エピローグ
エピローグ
白河さんが僕に触れるようになった。
だが、井早坂さんみたいに慣れているタイプではなく、慣れてなさそうな少し触れる前に躊躇う感じだ。
白河さんは井早坂さんみたいに、いろんな男子と関係があるような人ではない。
もちろん、白河さんが異性に触れるような行動を見たことがない。
が、今は僕の肩をトントンしたり、時には僕に寄りかかってきたりと、そんな行動があった。
「梨央奈変わったよなぁ、ほんと」
天堂もそう言っている。
周りから見ても、僕と同じ感想なんだろう。
身近にいる分、白河さんが変わったことは身に染みて分かる。
すると、新城が「なんかあった?」と僕に向けて言ってきた。
「いや、僕もよく分からない」
僕も心当たりがない。
バイトが一緒になって仲良くなったから距離が近くなったのか。いや、それだったら僕よりも仲の良い神崎の方は全くそんな気配はない。
僕だけに限ってしてくるのだ。
「まあオレたちの知らないところでなんかあったんだろ」
天堂は気になっている様子だったが、口では興味ないといった感じで口にした。
と、そのとき、白河さんが僕の方に向かって歩いてきているのが見えた。
僕は思わず髪を整える。
「あ、あの、如月さんちょっといいですか?」
なぜか顔が強張っていて覚悟を決めたような顔つきをしている。
まあなにか話があるのだろう。
「うん」
そう答えると、白河さんは廊下の方に足を向けて歩いて行く。
着いてきてということだろう。
僕は後を追うように着いていったが、後ろから何個か席を立つ音が聞こえた。
そうして後を追っていると、白河さんは振り返ることなく、屋上まで来てしまった。
「ふぅ……。如月さんといると時間が長く感じますね」
良く分からないが、僕と一緒にいると時間が長く感じるらしい。
「なんかあったの?」
この後、授業がある。
さっきの言葉は置いといて早速本題に入ってもらいたい。
「……」
が、白河さんはすぐには答えず、沈黙が流れる。
その沈黙の間、屋上の鏡越しに影のようなものが一瞬写った気がした。
僕は気になり視線を動かすが、なにもなかったので白河さんに視線を戻す。
さっきの表情とは違く、今は顔を赤らめていた。
「……わたし、……好きな人ができました」
「えっ」
自然と口から驚きが漏れる。
「だ、だからわたし好きな人できました」
「あ、ごめん。分かってるけど……えっ?」
そこでまた沈黙が訪れる。
「……誰か気になりませんか?」
気になりはするが、急すぎて頭が追いつかない。
屋上に連れてかれたと思ったら急に好きな人がいるんです、か。なんで僕に伝えるんだろう。
少し落ち着いてからめちゃくちゃ気になるので、とりあえず口を開いた。
「めちゃくちゃ気になる」
予想では神崎(かんざき)辺りだろうか。
2軍の中でも唯一、男1人で白河さんと良く話しているところを見る。
「如月さんが気になるなら言いますけど……」
言わせてくださいといった顔をしているがどうしてだろう。
なんで僕が気になるかどうかにこだわるのか。
それよりもなんでさっきから顔が赤いのだろう。耳の付け根まで赤くなっているし、好きな人を言うのがそんなに嫌なのか。
なら言わないでいいと言うべきなのだろうが、めちゃくちゃ言いたそうにしているし。
ここは沈黙して白河さんから切り出してくるのを待つことにしよう。
そうして待っていること1分──
──パッと顔を上げ、口を開いた。
「あ、あなたが好きです! わたしと……付き合ってくれませんかっ……!」
そんな白河さんらしくない、空で飛んでいる鳥にまで聞こえそうな声が、屋上に響き渡る。
それでもって透き通った声。僕の耳にはハッキリと聞こえた。
そして、そんな白河さんは僕に手を伸ばし、返事を待つ形になっていた。
が、緊張しているからか、その伸ばされた手は、ぎゅっと握り締められていて、グーの形だ。
そうして数分考えること──
「なんで僕なの……? もっと他にも……」
いるでしょ、なんて勇気を振り絞って言葉にした白河さんには言えなかった。
「……。一目惚れです……」
そう言いながら、握られた拳に力が抜けて、顔を上げた。
今はもう言い切ったといった感じの表情をしていて、気持ちの切り替えをしたように見えた。
「わたし1年の頃からいろんなバイトを巡っていたんです」
さっきまでのトーンとは違い、普段の白河さんに戻る。
「わたしに合うバイトがなくて、いろんなところに行っていたら1年経ってしまいました。それでやっと良い今のバイトを見つけました。最初はどうせ上手くいかないかなと思っていたんです。でも、如月さんがいました」
白河さんは先輩が怖い人ばっかりのところに当たることが多かったらしく、居心地が悪いバイトに良く当たっていたと言う。
僕のところは先輩が若いこともあって、気軽にできるところだ。
白河さんからしたら、僕がいるだけでいいといった言い方だが。
「わたし如月さんの顔に一目惚れしたのもそうですけど、でもハッキリと好きなのかなと思ったのが、他にあります。優しくて親切なところです。初心者のわたしにこんなに丁寧に教えてくれる人は初めてでした……。理解力のないわたしに一生懸命工夫して教えてくれて……。ほんとに好きです……」
ほんとに嬉しかったです、じゃなくて好きですなのか。
かなり照れる。
「それに、先輩から聞きました。如月さんわたしのこと庇ってくれたんですよね」
ああ、そういえば白河さんがドジをしてしまって物を壊してしまったときがあった。
そんな白河さんを僕は庇ったのだ。
庇ったと言うより、それ白河さんがやりましたなんて言えなかった。
でも、今思うと、これで白河さんがやりましたなんて言ったら、今はもうこの
バイトにいなかったのかもしれない。
そう考えると、庇って良かったと心底思う。
「わたしそれ聞いて泣いちゃいました。でも、先輩は優しくて抱きしめてくれたんです。とても優しいお方でした。初めてバイトを続けたいと思いました。如月さんもいるし……」
先輩はたくさんいるが、みんな優しい人だ。
この陰キャラだった頃の僕でさえも、キモがらずにたくさん教え込まれた。
「だ、だからとても優しくてカッコいい如月さんが大好きです……。でも……」
そこで、目と目が合う。
「わたしと付き合ってくれないですよね……」
白河さんの中では確信を持っているかのような口振りで言った。
それに対し僕は──
「ごめん……。僕は白河さんとは付き合えない」
僕の返事を白河さんに伝えた。
一瞬、白河さんはうるっとした顔をしたが、唇を噛んで耐える。
「そうですよね……。如月さんはわたしに嘘をついたようです」
「嘘?」
「如月さんは言いました。告白すればわたしの場合上手くいくと言いましたよ。でも違いました……」
やはり冗談と言っておくべきだった……。
それは完全に僕が悪い。
「それは……ごめん」
「でも大丈夫です。わたし、絶対如月さんとお付き合いできるよ頑張ります」
なんと、白河さんは僕にそう宣言した。
思わず照れて、顔が熱くなっているのを感じる。
と、そこで、白河さんは「はぁ……」と緊張を完全に取り切るような息を漏らす。
「で、では授業も遅れてしまうので戻りましょうか」
もう授業は始まっている頃だろう。
急がなくては怒られる。
「そ、そうだね」
そう言って2人で屋上を出た。
階段の下からは何人かが廊下を走る上履きの音が響いていたが、僕たちは気にすることなく階段を降りて教室に向かった。
「あ、もう授業始まってますね」
同じ学年のクラスを通っていくと、既に授業は始まっている。
そうしてクラスに辿り着いたので遅れて入ると、姫乃さんや井早坂さん、それに天堂までもが僕のことをチラッと横目で見たが、すぐに教壇に立っている先生に視線を戻した。
そして、僕と白河さんも恐る恐る自分の席に座ると、先生が怒り気味の口調で言い放った。
「この授業に遅刻した天堂、姫乃、井早坂、白河、如月、その他何人かは放課後、生徒指導室に来い」
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