茨姫の千年王国

五芒星

茨姫の千年王国

 招待されなかった十三人目の魔女は王女に呪いをかけた。彼女が眠りに落ちるとともに、茨が城を覆い、王と王妃、それに何人もの従者やら家臣やらを閉じ込めてしまった。やがて茨で身動きが取れないまま、彼ら彼女らは死に。しかし、王女は眠り続けた。百年がたったころ、運命の王子様がーーなんの因果か、やってこなかった。

 それでも王女は眠り続ける。汽車が走り、電気が人々の暮らしを照らしても、未だ森の中で一人、王女は眠り続ける。そして、そして、千年もの月日が経過した。


 ◇


「しっかし、タイミング悪いな」

 ぼやく作業着姿の男が、手元のレバーを引く。すると彼が乗る森林伐採の用の重機が、その巨大なカッターソーを持ち上げた。

「娘さん、もうすぐ生まれるんだっけか」

 その後方からもう一台の重機が現れた。その運転席からヘルメットを被った男がかけた声に、作業着の男はため息でもって答える。

「ああ、今日か明日かって話なのによ、こんなタイミングで仕事が入っちまうとはな」

「軍はお得意様だからなぁ、そう簡単に断れる話でもないんだろうよ」

「ったく、クリスマスも近いってのに」

 作業着姿の男が再度ため息をつくのと、正面の木の幹が、カッターソーによって切断されるのは同時だった。

「そういやジャックの奴は? いつもお前さんの後ろを金魚のフンみてぇについてってたろ」

「あいつはもっと奥のほうだ」

 ヘルメットの男が指さした先には、無限に広がっていると言われてもなんら疑う余地のない森の奥。確かに、と男は納得する。これほど広い森を切り拓くのなら人では分けなければならないだろう。

「ジャックは臆病だからな、森の奥で震えてんじゃねぇか」

「それじゃいよいよ“泣き虫ジャック”じゃねぇか」

 がはは、と笑おうとしたのと、無線から音質の悪い音が飛び出したのは同時だった。

『だ、誰か、誰か助けーー』

 ピガ、と無線が沈黙する。男二人はしばらく顔を見合うと、笑いだした。

「おい今の声ジャックじゃねぇか!」

「がはは、やっぱり震えてやがったな。大方、またぬかるみにキャタピラがはまったんだろ」

 ジャックがやらかしたのもこれで何回目になることやら、もはや慣れたものとしてその通信を受け取った二人は、森の奥へと重機のレバーを押した。

 暗い森は奥へ進めど進めど、その姿を変えようとしない。キャタピラの跡がなければとっくに迷っていただろう。


「お、あれだあれだ」

 視線の先には、キャタピラが地面に半分埋まったショベルカーが放棄されていた。

「やっぱりはまっちまってるじゃねぇか。おーい、ジャック!」

 呼びかけは森に反響する。しばらくしてヘルメットの男は首を傾げた。

「返事ねぇな……おーい、くたばっちまったのかよ!」

 言葉は反響するばかりで、一向に返事がない。

 作業着の男はショベルカーの無線機をいじると、スイッチを入れた。

「もしもーし、現場監督? ジャックの奴がショベルカーを置いてどっかいっちまったみたいなんだけど」

 返事はない。

「おーい、ジャック!!」

 返事はない。

「どこいっちまっーー」

 返事は、ない。

「……あれ」

 現場監督からの返事がないことにいらだった作業着の男が振り返る。そこにはさきほどまで共に行動していたはずのヘルメットの男の姿はどこにもなかった。

「……おいおい、勘弁してくれよ。冗談にしてはつまらねぇぞぉ!!」

 返事は、ない。そんな森の中に、水音が響いた。

「誰かなんか飲んでんのか?」

 ぴちゃり、ぴちゃりという音は近くの茂みの中から聞こえてくる。

「さてはお前らつるんで俺を驚かす気だな?」

 そうと決まれば意趣返しだ。お礼にこちらが驚かせてやる。と男は茂みを勢いよく押し分けた。

「お前ら! なに人を驚かせようとーー」


 ぴちゃり


 ぴちゃり


 水音が響く。茂みの向こうは真っ赤に染まっていた。クレヨン、絵の具、ケチャップ、トマト、そのどれとも本質的に、根源的に違う“赤”が地面を浸して。侵している。そしてそれを啜るかのように先を濡らしているのは一本の茨だった。毒々しいほどの緑が先を赤に濡らして男のほうへ振り返る。

「ーー」

 

気が付けば男は走り出していた。恐怖ではない。本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 走って、走って、頭の中に鳴り響く警報音が止むまで走りきって、男はしゃがみこんだ。

「はっ、はっ、はっ」

 さっきの光景が男の脳を捕らえて離さない。緑色の茨、赤い血だまり、その中心には腹を裂かれたーー

「うぷっーー」

 吐しゃ物を近くの切り株にまき散らす。

 こうした仕事をしていて、死体を見る機会は何度もあった。鉄骨でつぶされた人間の死体は時たま真空パックと呼ばれる状態になる。胃や心臓や腸などがまれに潰されず、そこだけが妙に盛り上がって見えることからつけられた名だ。

 真空パックは最悪の死に方の一つだとされる。だが、さきほど男が目にしたそれは今まで見てきたどれよりも酷い。程度が、ではない。悪意が、である。明確に悪意を持ってぐちゃぐちゃにかき回された死体は、グロテスクさよりもその醜悪さをもって人の精神を追い込むものだ。

 

そして今それに追い込まれているのは男だった。

 ふと我に返った男は周囲を見渡す。さきほどまでしていたあらゆる生物の気配が感じられない。鳥のさえずりも、小動物が蠢く音も。

 そして振り返ればそこには、巨大な古城が、そびえ立っていた。

「……あ」

 しかし男の目にその荘厳なる城は映っていない。映っているのはもっと手前、城を取り囲む壁にびっしりと張り付き、蠢く無数の茨たちだ。一斉にこちらを向いた茨は正に動物。植物などとは到底思えない。

 見ればそのうちの何本かは人を貫いている。すべてが見覚えのある作業着ばかり、その中に男は知っている顔を見出した。

「……ここにいたのか、ジャ」

 殺到する茨。途切れる声。

 そうして、男の意識は暗転した。そしてもう、二度と戻ることはない。


 ◇


 十二月二十二日、十三時二十五分。

「行方不明? 全員か」

「はい、作業員総勢百六十二名全員です」

「通信は」

「応答なしです。現在五分おきに再度コールを行っています」

 戦闘服に身を包んだ男は憂鬱そうに、髪のない頭を掻いた。

「第三航空基地の移設先だったな、あの森は」

「はい」

「最後の通信は」

「七十二時間前です。その際に異常はありませんでした」

「無人偵察機を向かわせろ。中央指令室に映像を繋げ」

「はい」

 男はため息をついた。嫌な予感をひしひしと感じる。それは今まで軍に従事してきた三十五年間で培った勘が発する警告のようなものであり、気が付きたくなかったメッセージでもあった。

「中央モニターに映せ、今すぐにだ」

 重い鉄の扉を開けるなり、男はそう命令した。

 それを受けた新任の情報担当官は、慌ててコンソールを操作する。


 そこは、巨大な空間だった。四方を巨大なモニターが囲み、扇状に広がったブースには所狭しと座った担当官たちが、日夜情報を精査し続ける軍の中核。中央指令室だ。

 どこかの紛争地帯を映し出していたモニターが切り替わり、代わりに森を上空から見た景色へ変わる。無人偵察機が映し出す木々の様子は、通常と何も変わらないように思えた。

「拡大しろ」

 映像が一段階、二段階と拡大される。森の端にある放棄されたショベルカー、点々と続くキャタピラの跡、はたまた別の重機。

「もう一段階大きくできるか?」

「解像度がかなり悪くなりますが」

「やってくれ」

 映像が拡大された。点々と続く赤いドットは血だまり、何かが引きずられた後、と明らかに不穏な何かを示唆する痕跡が次々と見つかっていく。

「待て、そこ、それだ……城か?」

 木々の間に隠れて巨大な建造物が確認できる。中世の城としか思えないそれは、見事に森に隠されていた。

「この城についてのデータは?」

「付近に古城があるというデータはありません」

「……そうか、熱源感知カメラに切り替えろ」

 切り替わった。温度の低いものは黒と青、高いものは白と赤で表示される特殊カメラだ。

 その瞬間、指令室全体にどよめきが広がる。

「これはーー」

 赤とオレンジ。それに体温があることを裏付ける表示だ。それが、古城を中心として広がっていた。体温を持つ、上空から見れば線にしか見えない何かは常に蠢き、森の隅々までを、まるで見回るかのように展開されている。


「……」

 男はしばし考えこんだ。

 軍に従事してから何度もあり得ない事態はあった。先の紛争をいさめにいった際、友軍に裏切られたことや、テロリストを捕縛するためにビルの屋上からビルの屋上への決死のジャンプ。次々と思い出される数々の記憶は、一般人ならまず経験せずに人生を終えるようなものたちだ。

 それでも、今回のこれはあまりに異常。

「大仕事、だな」

 回線がつながる音。そして男は言い放った。

「大統領に連絡を。判断を仰ぐ」


 ◇


 十二月二十三日、九時三十分。

 バルバルバルというヘリコプターの飛行音がうるさい、午前九時三十分。防護服に身を包んだ者たちは、ヘリコプターの空いた扉から下を覗き込む。

「……マジの城じゃん、ファンタジーかよ」

「まさか数週間ぶりの任務が廃墟探索とは思わなかったな。サンダーストームリーダーより各員、接続チェック」

「もうクリスマスも近い、なんなら年末もな。早く帰りてぇ……α、問題なし」

「私語を慎め、我々は仕事を果たすのみだ。β、問題なし」

「敵が人じゃないだけマシですよ。γ、問題はありませんが、支給された炎熱放射器との連動が時々不安定です」

「信号回線を3番にしろ、仮にだが改善する」

 そこまで言い終わると、集団の中でもっともガタイの良い人物が声を発する。

「今回はあくまで偵察。脅威の排除が認められているが、情報を持ち帰ることを最優先としろ。また、現場判断によってナパーム爆撃を要請する場合、各隊員への情報共有を忘れるな」

 ベルトのフックをヘリから垂れ下がるロープへひっかける。

「サンダーストームリーダーから司令部。これより作戦を開始する」

『了解、検討を祈る』

 強行偵察部隊、サンダーストーム分隊の四人はロープを伝って降下した。


 ◇


「アクティブセンサーに反応なし」

「音波ソナーもだ。あんだよ、留守か?」

 城のバルコニーに着地すると油断なく周囲を見渡す。老朽化がかなり進んでいると思われる城のバルコニーにいるというのは不安だというγの意見により、四人は城内部へと進んでいった。


「典型的な中世の建築だな」

「炭素年代測定でも同様の結果です」

 灯りとして用いられていたのであろうろうそくはすべて消え、落下したシャンデリアが大理石の床に金属片をまき散らしていた。

「おい、こっち」

 αが指示したのは角を曲がった廊下の先だった。

「蔓……いや、茨ですかね」

「茨って、薔薇みたいな?」

 窓から伸びている何本もの茨が廊下をふさいでいた。驚くほど太く、驚くほど鋭利なとげを持つ茨たちの間を無理に押し通ろうものなら、ちょっとの怪我では済まないだろう。

「迂回しますか?」

 βが言うと、リーダーは首を縦に振る。

「そうだな、迂回しよう。γ、マッピングは?」

「空間構造計測に問題は……ああ、なんかズレてますね」

 γはトントンと計器を叩くと、もう一度スイッチを入れた。

「よし……大丈夫です」


 ◇


 司令部では、リーダー以下四名のヘッドカメラの映像がモニターに映し出されていた。

「……強行偵察部隊たった四名か。大統領はご乱心だな」

「危険が存在するかどうかすら怪しい事例に、そこまで予算はかけられないでしょうから」

 突然、四つの画面に映しだされた映像のうち、一つが暗転した。

「なんだ、どうした」

「βの心拍数、低下!」

「なに!?」

『サンダーストームリーダーより司令部、βがやられた!』

 リーダーからの通信。画面を見れば、確かになにかと交戦しているようだ。

「なにとだ、敵か?」

『植物のバケモンだよ!』

 リーダーの代わりにαが答えた。


 ◇


 それは一瞬のできごとだった。廊下に並ぶ窓から飛び込んできた茨が、βの肩を貫通したのだ。


「会敵ぃ!」

 αの身体は反射的に動いた。携帯しているアサルトライフルを構え、トリガーを引く。だが、あまりに細い茨に弾はなかなか命中しない。

「炎熱放射器を使え、そのために持ってきたんだろう!?」

 リーダーの一声に、αは背中に背負った炎熱放射器の柄を掴んだ。

「燃えちまえクソぉ!」

 円形の放射口から放射された火炎が、古城の暗い廊下を明るく照らし出す。

 茨はたちまち水分すべてを蒸発させ、白い灰となって床に着地した。

「ジェニファー、しっかりしろ! ーーおいビンセント!」

 倒れるβに駆け寄ったリーダーが叫んだ。

「今はγですよ!」

「どうだっていい! 治療できるか?」

 γは傷口を凝視する。僅かに触れると、βは苦悶の表情を浮かべた。

「その場しのぎしかできません、しかるべき設備で治療しなければ」

「司令部、聞こえたろう!?」


『今ヘリを向かわせた。屋外にて同伴者一人と共に待機せよ』

「……α、付き添い頼めるか」

 落ち着きを取り戻したリーダーがαにそう問いかけると、αは首を振る。

「いいや、行くのはアンタだ。俺はγと共に探索を続ける」

「……そうか、すまない」

「いいや、彼女にゃアンタが必要だ」

 リーダーがβを抱え、外へと消えていくのを見届けたαは炎熱放射器を構えなおす。

「……人を襲う茨、ね」

「冗談じゃないですよ」

 二人は警戒を強め、更に城の奥へ奥へと進んでいく。


 ◇


「なぁ、なんでこの城に人はいねぇんだろうな」

「敵に追われて逃げ出したってのが鉄板ですが……」

「それにしては、妙にいろいろ残りすぎだよな」

 ついさっき通り過ぎた倉庫らしき区画には山ほどの武器と鎧、それに干からびた食料が大量に保管されていた。

「よっぽど大急ぎで逃げ出したのか?」

「それか逃げ出す暇もなく全員やられたか、ですよね」

 だがそれにしては死体が無い。植物の化け物といい、何が起きたのかわからない城内といい、不気味、の一言に尽きた。

『司令部よりサンダーストームα』

「はいよ、聞こえてる」

『サンダーストームリーダー、並びにβの回収を完了した』

「了解」

 それはαにとって一つ懸念材料が消えたことを示していた。最悪ナパーム弾で周辺一帯ごと植物の化け物どもを焼き付くすためには、仲間の避難が最優先。故にこの知らせは“爆撃の要請許可”に等しいものであった。


「α、今そこに誰かいませんでしたか」

「え?」

 γの言葉にαは首をかしげる。彼が指さしたのは後方の廊下の角であり、さっき通ったばかり、人の気配なんてまったくなかったはずだが。

「気のせいじゃないのか」

「今誰かがあそこにいた気がするんですが」

「……一応確認するか」

 炎熱放射器のトリガーに手をかけ、慎重に角へ接近する。

「あっ、α!」

「どうした! おっきい声出すなよ!」

「あ、あそこ……」

 γは、さっきまで二人が曲がろうとしていたもう一方の角を指さす。

「また誰かが……」

「えぇ?」

 正直αは疑っていた。γはいつも冷静な顔をしているが、性格は面倒なインテリそのものだし、なによりビビりだ。大方恐怖から来た見間違いだろう。

 しかし確認しないといつまでもグチグチと怖がるのがオチ、ため息をついてαはγに言葉をかけた。

「じゃあお前はそっち、俺はこっちな。炎熱放射器のスイッチ入れとけよ」

『こちら司令部、どうかしたか』

「あー、γがなんか見たらしい。二手に分かれて確認する」

『二手に分かれるのは危険だ。ペアで行動しろ』

「へいへい……おーい、γ。戻って」


 反対の角を覗き込んだγが、茨に巻き取られて角の向こう側に消えた。

「っ司令部!!」

『γの身体に異常!』

「やらかしたクッソ!!」

 すぐに助けにいこうと床を蹴ろうとしたα、しかし背後から茨が床へと突き刺さる。

「嘘だろっ」

 αのすぐ後ろ、廊下の角の向こうから姿を現したのは茨が複雑に絡まってできた人型だ。その手の先は茨が螺旋状に巻かれ、槍のごとき鋭さをもっている。

「こいつ……」

 αはすぐに察した。これがγの言っていた誰か、の正体だと。そして達する恐ろしい事実。

「この草ども、知性があるのか!?」

 廊下から別々に覗いていたのは自分たちを分断するため、単純で浅はかな戦略だが、それは確かな知性の片鱗。

 そして自分たちはそれに見事にひっかかったわけだ。


「しゃらくせぇ!!」

 カチリ、という音と共に炎が人型を焼く。火は全身を回り、真っ白く燃やし尽くす、そのはずだった。

 人型は頭部のように思える部位を動かし腕を舐めまわす炎を見つめると、もう片っぽの腕を振り上げ、燃えている腕を切り落とした。


『こちら司令部、撤退せよ。繰り返す、撤退せよ』

「できたらもうしてるっての!! γは?」

『ヘルスモニターはレッドラインを指し示している。もうどのみち助からない、それよりも脱出を』

「ちくしょう……爆撃だ! ありったけ叩き込め!」

『爆撃要請を承認、あと三分でナパーム弾投下を開始する』

「遅い! 一分で済ませろ!」

『了解、投下開始まで残り五十九秒』

 いつの間にか、廊下は百鬼夜行の様相を呈して生きていた。いたるところからはい出してきた茨が、矛先をαへと構える。

「追えるもんなら追ってみな!」

 αは身をひるがえすと、窓から身を投げる。中庭の土へ身が叩きつけられ、更にそこに茨が襲い掛かる。

 αは携帯していた閃光手榴弾を取り出すと、それを迫りくる茨の群れへと投げつける。強烈な光が中庭を満たすが、茨の群れは止まらない。

「爆撃まだかよ!?」

『投下開始』

 αが叫ぶのと、上空の爆撃機が腹を開くのは同時だった。

 丸っこいナパーム弾が地面に触れた瞬間、それらは周囲に炎をまき散らす。緑の茨がみるみるうちにキャンドルに早変わりし、日に照らされたミミズのようにのたうつ。

「ったく……ここまでやってやっとか」

 服に僅かに燃え移った炎を慌てて消すと、αは立ち上がる。


 ◇


 雨のごとく降ったナパーム弾は地表を焼き尽くした。屋外の茨は大体が炭と灰になったとの報告が司令部より入っている。だがしかし、αの目の前に広がるこれは。

「……冗談じゃねぇぞ、マジで」

 ナパーム弾投下から数十分後、オペレーターからの言葉を無視したαがたどり着いたのはいわゆる謁見の間、というやつだった。ただその王座に座っているのは王ではなく茨である。

 これまで見た茨たちが冗談であるかのように太く、αにはこれが“大元”だと確信できた。

 常に蠢き、天井から吊るした人間の遺体に先っぽを突き刺して啜る様子は言うなれば悪魔。その様子は、顔も見当たらないというのになぜだか醜悪な笑顔で笑っているようにαの目に映った。

 そしてその中心。茨の緑に囲まれたその中心部にひときわ目を引く鮮やかな存在がある。

 花だ。白と桃色を混ぜて極限まで優しく“こしとり”続けたような穏やかな色の花弁。さらにその中心は凹みそこに、一人の少女が横たわっていた。

『心拍、および温度感知センサーが生命活動を感知』

「はぁ? ベッドで眠るとはわけが違う、こんな茨のただなかで?」

『年齢は十歳から二十歳程度。骨格モデルによれば……』

 しばしオペレーターは沈黙する。

『……この表示を信じるんなら、彼女は中世からの贈り物ってことになる』

 

それは衝撃的な台詞だった。

 現代の科学者を集め、「中世から今まで人一人を生かすことは可能か?」と問うたならば、全員が全員そろって首を振るはずだ。

 五百年近い年月を生きるには人間の肉体はあまりにも脆い。冷凍したとしても二百年が経過する前に遺伝子やらなんやらが破損するだろう。

「ははっ、それならアイツは眠れる森の美女かよ……」

 αの脳裏によぎったのはとある童話。魔女に永遠の眠りの呪いをうけた王女が眠り、茨に城は覆われる。それらすべてを解くことができるはずの王子はしり込みをしている隙に茨に殺され、結局誰も救われない。

『至急脱出せよ。作戦の再立案が検討されている』

「……ああ、そうだな。いい加減なにか食いてぇよ。腹が悲鳴を上げてやがる」

 視界の端の王冠を被った死体から目を外し、αは城から速やかに出るルートを探し始めた。


 十六時七分をもって作戦を終了。軽傷者二名、重傷者一名、死者一名。


 ◇


 十二月二十四日 六時三十二分

「では、君はその童話と関連性があると?」

「はい、あらゆる点が一致しています」

 会議室では混乱が巻き起こっていた。どこぞの民俗学者が割り込んだかと思えば、今回の事例と民間伝承の童話との関連性を声高に語り始めたのだ。

「故に! 今回の事例はこの民間伝承、“眠れる森の美女”から情報を得たうえで作戦を立案すべきなのです!」

「いいかげんにしてくれ、俺らは昔話を立証するために軍に入ったんじゃねぇんだぞ!」

 声を張り上げる学者と、反発するα。そして、


『少し静かに』

 会議室のメインモニターに映し出された人物がそう告げる。厳かで、それでいて威厳に満ち溢れた低い声だ。

「……すいません」

「申し訳ありません」

 大統領、チャールズ・ボルフィリン。世界統一時の混乱を僅か一週間でまとめ上げ、50%を上回った最悪の失業率を一桁程度まで軽減した奇跡の人物。他にも邸宅に突入したテロリストを自ら一掃したり、1.1パリテロをその指揮能力をもって被害を最低限に抑えたり、話題には事欠かない人物である。

『君はどう思う? グレック・モンドフォルド戦略指揮官』

 呼ばれた人物は髪の少ない頭を掻くと、マグカップを置いて椅子から立ち上がった。

「正直なことを言ってしまえば、そこの学者の言うことは一切信用できない」

『だろうな』

「ですがその童話とやらと一致する点が驚くほど多いというのもまた事実」

『つまり?』

「二つのプランを同時に行いましょう。童話から立案した作戦ともう一つ」

『もう一つ?』

「もちろん、戦力をもって正面突破ですよ」

 チャールズ・ボルフィリンは面食らった顔をしたものの、すぐにその顔に笑みが浮かぶ。

『……そういうわかりやすいのは好きだ』


 ◇


 十二時十一分

「……まさかまたここに来る羽目になるとはな」

 サンダーストームリーダーは装備のチェックをしながらつぶやいた。

「これで最後にしてやりましょう」

 αはそう返すと、初めて来たときと同じようにヘリの開いた扉から眼下の古城を見下ろす。

「しっかし……こりゃもうファンタジーっつうか、悪夢だな」

 茨は劇的に増えていた。もはや古城は見えず、青々とした植物で覆われて、なおかつそれらが常にうねうねと蠢いているのだ。

 正に不気味、正に悪夢。ファンタジーや童話では片づけることのできない怪物とでも言うべき光景だ。

「んじゃ、俺らは突入できるまで待機か」

「ああ、露払いが終わってからだな」

 他部隊が古城を包囲し、入ることのできる隙を作り出す。そこで初めてαたちサンダーストーム分隊の出番が来るのだ。

 

 眼下の戦車たちが一斉に砲塔を茨へ向ける。そして発射。

 轟音と共に茨たちにどでかい穴が開いていくが、それでも茨の勢いは衰えない。おかえしとばかりに茨はその切っ先をもってやすやすと戦車の装甲を貫き、宙ぶらりんのまま他の戦車へ投げつける。爆発、別の戦車が巻き込まれてまた爆発。

 

大量のヘリコプターたちは搭載された機銃、ミサイル弾頭をありったけ叩き込む。炸裂に次ぐ炸裂。爆発に次ぐ大爆発。古城中央で起こった爆発は恐らくハリケーンストーム分隊だろう。彼らの爆弾好きはαの耳にも入っている。

 と、突然空へと向かって茨が突き出された。想定外の長さを持つ茨がヘリコプター三台を同時に貫き、また爆発。

「退避するぞ! ここは危険だ」

 ヘリの運転手の声に頷いてもう一度下を見れば、別の突入部隊が既に地上に降りった居る様子が見えた。

「あれは……ランドストーム小隊か」

 ランドストーム小隊、強固なパワードスーツに身を包んだ彼らの中でもひときわ目立つ、巨大なパイルバンカーを装備している人物こそがランドストームリーダーだ。

『こちらランドストームリーダー、パイルバンカーの有用性を確認。繰り返す、パイルバンカーは“効く”ぞ』

 昔枯らした植木鉢の化け物のような奴を相手にする際、分かっている情報などないに等しい。そのため、その都度その都度現場で検証して効き目のある装備を選ぶというのがとても大事になってくる。パイルバンカーが奴らに効き目を示すというのは非常に必要な情報なのだ。


『ポイズンストームリーダーから各員、敵は血液を吸って増殖、および再生を行うことが確認されている。負傷者、死傷者は運び出すかいっそその前に燃やせ!』

 これで合点がいった、とαは一人首を縦に振った。今日になっていきなり増え、勢力を増した理由は自分たちサンダーストーム小隊だったのだ。昨日死んだγと負傷したβ。彼と彼女の血に味を占めたのだろう。

「α、ドローンは?」

「ここにばっちりだ」

 αは背負ったバックパックを軽く叩いて見せる。この中には特製ドローンが入っており、それが今作戦のBプランの核となるのだ。


 ◇


「キスだぁ!?」

 作戦前夜。αの悲鳴のも似た声が会議室にこだました。

「ええ、キスです。それで姫は目覚め、茨も枯れる」

「おまっ、正気かよおい! あそこにいた奴がお姫さんだとしてもそれにキスって……」

「無論、私たちもただキスをしろ、なんてあなたに言うわけじゃありません。これを使います」

 学者が見せてきたのは真っ白なドローン。先頭に棒が取り付けられており、更にその先端にはシリコン質の板が一枚張り付けられていた。

「人工皮膚で唇を疑似的に再現したものです」

「……俺が言うのもなんだけど一気にロマンチックさがぶっ飛んだな」

『つまり、君たちサンダーストーム分隊が行うのはこのドローンの護送だ』

 画面にでかでかと映る大統領ことチャールズが言った。


 ◇


「さて……ほんとに上手く行くのかね」

「やるしかない、な」

 リーダーとαはお互いに目配せし合い、笑った。

 ヘリが少しづつ古城へ接近していく。もうすぐ降下時刻だ。

『エレメンタルリーダーより各員、これよりプランBを開始する』

 チャールズの厳かな声が聞こえた。

『開始より二時間後、茨の生命活動停止が確認されない場合は使用兵装の制限を解除。サンダーストーム分隊を除く全作戦参加者退避ののち、超高熱圧放射衛星-マドリードを使用する』

「……生きて帰るぞ、死んだγのためにも」

「よっしゃ、やってやる」

 ウイングスーツのスイッチを入れる。滑空翼の準備完了を表すキイーンという高音をBGMに、二人はヘリから飛び降りた。


 ◇


「……開始されたか」

 大統領、チャールズ・ボルフィリンは机の上で手を組んだ。

 ディスプレイ上では分割された場面場面の中で、茨と人類との決戦が巻き起こっている。

 ふと、彼の目に一場面が映った。城門前、茨が複雑に絡み合い、巨大な動物のようにふるまっている。

「……」

 彼はしばし沈黙すると、秘書に手招きする。

「アラスカ元第六観測所に秘匿メッセージを」

「文面はなんと?」

「“ガンダム対ビオランテが見たくはないか?”だ」

「はい」

「それと」

 チャールズは再びディスプレイに顔を戻す。その中では丁度、茨によって作られた巨大な手のひらが戦車をはたき飛ばすところだった。

「私もあそこへ行きたいんだが……輸送機は手配できるかね?」


 ◇


「六時の方向! 人型茨三……いや四体!」

「多すぎるっての!」

 背後を向いたαが引き金を引く。ゴムが弾むような音と共に炎が人型の茨を焼いた。

 

茨には間違いなく知恵がある。それは前回の強硬偵察でわかったことだが、わかるのと対策とではまた話が違う。

「上!」

「うぉ!」

 天井を這う茨がさながら釣り天井のように、床へ切っ先を突き立てる。

 人型を焼けばトカゲのしっぽ切りの要領ですぐにそこだけ捨て、すぐに増員がその二倍やってくる。

 αは親戚の話に聞いた日本の“わんこそば”とやらを思い浮かべた。

「せめて麺類にしてくれよ!」

 ひも状ではあるものの、麺とは違って人を襲う茨。それをかろうじて捌きながら二人は奥へと向かう。

 道順は覚えている限り共有したので、後はなるべく進んでドローンを放てば作戦は終了だが、謁見の間までドローンがもつとも思えない。

「リーダー、弾あるか?」

「あると思うか?」

「だよな」

 炎熱放射器を捨ててナパームランチャーを取り出す。これは謁見の間に接近する前に兵装が尽きそうだ。


 ◇


『ランドストームψ、沈黙!』

「ψの穴はζが埋めろ! 俺はψのほうへ行く!」

 内臓スピーカーからの声に男は答える。

『こちらファイアーストームリーダー、δからη、およびυの死亡を確認。増援を』

 話の途中で声は途切れる。死んだ、そう判断した男はマイクのスイッチを再び入れた。

「こちらランドストームリーダー。ファイアーストームα、いるか!?」

『こちらファイアーストームα、リーダーの指揮権を継承する。ランドストームリーダー、どの程度持つ?』

「もって数分。それなら戦線を維持できる」

『ポイズンストームリーダー、生きてるか!? 生きているならランドストームの増援を頼みたい』

『……そうしたいのはやまやまなのだがね。いかんせん数が多くて撤退すらままならん。ウィンドストームリーダー!』

『了解、当該地点に攻撃を行う』

 しばらくはこちらで頑張るしかないらしい。それを察した男はパイルバンカーを再装填しながら叫ぶ。

「ランドストーム小隊各員に告ぐ! 維持レベルを下げてでも生き残れ! 生き残るのも仕事の内だぞ!」

 了解、という一言がまばらに続いた。四十近い部隊員ももう半数以下だ。


 頭上から迫った茨を杭で穿ちぬき、周囲を見渡す。あれだけいたファイアーストーム小隊の戦車もだいぶ減った。頭上を通り過ぎたウィンドストーム小隊の戦闘機はまだ過半数が残っているようで、機銃の音が断続的に足り響く。

 パイルバンカーが再装填を開始した。この間もちろんパイルバンカーは使えない。

 迫りくる茨をむんずと掴み上げ、力任せに引きちぎる。半透明の液体がちぎれた茨から漏れだして視界をふさぐが、ランドストームリーダーは気にしない。


 ランドストーム小隊は総勢五十名程度で構成されるパワードスーツを身にまとった部隊であり、拠点制圧のエキスパートである。

 災害救助専門の部隊としての一面も持つ彼らの今回の役割は戦線を上げることだ。プランAの作戦内容は正に“正面突破”の一言がふさわしい。火力をもって古城へ押しはいり、すべての茨を殲滅する。だがそれが既に無理なことは全員がわかっていた。

 植物相手だから、と油断していたわけではない。ただ純粋に茨の力に押し切られている。

『リーダー!』

 隊員の掛け声に、上空から振り下ろされた巨大な拳を避ける。

 茨が組みあがってできた巨大な拳。むこうには足とそのまた向こうにはもう一本の拳。

 嫌な予感を感じ取ったランドストームリーダーが、ウィンドストームリーダーへ呼びかける。

「拳か足をそちらから撃破できるか?」

『……強度が想像以上だ。不可能だな』

 やはり、燃やすしかないのか。しかしナパームランチャーももう使い切ってしまった。

『まて、足と拳の動きが変わった』

「なに?」

 見れば確かに拳と足は少しづつ後退していく。そしてついには門を通って城の内側へ閉じこもってしまった。

『……なんだ?』

「やった、のか」


 何はともあれ今の内に補給をしなければならない。隊員に連絡を飛ばし、補給機に着陸命令を下す。

「一息、か」

 まだ戦いが終わったわけでない。プランAがこれ以上続かないことを考えるとあとはプランB頼りになってしまう。

 頼んだぞ、と古城の中にいるサンダーストーム分隊へ祈ろうとしたランドストームリーダーの目の前で。

「ーー」

 彼の目の前で、古城はゆっくりと“立ち上がった”。


 ◇


「なんだと? 正確な情報を寄越せ!!」

 司令部。グレック・モンドフォルド戦略指揮官は頭を抱えていた。大規模な電波障害。映像が切れ、通信は使い物にならない。ただ、直前に入った通信によれば。

「映像、つながります」

 言葉通り、モニターが復活する。そこに映し出されていた映像にその場の全員が絶句した。

「なんだ……これは」

 城が、立っている。歩いている。茨で構成された二本の腕を振り、足を踏みしめながら森のなかを一歩一歩、確かな歩みをもって。

「……ルート予測を。避難勧告の範囲を拡大しろ!! これは」

 もはや、災害だ。


 ◇


「……なんか揺れなかったか?」

「そうか?」

 古城内部。サンダーストーム分隊の二人は一時の安息を得ていた。

 最初強かった猛攻もなぜか段々と薄れ、今ではこうして呑気な会話が可能になるまでになった。


 とはいえもう茨がいないわけではなく、虎視眈々とこちらを狙う植物野郎を燃やし尽くすのも忘れない。ナパームランチャーの弾を装填し終えると、αは廊下の角の向こう側を覗き込んだ。

「廊下奥、人型茨二体……」

 いるぞ、と続けようとしたその瞬間。床が大きく傾く。

「おわわ……ビビったぁ」

「無事か?」

「こっちは大丈夫……だけどこの揺れ」

 揺れは収まらない。傾きは戻ったものの、断続的な揺れが続いている。

「時間はなさそうだな、進むぞα」

 

 αはちらりと廊下の角へ目をやる。

 思い出すのは先の強硬偵察時、γを失ったシーンだ。

「急ごう、時間が無い」


 ◇


 ミシリ、地盤が悲鳴を上げる。ぐちゃり、戦車が板と化す。木々の水面をかき分けるようにして、巨大な人型は歩く。

 胴体部は古城。腕などのそれ以外は茨でできた頭部のない巨人はひたすらまっすぐに進み続ける。その先の文明の明かりを目指して。


 ◇


「ルート解析終了、モニターに出します」

 予想される進行方向が表示されると、グレック・モンドフォルドはそれを忌々し気に見つめる。

「よりにもよって市街地のど真ん中を突っ切るつもりか」

 幸いにして市街地に到着するのにはまだまだ距離がある。それまでに食い止めることさえできればこの異常事態は秘密裏に終わる。だが万が一にでも一般人に見られでもしたなら。

 グレックの首筋を汗がつたった。

「なんとかしなければ、な」

 しかしどうする。連絡は現在途絶中だ。

「大統領から連絡です」

 オペレーターの一人から報告が飛んできた。遠方から指示を出しているのは大統領とて同じ、通信が途切れたという連絡だ。と、思っていたのだが。

『状況は』

「巨大人型の予測ルートには市街地が含まれています。避難勧告は出していますが、いかんせん不測の事態だったので追いつくめどが……大統領?」

『なにかね』

「今、どこにいらっしゃるんですか?」

 通信に混じる妙に大きいエンジン音。そしてヘリのプロペラがいくつも回転する音。

『……ここは……ふむ、困った。どこかわからない』

「はい?」

 大統領が突拍子もないことを言い出すのは初めてではないが、これまでもさすがに現在位置がわからないということはなかった。

 そもそもなぜヘリの音が。というところまで考えてグレックは最悪の可能性を発見してしまった。

「まさか大統領……現地に向かっているなんてことは……」

『よくわかっているな』

 この人は自分が世界をまとめ上げるたった一人の人間であるという自覚があるのだろうか。グレックは自身の胃がキリキリと痛んでくるのを感じながら、

「大統領、いくらなんでも危険です。考え直してください」

『心配するな。無事帰る』

 グレックの胃が絞られるように痛む。これで本人がか弱いなら笑い話で済むのだが、冗談にならないレベルで戦闘のプロフェッショナルだというのが厄介だ。

「そういう問題じゃ……」

『そろそろ電波がーーだろーー茨の影響ーー』

「大統領?」

 それっきり通信は途切れた。


 ◇


『戦況は!?』

「聞くまでもないだろ!?」

 聞くまでもなく悪い。巨人の一歩はこちらの何百歩にも及ぶ上に、歩く際の振動で立っていることすらままならない。

 城が立ち上がった影響か、司令部との通信が途絶して早一時間。一人、また一人と部下が欠ける中をランドストームリーダーは走る。

「司令部、司令部!? ああもう!」

 指示が無ければ自分たちで動くしかない。だが作戦などパッと思いつくわけでもない。


『こちらエレメンタルリーダー』

 と、そこに通信が割り込んだ。一瞬司令部と繋がったのかと思ったが、司令部との通信状況を表すランプは“切断”を表す赤のまま。

『こちらエレメンタルリーダー、チャールズ・ボルフィリン』

「チャールズ・ボルフィリン……って、大統領!」

『ああ、聞こえたようだな。ランドストームリーダー』

「通信がなんで回復して……ってまさかアンタ前線に!」

 城が立ち上がった影響か、遠距離との通信は妨害されている。つまりそれが意味するのは、彼が近くにいるということだ。

『そうだ。もうすぐ到着する』

 そして、大地が影に呑まれた。

「でっ……けぇぇぇぇ!!!」


 拳は固く、光沢を放ち。胴体の中心には巨大な廃棄熱処理タービン。そして頭部。

 何機もの武装ヘリにつるされ、まるで操り人形のような格好で現れたのは、もう一人の巨人だ。

 金属で作られ、エンジンで動く巨人。それが今、大地を踏みしめた。


 ◇


「輸送アンカー全解除、ケイオスリオンタービン1~59番問題無し」

『60番タービンの出力が低下しています。原因を確認中』

「いいや、問題ない」

『次元反射による余剰エネルギーは20/78%。正常稼働圏内です』

 チャールズの座るコックピットに次第に明かりがつき始める。全方位モニターには周囲の状況が余すところなく表示され、入れ替わるレバーやボタンをチャールズは押す。

「沼地、森林、平地の環境プリセットをそれぞれ等分でインストール」

『インストール終了』

「さて」

 チャールズは手元のひときわ目立つレバーに手をかけた。

「大戦の悪しき遺物ではあるが……楽しみだな」

『システムチェック、98%に異常なし』

「ガンダム対ビオランテの本番と行こうじゃないか」

『本機のコードネームはサクラメントです。ガンダムではありません』

「ちょっとした冗談だ」

『付け加えて、あえて言うならパシフィック・リムです』

「……え」

『パシフィック・リムです』

「そ、そうか」

『はい』


 ◇


 頭部のライトが点灯し、鉄の手を地面について立ち上がる。

 対極地戦闘二足直立歩行兵器、サクラメントはその顔を上げて茨の巨人を直視した。

 茨の巨人も敵が表れたことを察したらしい。先手必勝だと言わんばかりに、全身から茨を伸ばす。

 全身に巻き付く茨を力任せに引きちぎり、サクラメントは緩慢な動作で茨の巨人へと駆けだした。勢いよく大地を踏みしめた足が若干沈み込み、そして蹴られて飛び出す。そんな勢いそのままにサクラメントの鉄拳が茨の巨人の胴体へと炸裂した。


 茨の巨人は大きくのけぞるも、倒れるまでには至らず、お返しだと殴り返した。

『第一装甲損傷、15%』

「余裕ってことだな」

 サクラメントはその場でくるりと周り、回し蹴りを繰り出した。

 今度は流石の巨人も耐えられない。真緑の全身を地面に横たえ、もだえる。

「ブレードを」

『チェーンブレード、展開』

 サクラメントの右腕からブレードが飛び出す。回転する刃を携え、茨の巨人へ向かうその様はさながら処刑人だ。


 ブレードが振り下ろされる。だが巨人が放出した茨がそれを抑え込み、軌道をそらした。

「む……」

 ブレードは地面深くに突き刺さった。土が挟まり回転が止まり、それによって刺さったまま動かなくなる。

『警告、ブレードの回転が停止しました』

「ブレードを切り離せ」

『ブレードの切り離しを実行します』

 動けなくなったサクラメントを、思い切り茨の巨人は蹴った。

『第一装甲貫通。警告、第二装甲損傷、86%』

「ブレードの切り離しは!?」

 もう一度蹴りがサクラメントの横腹に炸裂する。吹き飛ばされたサクラメントは右腕のブレードを地面に刺したまま、その場に倒れ伏した。

『エラー、エラー、ブレードの切り離しが実行できません。システムチェック中。進行度2%』

「……ならもういい、システムチェック中止! 左腕のブレードも出せ!」

『ブレード展開』


 左腕からも同様のブレードが飛び出した。それをチャールズは茨の巨人ではなく、地面に埋まった右腕へとあてがう。

「ブレード出力を上げろ! 予備の分も回していい!」

『チェーンブレード出力、168%』

 そしてそのまま右腕を切断する。間一髪、飛びのいたサクラメントの元居た位置に茨の巨人の蹴りが放たれた。

『右腕部欠損、危険です』

「何はともあれ、これで解放されたな」


 チャールズはサクラメントの切断された右手に目をやる。

「代償は……大きそうだが」


 ◇


「弾は!?」

「だから無いって!」

 城内部は先ほどから大騒ぎだった。右へ左へしょっちゅう傾き、天井と床がひっくり返る。αたちはそんな中、必死に道をたどっていた。

「後ろから人型茨四体!」

「グレネードは!?」

「さっきので最後だ」

「じゃあ逃げるしかねぇだろ!」

 床となった天井を二人は走る。窓から飛び込んできた茨をナイフで弾き、後ろから迫る人型茨に追いつかれないように走る。無限にも思える時間、走って、螺旋階段を上がり、そして。


 謁見の間が目の前に広がった。

 傾きは既に正常に戻っており、αが見たあの時と変わらない様子を見せている。

「ドローンを、追いつかれる前に急ぐぞ。それに」

リーダーは謁見の間を見渡す。この空間の茨たちはなぜだか攻撃してこない。あの少女とひときわ太い茨が関係しているのかは不明だが、それはαの報告通りなようだ。

しかし後ろから相変わらず茨たちは追ってきているし、この場の茨たちもいつ襲ってくるかはわからないのだ。


「はいはいっと」

バックパックを下ろし、ロックを解除する。蒸気音がしてバックパックが開いた。中のドローンを手に持ち、通信機に口を当てる。

「司令部、謁見の間に到着……司令部?」

通信機からは砂嵐音が漏れるのみ、人の声など少しも聞こえない。


「リーダー、司令部との連絡が取れない」

「本当か? ……本当だ」

どおりで先ほどから司令部からの呼びかけがないわけだ。と二人は今になって後悔する。敵を退けることに集中しすぎていた。

「こうなったら……」


リーダーは謁見の間中央奥。花弁に横たわる少女に目をやる。

「行くしかないだろう、私たちが直接。キスをすればいいんだよな」

「正気かよリーダー! あの学者センセが正しいとは限らないだろ!? それに俺たちは王子様ですらねぇんだ。たとえ正しくても!」

「外で仲間たちが戦っている」

リーダーはたしかな意思をもってαを見つめた。


「αは来なくてもいい。私は行くがな」

「ああもう、アンタが行くなら行くよ!」

バックパックを再び背負い、αはそう叫んだ。



『警告、警告』

「こんどはなんだね」

『市街地に接近しています』

「!」


この巨人はどちらも人目に触れることがアウトな代物である。茨のほうは世間へどう説明したものかわからないし、サクラメントに至っては重要機密。市街地への接近はなんとしてでも防がなければならない。

「の、前にまずはこの場をどう乗り切るかだな」


現在、サクラメントは接近戦の真っ最中だ。互いが互いの拳を掴んでの押し合い。右手が途中で欠損しているサクラメンドが若干不利だと知ってか知らずか茨側は一歩も譲らない。


『右腕部の損傷、悪化』

「まだ持つか?」

『これ以上の活動はおすすめできません』

「まだ行けるってことだな!」

タービンの回転がますます早まる。サクラメントの右足が動き、茨へと足払いを行った。大きくつんのめるその身体を受けとめ、そして思い切り殴りつける。

「まだまだ!」

そのまま右肩を掴み、手の平が無い右腕を無理やり押し付けて思い切り引っ張る。ギチギチという気味の悪い音がしたかと思うと茨は一本、二本とちぎれていく。

『左腕部伸縮ピストンが負荷により破損しました』

「まだだ! ここで止まるわけにはいかない」

茨側も決死の抵抗を続ける。伸びた茨があらゆる場所の装甲を貫通し、内部機構をかき回す。


『冷却パイプ断裂、第十二フラクタルバッテリー機能不全。警告、冷却率低下、冷却率低下。至急動作を停止してください』

「まだ! まだまだぁ!!」


ブチリブチリと茨がちぎれる。ガチャリガチャリとサクラメントの内部機構は破壊されていく。そうしてついに。

茨の巨人の右腕が、肩から引きちぎれた。


どこから出しているのかわからない、低い叫び声のようなものがあたりに響き渡る。

『警告、警告、冷却率3%。オーバーヒートの可能性があります。搭乗員は至急避難してください』

サイレンが鳴り響くコックピットの中で、チャールズは背もたれに寄りかかるとため息をついた。



うねうねと動く茨に触れないように、慎重に進む。いつどんな要因でこいつらを刺激してしまうかわからない恐怖のなか、αとリーダーはついに少女の眼前へとたどり着いた。


「……やっとか」

リーダーは少女の顔を覗き込む。

「リーダー、早く」

「ああ……こんなオッサンですまないな」

リーダーはかがんで唇をーー


耳が一瞬にして音を捕らえるのをやめた。振り返れば、もう一つの巨大な花弁がこちらを見下ろしている。一番太い茨が咆哮を発したのだと気が付くまでには数秒の時間を要した。

「リーダー!」

リーダーは、茨に貫かれていた。胸の中央から生えている茨の先端はそれ自体が質の悪い幻覚のようにαの目を埋める。リーダーは口から赤黒い血を吐き出し、床が濡れる。


「リーダーぁぁぁぁ!!」

慌てて駆け寄るが、茨が一斉に動き出した。リーダーの身体をボロ雑巾のように振り払い、αも同様に貫かんと床に穴をあける。

αはそれを跳躍して回避、一目散に少女へと走った。横に薙ぎ払う茨を避け、突きを放つ茨を受けとめて、少女の眼前へ。リーダーが成し遂げられなかったことを成し遂げるのだ。

「え」

しかし、しかし現実というのはかくも上手く行かないものである。気が付けばαは逆さづりになっていた。足をからめとる茨のとげが肉に食い込み、血を流させるが、それはもう気にならない。

「クッソ……」

その状態のまま、巨大な花弁の目の前へと引き上げられる。花弁はゆらゆらと揺れ、まるであざ笑うかのようにその中心を開いた。中身は無数の牙が存在する口。近づいては離し、近づいては離しを繰り返す茨の姿を見てαはようやく悟った。


悪意だ。最初攻撃を仕掛けてこなかったのもギリギリまで焦らしてから絶望させるため、知能がどうとかじゃない。こいつらは悪意のみで動いているのだ。


更に茨は全身を縛り上げると、少女の真上へとαを連れて行った。手を伸ばせば届く距離、だが縛られたままでは伸ばせない。あと少し、ほんのちょっとの距離が遠すぎる。

再び、今度は明確に花弁が笑った。口を開け、小さな笑い声が漏れる。


「こんのっ……草ごときが」

周りの茨が一斉にゆらゆらと揺れる。“その草に勝てなかったのは誰だ”とでも言いたいのだろう。


「このままで終わると思うなよ! 必ず俺がーー」


突如、謁見の間が激しく揺れた。いや、これは城自体が揺れているのだ。

巨大な花弁が苦し気な声を上げ、αは拘束から解き放たれる。

その隙は逃さない。床を蹴って少女へと向かう。

我に返った茨はそれを阻止せんと咆哮を上げた。


αが伸ばした手は少女へ間一髪届かず。茨が左肩を貫通する。すぐさま身体に巻き付き、再び吊り上げられる。

だが、αは笑った。不敵に、ざまぁみろと。

αの目に、地面に捨てられたバックパックが映る。そう、既に開けられたバックパックが。

「くたばれ、雑草」


とっくにαの手を離れたドローンはまっすぐに落ちていく。茨がそれを受けとめようとするが、間に合わない。下へ下へ。茨をすり抜けて少女の唇へ。

ドローンの重い部分が下を向く。それは当然人工皮膚が張り付けられた先端部だ。

人工皮膚と唇が触れ合いそして。

沈黙が、訪れた。


誰も何も発さない。動かない。永遠に思えたそんな時間の後、茨が徐々に白く染まっていく。

再び花弁が咆哮を上げた。その大口を開き、αを中へ押し込めようとするも寸前でそれすら白く染まる。気が付けばすべての茨は真っ白な彫刻と化していた。

そしてまた、沈黙。



明るい朝日が山々の向こうから昇ってくる。それは祝福と事の終わりの証だろう。

チャールズは既に動作を停止したサクラメントの残骸の上に座って、朝日をまぶしそうに手で覆った。

「メリークリスマスだな……シャンパンが恋しいよ」



シャウトが室内に響き渡る。看護師が怒りの言葉と共に扉をあけ放つと、中はひどい状態だった。


「ヴィザダルさん! いい加減にしてください、これで何度目ですか!? 病院内でメタルを流すなんて!」

「もっと言ってやってくれ看護師さん、頭が痛くなってくる」

「マクラーンさんは上司らしくビシっと言ってくださいよ!」

メタルが二曲目に突入した。看護師がスイッチを切る。


「ああっ、Dream of hopesが!」

「やめてって言ってますよね!?」

ベッドに横たわるヴィザダルことαの目の前で、ラジカセは看護師に持っていかれてしまった。

「そんなご無体な!」

「次やったら出て行ってもらいますからね!」


バタンと扉が閉められる。


「……自業自得だな」

「だってよリーダー、病院ってのは退屈すぎんだぜ!」

マクラーンことリーダーがのつぶやきにヴィザダルが反発する。

「それよりこれを見てみろ、俺たちの成果だぞ」


マクラーンが投げてよこしたのは新聞だった。今日の朝刊だ。

一面には“古代のプリンセスあらわる”の文言と共にかの少女が、階段を下りてくる写真が掲載されていた。

「えーと? ……千年前の少女が復活、考古学と歴史学に衝撃走る」

城と茨の情報は控えられ、マスコミには眠れる森の美女本人だという情報のみが発表された。果たして最善かどうかはわからないが大統領の決定のため恐らく面白半分だろう。

少女はしばらく博物館やら学者やらに引っ張りだこになるだろうが、この時代に慣れるころには余裕だって取り戻しているはずだ。

「なんてったって時代の生き証人だからな」


マクラーンとヴィザダルお互いの拳を突き合わせる動作をすると、笑みを浮かべあった。


「あー、暇だ」

「じゃあしりとりでもするか?」

「しりとりぃ? 流石につまらんだろう」

「兵器しばりだ」

「乗った」

「じゃあ最初、マドリードから、ドだ」

「ド……ド? ねぇだろドなんて」

「それがあるんだな、よく考えてみろよお前ーー」


その後マクラーンが大音量でオーケストラを流しだし、再び看護師がすっ飛んでくるのだが、この話はまた、別の機会に。

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茨姫の千年王国 五芒星 @Gobousei_pentagram

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