第2話『自慢の姉』
「ただいま〜」
誰もいない空間に寂しく響いた。父親は俺の高校入学と同時に海外出張、母親は北海道へ帰省している。
帰宅の挨拶に誰も返す人はいな――
「おかえり〜」
「え?」
自室から声が聞こえた。
よく見るとドアの隙間からは光がもれている。
すぐさま玄関の明かりをつけ、足元を確認すると、見覚えのある赤いハイヒールが違和感なく整頓されていた。
「またかよ……」
ため息をついて部屋に向かう。きっとまた部屋を勝手にいじられているにちがいない。
「ちょっと、何しに来たんだよ!」
「お、制服似合ってるね〜」
ニヤニヤとこちらを見つめてくる。
「じゃなくて…勝手に部屋に入り込むのやめて!」
「えー、せっかく人が片付けてあげてるっていうのに〜」
「余計なお世話だから!てかそんなに散らかってないからね!?」
そう言ってリビングへ背中を押す。すると、かぐわしい香りが、食欲をそそる良い匂いが生温かく立ち込めていた。
「いい匂いするでしょ〜?」
「……うん」
匂いにつられてか、姉を押す力が緩む。
「親が留守でわざわざ作ってあげたんだから、感謝しなさいよ?」
「うおぉ、オムレツ!」
「『ありがとう』は?」
「いただきます!」
「はいはい、どーぞっ」
微笑む姉を前に、大好物のオムレツを口へ運ぶ。
「……」
美味い。流石、元家庭科部の部長なだけある。差し出がましい事を除けば完璧な姉だと弟ながら思う。
ま、お節介焼きなのは姉の属性とも言えるから仕方ないといえばそれまでだが。
「ごちそうさま」
「あ、今日は泊まってくから先にお風呂行くね〜」
「あ、うん。……え!?」
突然の宿泊宣言をした姉。お風呂へ行っている間に自慢の姉を少し紹介しておこう。
今でもこうして関係は良好。あと、そうだな……
“めっちゃモテる”。ほんとに同じ血ひいてるのかよ!
「はぁ」
ため息をつき、1人洗い場に立つ。オムレツに使ったであろうフライパンを姉に心の中で感謝しながら、丁寧にすすいだ。
〝♪LIME〜〟
「お、通知来た。誰だろ?」
タオルで手を拭い、スマホを確認する。
〝新着2件 絢芽がスタンプを送信しました。〟
「お……!いや、すぐ返信したらダメだな」
ついこの前、即返信は良くない!という記事をみた。面倒くさい、重いなどと思われてしまうらしい。ここでは返信したい気持ちをぐっと抑えた。
「お風呂あがったよ〜」
「お風呂沸いてる?」
お風呂好きの姉は上機嫌でソファーに座り込んだ。
「ん〜沸いてるよ。当たり前でしょ!」
「さすが!」
「ビール持ってきて〜♪」
「……わかったよ」
浴室へ向かう足は逆方向の冷蔵庫へと向いた。ビールをひとつ手に取り、姉に渡した。
キンッキンに冷えてやがるよ……!
「冷たっ!」
「じゃ、お風呂行くわ」
「いってら〜♪」
プシュ!!と鳴る音を背に、浴室へ向かった。お風呂から上がったらLIMEの返信をする〝楽しみ〟を残して。
「〜♪」
シャンプーをしながら好きな曲を口ずさんだ。全身を洗い終わり、浴槽で今日の疲れを癒す。
「ゆずの香りだな」
柑橘系の甘い香りに身体はリラックスし、長い間、湯に浸かっていた。
〈嘘でしょ……?私のこと覚えてないの?嫌だよ、陽向……!嘘って言ってよ!〉
「ピシャ」
「っ!」
激しい寒さが身体を包んだ。
どうやら浴槽で寝てしまっていたらしい。そして大量の汗をかいていた。
すっかりぬるくなったお湯からすぐに身を出し、しばらくシャワーに当たった。
〈陽向……〉
「……!」
ついさっき見ていた夢が、ぼやけた視界をはっきりと映し出した。
「女の子、泣いてたな」
見覚えのない女の子が、俺の夢の中で何故泣いていたのか、シャワーにうたれながら考えていた。
「陽向〜」
また名前を呼ばれる。まさかこれも夢――
その時、ドアの開く音が聞こえた。
「ひっ……」
「私、もう寝るわよ〜」
「ぅおやすみ」
勢いよく開いたドアの音に恐怖すら感じたが、相当酔っているのだろう。
シャワーを止め風呂から出た後、自分の部屋を見ると姉がベッドで寝ている。起こそうかと迷ったが、眠気がかなりきていたために、歯磨きもせずリビングのソファーに寝転んだ。
「あ、LIME……」
スマホを探そうとしたが、睡魔に負けてそのまま重い瞼を閉じた。
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