第13話 チーム対抗戦 5

 爆発が巻き起こる。

 爆煙を引き裂いて飛び出すのは、健仁を抱えた萌絵。

「ああ、もう! あんたなんで全身装甲できないのよ! というか部分装甲もできないとかどうなってんの!」

「こんな時になんだよ!」

「あんたが、脚の部分装甲もできないから、こうやって抱えて逃げるしかないって言ってんのよ!」

「それは……すまん、じゃなくて! 仕方ないじゃないか! そっちまで手が回る余裕なんてなかったんだ!」

 放たれる爆発。放たれる衝撃と熱量をスラスターとして、萌絵は加速を果たす。一歩でも計算を間違えれば足が吹っ飛んでいるところだ。

 だが、萌絵はそのギリギリの綱渡りを成功させ、フォールから大きく距離を離すことに成功する。

「今度から、装甲化の練習をしなさい。そうじゃないと、いざって時逃げられないし防御も弱いわ」

「今、それは実感してるよ」

 なにせ、男なのにお姫様だっこで抱えられて、萌絵に自分の身体を盾にされて、守られながら逃げているのだから。

 いくら時間がないとは言えど少しくらいは練習しておけばよかったと後悔しても遅い。

 すべてはこの場から生き残ってからでもいい。

 健仁は萌絵の肩から後ろを覗き見る。

 そこにいるフォールの瞳に輝くのは酷くかすれた五の数字。健仁はそのことに空恐ろしいものを感じならが観察を続ける。

 姿は人の形を模倣しているように見えるが、どこか猿やゴリラのような獣的な要素も感じられる。

 全身は白い装甲に覆われており、それはフォールとしての基本の構造通りで代り映えがない。

 違うといえば、右腕か。手首から先は大砲のような形に変形しており、爆発はその腕から放たれる。あれは発射台か何かなのだろう。

 砲身にはラインが引かれていて、それが先端まできたときに爆発が放たれる。

 そう爆弾ではなく爆発という現象が放たれている。射程はそれほど長くはない。長くはないが威力は高い。

 熱量も高く、健仁の氷や斬撃では防御の足しにもならない。

 ただ攻撃としてはそれだけだ。攻撃の間隔もわかる。避けることは萌絵ならばそう難しくない。

『GRAAAAAAA――』

 そう思った瞬間、希望は絶望へと変わる。

 フォールの姿がぶれる。背中にノズルが生じると同時、そこから爆発。その衝撃で加速。

「ッ!?」

 萌絵は即座に健仁を放り投げ防御姿勢をとった。

 クロスした両腕を砲身が殴打する。

 咄嗟のことで踏ん張りが効かず河川敷の堤防に突っ込む。

「この!」

 放り投げられた健仁は、河川敷の水を使って氷の棘を生やしフォールを突き刺そうとする。さらに上空に氷柱を作り出し、落下させる。

 上と下の挟み撃ち。

 だが、フォールは砲身にて氷柱を迎撃。そのまま地面の棘すらも砕く。

「くそ!」

 空中に薄氷を作り出し、それで距離を稼いで着地。

 その着地を刈るようにフォールが砲塔を振りかぶる。

「あたしをッ! 無視してんじゃァないわよッ!」

 そこに割り込むように萌絵の膝が突撃の威力を乗せてフォールの顔面に炸裂する。

「んな!?」

 並みのフォールならば顔面を砕くほどの威力があっただろう。衝撃で堤防が陥没しているし、フォールを中心に放射状に衝撃が広がっている。

 だが、フォールは小動もしていない。

「はっ!?」

 フリーの左腕が萌絵の足を掴む。万力のように挟み込まれては脱出は不可能。そのまま地面に叩きつけられる。

「がはっ!」

「熱田!」

 一度では終わらない。二度、三度と叩きつけるためにフォールはその腕を振るった。

「やめろおおお!」

 それを止めるべく、氷柱を発生させる。

 突系の攻撃が効かなかった。装甲は硬い。斬撃もおそらく効果は薄いだろうと考えて、打撃。

 氷柱を形成する速度そのものを威力に変えて打ち出す。

『GRA』

 ダメージは薄いが、効果あり。フォールは萌絵を離し、砲塔を向ける。即座に放たれる爆発。

 咄嗟に爆発が生じる場所を氷で包み込むと同時に川へと飛び込む。浅い川であるが、水はギリギリで致命的な熱量を緩和してくれた。

 しかし、投げられたボールのように吹き飛ばされる。きりもみしながら飛ばされた健仁の視界は乱回転して地面へと落下する。

「ぐほっ……」

 今更だが、これがレベル五のフォールかと健仁は実感していた。強い。これよりも仇はさらに強いのか。

 そんな相手にも勝てないようでは、到底復讐など無理だ。

「負けられ、ない」

 ならばこんなところで倒れている暇なんてない。矢田健仁にはやるべき復讐があるのだ。

 家族を殺したレベル六のフォールを殺す。そのためにここにいるのだ。ならばレベル五を相手に負けている暇などありはしない。

 痛む体に鞭打って健仁は立ち上がる。

「こんの!」

 それより先にフォールへと突っ込んだのは萌絵。左腕がぶらんと垂れている。折れているのか。

 それでも全身で突っ込み、右の爪撃を振るう。

 フォールは本能の命じるままに砲身で防ぐ。そして、爆裂。

 ゼロ距離での爆裂に致命的な破砕音を響かせながら健仁の隣まで吹き飛ばされてきた。

「大丈夫か!」

「うっさい、あんたより数段マシよ!」

「そうか、良かった」

「……はぁ、もう良いわ。で、どうする」

「珍しいな、俺に聞くのか」

「あたしはあれの強さを知ってる。だから、あんたより絶望的ってのを理解しているわ。でも、あんたはまだそうじゃない。何か打開策を考える余裕はあるでしょ」

「生憎と先輩任せなんだ」

「はぁ」

 盛大に溜息を吐かれた。少しでも和ませようとしたジョークだったのだが、まあいい。今言うことではなかった。

「冗談だ。とりあえず、来たぞ」

 健仁がいった瞬間、火の玉のような何かが後方から吹っ飛んできてフォールを吹き飛ばす。

 河川敷を回転しながら吹き飛ぶフォール。空中で体勢を整え、反撃しようとするがそれ以上の速度で炎が襲う。

 フォールはさらに河川敷を吹き飛んでいく。

「遅くなりました、健仁くん。まだ生きてますよね」

「先輩!」

「じゃあ、あれは赤城先輩か」

 超高速の乱打を浴びせているのは赤城。そして、やってきた鏡花が萌絵の前でぺこりと頭を下げる。

「そうですよー、萌絵ちゃんどうもです。草薙鏡花です。よろしくです」

「今は、挨拶をしている場合じゃないでしょう。どうすればいいですか」

「おっと、そうですね。萌絵ちゃんの言う通り」

 鏡花は二人の状態を確認する。

 満身創痍というところではあるが、意気軒昂。戦うには支障はない。

 ここから先の未来の結末は決定している。あとはどのルートが良いかを即座に選択。

「では、行きましょうか。わたしと健仁くんで後衛。お二人は前衛です。恵ちゃんはさほど削ってはいないですけど、罠のおかげでだいぶ蓄積がありますから、そこらへんの援護を萌絵ちゃんよろしくお願いするです」

「わかったわ」

 萌絵は即座に赤城を追う。

 超高速を維持できる時間も、炎を身に纏うにも時間制限がある。その間隙を縫うよに萌絵の爪撃が奔る。

「お? おおお! お嬢が援護してくれた! これは自慢できるぞぉ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ先輩!」

「おっと、そうだった」

 赤城は軽口で萌絵の緊張をほぐそうとしたが、思いの外冷静でいらなかったかと装甲の下で唇を舐める。

 一度、吹き飛ばして距離を空けて、相手の状態を見る。先ほどの炎を纏わせた刃による超高速斬撃の応酬プラス萌絵の爪撃。

 結構な攻撃力になったと思ったが。

『GRAAAAAA』

 フォールには多少の傷くらいだった。大したダメージにはなっていない。ついている傷は溶断ではなく、ただの斬撃。

 炎の効きは悪い。ならば加速だけに能力を割り振って炎は捨て置く。

「先輩、相手は爆発を使います」

「あの砲身ね。あのラインはチャージ時間」

「はい」

 萌絵は高速で情報共有。プライドから情報を出し渋ることはしない。この状況は一手でも間違えれば即座に全滅するとわかっている。

「あーあー、聞こえますか」

 そこに鏡花の通信。

「聞こえるよー。炎効かない。結構硬い。というか数字がかすれてるから進化手前。たぶん時間かけると六進化するよ、こいつ」

「ああ、やっぱり。そいつ進化しちゃうので、絶対阻止しようとかやめておいた方が良いですね、全滅します」

「ネタバレじゃないの」

「未来を知っておく権利は皆さん平等にあるので」

「さっきと言ってることがちがーう!」

「タイミングわかってないと、反撃もままならないでしょう? とにかくあと四回爆発撃ったら反撃チャンスです」

「了解。お嬢、聞いたね」

 萌絵は首肯だけで頷く。

「よっし、じゃあ、爆発に当たらないように」

「あ、爆発位置は、戦術リンクで装甲内UIに表示しておきます。気合いで避けてください」

 そう言うが否や目の前に爆発警報が表示される。

 もっと早く表示しろと文句を言う前に巻き起こる爆裂。

 だが、それを一瞬でも遅らせるものがあった。

「氷雪の女王!」

 氷の壁が立ち昇ると同時に萌絵たちの足元から氷の柱が発生し、ジャンプ台のように二人の身体を宙へと浮かばせる。

 さらにそこから反撃できるように足の裏の位置に一回だけ足場にできるような氷板が出現する。

「ないっすー、後輩クン!」

「礼は言わないわ!」

「さっき礼言ったのに!」

 二人は即座にそれを利用し、爆発を放った直後のフォールへと急接近。

 左右を入れ替えながら攻撃を繰り出していく。

「そこ!」

 萌絵の爪撃は腕で防がれる。刻まれる一筋の傷。さっきまでは薄い傷しか入らなかったが、ちゃんとダメージが蓄積されている。

(効いてる。ちゃんとダメージは蓄積されてるのね。だったら!)

 同じ場所を執拗に狙う。

 お互いの位置を入れ替えながら戦う赤城もその作戦を実行。

「次の爆発が来ます。フォールの背中、ノズルです」

「お嬢!」

 指示が聞こえた瞬間に萌絵は動いていた。投げ出された短剣を空中でキャッチ、背中に回ると同時にノズルを認識。

 爆炎が放たれんとするそこに渾身の力で短剣を叩き込む。

 背中で爆発が巻き起こった。ただしそれは外側にもれるのではなくフォールの内側で爆ぜる。

 内側が爆裂し背中が割れたようになる。

『GRAAAAAAAAA!!』

 しかし、フォールはまだ死なない。

 再び距離がひらく。

 その時、ぴしりと音がした。

「なんだ……?」

 戦闘に集中している萌絵と赤城は気がつかない。一進一退の攻防の中でこの音を聞き取るのは不可能だ。

 だから、俯瞰しながらサポートに回っている健仁だから気がつけた。

「先輩、何か割れるような音が」

「おっとぉ、マズイです。そっちに行くとか反則。というか、突然、現れましたね、この未来! 二人とも逃げて!」

 焦る鏡花の前で三度目の爆発が巻き起こる。

 萌絵と赤城が吹き飛ばされる。

 続けてありえないはずの連続爆発。

「健仁くん、今すぐ二人に氷を、運が良ければ防げます!」

「わかりました!」

「ちょっと、いきなり何すんのよ!」

「未来が変わったので、今すぐそこから退避を――」

「ごっめーん、確かにこれはおっそかった」

 赤城の声が響いたと同時、過去最大の爆発が巻き起こる。ありえないはずの五度目の爆発。

 一瞬前に、横から割り込むように現れた未来が鏡花を驚愕させる。

 辛うじて防御指示を出したが、むろん、氷など一瞬で溶ける。健仁を庇うように堤防の向こう側へと飛び込む。

 前衛二人は爆心地。運が良ければなんとかなるかもしれない。

「先輩!」

「こちらはギリギリ。でも、あちらは……」

 堤防を昇りそこで見たのは更地だった。あらゆるものが蒸発し気化した爆心地。そこに萌絵を庇ったボロボロの赤城の姿があった。

「うんうん、やっぱり後輩は、守らんとね」

 どさりと倒れ伏す赤城。

「なにしてるんですか、先輩!」

「おっと、お嬢に心配された。これはラッキー」

 赤城は爆発の熱量を真正面から受けて装甲のほとんどが消し飛ばされ、腕一本、片足もなくしている。さらにフォールの装甲が胴体を貫通して穴を穿っていた。

 誰の目にも助かる傷ではないことはわかった。

 だが、赤城はどこか満足そうですらあった。

「恵ちゃん、やっぱりそれを選ぶんですね」

 そんな彼女らのそばにやってきた鏡花はそう赤城に言った。

「とーぜん。言った通り」

「すみません。この道しか選べませんでした。それに誰かの介入も……いえ、これは言い訳ですね」

「あー、難しいことは良いから。どーせ、ナギ先輩、どんな道でも多数の為に誰かを切り捨てるのはわかってるから」

「……それでも救えないものはたくさんありました……」

「これからも失うね」

「はい」

「でも、救える人もいる」

「はい」

「なら、アタシの死は、無駄じゃないよね」

「いいえ、無駄になるかもしれません」

「そこは嘘でも無駄にならないっていうとこじゃない? ほら、よくあるでしょ、ふつー」

「わたしは正直者なので」

「どっこが――ごふっ……」

 笑った拍子に赤城は血を吐いた。

「ちょ、あまりしゃべらないでください。赤城先輩! 今、応急処置を」

「あー、後輩クン、だめだめ、なにやったって死ぬからこれ。それはたぶん決まってたことだしね、ナギ先輩に聞いてみ。もう終わったことなら答えてくれるでしょ」

 健仁は鏡花の方を見る。鏡花はただ黙ってうなずいた。

「そんな……」

「いいのいいの、後輩守れて死ねるんならじょーとーじょーと。だから、後輩クン、お嬢をよろしく。お嬢、元気でやってね」

 そう言って、赤城は目を閉じた。もうその目は開くことはない。

「……悲しんでる暇はないわ」

 萌絵は立ち上がる。

 爆炎の向こう側で何かが蠢いていた。わかるのは六の数字が煌めていることだけ。

 フォールは進化した。

 レベル六。

 さらなる絶望がやってくる。

「なんで、そんな」

 健仁は先輩が死んだというのに、何も感じていない風の萌絵が信じられなかった。

 それを察したのだろう。その胸倉を彼女が掴む。

「悲しんで、この状況が変わるかけないでしょ! あたしは生かしてもらった。なら、その分の責任は果たすわ。あたしは『熱田萌絵』なのよ!」

「健仁くん、今は立ってください。まだ終わっていません」

 爆煙を引きちぎり、フォールが現れる。

 先ほどの姿をさらに先鋭化して、人の姿に近づき小さくなっている。だが、そこから感じる圧力は先ほどの比ではない。

「大丈夫、もう勝てます。恵ちゃんの犠牲は無駄にしません。それともここで何もしないことを選びますか。そうすると、死にますよ。確実です。わたしの未来視でそう見えますから」

「……わかりました」

 すべてはあとだ。

 まずはこの状況を何とかしなければならない。

 そもそも、この先輩とはさっき会ったばかりだ。ロクに話したこともない。それでも、誰かの死は辛い。

 ずっと頭の裏で妹や家族が死んだ光景がリフレインしている。そこに彼女も加わった。

 ならば、こういう時どうすればいいのか、健仁は知っている。

「絶対に、仇を討つ!」

 復讐だ――。

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