ある小部屋

 すぅーすぅー。

 風が吹く。

 窓を開けると、生ぬるい風が教室中を駆け回る。

 

 今は季節で言うと夏。高い気温に頭がクラクラしながらも、部活に励むもの、遊びにいくもの、バイトをしているもの。


 そんなことをしている人がたくさんいる中、僕は今、

 A棟の今は使われていない教室にいた。

 5階にある、今はいらない机などが置かれているただの物置ばだ。


 手紙の指定通りにこの場所に足を踏み入れた。

 そして待つこと数分。


 廊下の足音がなる。

 その足音と同時に心臓が跳ねるような感覚がした。


 これからほんとに女子が来るのか……? まさかこんな僕に告白があるのか……? 


 そんなことが頭の中を駆け巡っていて頭がパンクしそうである。 

 しかし、僕はしっかりとドアに向き合った。

 唇が少し震えているが、男らしく、しっかりとした佇まいで。


 落ち着け……。

 カタン、コトン、カタ、カタ、カタ。

 そんな足音がドアの前で止まった。


 そして──

 体格のデカい男が現れた。


「よお」


 ──天堂。僕の目の前には天堂がいた。

 そして高い笑い声をこの教室中に響かせた。


「ハッハッハハハハ、ワハハハハ」


 大爆笑している。

 もう理解したぞ。


 僕を嵌めたんだ。からかうためか、ただの嫌がらせか、それともイジメる気でこんなことをしているのか。


「……天堂……」


 僕は口の中で噛み締めて、そう漏らした。

 イジメられるつもりはない。


 しっかり強気でいかなきゃダメ。怯えちゃダメ。

 今の僕はこんなにも変わっているんだ。


「なんだ、その顔。もっと笑うとこだろ?」


 意味不明だ。

 これのなにが面白い。


 身内でからかうために偽のラブレターを書いて遊ぶのはいいが、天堂の顔からはそんな様子は見えない。


 ただ僕をバカにしているような、僕の反応を見てケラケラと笑っているような。そんな感じだ。


 これは明確なイジメだ。

 僕はもう判断した。


「……なにがしたいんだ」


 僕は脚、唇、腕、指、目、全身が震えながらそう口にした。


「お前にはイジメに見えるか?」

「……当たり前だ。なんなんだよ!」

「クハハハッ。おもしれえ」


 腹を抱えながらまた笑った。

 先生に言いつけるぞ、それを言えば簡単かもしれない。


 しかし天堂が先生に怒られ、その原因が僕だと知ったら、姫乃さんたちから嫌な目で見られる気がする。


 先生だってイジメで生徒指導をしたなんて言わないから尚更だ。

 僕が悪いことをしている天堂を言いつけた。そう勘違いされる。 

 だからそんな逃げ方はできなかった。


「お前告白されるとでも思ってたんだろ?」


 ニヤニヤしながら言ってきた。

 嫌なヤツだ。


「そう思うに決まってんだろっ」


 強気に言う。


「嬉しかったか? 誰からだと思った?」

「そんなの分からない」

「じゃあ誰からだったら良かったんだ?」


 嫌な質問だ。

 が、即答した。

 僕は今、反撃モードにいる。


 正直言うと、頭の中でそんなこと考えている暇はない。

 とにかく強気で反撃する。それしか頭になかった。


「そんなの分からない!」

「ちゃんと考えて言えよ。顔真っ赤だぞ」


 そう言い、またケラケラとバカにするように笑う。


「こんなことして楽しいの? 僕がなんか悪いことしたのかよ! なにかしたのか!」


 僕はなにを言ったのだろう。

 必死すぎて分からない。

 ただ、イジメに対抗していることは意識の中にはある。


「おお、おぉ。お前そんなキャラだったか?」


 どうやら今の僕はだいぶ変わっているらしい。


「天堂がそんなことするからだろ! 僕は帰るぞ!」


 僕は震えている体をなんとかして動かす。

 途中、脚の力が抜け、転けそうにもなった。


 いや、転けた。まともに手をつけない。そして顔面を床に叩きつけてしまい、鼻血が出る。


 僕は恥ずかしいなんて思いわなく、とにかくこの教室から出ることに頭を集中させる。


 が、脚が言うことをきかない。

 ずっと震えている脚が……。なんで立てないんだろう。やはり僕は弱すぎた。

 イジメなんかに対抗する力も、気持ちもない。


 せっかく姫乃さんがきっかけで切った髪のおかげで、生活が代わり初めていたのに……。


 また逆戻りか。また髪を伸ばして端っこにいようか。


 そうだ、もしかしたら天堂がそんな調子に乗っている僕は嫌いでイジメているのかもしれない、


 なんだ……僕は変わっちゃいけないんだ。

 そうして僕は適当に並べられれている机に手を乗っけてなんとか立ち上がる。

 リュックはすぐそこの椅子に置いてある。


 あと少しで取れる距離だ。

 それをとってこの教室から出よう。そして、不登校にもなってやろう。

 僕はそこまで思ってしまった。


 髪なんて切らなきゃ良かった。

 そして僕はなんとかリュックに手を伸ばした。

 震える手がいうことをきかない中、しっかりとリュックを力強く握る。


 ポタ、ポタ、ポタ。


 そこで僕は泣いていることに気づいた。

 頬が夏なのに冷たい。冷たい涙が頬を伝って、顎まできている。

 そして僕は泣いている顔を天堂に隠しながらドアに向かった。


 すると天堂が僕に声をかけた。

 空気読んでくれよ。僕は今お前に泣かされたんだぞ。


「おい……」


 そう言ってすれ違うときに手を伸ばしてきた。


 そしてその手を払った。が、震えている腕は力が弱すぎるのか、また天堂の腕が伸びた。


「おい……。待てって」

「……なんだよ!」


 僕はまた反抗した。


「悪かったって」


 が、天堂は謝ってきた。

 この後に及んで、許しを乞うとは。


「最低だよ……ほんと」


 僕は歩き出そうとする。しかし天堂の引っ張る力に負けた。

 今度は暴力か、そう思った。


「お前勘違いしてないか?」


 頭いってんのか、こいつは。意味不明だ。

 続けて天堂は口を開いた。


「なんか勘違いしてる気がするから言うが、いや絶対勘違いしてるから言うが」


 僕の感覚ではその後の言葉に間があった気がした。

 実際はスムーズに言っているのだろう。


 しかし、僕の中では次の言葉が衝撃的すぎて間があったように感じたのだ。

 そして言った。


「イジメなんかじゃないぞ? ただからかったら面白そうと思ってやったんだ」

「え……?」


 そのいつもとは違う天堂の真剣そうな言い方に、僕は震えが一気に治った。

 真剣でいて、優しそうな声音だ。


「ほんと悪い。やりすぎたな。アハハ……」


 笑えてないぞ。

 僕はしっかりとツッコむことができるくらい意識が戻った。


 なんだろう。天堂のイジメじゃないぞ、という言葉だけで、僕は安心した。

 たったそれだけの言葉なのに、僕の震えが止まった。


「ほら……リュック持つぜ」

「今更いいとこ見せるのかよ……」


 僕は素直に天堂にリュックを渡して、椅子にもたれかかった。

「はぁ……」


 このため息は泣きそうになるのを我慢するためだ。

 安心しすぎたのか、今すぐにでも涙が出てきそうだ。

 親にガチで怒られて、こっちおいでと言われたときの安心感を感じる。


 そして天堂は僕が泣きそうになるのを察したのか、「先に教室戻ってるから後で来いよ」と少し申し訳なさそうに言った。


 そんな元は天堂のせいだが、優しい天堂の言い方に安堵し、1人になった後、1時間泣き続けた。


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