第2話 rail(お題 列車)

 ふと気づくと、僕は電車の中にいた。座っている所は四人がお見合いのように向かいあう席になっている。少し古いタイプの機種のようだ。


 ……いつの間に乗り込んだのだろう。よく覚えていない。

 周りを見回すとほぼ誰もいないようだったが、隣の同じように並んだ席に誰かがいる。その姿になんとなく見覚えがあった。


「須田さん……?」

 僕が声をかけると、その人はこちらを振り返る。

「……あれ? もしかしてミサキっち?」

 なつかしい笑顔に、僕は胸がいっぱいになった。

「久しぶりですね…」

「そうだね。10年ぶりくらいかな」

「たぶん12年ですね」

「そんなになるか…」

 人懐っこい笑みをまた浮かべる。

 彼はある劇団のサークルの先輩だった。演技がとても上手く、タップダンスができるなど多才でおまけに人当たりがいいのでサークルのみんなが須田さんの事を慕っていた。

「みんな元気にしてる?」

「もうほとんど疎遠になっちゃって…」

 僕は思い出そうと首をかしげた。

「小山さんは自分の劇団を立ち上げて、中川っちは地元に戻って子どもを産んだって聞きました」

「そうか…」

 彼は昔を懐かしむような顔をする。

「コンは5年くらい前に結婚して、福井に住んでるみたいです」

「コン、地方に行ったのか。あの子は都会生まれなのになじんでない感じがしたもんな」

「そうですね……」

 僕はあいづちを打ちながら、彼の留学先へ遊びに行った時にイギリスの片田舎でのびのびと暮らしていた様子を思い出した。


「……あなたがいなくなって、マユさん悲しがってましたよ」

「──マユなあ」

 彼は表情をくもらせる。

「もういい年だから、俺が嫁にもらってやらないとなあと思っていたのに……」

 僕はあの日の事を思い出した。彼がバイクで事故に遭い、病院に運ばれたと報せを受けた事を。

 じりじりしながら仕事を終え、急いで駆けつけけれどその時はもう間に合わなかったことを。


 彼の葬式が済んで、しばらくしてマユさんの家にみんなで遊びに行ったら、彼女は同棲していた家にそのまま住んでいた。気丈にふるまっていたけれど、時々見せる笑顔にはまだ暗いかげりがあった。

「どうしているんだろうな…」

 彼はつぶやく。

 けれど、僕はその後の彼女を知らない。仲のよかったコンなら知っているかもしれないけれど……

 彼女がここにいればいいのに、と思う。でも、それはきっと叶わないのだろう。


「そろそろ行くよ」

 窓の外を見て、彼は席を立つ。

「あの…!」

 僕もつられて立ち上がった。

「須田さん、マユさんに伝言があるなら伝えておきます」

「……」

 彼はしばらくの間考えていた。

「いや、やめとくよ。

 また俺の事を思い出して引きずっちゃうかもだし」

「……」

 そうかもしれない、と思う。

「ミサキっち、会えてよかったよ」

 片手を上げて彼は通路を歩いていった。


 もし彼に会えたなら、たくさん言いたい事があった。けれど、僕は立ちつくしたままその後ろ姿を見送る事しかできなかった。


[了]


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