第弐幕 触らぬ神に祟りなし《中》

「お嬢さんは御両親はどうなのですか?」

 車の中で不意に投げられた話題に驚いて顔を上げる。アシヤの涼しそうな顔をしながら先ほど買ってきたかりん糖を食べている。

「ええと、どうとは?」

「いえ、今日どこにも連絡せずに出てきたでしょう? 御両親に連絡などはしなくても良かったのかと」

「あー……私の両親どっちも交通事故で死んでるからいいんですよ。引き取ってくれたのは父方の兄夫婦で……二人ともばりっばりのキャリアマンなので大忙しだから一人暮らししてるんです」

「ふむ。平坂の系図と言うことですか」

「あ、違いますよ」

 アシヤの目が瞬く。

 これは初見殺しのようにも見えるが、平坂は澪の父方の家系ではない。父方の名字は鳴神と言うらしい。よく知らないが。

「……鳴神、ですか」

「まあとにかく、父さんは平坂家の婿入りしたらしいんだ」

 婿入り。

 澪はなんてことの無いことのように言っているが、アシヤからしたらそれはかなり重い事実だ。


 つまりこの場合はの家は血を途絶えさせてはいけない、または途絶えさせるわけにはいかない家である可能性が出てきた。鳴神と言う家についても調べねばならなさそうだ。

 婿入りとは、場合によってはそう言う大きな意味を持ってくる。


「あ、つきました」

 思考が途絶えた。取り敢えず疑問はここで封じておこう。降り立ったそこは、アシヤの店からそう離れていないそこ一帯は古い作りの家が多い。瓦屋根に木造建築の家がちらほら見える。そうでなくともどこも古い作りだ。


 蔦に覆われた神社が遠目に見えた。誰も最近では手入れをしていないに違いない。おいたわしや。神も落ちぶれたものだ。先日殺したのがここの神だったらどうしようか。

「観光地以外にこのような場所が残っていたとは驚きですね」

「んだ、まあ、ほら、こっちさ別に歴史がある訳じゃねーべよ。だから別にこれを中心に土地起こしとかもできねいでよ。向こうの池のほうは徳川の将軍様さ来た土地つって人気よ。鷹狩りつったっけな?」

「なるほど」

 ふと、アシヤの目に入ったのは小道の奥にある小さな祠だった。伏せられがちな水晶のような瞳が何かを見極めようと細くなる。

「あちらの祠は?」

「ん? ああ、あれは最近改修工事の途中で見つけてよ、ついでに新調したんだ」

「あ、ほんとだ! ピカピカだよ、アシヤ」

「お嬢さん」

 小道に踏み込みかけた澪にアシヤは声をかけた。


 ザア、と重々しく風が木を揺らした。妙に音がせずに静かだ。アシヤの骨張った、大きな手が差し出された。澪はアシヤを見つめる。なんでか距離があるようにすら感じる。

「こちらにおいでなさい」

「……うん、分かった」

 アシヤの手を取り、排水溝を跳び越えて元の道路に戻った。すぐにいつもの胡散臭い笑みに戻る。

「あまりああ言うものに近付いてはなりませんよ。触らぬ神に祟りなし、と言うでしょう?」

「あ、そっか、ごめん」

「いえいえ。ましてや貴女は比良坂と言う心の臓を持つのですから。無闇に触れて見入られるのは止めておきなさい」

 アシヤの手が澪の手を手離した。

 なんだか変な感じだ。アシヤのそれは澪を気遣うもののような気もする。


「ところでこの辺りは地主の家ですか?」

「ええ、そうですね」

「なるほど。どうりて家が古いはずだ。私も話だけは知っておりましたが、実際に見ると感慨深いものですねえ」

 傍に通る国道とは真逆の光景だ。古く歴史のある、重苦しい雰囲気すらある。

「改修工事をなさったとおっしゃっておりましたね」

 真新しくなったアスファルトはこの町並みにあってはどこかアウェイだ。てらてらと濡れているように光を反射している。

「二ヶ月くらい前にあってな。最近ようやく終わって……その時にあの祠も新調したんだったか?」

「ほう、なるほどなるほど。しばらくこの辺りをぐるりと見て回っても?」

「ええ、まあ、なんも面白いもんもありませんが」

 アシヤはあちこちを見たり時折住人と話ながらぐるりとその辺りを一周した。別に大したことは話していない。事件のことにも触れてはいない。


 ぐるりと周り三人は公民館に入った。

 山本が手渡した緑茶をアシヤは一口含む。周囲では彼が出した童子達が彼の着物を整えたり団扇を仰いだりしてる。なんでVIP待遇なんだ。

「さて、ところで山本さん。ひとつ訊きます。なにも、余計なことはしておりませんね?」

「え? まあ、はい」

「…………そうですか」

 置いた湯呑みを童子達が持って公民館の奥に消えていった。たぶん、次のお茶をいれるのだろう。


「では次は一般的なことを訊いていきます。どうぞ正直にお話しいただければ。なに、緊張することはありませんとも。ええ、私、解決に向かって一生懸命働きますゆえ、ご安心を」

「うっさんくっさ」

「だまらっしゃい」


 気が付けばまた、なんの音も無くなっていた。時折ふとなるこの無音はどこか胸がどくんどくんと鼓動するような、恐怖と興奮を招いてくるような気がする。

 空は青く、雲は白い。

「警察には相談を?」

「…………ええ、まあ、でも誰もまともには取り合っちゃくれません」

「死因は?」

「………………自殺だと」

「自殺!?」

 そんな、そんなの間違ってるだろう。

 山本がアシヤの元を尋ねるのにもう何人も死んだはずだ。それなのに何故警察はまともに取り合わないのだろうか。

「最初の死人はいつ出ましたか?」

「え? あ、二ヶ月前です……」

「お、おかしいですよ! そんな、短期間でこの村から沢山の人が自殺したらそんなの怪しいじゃないですか!」

「お嬢さん。落ち着きなさい。それは外からの視点です。内から見れば違和感なぞないはず。山本さんとてただ不自然だから私のところを尋ねてきたのでしょう」

「アシヤ?」

 彼はぴしゃりと扇子を畳んだ。その目がどういうわけか、心底から山本を侮蔑している。

「帰ります、お嬢さん」

「え? は?? ちょ、ちょっと待って」

「良いから帰ります」


 澪を片手で抱き上げてアシヤが立ち上がる。子供にするような感じで制服のままの澪をひょいっと持ち上げた。

「あ、アシヤ!!?」

「そ、そんな困る! こ、こんな、こんなことを貴方はそのままにしておくのか!!」

「致します」

「な、何故!!」

 アシヤは、歩みを止めた。


「最初の死人は己の頭に鍬をぶちこんで死んでいたのでは?」

「……え?」

 山本が恐怖と共にアシヤを見る。冷たいその表情のままアシヤは淡々と言葉を紡ぐ。

「二人目は工事中の重機を己の腹部に突っ込んで。三人目は処方された薬を飲みすぎての毒死。四人目は自らの手で生き埋めになっての窒息死。五人目は風呂場で感電死。六人目は異変を察知して人知れず首を括り自害。七人目……貴方のお父上は、貴方に私を頼れと言う旨の遺書を遺し、あの祠の傍で餓死ですね」

 追い詰めるように告げたのは、死因だ。

 この村で自害した人々の死因だ。


 何故、と聞くのは野暮だろう。アシヤは占いができる。その腕はなにもせずとも澪の不幸話を一発で見抜けるほどのレベルだ。

「警察が異変を感じれないのも当然です。全ての死はこの土地に望まれた死だ。死を望まれたから死ぬのみです。だからこそお嬢さんをこの土地には置いては置けませぬ」

「の、望んだ!? あんた何を言って」

「余計なことはしておりませんね? 私、確かにそのように尋ねたはずにございます」

 空は青く、風は強く、雲は白い。

 葉が擦れあう音だけが世界に響く。


「ほら、迎えにございます」

 アシヤの指の先、公民館の奥になにかがいた。

 黒く濁った闇のようななにかだ。

「ひっ……な、なんで……」

「あれをご存じなのでしょう?」

「し、知らない! 知らない知らない知らない、なんでどうしてちゃんと、ちゃんと直したじゃないか!」

「……な、おした?」

 思い返されるのはあの祠だ。新品同様になっていたあの祠。アシヤは口許を護符で覆った。

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