接触
「おはようございます」
井早坂さんの透き通った声が、僕の鼓膜を通っていく。
「おはよう」
僕たちは意外とすぐにバイトが被り、今日は研修でずっと僕がつきっきりで教えることになっている。
「今日はなにを教えてくれるのですか?」
早速、白河さんはやる気満々なのか、長袖の裾を捲(めく)って今すぐやりましょ
うといった態度を見せてきた。
「作り方は大体先輩から教えてもらったんだっけ?」
「はい。でもあまりできないですが」
「じゃあ僕が作るとこ見せながらコツとか教えるよ」
「ありがとうございます!」
まだ綺麗な形を作ることができないそうなので、とりあえずは僕が作っているところを見てもらいながら説明してみよう。
そうして僕が見本になって教えてから、実際に白河さんに作らせてみると、
「うーん、あまり上手くいかないです……」
と、あまり上手く行っていない様子だった。
「なにかコツってあったりしますか?」
僕も説明はしていたのだが、どうやら下手だったらしい。
白河さんは理解していないようだった。
「手首の動かし方が重要かな」
今はコツだけ教えることを頭に入れよう。
そして、僕はコツを1つ伝えたつもりだが、これもあまり伝わっていないらしかった。
あまりすんっと頭に入っていない様子だ。
「こう手首を動かす感じなんだけど……」
自分なりのエアーで手首の動かし方をやってみたが、これも伝わっていないよ
うだった。
すると、白河さんはなにかいい案を思いついたのか、「そうだ」と言いながら僕に向けて口を開いた。
「わたしの手を使っていいので一緒に動かしてくれませんか?」
「僕が……?」
「はい! わたしもそっちの方がコツを掴める気がします」
白河さんは自分の手を「ハイ」と言って僕に掴ませるようにさせた。
まあこれは教えるにあたっての通る道であって、僕がわざとこの道に誘導したわけでもない。
僕は悪気なく、それでもって少し遠慮気味に白河さんの手を後ろから握った。
「あったかいですね」
ふふっと笑い小馬鹿にするように言う。
手を握った瞬間、脈が早くなり、少し鼻息が荒くなっているのを自分でも自覚
している。
井早坂さんとのボディータッチはある程度慣れているが、白河さんとの体の触れ合いではドキドキが止まらなかった。
と、言ってもこの状況は誰でもドキドキするだろう。
今、僕は後ろから白河さんを抱き込むようにして手を握っているのだ。
だからか、白河さんのシャンプーの匂いや、制服から漂う香水の匂いに、僕の鼻腔がくすぐられる。
僕は荒くなった鼻呼吸を辞め、口呼吸に変えた。
「で、ではお願いします……」
「う、うん」
白河さんも少し恥ずかしいのか、後ろから見える耳が熟したてのリンゴのように赤くなっていた。
と、白河さんの耳に意識が持っていかれていると、いつの間にか白河さんは生地を真ん中に広げていた。
僕は我に帰り、コツを教えることに集中する。
白河さんの温もりのある手を、僕が動かしながら言葉にした。
そうして教えること数十分。
「は、はわぁ。上手にできましたっ!」
僕は上手く教えられたらしい。今は1人でも作れるようにまでなった。
「おめでとう」
僕よりも美味しそうにできている。やはり人の料理を見るとお腹が空くものだな。
と、考えていると、白河さんが笑顔で振り返った。
「あの、ありがとうございます! ほんとに作れるようになって嬉しいです!」
白河さんは僕の手を握り、お礼を言ってきた。
「これからは白河さんに任せちゃおっかな」
そんな白河さんに冗談を口にしてみた。
「嫌です」
が、白河さんは冗談は辞めてくださいと言った顔をむすっとした顔で向けてきた。
「もっと美味しく作れるようになりたいので……」
そして白河さんはそう言って、再び練習をし始めてしまった。
その真剣そうな顔に、僕は憧れを感じるほど良い子だなと思った。
そうして僕は真剣に練習し始めた白河さんをこの目に焼き付けていると、あることを思いついた。
──そうだ。
──白河さんともっと仲良くなれば2軍に入れる。
姫乃さんから始まって1軍の人と仲良くなったように、白河さんと仲良くなって2軍に入ればいいんだ。
僕はふと思いついた案に、悩むことなくその方針でいくことに決めた。
これからもっと白河さんと仲良くならねば。
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