Ⅷ 疑惑の疑惑
◇
コンビニでドライバーセットと大き目のカフェラテをふたつ買ってから、翼くんを連れてつい先週来たばかりの『高級マンション』の玄関に立った。
「……なんでこんなところに俺を連れてきたんだ?」
「喉絞められたぐらいでそんな目で見ないでくれるー? 私はちゃんと白翔くんはここに住んでることは知ってるしー先週連れてこられたばっかりー。ばーか!」
私の言葉に翼くんはいっそ潔いほど驚きを見せてくれた。
「あいつが家を人に教えるなんて……ていうか連れて来るなんて……」
「白翔くんをなんだと思ってんの。二十一歳の男の子だよ? 女の子ぐらい連れ込むでしょ」
そうは言っても、『そういうこと』はしていないのだが白翔くんのためにそう言っておいた。私の虚言に翼くんは分かりやすすぎるぐらいおろおろと目を泳がせた。
「あいつは……人のことを信じないっていうか……」
「人のことじゃなくて翼くんのことだけ信じていないんじゃないのー?」
「ぐぐ……」
などと話していたらタイミングよく住人が中から出てきた。
にこやかに会釈をしてそのまま中に入り込んだ。ついてきた翼くんの腕をつかみ、共用部分に進む。
「不法侵入だぞ、これ」
「バレなきゃ怒られない」
「俺は警官なんだが……」
「いじめ解決できない警官?」
「ぐぐぐ……なあ、それでどこに行くんだ? 白翔の部屋か?」
「そこは『ヤバそう』だから行きたくない。行きたいのはここの共有キッチンの方……よかった、誰もいない……」
タイミングがよかったようで、パーティールームのような共用部のキッチンには誰もいなかった。翼くんを連れて、ついこの間使ったキッチンに入る。
「ここ、こんなスペースあるのか……」
「え、知らなかったの?」
「……住所は教えてもらったが中に入ったことはないんだ」
「本当に嫌われてんじゃないの?」
真面目なトーンでそう返してしまったら、翼くんは眉を下げて真面目に凹んでしまった。慰めるのには時間がかかりそうだったので、先にキッチン周りの確認を済ませることにした。
「なあ、なにを探しているんだ?」
「ちょっとしたもの……」
キッチンではなく、食卓が置かれているスペース、床用のコンセントの蓋を開いたところに、想定通り『それ』はついていた。
「……」
「……」
私が人差し指を唇に当てると、翼くんも心得たように黙ってくれた。私はそこについていた『三つ穴コンセント』を引き抜いた。
「一回出よう、翼くん」
「……分かった」
◇
高級マンションの玄関がぎりぎり見える位置のガードレールに座り、取ってきた『コンセント』を分解すると、思った通り『盗聴器』だった。
「……なんでこんなものがあんなところに……」
「それはあなた方が調べてよ。警察なんだから」
「きみの指紋がついてしまったから証拠にならない」
「私を疑うの? まあ、……そうね、状況として私が一番怪しいでしょう、……白翔くんもそう思っている」
「は? どういうことだ?」
私は息を吐きだしてから、翼くんに説明するために状況を説明することにした。
「一週間前の木曜日に私は白翔くんとここでスパイスカレーを作ったの」
「えっ⁉」
「へ? まだおどろかれる場面じゃないんだけど……」
「いやだって……あいつ料理なんかできないし、そもそもカレー苦手だぞ?」
「えっ、そうなの⁉」
「いや、苦手と言うか、その……ああー……」
翼くんはがりがりと頭を掻いて「今はいい。先に説明をしてくれ」と話を促してきた。私は疑問を思いつつも先に進むことにした。
「その夜には、ファンサイトの白翔くんの好きな食べ物が『スパイスカレー』に更新されているの」
サイトの更新履歴を表示しその部分を指さすと、翼くんは不思議そうに首をかしげた。
「……この情報を知っている人間はきみと白翔しかいないのか?」
「もう一人いると言えばいるけど彼はそんなことはしない」
折角の勤め先をふいにすることは彼にはできないだろう。
「その後も更新されていることもおかしいの」
「なにが更新されているんだ?」
「愛車の内装のカスタムについて、デート服、よく行くコンビニ……」
翼くんは眉間に皺をつくり「その程度ではストーカーとして処理できない」と警察らしい返事をした。だから私はその眉間をつついた。
「仮にも保護者なら最後まで保護者しなさいよ。それに問題はそこじゃない。私はこれらの情報を知っているの。つまり、状況として疑わしいのは私なわけ!」
「……は?」
翼くんの目に潔く素直に『懐疑』の色が浮かぶ。むかついたのでビンタした。
「違うわよ、ばか!」
「いって!」
「しかも! 今日、白翔くんは私にこう言ったの。『俺については調べてくれればすぐに出ますよ』……つまり彼はこう考えているわけ。『お前の所業は知っているぞ』と……私はなにもしてないのによ⁉ こんな濡れ衣ある⁉ こんなの絶対真犯人とっつかまえるしかないでしょ!」
翼くんはぽかんと口を開けた。
「……なんなの、その顔! もうちょっと危機感持ってくれる⁉」
「へっ、……い、いや、そんな情報だけでよくそこまで白翔の思考を読んで……というか、よく盗聴にまで……」
「私じゃないなら盗聴以外ないでしょ! ばか !そんなことも読めないでよく白翔くんの保護者名乗れるよ! ばーか!」
「そんなにばかばか言うなよ! ひどくないか‼」
翼くんに人差し指を見せると「ぐ」と彼はうめいた。本当に弱々しい自称保護者に私は舌を打った。
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