第7話 チーム対抗戦に向けて

「チーム対抗戦?」

「そう。文字通り、過去使いのチームごとの団体戦だね」

 小槻はどこからか取り出した黒板を使って講義をするように説明を始めた。この人は暇なのだろうかと思ったが、健仁は言わないことにした。

 言ったところで聞かない気がしたのと、普通に有用な話であると思ったからだ。

 黒板にチョークで書いていくのはいくつかのデフォルメされた人だった。おそらくは新入生と二年生。

 それをいくつか書いて丸で囲む。それが一つのチームだということらしい。そこから矢印を伸ばして戦うというのを臨場感あふれる、演出で再現していた。

 無駄な技能である。

「で、まあ、何がいいってただの力量比べじゃないってとこ。チーム対抗戦に勝ったら報酬が出る」

「報酬?」

「そう、相手の持っているものとか、家具とかだね。ポイントだってそれで得ることができる」

「人財とか?」

 健仁の答えに、小槻は正解とばかりにフィンガースナップ。

 つまり、戦力が足りないならチーム対抗戦に勝って手に入れろということらしい。

「それ弱いところとかヤバくないですか?」

「んー、まあ、そうだけど、弱いのは言い訳にならない。弱いのは自己責任だからね。まさか、敵を前にして弱いから手加減してくださいだなんて言えるわけないよね」

 それは訓練中の上杉も言っていたことだ。弱いことは罪だ。弱いことが嫌なら強く成るしかない。

 そして、それは地道な訓練を積み重ねていくしかないのである。

「でも、君たちは人数が少ない。まず戦力が足りてない。ならねらい目は今月のチーム対抗戦だ」

 戦力がないからそれを得るためにチーム対抗戦をやるのにチーム対抗戦をやるための戦力がないという状況である

 元から人数が少ないなら、相手を鍛える時間を与えないことが肝要と小槻は言った。

「でも、それは俺たちもそうなのでは?」

「そうだよ。でも、今から死に物狂いでやれば多少は何とかなるかもしれない。それにそこを目標にするのと、来月を目標にするのとではモチベーションが違う。そこの差は大きいと思うよ」

「うんうん、小槻先生はたまにいいこといいます」

「結構酷いことズバッというよね、鏡花ちゃんはさ」

「で、ここに来たということは協力してくれるんですよね」

「もっちろーん。だってその方が面白そうだからね! というわけで、矢田健仁くん。君の過去生をちゃっちゃーとみちゃいましょー!」

 黒板とチョークをどこぞへぶん投げて今度は座り心地の良さそうな椅子を取り出した。どこから取り出しているのだろう。

「僕たち過去使いに一番重要なのは何と言っても過去生だ。過去生が君の中でどの位置にあるのか、どういう意味を持つのかによって能力の規模と出力が決まる」

「それで弱かったら?」

「その時はその時さ。まあ、過去を三つも持ってるんだ、どれかは強いのに当たると思うよ」

 健仁を椅子に座らせながら小槻は過去についての説明を続ける。

 過去生には便宜上いくつかの階級ランク分けがされているという。過去生といっても人間に限らない。昆虫や魚、動物といったものもありえるという。

 過去は大きく分けて六種。

「魚、虫、獣、一般人、兵士、王の六種ね」

「前半と後半で、何か違いませんか?」

 前半三つは、種であるが、後半三つは人の階級であるようだと健仁は気がついた。

「そう、良く気がついたね。満点をあげよう」

 過去使いごとに膨大な過去があり、様々な過去生を持っている。それを体系化しようとした時、先人は気がついた。

 どうしても人の過去生が多い。

 幅が広すぎてカテゴライズが難しい。かといって枠を増やすと、際限なく枠が増えていく。

 だから、わかりやすく三種の階級でわけたということらしい。

 一般人は最も多い。

 普通の人生の過去生だ。ただそれでも結構劇的な生き方してるらしい。巫女とか、後にいう兵士とか王ではない大多数がこれとのことだ。

 兵士は主に戦闘職の過去生。軍人や騎士、傭兵といったものだ。

 王は文字通り特権階級の過去生。王や皇帝、貴族といったもの。

「もちろん、何にもなしにそうわけているわけじゃないよ。兵士の過去生は特に戦闘に秀でるんだ。覚醒させれば剣の振るい方とか銃の使い方なんていう戦い方もわかるようになる。戦闘機乗りの過去使いは、戦闘機に乗れるようになったりしたなぁ」

「なるほど……」

「王の過去生は特に異能力に秀でるんだ。ただ一人で戦場を支配し環境を変えるくらいのこともできるよ」

「じゃあ、一般人はどうなんです? 外れ?」

「うん、まあ、戦闘能力で言ったら、獣とか虫の方が強かったりすることも多いし、兵士のように戦い方がわかるわけじゃない。けど、一般人の過去はユニークだ」

「ユニーク?」

「君は知ってるはずだよ。ユニークな能力をね」

 知ってると言われて思い浮かんだのは目の前の鏡花と小槻の能力だ。

 未来視と時の流れを弄る空間を作るなど、いかにもユニークっぽい。それを指摘してやれば手を叩いて首肯する。

「一般人は数が多いから能力が多岐にわたる。鏡花の未来視は巫女さんから来ているし、僕のは時計職人から来ているんだ。時を作る能力さ。まあ、一定空間内にだけどね。

 僕としてはもっとこっち系の能力を重視すべきだって言ってるんだけど、上杉先生は兵士重視なんだよねぇ。まあ、直接戦闘するにはそっちの方が強いからなんだけど」

「じゃあ、獣とかは?」

「そっちは本当はほぼ使えない過去のはずだったんだけど、熱田が変えた」

「変えた?」

「そう。熱田が発明した過去時計は知ってるね?」

「試験の時に使ったやつですよね」

「そう、あれは過去を調べるために調整されてるやつだけど、あれは本来武器なんだ」

「武器?」

 小槻が頷いて、隣の鏡花が服のポケットから懐中時計を取り出す。

 竜頭を押してふたを開けると当たり前のように十二までの文字盤があり、一時のところに巫女の絵があった。

「ここに君の過去を刻む。するとそれに合わせてこの過去時計は装甲を形作るのさ。所謂パワードスーツってやつ」

「なにそれかっこいい」

「そう、ちょーかっこいいよぉ。僕の見せてあげたいけど、使ったらバレるからまた今度ね。

 それで本来なら能力も何にもなかった魚とか虫、獣の前世を使えるようにしたんだよ。この過去装甲化技術がね」

 獣や魚を模した装甲は、その過去生に準じた恩恵を与える。獣であれば高い身体能力や飛行能力、魚であれば水中行動能力、虫だと鎌が出たりとか。

 単純明快に言ってしまえば、過去生分類の前半は強い装甲を作ることができるのだ。

 対して人の過去生による装甲化は小槻曰く、微妙とのこと。

「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、兵士とかなら普通に甲冑とか全身鎧みたいなのも作れるよ。まあ、部分鎧ばっかで全身装甲までいくの稀らしいんだけどね。

 あと王級は基本的に装甲化できない。あれは特殊能力に特化しているだってさ。

 たまにできるのとかもいるらしいけど。まあ僕も熱田じゃないから詳しいことは君の同級生に聞くといいよ」

 萌絵のことだと健仁はすぐにわかったが、聞いたところで教えてくれるだろうか。いや、教えてくれはするだろうが、盛大に馬鹿にされるような気がする。

 あるいは、凄いドヤ顔で講釈垂れてくるか。どちらにせよ、あまり歓迎したくはないので、そういうものとしておくことにした。

 そのうち図書館とかで調べてみようと健仁は心に決めた。

「まあ、こんなわかりにくい話はどーでも良し。まずは君の過去生がどんなものか調べるんだ。というわけで、はい座って座って」

「わかりました」

 言われた通りに座る。すると毛布やらなんやらをかぶせられた。

「じゃあ、目を閉じて。リラックスするんだ。息を吸って吐く。それを繰り返して」

「じゃあ、わたし外に出てますね」

「うん、よろしくー」

 鏡花も出て良き、部屋の中で二人っきりになる。特に変な意味はないだろう。

 言われた通りに目を閉じる。何も見えない中で呼吸に意識を集中する。部屋の中は静かで、音と言えば近くの滝の音だけだった。

「息を大きく吸い込んで。君はその呼吸と同時に光を吸い込むんだ。イメ―ジして。力を抜いて、深く息を吸う。そして光を取り込む。足先からどんどん光が入って浄化されて行く」

 言われた通りに呼吸をして、イメージすると、ふわふわと自分の身体がどこかに浮かんでいるかのような感覚に健仁は囚われる。

「感覚に逆らわず、深く呼吸して。息を吸って、吐いて。頭の先まで光で満たすんだ。そうすると、君はどこかに立っている。気持ちのいい草原だよ」

 小槻の言葉が誘導灯になり、ぷかぷかと漂っていた健仁のイメージは、暗闇の中から気持ちのいい草原に立っていた。

 呼吸をすれば涼し気な空気が肺を満たし、身体を柔らかくしていくように思えた。

「さあ、歩いて。どこでもいい。君が思うままに歩くんだ」

 言われた通りに歩く。ふわふわと漂うような、されどしっかりとした足取りで健仁は思うがままに歩いていった。

 不思議とまっすぐに歩きたい気分で、草原を歩く。他には何もない。幻想的かどうかも判然としない。

 ただ漠然とした草原の中を光に包まれたまま歩くと、石畳の道が現れる。

「良いね。近づいてきた。目の前に扉が現れるはずだ」

 小槻の言葉通り、目の前に大きな扉があった。いつの間にか、石造りの広間に来ていた。

 そこには扉がある。大きな木製の扉で、まるで城門のようであると思った。

「さあ、開けて入ってごらん」

 扉は簡単に開いた。

「さあ、何が見えるか。よく目を凝らして、心に従うんだ。君は今、君の過去生の中にいる」

 風が吹き抜ける。反射で目を閉じると、次に光があふれ出し、扉の空間は消えていた。

 そして、目を開いたとき、あらゆるものが変わっていた。

 そこは光に満ちた大広間だ。白亜の石で形作られた場所は、そこは玉座の間のようであった。

 両脇の窓から先は見えぬほどの純白の雪が降りしきる極寒の大地。 

 赤く玉座まで続く絨毯の両脇には甲冑を着込んだ騎士たちが整列している。

 戴冠式だ、と健仁は誰に言われずともに理解していた。この場所を知っているという既視感が次に何が起こるのかを教えてくれる。

 健仁は振り返った。

 そこにはドレスとマントに身を包んだ気品あふれる女性がいる。

 自分自身が彼女であると健仁はすぐに理解した。そうだ、自分はかつてあの姿でこの場所を歩いたことがあるのだと魂が叫んでいる。

 そう、これは彼女じぶんの戴冠式だ。

 両親が死に、慈愛に溢れた北欧の女王としてこれから君臨する。これはその始まりの場面。

 これは王になった日の過去生。これから先、降りしきる雪のように穏やかな優しい統治の記憶なのだと健仁は理解していた。

 女王は健仁をすり抜けて玉座へと向かう。ゆっくりと待ち構えていた司祭から王冠をかぶせられる。

 厳かにそれは執り行われ、彼女が杖を掲げた瞬間、目が合うはずのない彼女と健仁の視線が交わった。

 さらに時が進む。

 早回しのように進んでいく。女王の治世は穏やかであったらしい。戦いはなく、ただ優しい日々が続いていく。

 女王の妹が別の国に嫁いでいった。それが今の自分の妹だとわかった。少しだけ悲しさが上がってくる。

 さらに場面は移動し、女王が大きな狼と共に過ごしているシーンがでてきた。どこか見覚えのある狼は生意気そうであった。

 そこまで見た瞬間、それで充分であると魂が判断したのか、健仁は扉に戻されていた。

 そして、扉が閉まる時、女王が静かに笑みを浮かべながら手を振っていた。

「良し、それじゃあ来た道を戻って」

 同時に、小槻の声が戻ってきていることに気がついた。言われるまま、それに従って元の草原に戻る。

 ふわりとした浮遊感。身体に魂が収まるような感覚。光が抜けていく。

 そして、目を開ける。もう数時間もこうしていたかのような倦怠感が健仁の全身を覆っていた。

「はい、お疲れー。いやぁ、結構良い過去だったねぇ」

「えっと……?」

「ほら、右手、見てみ」

 健仁が小槻の言葉に従って右手を見てみると、そこには冷気を放つ氷の球体があった。

「これは……」

「君の一つ目の過去は、王の過去だ。うん、いいねぇ。北欧の方の女王でしょー。どうかな? 過去を追体験したのなら感覚とか残ったりする感じだけど、ほら、ああいうシーンはなかった?」

「何聞いてるんすか、いきなり! あとそういう感じでもありませんでしたよ。映画の中に入る感覚と言うか」

「なるほど、君はそういうタイプか。これ結構いろんなタイプがいるんだよね。追体験するやつとか映画見ているようなタイプとか。君は、その半々ってところか。うん、面白い。ともあれ、しばらくはその能力を使いこなせるように特訓するといい」

「具体的には何をすればいいんですか?」

「さあ?」

「さあって……」

「だって、君の能力は君だけのものだ。どうやって能力を伸ばせばいいかなんてわからないよ。どこまでできるかわからないし。とりあえずできるだけ使って何ができるのか把握するところからでしょ。あとは名前とか」

「あ、それは何となくわかります。氷雪の女王アムール・スノウ、です」

「へぇ、名前が付くほどか。名前はそのうち付けたりするものだけど、最初からついているのはそれだけ強い力ってことだ。君は強くなれると思うよ。

 さって、じゃあ、僕は帰るよ。二人の愛の巣に居座りたいわけじゃないからね」

「愛の巣じゃないですよ!」

「わかってるわかってるって~」

 絶対わかってない顔で、小槻は部屋から出ていった。入れ代わりに鏡花が入ってくる。

「お疲れ様です、健仁くん。あの小槻先生の様子だと、強い過去だったみたいですね、おめでとうございます」

「ありがとうございます。王の過去だそうです」

「すごい。王の過去は素晴らしいです。わたしは一般人の過去ですし、憧れますね。貴族とか王族の生活……!」

「あはは、まあ、今はただの平民ですけど」

 と言っていると健仁のお腹がぐぅとなる。

「ふふ。それじゃあ、ご飯にしましょうか」

「はい……お願いします」

 顔を赤くしながらお願いすると、今日の晩御飯が食卓に並ぶ。妙にぐらぐらする食卓は鏡花が作ったもののようであった。

「では、いただきましょう」

「はい、いただきます」

 そうして、草薙チームの一日目は過ぎていった。


 ●


 特別科の教職員室には二人の教員しかいない。

 もとから人数不足だし教師にそんな大人数を割けないというのもあるが、一番はもう、深夜だからだ。

「んでさぁ、どうして僕を草薙チームにいかせたのかな?」

 そう小槻が体面に座り仏頂面でキーボードを鳴らしている上杉に問う。

 上杉は目線も合わせずに答えた。

「三つの過去は前例がない。おそらくは二つより苦労する」

「上杉先生にしてはお優しいことで。じゃあ、なんで自分で行かなかったんだい? 上杉先生の方が適任でしょ」

「いいや、過去覚醒はお前の方が得意だろう、小槻先生。それと時間の巻き戻しをしていたのだ、行けるわけがないだろう」

「そこまでして、訓練なんてやらなきゃいいのに」

 上杉は生徒と一緒に二年も訓練を共にする。生徒たちは若いからまだいいが、上杉は中年だ。それだけ寿命が少ない。

 そんな中で毎年、二年も余分に歳を重ねている。当然、すぐに残り時間なんて尽きる。

 そこを保険医の能力でどうにかしているわけだ。

「それでも完全じゃあないでしょ。ま、僕は構わないんだけどね。早く上杉先生がいなくなれば、昇進だし」

「ほう。上の立場は嫌いだと思っていたが」

「茶化すなよ。今まで誰かひとりを気にかけたことなんてないだろって話だよ」

「それは小槻先生が見ていないだけだ。私はいつだって生徒を気にかけているとも」

「あっそ。まあいいけど。あんま贔屓してると、刺されるよ~」

「問題ない範疇だ。それに君は言われずとも行っていただろう。三つの過去ほど面白いものなど他にあるまい」

「ちぇ、バレてるか。あーあー、嫌だいやだ、これだから腐れ縁は困る」

 背もたれにもたれかかってぐるぐると回る。

 まるで子供のようであったが、上杉は一切気にしせず、キーボードを操作し続けていた。

「それより、どうだった?」

「あ? 矢田健仁のこと? 王だったよ。他二つはこれからだろうけど、強くなるんじゃない?」

「そうか」

「あり、それだけ?」

「そうだが? それ以外に何か言う必要があるか? それより、仕事をしろ」

「おっと、急用を思い出したから、かえろう」

 小槻はそそくさと立ち上がって教員室を出ていった。

 上杉はやれやれと肩をすくめて再び仕事に戻ったのであった。

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