バスケ
「着替えに行こうぜ」
「おけ」
──体育の時間がやってきた。
そして天堂たちと、その周りにいる男子が他のクラスに着替えに行く。
このクラスは女子たちが着替える場所として使われているため、僕たちは隣のクラスで着替えることになっている。
姫乃さんたちは天堂の席辺りで着替えているため、僕の席近くは匂いが強い。
香水の匂いだったり、夏はシーブリーズの匂いなどが目立つ。
そうして僕はいつも通り、誰からも声をかけられずに着替えるため廊下に出た。
そして無言で着替え、体育館履きを片手に持って体育館に移動する。
「あ、そうだ。その前に……」
そこで僕は足を反転させ、トイレに向かった。
そしてトイレの鏡を前にして、僕は前髪を整える。
鏡越しにいる僕は相変わらずブサイクな顔つきだが、せめて髪だけは、と最近思い始めるようになった。
まあ髪を切った後の人はそうするんじゃないかと思う。
スマホを使って髪を気にしている人もいるし。
僕はその姿を見られるのが嫌だからトイレに向かっただけだ。
「よし……」
そうして僕はセットしないとダサいかな、と思う髪型を他所に、体育館に向か
った。
体育館に向かいながら、ワックスの使い方を勉強しようと思った。
***
「おい、こっちだ」
周りをキョロキョロしていると、そう天堂から声をかけられた。
今はチームに別れる時間だ。
「あ、ああ」
僕はそれに反応し、天堂率いる陽キャの集まりのチームに入っていく。
まあ会話に入れるわけがないため、影になり切るように端っこにいた。
聞こえてくる会話には、僕にとって雲の上の上の、恋愛話などをしている。
しかし、そこでもまた天堂は姫乃さんの元カレについて聞いていた。
どんだけ姫乃さんの過去が気になるんだろう。
彼氏じゃあるまいし。
カップルになってから、その相手の過去の相手が気になるのは分かるが、天堂はただ恋でもしているのか?
でも、見ている限り、ただの興味というかただ気になるだけのように見える。
考えても無駄か。
「Aチーム対Bチーム始めろー」
すると体育の先生らしいイカツイ先生がそう言った。
僕たちはAチーム。ビブスを着てコートの中に立った。
コートの中に立つとソワソワする気分になる。
天堂たちと同じチームで怖いというのもあるが、それ以上に周りから見られている視線や、狭いコートというのがソワソワを感じさせる。
バスケはこの狭いコートの10人も立つ。
攻守交代が激しく、ずっとコートを駆け回るスポーツだ。
サッカーとは違い、休む暇はせいぜい1秒近く。
コートが狭い分、速攻などの攻めができる。
つまり、僕は運動神経抜群の陽キャラたちについていくには、バスケが一番難しいということだ。
だが、バスケを少しかじっているので、多少は怯えを抑えられている気がした。
そうして身長の高い天堂がジャンプボールをして、試合が始まった。
そして──僕の出番はなかった。
どうやら天堂もバスケ経験者らしい。
ドリブルのつき方、コートに叩きつけるのではなく、しっかりと手のひらに戻ってくるようにしている。
明らかに初心者ではないと誰から見ても分かる動きだ。
そしてもう1人。
2軍のメンバーの人だ。
神崎という人もまた、バスケ経験者っぽい。
シュートがもうバスケしている人の打ち方だ。しっかりと脚を使って打っていたり、シュートフォームが初心者のあれじゃない。
だからか、僕は何もしないで試合が終わってしまった。
すると、姫乃さんが僕の元へ走ってきた。
やはり最近堂々と話しかけてくるようになった気がする。
それに運動着の姫乃さんは妙に可愛い。制服も可愛いと思うけど。まあなんでも似合うってことだ。
「お疲れ様」
マネージャーのように優しそうに言った。
その一言だけで癒される。
「ありがとう。……みんなうますぎるよ」
「そりゃ天堂くんだもん」
「バスケやってるでしょ?」
「今はやってないけどね。中学の頃はやってたよ」
中学の頃はバスケ部に入っていたと言う。
「中学一緒だったの?」
僕は気になることを言った。
「ん? そうだよ。今の学校だと天堂くんしか同じ学校の人いないかな」
中学の頃を知っていて、まさかと思ってつい訊いてみたが、天堂と姫乃さんは同じ学校だったらしい。
確かに今思えば、あのグループの中でも、あの2人は特別仲が良さそうに見えた。
「そうだったんだ……」
僕はそう興味なさげに答えると、姫乃さんは試合の番が来たのか、「見ててね」と言ってコートの中に入っていった。
半袖から出る綺麗な腕と、すらりと伸びる生足につい目がいってしまい、ドキっとした。
***
女子の試合中、天堂から声をかけられた。
「お前バスケ経験者なのか?」
そんな質問だ。
「まあ……」
僕は少しかじった程度なので、曖昧に答える。
「走り方見れば分かるもんだぜ」
天堂からは経験者に見えたらしい。
走り方といっても、天堂たちの邪魔にならないように空いているスペースに走っていただけだ。
まあ確かに初心者の場合は、ボールだけを見て走る人が多い。
しかしバスケをしている人に限っては、ボールを見るなと教わるという。
相手のディフェンスがどこにいるのかなどを見てから走り出すから、だとか。
「少ししかやってないけど」
「やっぱりな。中学の頃か?」
「遊びでやってたんだよ」
「そんな遊ぶ友達なんていないだろ? 冗談はよせよ」
天堂はケラケラとバカにするように言った。でもふざけた感じだ。嫌がらせの気持ちをこめて言っていないように見えた。
「ほんとだって……」
「まあいい。次はパスすっからな」
天堂はしょうがねえからといった口調で言った。
こう考えると、性格は捻くれているやつなのか、捻くれていないのか、良く分からない。
だが、容姿でも抜群にイケメン、スポーツできるといった部分で女子から人気を得ているのだろう。
それに第一印象の雰囲気や、皆を盛り上げられるといった部分も、天堂の魅力の1つだとは思う。
「……ありがとう」
そうして僕はお礼だけして、端っこに行ってボールをつく。
次パスしてやる、と言われ少し心臓が高鳴っている気がする。カッコいいところ見せられるかな、と。
天堂には敵わないが、シュートくらいは初心者よりも打てるし、確率も高い。
そうして僕はドリブルをつきながら、女子の試合を見た。すると姫乃さんがちょうど点を決めているところが見えた。
わーい、と決めて喜んでいる姫乃さんは無邪気な笑顔でとても可愛らしい。
僕はそんな姿を見て、いいとこ見せれたらな、と思って、再びドリブルをつき
始めた。
そうして僕たちの試合を迎えた。
***
「如月!」
試合が初めった途端、僕がゴール下に走り出した。
すると、天堂がゴール下に大きなロングパスが出された。
とてもいいパスだ。
体育でこそ通るパスだが、気持ちいパスで僕はレイアップを打った。
シュパッ。
綺麗にゴールが決まる。懐かしい音が鳴った。
「……ナイスパス……」
「おうよ」
僕はすれ違い際、そう言った。
ハイタッチを求めていたのか、手を挙げていたが、僕は顔すら見ていなかったので、それに気づかなかった。
その後、天堂の「え」という間の抜けた声が聞こえたが、気にせず走った。
僕はライン側を走っていると、女子の声が聞こえた。
「あの人誰?」
聞いたことない声なのでおそらく他クラスの子だろう。
気になりチラッと見ると、姫乃さんに訊いているようだった。
「私のクラスの如月くんって子だよ」
「あんな人いたっけ?」
「髪の毛切ってめちゃくちゃ変わったって感じ!」
「へ〜」
そんな会話が聞こえてきたが、天堂がボールを相手のボールをカットしたことで僕は走り出した。
そこで、天堂から回転の良いパスが僕の胸にきて、またパスを受ける。
ドリブルを2つつき、ゴールまでの距離感を調整し、2歩歩いて今度はレイアップを打った。
また綺麗に決まった。
「お前やるな」
「ありがとう……」
すれ違うとき、そう天堂から言われた。
僕はその褒め言葉につい少しニヤッとしてしまう。
天堂は僕の変わった表情を見たようだが、これ以上なにも言ってこなかった。
そして男子の試合は僕たちの勝ちで終わった。
そうして学校も終わりを告げると、僕は髪を切ってよかったと実感するのをこの身に感じた。
まずは視界が広がる。
暗かった髪の奥の世界は、今では明るく光っている。
それに姫乃さんの顔が更に綺麗に見えるし、バスケでもスペースを見つけることができた。
髪色、肌の艶やかさ、生足、表情、全て見える。
髪があった頃ではしっかりと見えなかった視界だ。
そんな光景に僕は1年間無駄にした、と思った。
スカートを短くしている人のパンツだって今ではたまあに見える。
もしかしたら髪を伸ばしていた頃、見逃していたことだってあったかもしれない。今ではそう思ってしまう。
まあ、髪を伸ばしていた頃なんて、周りに興味すらなかったから、そういうものを見ようとも思っていなかったが。
そんなこったで、いろいろ変わっている中、ある変化にも気づくことができた。
やはりか、女子の目線が気になる。
髪を切って視野が広がった分、分かることだ。
もしかしたら髪を伸ばしていた頃も、不潔な目で見られていたかもしれないが、今の僕にとって女子からの視線がかなりあることには気づいている。
何か、追われているような目線。観察するような……目を凝らしているような目線。
そんな感じの目線だ。
だが、そんなの気にしても意味がない。
もしかしたらあいつが髪切ってこうなったの? きも、なんて思っている目線かもしれない。
なので、自意識過剰は良くないし、気にするだけ無駄だと思った。
そうして、今日1日が終わった。
「姫乃さんのスポーツしてる姿可愛かったなぁ……」
あのポニーテールがクセになりそう……。
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