Ⅱ 恋の相談



 ダイジェストにするとこんな感じ。


「ンー……カン! すまんな、お前のあがり牌なくしちまったな……つーことでツモだ。四暗刻スーアンコウ

「あ、ごめんね、矢田くーん。それ頭ハネなのー。隆ちゃん、せんてーん」

「ロン。清老頭チンロントウ……次は三本場だね。そろそろ取り返していこうかな」


 まあ、……ネット上では好評だった、とだけ言っておこう。


「今日も見事な『鋼の女王』だったなあ、あっはっはっ」


 けらけら笑っている斎藤さんは無視して机にしがみついている矢田くんの背中を撫でる。


「もう泣くのやめてよ、矢田くん。感想戦しようよ」

「だっでどうぜまげだもん……」

「負けるのそんなに悔しいならちゃんと勉強しないと駄目だよ。今日もう完全にカモだったじゃないの」

「がもじゃない! うわあああんっ」

「うわあ……そんなに泣く?」


 感想戦は三時間かかり、打ち上げに行く頃には矢田くんの目は開かなくなっていた。けれど矢田くんが初めて打ち上げについてきてくれた。快挙である。


「師匠、はい」

「お、ありがとうな」

「……はい」


 しかも矢田くんが斎藤さんのコップにビールを注いでいる。これはもう成功と言えるだろう。


「おう、梅酒好きか? いいなーいい趣味だぞー」

「そう、ですか」

「うん、いい子だよ、お前は」

「……はい」


 なにより斎藤さんが心から喜んでいる様子だから、きっと大丈夫だ。矢田くんはここから少しはうまくやっていけるようになるだろう。これなら思い切りいじめてやった甲斐がある。

 私はほっと一息ついてから、隣で芋焼酎の熱燗を飲んでいる由美さんとの距離を詰める。


「ちょっと相談があるの、由美さん」

「なにー? 確定申告ー?」

「大丈夫。今年はもう準備終わったよ」

「ほんとにー? 三年後に脱税とか言われたりしないー?」

「多分……え、多分大丈夫……」

「会計士の彼氏ひとりぐらい作っといた方がいいよー?」

「彼氏はひとりでいいって言うか……」

「あれ? もしかしてーコイバナー?」

「恋っていうか……ううん……」

「えっコイバナ⁉ 舞ちゃんが⁉」

「ちょっと声が大きいっ」


 由美さんの口を塞ぎ、ちらと男たちを見る。……聞いていなそうだ。由美さんの口を解放してから「こっそり聞いてよ」と言うと「仕方ないなあ」と由美さんがにやにやと笑った。


「どうしたのよーわざわざ私に話すってことは、いつもの雀荘ナンパじゃないんでしょ?」

「うん、雀荘で会ったんじゃないの。でも雀荘とか来るタイプよりも『ヤバい』感じで……」

「ヤクザってこと?」

「ヤクザではないよ。年下の医学生で実業家。ちゃんと実績もあるみたいなんだけど、……でもなんか信用できないっていうか……『ヤバい』予感がするっていうか……」


 由美さんは芋焼酎を飲み干し、「おなじやつ、おかわりー」と頼んでから私の腿をつついた。


「イケメンなの?」

「……それ重要?」

「最重要事項よ」


 松下くんの顔を思い浮かべる。


「問答無用のイケメン」

「うっそ! いいじゃん! 舞ちゃん普段そういうこと言わないのに!」


 由美さんの唇を「しずかに」とつつく。由美さんは「ごめんごめん」と笑った後に、私の腿をバンと叩いた。


「雀荘出会いじゃないならその時点でかなり優良物件よ?」

「それはそうかもしれないけど、でもなんか『ヤバい』感じするんだってば」

「んー、そうねー……他の女の子だったら『気のせい』って言うんだけどー……舞ちゃんが『ヤバい』って思った牌は当たるしー……『逃げ』強いもんねー……」


 元々私の麻雀は手堅くて冷たいと言われていた。

 斎藤さんに色々教わってからは魅せるための打ち方をある程度できるようにはなったけれど、私の本質は『振り込まないから負けない』だ。それが私の打ち方。つまり『逃げが速い』のだ。そのぐらい、私の『ヤバい』という予感は当たる。


「麻雀は賭けレートが高くない限りは取り返せるけど、恋愛は取り返せないからなあ……うーん、ちょっと怖いかもね、それーそれに恋愛は直感大事だしぃー」

「やっぱりそうだよね……、どうしよう。今からでも明日の断れないかなあ……」

「断る? なに? デートすんのー?」

「うーん、多分?」


 私が頷くと由美さんは「うっそ!」と大きな声を上げた。


「うるさいってば」

「ごめんごめん、でも舞ちゃんすっごい珍しいじゃん。雀荘以外に出かけるのいつぶりー?」

「いつぶりって……コンビニとかは行くし……」

「デートはいつぶり?」


 記憶を探る。


「……二年前?」

「『ヤバい』予感なんかよりもその事実の方が『ヤバい』ってわかるー?」

「……、……はい……」

「ていうか大丈夫? 服あるー?」

「え、服?」


 由美さんが真顔で私を見ている。自分の服を引っ張って「だめ?」と聞くと、ふふふと微笑まれた。背中に冷たい汗が流れていく。由美さんが私の腕を掴んで立ち上がった。


「隆ちゃーん、私たち帰るねー」

「おう、綺麗なおべべ選んでやれ」

「聞いてたの⁉」


 ジジイは半笑いで「お前の服、若作りすぎる」と言う。それどころかその隣にいた若造にも「俺も久留木さんの恰好は年齢に合ってないと思います」とぬかしやがった。


「は⁉ 男ども失礼極まりないんだけど‼」

「はいはーい、舞ちゃん帰るよー」


 ずるずると引きずられるように飲み屋を後にした。

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