第9話 チーム対抗戦 1
チーム対抗戦。
それは学生過去使いたち同士を競わせ、互いに切磋琢磨するための制度。勝利した者には与えられ、敗者は奪われる。
フォールとの戦いもそうだ。勝てば未来が、負ければ命を奪われる。
だから、本気で技を磨くためにチーム同士を競わせる。良い待遇が欲しければ、チーム対抗戦や討伐で良い成績を出すしかない。
特に健仁たちチーム草薙の設備は最低ランク。これを上げるためにも、六月に解禁になる討伐に備え、戦力を増強しなければならない。
このチーム対抗戦。絶対に勝利しなければならない。
「あら、逃げずに来たのね」
第三訓練場に戻ると、萌絵とそのチームメイトは既に戦闘服に着替えて訓練場の中央で待っていた。
あからさまな挑発だ。
「こっちが最初にやるって言ったんだ逃げるわけないだろ。なんで、そう突っかかってくるんだ」
「これから戦うんだから、当然でしょう?」
「さいですか」
「今日こそ、あんたをぶっ潰してあげる。覚悟してなさい」
言うだけ言って萌絵は離れていった。
「やる気満々ですねぇ」
「どうしてこう俺に突っかかってくるのやら」
「……彼女は熱田ですからね。色々あるのですよ」
鏡花のその言い方がふと気になった。
「先輩にもあるんですか?」
「さあ、どうでしょう」
「アタシからも挨拶させてもらってもいいかな?」
「あ、恵ちゃん。立派にリーダーさんやってるみたいですね!」
豊かな髪をポニーテールにした二年生の先輩がやってきた。彼女が、萌絵が所属するチームのリーダー赤城恵だった。
「ははは。皮肉はやめてよ、ナギ先輩、後輩にいいように仕切られちゃってるんだからぁ」
「好きにやらせるのが一番だと思ったんですよね?」
「いやいや、違うって好きにやられてるだけ。それにアタシってほら、面倒くさがりだからさ。あっはっは」
赤城はそう飴をぱりぱりと噛みながらはすっ葉に笑った。
「で、キミがうちのお嬢がご執心の健仁クン? へぇ、ふーん?」
頭頂から足先に走る視線。値踏みされている。
二、三度、視線が往復してからにっこりと笑顔に戻る。
「うん、良い男だねぇ。んじゃ、今日はよろしく。全力で行くからね」
「は、はい。よろしくお願いします」
「あ、そうだった。恵ちゃんに言っておかないと。自分と後輩、どちらを護りますか?」
「後輩」
ノーシンキングの即答だった。
「ですよね。わかりました」
「?」
「なるほどねぇ」
健仁には鏡花が放った問いの意味がわからなかったが、赤城には伝わったようだった。
「あの、どういう?」
「いいんだよ、後輩クン。お嬢をよろしくね」
そう手を振って赤城はチームに戻っていった。
「あの、先輩」
「その話はまた今度。スタート地点に行きましょう。そうすれば、上杉先生の説明がモニターに映りますよ。知っているとは思いますけど、きちんと見ておいてくださいね」
「わかりました……」
もう一度だけ、萌絵を見るが、鼻で笑われ、赤城はばいばーいとでも言うように手を振っていた。
萌絵には肩をすくめて赤城には軽く手を振り返して健仁は鏡花とともにスタート地点へ行く。概ね、両チームが正反対の一に来るようになっていた。
スタート地点に行くと上杉が空中のモニターに映る。相変わらずの強面が健仁たちを見下ろしていた。
「さて、両チーム揃ったようだな。知っているとは思うが一応、ルールの確認をしておく。
制限時間無制限、何でもありのチーム戦。先に相手チームを全滅させた方が勝ちのオーソドックスルールだ。禁止事項は何一つありはしない。
また、特殊フィールドにより致命傷を負っても死ぬことはない。死ぬほど痛いが、喰らった瞬間に保健室に転送される仕掛けになっているので、手加減の必要はない。
では、諸君――開始だ」
そう言ってモニターから上杉が消えると同時に大音量のブザーが鳴り響き、チーム対抗戦が始まった。
「では、ぽちっと」
その瞬間、相手チームのスタート地点が爆発した。
●
萌絵が所属する赤城チームの一年二人は、油断していた。
相手は二人。対してこちらは四人。倍の数いる上に、二年生の他にも熱田萌絵がいる。
熱田の子。その意味はフォールとの戦いを知る者であるならば、誰でも知っている。
知らなくともこの二週間の彼女と共に授業に参加していれば嫌でもその意味はわかる。
彼女は天才だ。フォールと戦う過去使いとして、数週間で全身装甲を成し遂げるほどに。
「これは勝っただろ」
「だな」
萌だからもう勝利気分だ。確かに勝率は高い。それは二年の赤城も認めている。
しかし、相手はあの草薙鏡花だということ忘れてはいけなかった。
赤城は知っている、鏡花がどんな戦い方をするのかを。
「……とすると、ここにいるのはマズイね。それは確定。アタシでもそれはよーくわかってる。一年ズー。良い? 始まったら、とにかく全力で移動。少しでも遅れたらたぶんやられると思うから。萌絵ちゃんもそれでいい?」
「何でもいいわ。あたしが全部終わらせる」
うーん、これはマズイと赤城は思ったが、この熱田萌絵を動かすのは不可能。昨日だって、訓練場の下見をしようと言ったが彼女はその必要はないと断じだ。
おかげで赤城も訓練場にはいけなかった。といっても、それで何かがかわったということはないだろう。
相手はあの草薙鏡花なのだ。
だが、遅い。もう開始のゴングがなる時間だ。できることは何があっても迷わず判断して行動するだけ。
「では、諸君――開始だ」
「走って!」
全員にそう指示を出した瞬間、地面が爆ぜた。
いいや、地面どころの話ではない。その場にある全て。住宅街の真ん中が完全に爆破された。
川を挟んだ対岸。赤城チームのスタート地点を中心に連鎖的に爆発が巻き起こる。一年生二人は、逃げる間もなく消し飛んだ。
死んではいない。フィールドの効果で保健室送りだ。
「いや、やりすぎでしょ、ナギ先輩! どんだけ爆弾使ったの!? こっち側、何も
なくなっちゃったじゃん!」
爆炎の中から全身を装甲に包んだ赤城が飛び出す。
間一髪、全身装甲が間に合ったが、後輩を助けるには足りなかった。いや、助けようとしたおかげで、装甲の各部に異常が出ている。
出力にして普段の七割まで減少させられてしまった。
そう叫んでいるともう一つの影が爆煙の中から飛び出してきた。獣――狼のような――の鋭利かつしなやかなフォルムの装甲に身を包んだ萌絵だ。
彼女もダメージは多少は追っているが、赤城よりは少ない。獣の過去特有の装甲効果である身体能力上昇と鋭敏な感覚で爆風と衝撃の弱い部分へと逃れたのだろう。
「良かった、無事だね、お嬢」
「……ふざけないで、こんなもので熱田がやられるわけないでしょう!」
そのまま彼女は対岸にいるであろう健仁たちへ向かって全力で駆けだした。その衝撃で爆煙が一気に晴れる。
「おおう、やっばい。お嬢がキレてる。そりゃまあ、キレるよねぇ。っとと、アタシもいかんと。援護してやらんと大変だし――って、待って、やば」
とにかく猪突猛進ガールな萌絵の援護をすべく駆けだそうとして気がつくのと、飛翔した弾丸が眼前に迫るのは同時だった。
「うーん、肩を削るだけでしたか」
周囲には何もない。この第三訓練場は住宅街であり、背の高い建物がない設定のフィールドだ。
だから、狙撃などをするには多少の工夫がいる。屋根の上などに普通に陣取れば即座に見つかって接近されるのがオチだし、入り組んだ住宅街は射線が通りにくい。
「だから、何もかんも爆破してみましたー」
そう鏡花は大口径の狙撃銃を構えながら言った。
スコープの向こう側では辛うじて弾丸を肩で受けるのみにとどめる赤城の姿を捉えている。
同時に、走り出した萌絵はその射線を見て、こちらを認識。一直線だ。まるで迷いがない。
撃たなくてもわかる。未来視で見た未来に一個も当たるものが存在しない。撃ったところで無駄なら撃たない。
そう思っていると、爆破の威力にドン引きしていた健仁がおずおずと問いかけてきた。
「それ、どこに仕舞ってたんですか……?」
「わたしの武器の一つとして、過去時計に登録してるんですよ。すると装甲と一緒に一緒に具現化してくれるのです。まあ、よっぽどのことがない限り、過去使いでも武器は出せませんからね」
「なるほど……」
とりあえず健仁はこの先輩にたてつくのは金輪際やめておこうと思った。狙撃するのに適した場所がないし、射線が通らないのなら向こう岸にあるもの全部爆破しようなんて、誰が考えるのか。
目の前のこの先輩だけであろう。
ファッションとか見てくれに無頓着で、子供みたいに身長の低いこの一見してマスコットじみたかわいらしさがある先輩は、誰よりもクレイジーなのではと健仁は思い始めてきた。
「それより、移動しますよ。教えたとおりに動いてくださいね」
「わかりました」
ともあれ試合は始まった。ぐずぐずしていたら怒って突撃してきている萌絵に殺されるのは目に見えている。
陣取っていた民家の屋根から降りて鏡花について健仁は駆けだす。
T字路であらかじめ言われていた通りに二手に分かれる。
向かう先は河川敷。
「ええと、確か、この先を右折してその一歩目で直角九十度のお辞儀」
なんでお辞儀をするのかと疑問に思ったが、鏡花に言われたことならばそのまま実行した方が良い。
だから、迷いなく健仁は鏡花の指示を実行する。右折一歩目で九十度のお辞儀。
その瞬間。
「死ね――」
熱田萌絵の殺意が下げた背中の上を通過していった。
遅れてやってくる民家を突き破った衝撃。
冷や汗が殺意に巻かれて飛んでいく。
「あっぶねえ!?」
こういうことかと理解した瞬間にはもう次の行動に健仁を移らせる。
既に萌絵に見つかった。どうしてもう見つかったのはそんなことを考えるのは後回しだ。
考えている間に、全身装甲し強力に武装した萌絵から殺される。
だから、まずは指示を実行する。三歩直進して十字路を左折。ただし顔面スライディングで。
言われた通りにすれば、背後から飛び込んできた萌絵の爪撃が後頭部の髪をわずかに切り裂いていく。
「当たりなさい! 避けてんじゃないわよ!」
「いや、避けるに決まってんだろ、死ぬわ!」
「当然よ、殺すつもりなんだから!」
「ならなおさら止まれるわけないだろ!」
軽口を言ったら、跳ねるように立ち上がって前転。数瞬前までいた地点に萌絵が着弾する。
打撃の衝撃と落下の衝撃が二段になって襲い、クレーターができあがる。その衝撃で、健仁の身体は吹き飛ばされる。
辛うじて受け身を取り、休むことなく走り続ける。
『はい、健仁くん、次は左折です。ただし、前につんのめりながらやってくださいね』
「了解!」
目指す地点は、まだ先だった。
萌絵の攻撃は苛烈だ。普段の健仁なら、最初の一発で死んでいるところである。通信してきている鏡花のアドバイスが現在進行形で更新されているおかげだ。
『そこで、一度振り返ってください』
「はい」
言われた通り振り返れば、萌絵も止まる。
「ついに観念したってわけ?」
「いや、ちょっと聞いておこうと思ってさ」
「良いわ、冥途の土産に何でも答えてあげるわ」
一瞬、何でも? と言ってゲスイ考えが脳裏をよぎるが、それは即座に振り払う。ここで聞いたら文字通り殺される。
というか、死なないけど。その殺意はどういうことなんだ。
「なんで、そんなに俺を殺したがるんだよ」
「別に。あたしがあんたより優秀だと知らしめればなんでも良いわ」
「いや、現に俺なんもできてないぞ。逃げてるだけだ。お前の方が凄いだろ」
「過去を三つ持ってるやつの余裕? 馬鹿にすんじゃないわよ」
「どうしてそうなる!」
「あたしは熱田萌絵。熱田萌絵なのよ、だから一番にならなくちゃいけないの!」
(――来る!)
装甲の爪を振り上げ一直線に向かってくる。
健仁は腰に下げていた水筒を目の前にぶん投げた。
「こんなもの!」
当然のようにその程度、壁にも時間稼ぎにもならない。
切り裂かれた水筒の水がばしゃりと萌絵にかかるが、そんなもの頓着しない。健仁が
「あんたが冷気でなにかを凍らせるスピードがどのくらいかあたしが知らないわけないでしょ! その間に、五回は殺せるわ!」
「すまん、それ嘘だ」
手を目の前に出す。あとはどうしたいかを念じればいい。それだけで自分の中心核に存在する魂に堆積した過去は応えてくれる。
蒼の閃光と共に冷気が吹き荒れ、一瞬にして水分が氷へと変換される。
「なっ――」
萌絵が凍り付く。といっても全身ではなくごく一部、関節などだけだ。全身を凍らせるには水が足りない。
被っただけの水ではこれが精いっぱいだ。萌絵ならば即座に脱出してくるだろう。
だが、そこに驚愕が混じれば少しは時間稼ぎになる。
「元から対戦するつもりだったから、先輩が実力を隠せって言ってきたんで隠してたんですよ」
授業では手を抜いたわけではないが、氷結の練習としてわざとゆっくり凍らせるようにしていた。
それがまた氷雪の女王の理解を助けてくれたわけだが、全力でやれば水なら刹那のうちに凍らせることができる。
「じゃあ、しばらくそこで動き止めててくれ」
それだけ言って健仁は駆けだす。
「ふ、ふざけんなあああ!」
当然、萌絵からしたらたまったものじゃない。完全に出し抜かれていたとなれば、元から切れている堪忍袋の緒がさらにずたずたになるだけだ。
「このあたしを前に、実力を隠していた? この時のため? ふざけるんじゃないわよ。あたしは熱田。熱田萌絵なのよ。あたしが一番だと、あんたを倒して証明するの。そうすればパパとママだって……だから――負けるわけにはいかないのよ!」
萌絵は気合いで氷をぶち割って追跡を開始する。
健仁の行先は河川敷。このフィールドで大量の水があるのはあそこだ。一瞬で水を凍らせられるということは、川の水は彼にとって大量の武器ということになる。
「ふぅ……落ち着きなさい熱田萌絵」
先程の動きからして自分の行動は読まれている。おそらく何をしても河川敷に到達されるだろう。
なら良い。そこは良い。
「良いわ。有利なフィールドで戦ってあげる。その上で、勝つのはあたしよ」
相手が有利なフィールドで戦うのならばその上から力でねじ伏せればいい。相手はまだ装甲化すらできていない。
「そもそも王級は装甲化しにくい過去。スピードと力で攻めるのよ、萌絵。できるわね――ええ、できるわ」
深呼吸を一つ。
必ず殺すという意思を乗せて、萌絵は健仁へ向かって駆けだした。
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