髪の毛切ってみたら?
「黒板よろしく」
「うん」
この会話は何回目だろう。
係が決まってから数週間、それから授業終わり言われる。
それも最近ではその会話もなくなり、僕が何も言うことなく黒板消しをするくらいにまでなっている。
僕は何も言い返すことなく、それに従い黒板を消すしかない。
しかし、最近では僕より前に無言で黒板を消し始める人がいた。──姫乃さんだ。
僕は黒板係なのに悪いなと思い、急いで授業の片付けをしているのだが、姫乃さんは尋常じゃない程早く、僕はそれに追いつけずに黒板消しを先にやってくれていた。
僕はそんな優しい姫乃さんにありがとう、とも言えずに、黒板消しに途中参加していた。
そんな日々が続いていたが、ある日姫乃さんから声をかけてきた。
「ねえねえ」
最初僕に話しかけていないと思ったが、すぐに僕だということに気づいた。
髪のからは僕の目は見えていないだろうが、横目で姫乃さんを見るとこちらを向いていた。
「なに……?」
僕はそう返した。
なんか申し訳なさそうな顔をしている。
「あの〜、ごめんね……。慎弥と一緒になっちゃって。今みたいになっちゃうかなとは思ってたけど……学級委員の私が上手くできなかった……」
姫乃さんは自分の行いに後悔しているのか、顔色が暗くなる。
そんな顔色を見て、僕はすぐに言葉を返した。
「いや、僕も悪い。最後まで係決めに参加しないで待ってただけだったから。姫乃さんのせいじゃない。僕のせいだよ」
僕は上手く言葉を返せたかなと思いながら、姫乃さんの顔色を窺う。
するとさっきとは変わった顔色になり、嬉しそうな、そして安心しているような顔に変わった。
「……ありがとう。優しいね」」
そう言いながら顔を近づけてきた。
「お……、おぉ……」
僕は体を動かさず、顔だけ遠ざけた。
これで女子に耐性がないことがバレたかもしれない。
「如月くんは優しい人だね。また手伝って欲しいとき言ってね」
そう言って、黒板消しを終わらせた姫乃さんはいつものグループに戻っていった。
そして姫乃さん1軍に、僕はボッチの椅子についた。
これが僕と姫乃さんがこれから話すようになるきっかけであった。
それからのこと、何かと声をかけてきては、少し雑談して離れていき、手伝ってくれては1軍の方に戻っていくという日々が続いていった。
そしてそんな関係は今も続いている。
しかしその頃と、今の頃とでは何かが変わっている気がしていることも事実だった。
***
あの係決めの頃から2ヶ月がたった今。
今では少しボディータッチが増えている。
僕はその行動に慣れてきつつも、まだ髪の毛で顔を隠しているという隠キャラの状態にいた。
僕は姫乃さんに話しかけられてからまだなにも変わっていなかった。
やはり人と話すのは1年もしなければ慣れなくなってくる。
それに可愛い女子だ。緊張もする。
正直たまあに厄介だなと思うときもある。
1人でいたい、1人にさせてくれよ、と思ってしまうときがある。
が、いざ一緒にいると楽しくなり、嬉しくなってしまうものだ。最近姫乃さんが話しかけてくれることに、僕は嬉しく感じているということに気づいた。
そして、今もまた隣にいる姫乃さんの一言で、僕は変わろうとしていた。
「如月くん髪の毛切ってみたら?」
僕の髪の毛いじりながらそう言ってくる。
今は放課後の掃除の時間。
つまり誰もいない。
こんなところを見られたら一生話せなくなると思う。
だが、今は気にしてしまう視線もなく、姫乃さんと2人というのはとても気軽だ。
1軍の男子や、カースト上位の人たちがいたら、僕はどうなるだろう。
おそらく亀みたいになる。
まあそれより……髪の毛、か。
長いが、もう慣れてしまった。
別に変える必要ない。そう思っているが、切ったらどうなるかなという考えがあり、悩んでしまう。
「短いのは似合わないよ」
「絶対似合うと思うけどねー」
まだ僕の髪の毛をくるくるといじりながらそう言ってくる。
「髪質もいいし、それに──顔のパーツもいいと思うし?」
「……そうかな」
姫乃さんは顔を近づけ、僕の目を覗き込むようにして見てきた。
前髪越しでも分かる艶やかな頬、それに綺麗な肌にドキリとした。
「うん、絶対そう! 髪の毛切るべきだよ!」
元気な声でそう言う。
「でもなぁー……」
正直……顔を見られたくない。
切って落胆されるのではないか。顔を隠してきてカッコいいなら萌えるが、ブサイクだったら絶対に引かれる。
それに自分でも伸ばしてきて感じることだが、見えない目元などを見せるのに躊躇いが出てきてしまう。
意外に髪のイメチェンには勇気がいる。
美容院で初めての短めにする人や、ツーブロックにする人など勇気がいるはずだ。
似合うかな、似合わなかったらどうしようなど、そんなことを絶対に考えてしまう。
なので、ここまで伸ばしてしまって、急に短くなったら絶対変になる気がした。
が、姫乃さんはとにかく髪を切った僕を見たいらしかった。
「いいから切るの! 絶対そっちの方がカッコいいから」
「そ、そうかなぁ……」
カッコいいという言葉に反応してしまう僕。
そうだ。なんで悩んでいたか分かった。
前の僕なら絶対髪を切りたくない。そう思っていた。
が、なぜ今悩んでいるのか。それが分かった。
──カッコよく見られたい。
そう思い始めたのだ。
異性に対して、自分をカッコよく見せたい、見られたい、と思うのは男子ではみんなそう。
女子の目を気にしないで暮らしている人はいない。
が、前の僕はそれら全部真反対だった。
カッコよさなんて求めずに髪を伸ばし、女子の目を気にしないで髪を伸ばしていた。
だが、今ではそう、カッコよく見られたい。
姫乃さんにカッコよく見られたい。異性にカッコよく見られたい。
「約束しよ。今金曜だから来週の月曜までには切ってくる。どう?」
そんな自分の思いに気づいていると、姫乃さんはそんな無理矢理な要求をしてきた。
が、僕はその無理矢理な姫乃さんの言葉で逃げずに、迷わずに進もうと決めることができた。
もしかしたらそう思わせるように誘導されたのかもしれない。
でも、僕は変わろうと決めた。
「分かった」
僕は短くそう答えた。これはカッコよくなるためだ。
それに姫乃さんに髪を切った方がカッコいいと言われたんだ。
切る他ない!
「はい、約束! 指切りしよ」
そう言い、僕の小指を姫乃さんの小指で絡ませてくる。
僕は顔が少しづつ赤くなるのを感じながらも、指切りをして約束をした。
「じゃあまた明日ね」
姫乃さんは前の席から立ち上がった。
「バイバイ」
「またねー」
僕が別れの挨拶を言うと、ニコッと笑いまたねと返してきた。
そうして背中が見えなくなったところで、僕は視線を小指にした。
まだ温もりを感じる小指。小指と顔だけが熱く感じる。
僕はいつもの時間に帰るよりも少し暗い中、帰路についた。
帰ったとき、洗面所で手を洗うか5分悩んだ。
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