第8話 チーム対抗戦 0

 入学から早いもので二週間が過ぎた。

 最初の一週間は、過去を制御し、装甲化し、戦うための知識をつけるための座学を行いながら、基礎訓練の続きだ。

 より肉体を酷使して、使えるようにするための訓練が日夜行われた。知識を頭に詰め込むこともあって新入生は突いていこうと見な必死だった。

 健仁は健仁で、夜のうちに氷雪の女王アムール・スノウの制御訓練にいそしんだ。

 それから次の一週間は、過去を覚醒させる訓練に入り、過去時計が配布された。装甲化は健仁はできなかったが、一週間みっちりと訓練したおかげか、だいぶ能力の制御ができるようになっていた。

 そして、チーム対抗戦の前日、上杉がチーム対抗戦の説明を行った。

「さて、例年参加者はいないが、一応、聞いておこう。参加したい者はいるか」

 チーム全員が集められた場で上杉が聞いた。

 例年ならまだ手は上がらない。二年生はこの時期、新入生が新生活に慣れようと必死になることを知っている。

 それでチーム対抗戦などやれる余裕がないことは既に体験済みだ。

 だからほとんどのチームから手は挙がらない。

「はい、やりたいです」

 今年は違う。

 誰もが挙げないだろうと思っていた草薙チームが手をあげたのだ。

「おいおい、マジかよ。草薙パイセン」

「ほら、あの人留年してるから」

「ああ、設備が……」

 などと事情を知っている二年生らはまあやりたくもなるよね、と思ったが、相手がいなければその希望も通らない。

 この時期はまだチームに慣れていないし、一年生は使い物にならない。相手をしようとするやつなどいない。

 そう誰もがそう思った。

「やるわ」

 そう言ったやつがいた。

 誰だと全員が声の主を探す。二年生ではない。一年生。

 熱田萌絵だった。彼女が気弱そうな二年生を説き伏せ、手を挙げていた。

「良いだろう。相手がいるのならば、明日、第三訓練場で正午よりチーム対抗戦を行う。各自、準備を怠らないように」

 そうして解散となる。

「ぶっ潰してあげる」

 教室から出る時、萌絵が挑発の視線を向けてきた。

「はいはい、挑発には乗らない。いきますよー」

 健仁は何か言おうと思ったが、鏡花に手を引かれてたため、スルーしてそのまま教室をでた。

 背後で、なにやら怒声が聞こえてきたが、聞かなかったことにする。

「本当にあげてきましたね」

 二年生を無視して一年の萌絵が。

「だから言ったでしょう、ちゃんと挙げてきますよって」

 道すがら鏡花はそう、ふふんと胸を張って言う。

 この時期の対抗戦に参加するチームは普通はいない。そう小槻に聞いていたが、未来視ができる鏡花は大丈夫と言っていた。

「いえ、信じてはいましたけど、本当にこうなるなんて……」

 萌絵は健仁に対抗心がある。過去三つで、目立っているからか。才能に嫉妬しているのか。

 あるいは別の何かかは、まだわからないが、敵視されているのは確かだ。その健仁が所属しているチームが対抗戦をしたいと言い出せば乗ってくる。

「あとは勝つだけですね。まあ、それが難しいんですけど」

「未来視じゃどうにもならないんですか?」

 すっかりと未来視を信頼した健仁はそう疑問に思う。

 相手がどう動くかなどがわかっていれば罠などを仕掛けやすいし、相手の狙いがわかればその対策も取りやすい。勝率もぐっと上がるだろう。

 小説や漫画、アニメでも未来視持ちは強キャラばかりだ。

「うーん、何とかなるとは思いますが、健仁くんの頑張り次第なところもあるので絶対勝てるなんて言えません。そもそも未来に絶対はないのです。それに、ネタバレです」

「なるほど」

 健仁はよくわかっていなかったが、とりあえずなるほどと頷いておいた。

「わからないのに、わかったフリはだめですよ」

「……はい」

「ともかく、これから準備です。寝る暇はないと思っておいてくださいね。それと隠し玉の方は?」

「小槻先生のおかげで、何とか」

「あの人は面白いことが好きですからね。特に弱い方が強いのを倒すとか、そういうのが好きなんですよ。ともあれ、何とか形になったのなら、良いルートです。

 では、行きましょうか」

 向かったのは寮ではなく、明日の戦う第三訓練場だ。

 そこには来ることがわかっていたというように上杉が待ち構えていた。

「やはり来たな」

「お見通しですよね」

「当然だ、草薙鏡花。君の戦術はよく理解しているつもりだ。それに数で劣る君たちが勝つには、仕込みしかあるまい。しかし、それは敵も理解していると思うが?」

「ここで上杉先生に会えたのならそれはないので、大丈夫です。時間もないので、あ、いえ、一分ほどお喋りしてから行かせてください」

「良いだろう」

「一分?」

「はい、そっちの方が良いルートなので」

「それで、訓練はどうかね、矢田健仁」

「あ、まあ、あまり順調とは」

「だろうな。過去三つを扱うのは難しい。我々は己の過去すら満足に扱えないのだからな。必然的に過去一つよりも習熟に時間がかかるのは道理だ。しかし、極めればその多様性は強みとなる。励むが良い」

「ありがとうございます」

「猫ちゃんは元気ですか?」

「ああ、元気にやっている」

 どうやら上杉は猫を飼っているらしい。この強面が猫を前にして、顔を緩めている姿は健仁には想像できない。

「ふふ、想像できないって顔ですね」

「あ、いえ、すみません」

「上杉先生、顔怖いですからね」

「よく言われる。写真を見るかね? 一緒に撮った写真がある」

 写真についてはいつか見せてもらうことにして今はやめておくことにした。

 ここで上杉と猫のツーショットを見せられて、それが想像通りじゃなかったら笑いで対抗戦どころではなくなると思ったからだ。

 事実を言っておけばそういうことはまったくと言っていいほどないのであるが、ともかくそんな話をしている間に一分が過ぎた。

「それじゃあ、健仁くん行きましょう。上杉先生、また今度」

「ああ」

 上杉と別れ第三訓練場に入る。

 三瀬学園の訓練場はその多くがフォールとの戦場を模している。日本だと市街地が多いが、山や海と言ったフィールドが用意されている。

 第三は市街地であった。フィールドは広く、住宅街が広がっている。フィールド中央を幅広の川が流れており、大まかに東西に分断されていた。

「水があるのは良いですね」

「そうですね。あまり背の高い建物はないですが、ここの住宅街は空き家ばかりなので罠を張るのに不自由はしませんよ。では、行きましょう」

 それから丸一日かけて罠張りにいそしんだ。

 といってもほとんどやったのは鏡花だ。手慣れた様子で罠を張っていく様は、熟練の狩人や罠師のようですらあり、野暮ったい見た目からは想像もできないほど洗練されていた。

「先輩」

「なんですか?」

「勝てますかね」

「ネタバレです。ほら、始まるまでもう少しですから、寮に戻ってご飯にしましょう」

「そうですね、お腹すきました」

 準備を終えて、外に出て寮に戻る。

「……」

 その途中で、伊瀬司と鉢合わせた。

「あ、司ちゃん!」

「……お久しぶりです。先輩」

「もう同輩ですよ。あ、こちらチームメイトの健仁くんです。健仁くん、こちら司ちゃんです」

「え、ええと、よろしくお願い、お願いしましゅ……」

 突然のことで心構えなどできるはずもなく、極度の緊張から噛んでしまった。恥ずかしい、穴があったら入りたい。

 その上、おや? と鏡花は健仁を見上げる。数秒後、にんまりとぼさっとした前髪の下で笑みを浮かべる。

 もちろん目の前の司でいっぱいいっぱいの健仁は気がついていない。

「司ちゃん司ちゃん。これから訓練ですか?」

「……はい」

「わたしたちは何とチーム対抗戦なのです」

 鏡花の言葉に司は驚いた表情を見せる。

「……やるんですね。それも二人で?」

「ふふふん、健仁くんは優秀なのですよ。過去三つも使えるのですよ」

「そう……良かったわね。これで復讐ができる。必ず復讐なさい」

「え、えっと、はい」

 覚えていてくれたのか、と健仁が感動しているうちに見に行けたら行きますと司は鏡花にいって静かに去っていった。

 完全に司がいなくなってから、鏡花は感動を噛み締めてぼーっとしている健仁へとにまにましながら向き直る。

「司ちゃんのことが好きなんですねー」

「え、は!? いや、それは!?」

「隠さない隠さない。おねーちゃんはわかってますよ。司ちゃんのことが好きなんですよね?」

 いきなりのおねーちゃんロールである。

 この追及から逃れることはできないと健仁は次の瞬間には悟る。なぜなら、きらんと輝く眼鏡の下で、女子高生の瞳が爛々と輝いていたからだ。

 つまり恋バナに飢えた乙女の目である。ついでに未来視を使っている時の輝きでもある。

 こんな健仁の恋などということに大事な未来視を使って良いのかという抗議は完全無視の構えであった。

 しかし、そこは健全な男子高校生である。二年も訓練期間で空白の時間があるとは言えども、思春期真っ盛りだ。

 そんな思春期男子が最も嫌がることは何か。親かまたは兄弟姉妹から来る自分の恋愛以上への土足の踏み込み。

 つまりは、司のことをどう思っているのかなどの追及である。

 男子高校生にとってそれは禁忌だ。自らの恥部をさらけ出すことに等しい行為である。

 それは神聖であり、仲の良い友達と語り合うのだって誰もいない自分の部屋やその友人の部屋、あるいはどこかの隠れ家でやるものだ。

 人のいない往来。それも出会って二週間ほどの先輩とやるような話ではない。少なくとも健仁の中では。

 それがおねーさんぶってくるちっちゃな留年して人生経験が豊富であり、司とは元チームメイトだとしてもだ。

 何か滅茶苦茶、有益な話が聞けるのだとしても、女性である。

 どうして健全な男子が話すことができようか。いや、話せるはずがない。

「さあ、おねーちゃんに話しましょう! 話さないとご飯抜きですよ!」

「なんて卑怯な……! というかおねーちゃんじゃないですよね」

「こういう場合は、身近な存在の方が話しやすいでしょう? それにこの方が話す確率が上がります」

「未来視をこんな無駄なことに……!」

「無駄ではありませーん! 女子高生には恋バナが必要なんですぅー! さあ、司ちゃんのことが好きなんですよね!」

 白状しなければ、てこでも動かない上に、ご飯もなしという条件までつけられてはここから逆転するのはかなり厳しい。それに時間も押し迫っている。

 結局、屈する以外に選択肢はなかった。

「くっ……そう、です……」

「んふふふふ」

 健仁は、にんまりとした鏡花の笑みを見た瞬間、話さなければよかったと心底、後悔した。

 しかし、後悔してももう遅い。吐いた言葉は戻らない。進んだ時は戻らない。戻らないものは仕方ない。

 ならばこの後来るであろうさらなる追撃に備え、防御網を構築する方が先。この後に来るであろう質問は、さほど多くない。

 少なくとも興味を引くポイントは、どうして好きになったのか、どこが良いのか、どこで好きになったのか。

 概ね、理由だ。そして、やはり鏡花もそんな質問をした。

「どうして司ちゃんのことを好きになったのかな?」

 しかし、考えられたのはそこまでだった。

「…………」

 だからまずは黙秘。時間稼ぎ。この後に待つ、チーム対抗戦がある。持久戦は健仁に有利だ。

「……一目惚れ?」

「なんで!? ……あ」

 言ってしまって自分の失策を悟る。相手は未来を視ることができるのだ。それがどのように見えるかは健仁には想像もできないが、映画のように映像で見えるのならば音声だって拾えるだろう。

 数ある未来のうち、事実を漏らした未来を視ればいい。大体それで必要なことはわかる。

 初めからこの恋バナの舞台に健仁をあげた時点で、鏡花の勝ちなのだ。その恋バナというルートを確定させ、その先の未来を視れば、どんな風に司のことを想っているのかわかってしまう。

「ずる過ぎる……」

「あまりこういう使い方は普段はしないのですけどね」

「じゃあ、真面目に無駄な使い方ですよね、これ」

「だから女子高生には必要なのです。そっかそっか、司ちゃんは手ごわいよぉ」

「それは、まあ……そうでしょうね……」

 相手は学園最強。片や新入生。つり合いが取れるはずがない。

「でもでも、健仁くんも三重過去の持ち主で可能性はないわけではないですから、そう落胆せずに。まずは自分を磨くことですよ」

「じゃあ、未来でどうなってるか教えてもらっても良いですか、少しくらい」

「ネタバレです。んふふ、でも良いなぁ、一目惚れかぁ。わたしも一目惚れされてみたいですねぇ」

 ならまずはその容姿を何とかするところからだろう。特に髪。ぼさぼさで末広がりになってしまっているのを整えるだけでも大きく変わる。

 それから眼鏡。大きな丸眼鏡が悪いというわけではないが、お洒落からは遠い。もっとお洒落なフレームの眼鏡を選ぶべきだろう。

 それだけでも彼女の印象は大きく変わるはずである。

 それを健仁は言うことはしない。なにせ、今、ずかずかと青少年の心に土足で上がり込んできたのだから、そんなことをする義理はないのである。

「よっし、おねーさんにまっかせっなさーい」

「なにを……?」

「ふふふ、おねーさんが司ちゃんと健仁ちゃんをくっつけちゃうために、色々アドバイスをしてあげましょう!」

 とりあえず、健仁は思った、果てしなく、面倒くさいことになりそうだと。

 とかく、食事を摂り、これ以上この話題が続く前に第三訓練場へと健仁は足早に戻るのであった。

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