第10話 チーム対抗戦 2

「健仁くん、うまくやっているみたいですね」

 通信越しと未来視でしか状況はわからないが、彼が倒れたという未来はまだない。ならまだまだ元気に鬼ごっこの最中だ。

 その間に、なるべく健仁から離れるように鏡花は走っていた。

 階段を飛び降り、次の交差点に差し掛かった時、未来視に影が映った。

「おっと」

 ひょいと抱えていた狙撃銃を前に放るとそれが真っ二つに切り裂かれる。

 交差点の反対側に赤城が立っていた。

「ふはぁ、もう、罠ばっかだったじゃんもー。流石のアタシでも全部とるのは苦労したよ。お嬢は突っ込んでいくばっかだからもう大変」

「すっかりボロボロですね。徹夜してたくさん作っておいた甲斐がありました」

「そりゃーご苦労様というか、やりすぎでしょ、ナギ先輩……」

「恵ちゃんは強いですからねぇ」

「いやいや、まっさかー」

「だって、後輩ちゃんが罠にかかる前に全部自分でかかって解除したんですもんね」

「……あーもう。ナギ先輩。それ恥ずいんで、見なかったことにしてくださいよ」

「んふふふー、いやです」

「はぁ、可愛い顔してほんと性格悪いなこの人」

「なぁ!? わたしのどこが性格悪いんですか!」

「自覚ない、とこ!」

 会話の途中で赤城が切り結ぶ。逆手に持った短剣を振るう。

 しかし、予知していた鏡花は軽く後ろに身体をそらすことで眼前皮一枚の距離で躱す。

「ちぇ、ほんともー、そーいうーとこー。ナギ先輩、ほんと性格わっるーい」

 軽く言いながらも内心で舌打ち。

 まず正面から相対している限り、というか認識されている限り鏡花には奇襲は効かない。

 全身装甲化して能力を使うのに最高の形にしているといるというのに速度でどれほど先んじても躱される。

(えーっと、司っちはどうやって当ててたかなぁ。あの子、ほんと規格外だからわっかんない。もっと詳しく聞いとくんだった。まあ、お嬢の言葉にしたがって前日に罠解除に来なかったアタシもアタシで馬鹿だけど、まあ――)

 速度を乗せて蹴り。突撃チャージ、斬撃をお見舞いしていくが、その全てを紙一重で躱される。

 眼鏡の下、ぼさぼさの髪で目が見えないが、にまにまと笑みを崩さないのはまだ予知の範疇ということ。

 その範疇を超えるだけの速度を今の赤城は出せないし、有体に言うと詰んでいる。

 見切りが速すぎる? いや、そんなものこの試合が組まれた時に既に詰みだと言っていい。

 それだけ鏡花という女は厄介極まりないのだ。あの事故がなければ今頃は最前線で戦っていたかもしれない。

「ただ、まあ、だからと言って勝ちを諦めちゃだめでしょ」

 できれば萌絵と合流して二人で鏡花を攻めたいところだ。未来視に対抗するにはもう物量しかない。

 物量で押して押して、未来の選択肢を増やす。そうして相手の情報処理の限界に追い込むことが肝要なのだが。

「まあ、難しいだろうなぁ」

 お嬢こと萌絵は現在、離れた位置で健仁と鬼ごっこ中。うまいことつかず離れずでいられているおかげで振り回されている。

 頭に血が上っても全身装甲と生身の差があるからすぐに仕留められる。その考えが行動を縛る。

 ますます未来視の幅が狭まって鏡花のカモ。

「ああもう、どうしようかなぁ」

「んふふ、恋バナでもします?」

「やめて、ナギ先輩と恋バナした人全員別れてたり、振られてんだよ。今の二年にナギ先輩と恋バナする人いないから」

「ええ!?」

 健仁が聞いたらヤベエと思いそうなことである。心底いなくて良かっただろう。

 無論、その驚いた隙に赤城は斬りこむ。

 右で薙ぎ。それを再び後ろに身体をそらして躱したところで左の短剣を振り下ろす。

 鏡花はそれもさらに体勢を斜め後ろにそらし右足を円を描くように運ぶことで、身体の向きをズラして刃をやり過ごす。

 休まず赤城は追撃。身体ごと突っ込むような突進。

 鏡花は跳び箱を飛ぶように、赤城の肩に手を置いて飛び越える。

 着地した鏡花に、赤城は反転と斬撃を同時に放つがそれすらも視ていた鏡花には当たらない。

 再び、赤城の方を向いてゆらりと立っている。

「全身装甲はしないの、ナギ先輩」

「んー、もう少し後ですね。あれやるとちょっとあの恥ずかしくて」

「あーナギ先輩ロリ体型だもんねぇ」

「なー! だれがロリ体型ですか! それは、まあ、その……小さいですけど……」

 そこで再び斬りつけてみるがやはり当たらない。紙一重で躱して再び定位置に戻る。

 それの繰り返しだ。このままやっても意味がないなら。

 狙うは鏡花ではなく健仁の方だ。

「――栄光の運び手グローリー・ランナー!」

 一瞬にして赤城の装甲が青く燃え上がる。同時に、彼女のスピードはトップスピードへ。

 赤城の能力は一般人カテゴリーの中では珍しく単純である。しかし、そのおかげなのか二つの能力として顕現している。

 その能力とは加速と炎を身に纏うこと。

 過去は聖なる競技における聖火の運び手。その手が運ぶのは栄光の炎であり、その足はあらゆる距離を踏破する。

 それが加速と炎纏いとして顕現した。

 それが発動した今、ただ走るだけでいい。触れたものを焼き尽くす炎と超高速の突撃はそれだけで強力だ。

 その一歩を踏み出さんとしたところで。

「起動」

 鏡花の声を聴いた。

 光よりも速く、加速された思考領域にその言葉は届いてしまった。

 顔だけで振り返った時には、巫女服を元とした装甲に身を包んだ鏡花が後ろに立っている。飛ぶには三つ目の目のようも見える白毫、放熱板が髪の毛のように靡く。

 手にした薙刀が赤城の足を引っかけるように振るわれる。

「チィッ!」

 それを交わしたところで足を掴まれる。燃えるのもいとわず、赤城はそのまま反対方向にぶん投げられた。

「行かせませんよー」

「いや、本当に性格悪いよ、ナギ先輩。というか、巫女服ぽいから全然身体のラインでないのズルくない? アタシの装甲見てよ」

 特に何の装飾もなく普通にパワードスーツで、身体のラインがくっきりと出る。

 赤城は出るところは出ていて、引っ込むところが引っ込んでいるので鏡花としてはうらやましい限りだった。

「うらやましいです」

「どこが!? なんにもないから恥ずかしさ倍増だよ!」

「いえ、その分立派じゃないですか!」

「あー……大丈夫だってナギ先輩。これからだって。まだまだ大きくなるかもしれないし。もしかしたら小さい方が好きな人が現れるかもだし」

「いいんです、同情は……おっと」

 超高速で燃えるナイフを叩き込もうとするが、それは薙刀に防がれる。

 回転する薙刀が縦横無尽に振るわれる。

 今度は赤城が攻められる番だった。それにしても執拗に胸とか尻を狙ってきているような気がするのは気のせいだろう、きっと。

「ええい、狙いがいやらしい!」

「どこが死角かは見えているので」

「だったら、アタシを沈められるんじゃないの?」

「んー、駄目なんですよねぇ。それやっちゃうと」

「また何かあるわけね」

「ネタバレです」

「ナギ先輩はいつもそれだ」

 鏡花は未来視の内容を人に言わない。ただ言わないまま指示を出す。それに従えば大抵のことはうまくいく。

「でも、何が起きるか知ってた方が心構えができると思わない?」

「ネタバレです。まあ、理由ならいえますよ」

「なら、なぜ?」

「未来を知ると変えたがるのが人じゃないですか。例えば隣人の死とか。でもそれを変えようとすると波紋が大きくなるわけです」

 蝶が羽ばたいたことが、家の家事に繋がったというように、小さな行為でも大きな事象に繋がってしまうということ。

 それがバタフライエフェクト。

 結果として酷い惨事になることもありうるし、なにより刻一刻と変化していく未来には未来視をいくらしようが意味がない。

 未来視は一秒先なら確定の未来を視ることができるが、現在時刻から遠ざかれば遠ざかるほど選択肢と不確定性が増していく。

 バタフライエフェクトが入ると確定事象が消滅して、変動しまくり、未来視が役に立たなくなる。

 それを鏡花は避けている。未来視の結果が役に立たなくなることの方が彼女にとっては面倒くさいということなのだろう。

 だから、あまり未来の情報を言わない。そもそもそこで見えるものなど知らない方が良いと鏡花は言う。

「まあ、そういうのはアタシにはわからないんだけどさ」

「大丈夫ですよ。一応、上杉先生には話してありますので、対策を講じているはずです。それでも変えられないこともありますが、なるべく良い未来が選ばれるようにはしていますよ」

「それであの質問?」

「はい」

「ナギ先輩、ほんと性格悪いや」

 打ち合った得物の火花が散る。

「よっと」

 鏡花は背後に目を向けながら、屋根へと上がる。

 無論、それを赤城は追う。

 屋根へ上がった先で銃口が赤城を狙う。

 放たれる弾丸を左の短剣で防ぎながら、右のを鏡花に向かって投擲。

「ほい」

 掴み取られ、逆に投げ返される。それも弾き。左の剣を右に持ち替え、赤城は鏡花に迫る。

 回転する薙刀と刃を打ち合わせる。受け流し、相手の体勢を崩すように動くが、一歩踏み込まれ崩れるには至らない。

 だが、それで良い。赤城の間合いは薙刀よりも短く深い。相手の懐に入ってしまえば、そこは間合い。

 なるべく密着するように短剣を振るう。

 それを鏡花は柄の部分で受ける。うまく回転を交え赤城を引き離そうとしてくるが、彼女は喰らいつき離れない。

 赤城は超高速の中で行動するために思考も加速されているから、離れても一瞬で戻れる。

 要所要所で加速を使い、刃に緩急を乗せる。

 鏡花は装甲内部で感心したような顔をつくる。

(うーん、流石)

 流石は去年一年間戦ってきただけあって、加速の出し方が巧い。ちゃんとわかって使っている。

 あらかじめわかっているから受けられているが、未来視がなければとっくの昔に終わっているだろう。

 さらに厄介なのは炎を纏うことだ。受けただけでもダメージが蓄積する。装甲とて万能無敵のものではない。

 出力や維持するためのエネルギーを使い切れば装甲は剥げる。概ね、それは過去をどれほど己のものとして使えているかに依存する。

(ごりごりと削られていきますねぇ)

 初っ端に一年生二人を潰しておいてよかったと心底思う。これに援護が加わっていたならば、もっと鏡花は削られることになっていた。

(さて、これ以上削るわけにもいかないし)

 薙刀をフルスイングして赤城を吹き飛ばす。

 鏡花は左手に拳銃を現出させ、射撃。高速移動を加味した銃弾を置きに行き、行動を封じると同時に後退。

 かといって下がりすぎず、相手の間合いの少しだけ外。相手が別の所へ行けばそのまま狙い撃ちできる位置を外さない。

(ナギ先輩、ほんといやらしいなぁ。加速だけじゃ読み切られる。かといって炎によるブーストはこっちにも反動くるから多用できないし。だったら、炎纏ったまま、じりじり削っていくか)

 赤城も思案しながら、左手に予備の短剣を呼び出す。

 その短剣に炎を纏わせて、加速を行使。一歩で間合いへ。眉間に狙いをわせる銃身から首の動きだけで狙いを外させる。

 右の短剣を振るう。炎の軌跡を描き、わずかに拡張された斬撃を放ち、首を狙う。

 穂先の重みのまま回転させた薙刀が刃を弾く。それから足を突き刺すように落ちてくる。

 足を引けば、その足を踏むように鏡花が一歩踏み込む。

 赤城は右足を後ろへ回すように避け、その回転のまま左逆手の短剣を突き刺す動きに接続。

 膝を落としたことで上へと舞う髪の毛のような放熱板をわずかに切り裂く。

 ぱらりと散る放熱板を縫って拳銃に装備されたナイフが下から顎を狙って襲いくる。

 それをバック転で躱しながら足首から炎を噴射。スラスター代わりに使い、勢いをつけて顎先を狙うが、再び紙一重の距離でつま先が通り抜ける。

 そのまま赤城は勢いを殺さずに距離をとって着地。

 その着地を狩るように射撃がくるが、休まず背中から炎を噴射でブースト。銃弾を避けて住宅街の塀へ着地。そのまま塀を疾走し、炎の刃を振るう。

「おっとっと」

 それを上体をそらしながら二歩下がって躱す。

「ふぅ……」

 赤城が息を吐く。

 それは鏡花も同様だった。

「で、これいつまで続けるんです、ナギ先輩」

「ん~、あともう少しかなぁ」

 そう言った時、河川敷の方で氷の柱ができあがる。

「お、健仁くんの方もやってるみたいですね」

「うひゃー、ナギ先輩の後輩、すごいなー。あんなの作れるんだ」

「王の過去ですからねぇ」

「うわ、いいなー。その外にもあと二つ持ってるし。才能ある人はうらやましいですね」

「それをわたしに言わないでくださいよ。後輩が優秀で、先輩の体面を保つのも大変なのです」

「ただでさえ留年してますからね、ナギ先輩」

 轟音とともに氷柱が砕け散る。萌絵が力任せに吹き飛ばしたのだろう。衝撃がこちらまで届いていた。

「そういうあなたのところの後輩もすごいじゃないですか」

「そうそう。お嬢はすごいんだ。というわけで、無駄にしたら怒っちゃうからね」

「そこは、まあ、何とかしますよ」

「なら安心だけど――やっぱり一撃くらいはクリーンヒットさせたいよねぇ」

 二本の短剣を仕舞い、クラウチングスタートの構えをとる。

「うひぃ、勘弁してくださいよ、恵ちゃん。それやっちゃうんですか?」

「そうそう、どうせ未来視でわかってるんだろったら」

 轟と音を鳴らして炎が翼のように赤城の背中から広がる。

「高速広範囲を薙ぎ払ってしまったらどうなるでしょーかってことで、いっちょよろしく」

「ああもう、酷い。わたし未来視だけでそんなに強くないのに」

「どこの口が言うのやら。じゃ、よーい、どん!」

 鏡花に向かって赤城の超高速の突進が繰り出された。

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