第拾陸幕 ふみきり
カンカン、という劈くような音を前に平坂 澪は視線を静かに落とした。彼女の視線に合わせるように踏切の板が下がっていく。
そこの踏切は最寄り駅の踏切だ。この駅の改札は片方にしかなく、駐輪場は改札側にある。だが澪の家は残念ながら改札と反対側なのだ。一応、大きく軋むので有名な錆びた鉄骨でできた陸橋はあるが、駐輪場はこちら側にしかなく、スロープもついていないので澪はこちらに回るしかなかった。
なので澪は朝と夕方の二度、この踏切を渡ることになる。
一度、陸橋の下の皆が止めてる非正規の駐輪場に停めたこともあるが、盗まれたので以降こちらに置いている。最も、それもかなり苦渋の決断だったのだが。
もし何か聞かれたら澪ははっきり答えるだろう。できたらこの踏切は通りたくない、と。特に夕方の踏切は最悪だ。アシヤのところで時間を潰してくればよかった、と思う。
水が滴る音が聞こえてくる。踏切の棒に何かが滴る。それから視線を外すように更に俯いた。やってしまっただろうか、見えてると気がついただろうか。いや、大丈夫なはずだ。
「あ、靴紐」
解けていた靴紐を結わえる、フリをする。生暖かい息がうなじにかかった。心臓がバクバクと鳴る。その瞬間、電車が音を立てて過ぎ去った。赤黒い液体が自転車にかかる。
踏切が開いて人々は歩き出す。澪も顔を上げた。拭ったらバレてしまう。踏切の線路の上、髪の長い女がこちらを見つめている。知らない。見えない。腕時計が四時四十五分を示した。
この話をアシヤにしたことは無い。
別に実害がある訳では無いし、こんな話をしても仕方ないだろう。他の人にはこの大惨事の踏切も見えないのだから。
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