に行っている。
「ぐっ……」
互いに長く戦える状態じゃない。
だから最初からトップギア。
「行くわよ、合わせなさい、健仁!」
「わかってるよ、萌絵!」
力をただ一撃に込める。
絶対零度の一撃を放つ。
急速に氷点下まで温度が下がる。爆熱はもう巻き起こらない。全てが凍結した。巨大な氷柱の中へと閉じ込めた。
しかし、フォールはまだ生きている。
「とどめを……」
しかし、限界だ。
初めてで一撃を放てただけでも奇跡。
そう何度も奇跡は続かない。
「だから、トドメはわたしです」
凍り付く瞬間、ありったけの爆弾を鏡花はフォールと一緒に凍り付かせた。それはまだ生きている。
この氷は爆弾程度では解けないし、壊れない。破壊のエネルギーは全て内部に集中する。
そう、内部のフォールに。
「いいとこどりってわけじゃないですけど、終わりです」
ぽちっと爆破スイッチを押せば、瞬間、いくつもの爆弾が連鎖して爆発しその威力は逃げ場を失ったことで中心へと収束する。
内部で荒れ狂い、その中央にいたフォールを殺しつくす。
「オマケです」
さらに過去を付与した薙刀で突き刺し、巨大な爆発を巻き起こす。
フォールは跡形もなく消え失せた。
その終わりを見届けてから、健仁と萌絵は意識を手放した。
●
健仁が気がつくと一度見た天井だった。
保健室の天井だ。どうやら治療もされているらしく、痛みはほとんどない。怪我は全部治っていた。
「……終わったのか」
「ええ、終わったわ」
身体を起すと隣のベッドで萌絵がいて天井を見つめていた。
「そうか……」
「…………」
「…………」
何を話して良いのか。
人が死んだ。
健仁の中にあったのは、懐かしさだ。家族が死んだあの日を思い出した。
もう味わいたくもない最悪の気分だ。この気分を味合わないためにここに来たはずなのに、いきなりこれだ。
「……はぁ」
「ちょっと溜息を吐かないでくれる」
「仕方ないだろ。先輩が一人死んだんだぞ」
「そうね。だからなに、泣けば満足?」
「そんなこと言ってない。けど、もっとあるだろ。お前の直属の先輩だったんだぞ」
「そうね。だから、わたしがあの人のために言うことは一つよ。あなたの分も人を助ける。それだけ」
「…………」
「なによ」
「いや……」
萌絵がまさか人を助けるなどというとは思ってもみなかった健仁は面食らってしまった。
なんのためにここに来たのかは定かではないが、そんな義務感というか正義感というか、善行を前提にしているとは思ってもみなかったのだ。
「ああもう、わかるわ。どうせ意外だとか、ないわーとか思ってるんでしょ」
「いや、そこまでは思ってない」
「けど、少しは思ってるのね」
「気を悪くしたのなら謝る。ただ、聞いてなかったから」
「何をよ」
「萌絵が戦う理由」
「人助けよ」
迷うことない即答だった。少なくとも健仁にはそこには嘘も偽りも、虚栄心も何もない。ただの純粋な答えに思えた。
「ほら、また同じ顔。意外って顔」
「いやだって……」
健仁は頭をかいて本音を言う。
「だって、萌絵のいつもの態度みたら誰だってそう思うよ。性格キツいし人のこと馬鹿にしてるし」
「まあ、自覚はあるわね」
自覚あるんかい。というツッコミはやめておいた。さらに話が逸れそうだったから。
「それでもあたしは人を助けるためにここに来たのよ。人を助けることに理由なんて必要? 熱田萌絵が熱田萌絵である限り、あたしは人を助けるわ」
「立派なやつだったんだな……」
「うわ、やめてくれる、そういうの。他にも理由なんてあるのよ。その一部ってだけよ。家に認められるとか、そんなのの一部」
「でも、すって出て来るあたり、一番大きな理由なんだろ?」
「そーね、そーいうことにしておくわー」
なんだか、投げやりな返答のあと、萌絵はもう答える気はないのか健仁に背を向けた。
健仁もこれ以上は話すことはないと思い、再び背を倒す。
とりあえず誰か事情を説明してくれる人が来るまで眠っていようと思ったところで、保健室の扉が開いて誰かが入ってくる。
鏡花かと思ってそちらに視線を向けた健仁は氷漬けにされたように固まった。
「……目が覚めたようね」
そこにいたのは憧れの伊瀬司であったからだ。
「は、ははは、はい!」
思わず立ち上がろうとして肩を掴まれて戻される。
「そのままでいい。回復開けは体力を消耗しているから」
「は、はい」
それから、司はベッドわきの椅子に座って健仁を見下ろす。
(やっぱり綺麗な人、だな……)
艶やかな黒髪や白い肌、綺麗な色をした真紅の瞳。まるで宝石のようで目を奪われる。
黙って見つめられていると、吸い込まれそうになる。
「ええと、その、それで、何の用でしょう」
この時間が永遠に続けばいいと思ったが、見つめ合っている時間に耐え切れなくなり、そう聞くに至る。
「……デートしましょう」
「………………え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます