第11話 チーム対抗戦 3
一方で、健仁と萌絵の戦いの場は河川敷へ移っていた。
倍増した脚力と膂力、爪撃で速度を以て攻める萌絵に健仁は鏡花の指示で迎え撃つ。
足止めのおかげでようやく彼は目的の場所へと辿り着いた。大量の水が存在する河川敷へ。
増水はしていないが、それでも浅く流れの穏やかな大量の水がここにはある。それだけでも冷気を使う健仁には有利なフィールドだ。
(未来視で追い込めるはここまで。ここからは俺の選択と熱田の選択次第。未来視は選択肢が多くなるほど確定するのが難しいだっけか)
広いフィールドになればなるだけやれることが増える。狭い路地などで健仁を追うという行為だけに集中させれば、自ずと選択肢は狭くなる。
それだけ確度の高い未来視情報が得られるが、河川敷で相対して戦うとなればそうもいかない。
「もう逃げ場はないわよ」
「安心してくれ、もう逃げる気はない」
「そう、やられる気になったってこと」
「まさか、悪いけど倒させてもらう」
「ホント、イラつくわね、その物言い」
「こっちとしては言われのない怒りとか殺意向けられる方が困るわけなのだが」
「才能あるやつはそういうわ」
「お前もあるだろ、才能」
「あんたにはわからない! 姉と比べられることも、まったく期待されないこともわかるはずがない!」
「…………」
「だから、勝って証明する。過去が三つあるやつでも、あたしには敵わない。あたしは強いんだって」
問答はもういらないということだろう。萌絵が腰を落とす。健仁もそれを迎え撃つようにいつでも動けるように構える。
手は常に下へ。流れる水に意識を向けておく。
ばしゃんと水が地面とともに爆ぜる。刹那、視界から消え失せる萌絵の姿。どこへと思う前に目の前に氷の壁を形成する。
轟音と衝撃が同時に来て、健仁を吹き飛ばす。
「ぐ――」
獣のように四足で地を蹴り疾走する。その速度は目で追えないほどだ。動体視力が追い付かない。
だが、上がる水飛沫がその位置を伝えてくれる。
あとはもう反射で防御する。ただ全方位を凍らせる準備だけはして来たら氷の壁を発生させる。
発生スピードを重視。形成は簡単な構造。変な小細工をするよりもまずは速度だ。
過去を使った高速移動でないのならば、ギリギリ対応できる。萌絵は獣の過去。そこにあるのは純粋な装甲による身体能力と感覚の強化のみ。
(超能力があるわけでないなら、まだいける)
「く、この!」
萌絵は力任せに氷の壁を破砕する。
大量の水があるから機動力を若干ながら制限される。さらに徐々に下がる気温。どう見ても健仁の仕業となれば狙いがある。
寒さによる速度低下はまだ起こりえないが、今後下がっていき絶対零度などになって見ろ、流石に装甲があるからと長時間活動していられなくなる。
それが狙いかと言えば否だろう。萌絵の直感がそう言っている。
「なら、速攻あるのみ!」
さらにギアを入れて速度を上げる。
「く――」
辛うじて氷で防ぐが、もう少し上げれば捉えることは可能のはずだ。
といっても現在の速度もトップスピードと言えばトップスピード。いつまでも持続するようなものではない。
どこかで間を置く必要が出て来るし、スタミナという面では動き回る萌絵の方が不利だ。
相手は動かず、氷の壁を作り、防いでくる。持久戦になれば、どちらのスタミナが先に尽きるかは相手がどれくらいのこの力を持続させられるか。
そして、それは。
(あたしの方が早い)
業腹であるが、萌絵はそれを認めた。もとより認められなければ話ならない段階。事ここに至って相手を舐めているのは狩られる者でしかない。
相手は完全にこちらをターゲットにおいて準備してきている。こうなることも想定済み。
完全に蜘蛛の糸に搦めとられている。
認めよう。目の前の相手は上手だった。
「でも、勝つのはあたし」
そうでなければならない。
熱田萌絵が熱田萌絵であるためには、まず第一に勝利が必要。
そのためには強くならなければならない。
(そうよ、あたしだって。姉さまのようにやれるのよ!)
萌絵はその四肢に力を込める。四足獣のように身を低く。狼のように鋭く研ぎ澄ます。
ただまっすぐ最短最速で、縊る。
「――来る」
砕氷を宙に漂わせながら、健仁は思考を回転させる。萌絵の構えがさらに低くなった。
明らかな溜めだ。まっすぐに突っ込んでくる。
おそらく迎撃は間に合わない。
「でも、やらなくちゃ」
伊瀬司が脳裏に浮かぶ。この戦いも見ていることだろう。なら格好悪い戦いだけはしたくない。
なにより強くなって家族の仇を討つ。
そのために強くならなければならない。
(まずは目の前の天才に勝てるくらいじゃないといけない)
互いの目標は同じ。
合意はなく、互いに同時に踏み出した。
「なに――」
萌絵は思わず驚く。
健仁はあのまま待ちを選択すると思っていた。それ以外に選択肢は考えられないし、身体能力の差は歴然。
ならば迎え撃ちカウンター狙いのはず。それが一歩踏み込んだのは手があるのか。
「いいえ、そんなもの関係ない。叩き潰す」
そのまま一直線に萌絵は突っ込む。
「――来た」
健仁は一歩踏み込み、相手に合わせることなく腰だめに手を持って行く。それは抜刀術の構え。
「氷刃、抜刀――!」
一瞬にして手元に刃が形成される。
やはり二つ目の過去の力だ。覚醒させていたか。氷の形成スピードを偽っていたのだからあり得たこと。
萌絵が見た限り、武器の形成は鍛冶屋の過去だ。普通に氷の能力で作ったには密度も質も多いに高い。
それに速度が段違いだ。今までの氷の壁の形成速度など比ではない。文字通り一瞬にして完成している。
ならば三つ目も覚醒していると見て良い。正体不明なまま突っ込むことに不安がないわけではないが今更止まることはできない。
最大限警戒。何するならば互いの接触時。
「なっ」
しかし、健仁がしたのはそれよりも速いタイミング。何もないところで萌絵がいないのにふるった。
萌絵の突撃を見誤り、空振りか? いいやそれはない。数週間前まで一般人。過去に触れたのも最近。
だが萌絵は健仁を侮ってはいなかった。何かある。
そう確信するが、それが何かはわからない。トップスピードの萌絵は止まれない。そのまま相手の脇をすり抜けるか、吹き飛ばすしかない。
「いいわ、受けて立とうじゃない!」
爪を振りかぶる。もうあと一歩、踏み込めばその爪で斬り殺せる。
「
だから健仁の狙いもそこだ。
起動するもう一つの過去。
それから健仁が持つ最後のひとつが裏切りの侍。
健仁はこの日までに三つ目の過去までを覚醒させていた。と言っても覚醒させただけで習熟もまだだし、お世辞にも使いこなせているとは言えない。
だからまずは氷雪の女王だけに絞って習熟訓練を行った。おかげで、まあまあ、使えるようにはなった。
さっさと小槻が覚醒させてくれたのも大きい。そこまでやってもらえて幸運だ。
そして、三つ目の過去は兵士の過去。健仁に武術を刻み、それともう一つの異能ともいえる技を伝えた。
「ぐっ――このおおおおおおお!」
萌絵が斬られる。
全身のブレーキ、みしみしと軋む骨にぷちぷちと切れる筋線維を無視してトップスピードの反動も無理矢理に背後へと飛ぶ。
「やっぱ当たらないか」
先ほど健仁が振った刀の軌跡に何かが残っている。
「く、やってくれた、わね」
斬撃だ。
斬撃という切断力そのものが物質化したものがその場に残っていたのである。
それこそが裏切りの侍の能力。斬撃の物質化だ。一見すれば光の塊のようなものが残っているが、それに触れただけで斬れる。
いや、あるいは凍り付く。先ほど触れた胸部装甲には深々と斬撃痕が残っている上にそこが凍り付いている。
複数過去を持つ者の特権だ。異能の融合。それこそが三つの過去がすさまじいと健仁が上杉に言われた理由。
萌絵がもしあのまま突っ込んでいたらリタイアだった。切断力は今の所そこまで高くないのは、健仁がまだ慣れていないからだが、トップスピードで突っ込んだおかげで深く切れてしまった。
そこから何とか飛びのくためにも無茶をした。先の攻防の勝者は健仁だ。
「くそ、くそ! 落ち着きなさい、熱田萌絵」
悪態をつき、地団太を踏んで息を吐く。
雰囲気が変わったことを健仁は発動している異能のおかげで感じ取る。武人の過去から身体に刻まれた武術が、萌絵の本気を感じ取る。
(さっきみたいな奇襲は通じないな。物質化できる斬撃はまだ一個だけだし、これ使ってる間は氷雪の女王の方がおろそかになって壁も作りにくい。
さっきので結構なダメージを与えたけれど、それが逆に本気を出させる結果になってしまった……)
ここを凌ぐのが鍵だ。
問題はしのげるかどうか。
四足の獣じみた疾走の姿勢を萌絵は解除する。その一挙手一投足を健仁は見逃さないように注視しながら備える。
瞬きの一瞬、萌絵の拳が目の前にあった。
「っ……!?」
辛うじて、首をそらして躱せたのは裏切りの侍によって武術が刻まれていたおかげだ。それがなければ首が吹っ飛んでいただろう。
さらにその驚愕が冷めやらぬうちに、足を引っかけられ引き倒される。
「ぐっ……!」
そこに拳が振り下ろされる。
慌てて転がって躱す。
川底を抉るような衝撃。水底に沈んでいた礫石が散弾のように健仁の身体を殴打する。
「ぐぼぁっ!?」
そのままゴロゴロと転がっていく。
「逃がさないわよ」
さらに一歩で萌絵が間合いに。
「く!」
転がりながら辛うじて氷刃を振るう。
さらに斬撃の物質化。
「わかってたら、当たるわけないでしょ」
無論、そんなものは一度見せられている。
突撃を停止、そのエネルギーを回転へと変換。渾身の回し蹴りによる尖った装甲の踵が斬撃を破砕する。
「くそ」
健仁はなんとか立ち上がるが、萌絵の攻めは止まらない。
獣じみた身体能力に武術を織り交ぜる。力任せの追撃が技の入り混じるものへと変わる。
全ての拳、蹴りが一撃必殺の威力なのは当然ながら、技量のキレが半端ではない。過去がなければ健仁などやられている。
驚愕すべきことは別に兵士の過去など萌絵はもっていないということ。彼女の過去は獣ひとつ。
つまりこれは彼女が自前に備えていた技術なのだ。
一体どれほどの執念でこの歳でこの領域に至ったのか。何がそこまで彼女を駆り立てたのかわからないが、とにかくこのままではまずいことは確かだった。
鏡花の話では、萌絵を健仁が抑えられるかで話が変わってくるという。
健仁のアドバンテージは、手数。氷に物質化される斬撃に武装を作る能力。この三つをうまく組み合わることで生まれる手数だ。
(どうする。考えろ、考えろ、考えろ)
何とかこの状況を打開する手段を探すが、もちろん悠長に考えさせるほど萌絵はお人好しではない。
「ハァっ!」
「ぐほッ――」
鋭い突き手が健仁の腹に突き刺さる。
肺から空気が一気に抜ける。折れ曲がる身体を起すように膝が顔面に叩き込まれる。
前に折れ曲がる動きから背後へと流れる。
浮き上がった身体にさらに拳の連打。ジャブのような軽いものであるが、上昇した膂力によりその全てが強力な必殺技に等しい。
当然、踏ん張りもできず吹き飛ぶ。
「げはっ」
内臓が損傷でもしたか、当然しているが、血反吐を吐く。肋骨が何本か折れているが、まだ生きている。
下手に抵抗せず吹っ飛んだのが良かった。おかげで連打を最後まで喰らわずに済んだし、距離も空いた。
その距離が詰められる前に全力の氷雪の女王で氷柱を形成する。
分厚く高い壁を作る。その間に、何とか体勢を整えようとする。
「無駄」
その壁すらも一撃で破壊される。
「うっそだろ――っ!」
辛うじて察知した殺気に反射で反応する。ギリギリ相手の拳に氷刃を差し込むことができた。
だが持つのは一瞬。まだまだ甘い形成の刃はへし折れ、斬撃も粉みじんになり、貫通した拳が健仁を玩具のように空中を回転させ河川敷の階段に叩き込んだ。
「ぐ、ごは……」
それでも健仁が生きているのは、萌絵に蓄積したダメージのせいだ。物質化した刃による胸部への斬撃はかなりの痛手を彼女に与えていた。
そのおかげで、全ての拳に百パーセントの力が乗っていない。おかえでまだリタイアしていない。
「これで終わりよ」
だが、それもここまでか。とどめを刺さんと萌絵が腰を落とす。
健仁も最後の瞬間を予期して、抵抗すべく能力を発動しようと手をあげる。
同時に心の引き金を引いた瞬間――空が割れた――。
「なに!」
萌絵の嗅覚がそれに気がついた。
だが、遅い。
空が割れたその光景に一瞬でも目を向けてしまった。その時、背後に土煙とともにそれは現れていた。
「後ろだ!」
「はっ!?」
健仁の言葉で辛うじて振り返る。
土煙のベールを引き裂いて、フォールがその拳を引きしぼっていた。
瞳の五の数字が煌めく。
咄嗟に健仁は氷の壁を萌絵とフォールの間に割り込ませる。それは一瞬しか持たなかったが彼女に防御姿勢をとらせるには十分。
何とかフォールの攻撃をガードした萌絵が健仁の隣まで吹き飛ばされてくる。
「くそ、何でフォールが出てくんのよ!」
「知るか。それより無事か」
「何とかね。ありがと、助かったわ」
「お、おう……」
まさか素直に礼を言われるとは思わなかったので、健仁は驚いてしまう。
「なによ。あたしがお礼を言うのがそんなにおかしい?」
「うん」
一発殴られた。
「痛いじゃないか!」
「おかしなこと言うからよ。それより、集中しなさい。レベル五のフォールよ」
レベル五。中級の中位。戦車や戦闘機並みの戦力、
一年生が相手できるのが下級のフォールということを考えれば、あまりにも強大な相手だ。
絶望が目の前にやってきたのだと二人は悟った。
「やるべきことは?」
「先輩たちと合流!」
「了解」
健仁と萌絵は先ほどまでの勝負を捨てる。敵を前にわだかまりなど死へと繋がるものでしかない。
そんなものは保留。
萌絵が前衛、健仁が後衛。
とにかく逃げ回りながら、先輩たちと合流する。
「それと、死なないように気をつけなさい。こいつが入ってきたからきっとあの転送フィールドみたいなの切れてるはずよ」
「とても大事な情報をありがとう」
「ふざけないで」
「ふざけてないと戦えそうにないんだ。そこは考慮してくれ」
「……行くわよ」
「ああ」
『GRAAAAAA!』
フォールの咆哮と同時に、二人は駆けだした。
●
時を同じくして、外で見ている上杉や一年生たちのところにもフォールが現れていた。
その数は四体。どれもレベル五や六で中級の中でも上位。
学生たちでは敵わない。
「まずは封じ込めだ。それから二年生は一年生を連れて避難せよ。ここはまだ君たちの死地ではない」
まず第三訓練場が上杉の一言で閉鎖される。隔壁がおり、観客席が孤立する。
もちろん、二年生が主導となり一年生を退避させるためのルートは残っている。そこは丁度、フォールたちがいる側とは逆だ。
残るのは教師の上杉だ。こんな時に有用な能力を持つ小槻はどこかへ行っていていない。
運が良いのか悪いのか。
運が良いとすれば、普段ならば対抗戦に一切興味を示さない、唯一チームを持たない単独戦力の伊瀬司がいることか。
「さて、伊瀬。やれるかね」
「……問題ありません」
「ならば二体を受け持とう。半分はそちらに任せる」
「……了解しました」
短く分担を決める。今、上杉の側にいる二体が上杉担当。司の側にいる二体が司担当。
「……それからもう一体、フィールドの方に入っていくのが見えました」
「手早く片付けるとしよう」
言葉少なく、やるべきことは決まった。
素早く片付けてフィールド上の健仁たちの救援に向かう。
作戦目標は決まった。
『GRAAAAA!!』
フォールはまるでそれを待っていたかのように、動き出す。
「戦闘開始だ――」
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