八ページ目:挨拶を決めた日
この世界には無数のゲームが存在しており、そのジャンルもアクション、格闘、ホラー、シューティング、リズムと数えきれない。また、アクションホラー、と複数のジャンルを組み合わせたゲームもある。
そして、VTuberにとってゲーム配信は切っても切れないものであり、ほとんどのVTuberはゲーム配信を行っていた。もちろん、まだVTuberとしてデビューしていない自分もニコニコ生放送でゲーム配信は何度もしている。
そんなゲーム配信の中で、俺が定期的にしているのは――。
「では、今日もブランチマイニングしていきまーす」
――M〇necraftのブランチマイニング放送である。
そもそもブランチマイニングとはBranch(枝)とMining(採鉱)を組み合わせた造語であり、木の枝のように細い坑道を広げて貴重な功績を効率よく発見、採掘する、M〇necraftのテクニックだ。
このブランチマイニングをただ垂れ流す生放送こそ『ブランチマイニング放送』である。M〇necraftのデータが飛び、数年ほどやっていなかったが最近、復活したのだ。それからというもの、週1ペースでこの放送を行うほどブランチマイニングを愛していると言っても過言ではない、
「とりあえず、メイン通路を3キロ掘るまで今日はやるかな。もう少しだし」
そう言いながら手早く荷物を整理してブランチマイニング場へ降りる。そのまま途中まで敷いたレールで最奥まで移動し、石ピッケルで掘り始めた。
――来たよー
「あ、03いらっしゃーい。待ってた」
放送日が休日ということもあり、相方の03がいつもより早く放送に来た。丁度、03に用事があったのでこれ幸いにと通話を繋ぐ。因みに普段のブランチマイニング放送では他のリスナーさんも交えて通話するのだが、今回ばかりはリスナーさんには遠慮してもらった。
「こんにちはー」
「こんにちはー、いらっしゃい。あ、通話はできないけどマルチは大丈夫なので勝手に入ってきていいですよー」
03に挨拶しながらリスナーさんにそう言うとゲームにリスナーさんたちが入ってくる。基本、自分はブランチマイニング場に篭るので地上や拠点の改造はリスナーさんに任せているのだ。
「あ、03も入ってきていいよ」
「はいはーい」
「それで今日なんだけどちょっと決めたいことがあってね」
「ほー」
ピッケルで掘りながら話を進める。元々、03が来ても来なくても話そうと思っていたのだが、やはりコンビを組むにあたって今から話すことは一緒に決めたかった。
因みに生放送の画面では丁度、マグマ溜まりに出てしまい、マグマを処理する準備を進めている。
「それで決めたいことなんですけど……ほら、よくVTuberでさ、タグとか決めてるじゃん?」
――タグ?
「タグっていうか、挨拶とかあるじゃん。あれをみんなで決めたくて」
「あー、いいんじゃないっすか?」
「いや、君にも関係あることなんだけど適当過ぎない?」
「あはは」
03の適当っぷりに少しばかり苦笑しながらもマグマ溜まりの処理を続ける。天井にカーソルを合わせて砂利を設置。砂利は下にブロックがなければ下に落ちるため、そのままマグマの中へ。それから砂利がマグマから顔を出すまで砂利を落とし続ける。
「やっぱさ、こういうのはこれまで俺の放送を見てくれた皆で決めたくてさー」
「おー、いいっすねぇ」
「雑か!」
03の発言にツッコミながらマグマ処理を終えたので再び掘る作業に戻る。なお、コメントではマルチに参加しているリスナーさん同士が建築について話し合っていた。
「それで一応、締めの挨拶は決めてるんだけどまだ最初の挨拶が決まってないんだよね」
――なんで締めだけ決めてんだよw
――これ、どうします?
――これでどう?
――おー、いいっすねぇ
「なんか締めだけはすぐに浮かんだんだけどどうしても最初の挨拶だけ思いつかなかったんだよ」
「おー、拠点めっちゃ変わってるー」
「君はこっちに興味持とうね」
大半のリスナーさんと03はM〇necraftに夢中でこちらの話に集中していなかった。とりあえず、最初の挨拶を募集していることは伝えたので自分もブランチマイニングの作業に戻る。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……え、何もないの?」
しばらく黙って作業していたが、コメントも特に反応もなく、時間が過ぎていき、ツッコミを入れてしまった。このままでただ俺がブランチマイニングする映像が流れる生放送になってしまう。リスナーさんにも『絵面が地味』、『地上組の方が取れ高ある』と何度もツッコまれているため、すでに手遅れなのだが。
「いや、ちょっとこっちの作業してて」
「特に君はもっと真面目に考えて欲しいんだけど」
「だって、急に言われてもわかんないよ」
それもそうだ、と納得する反面、このままではいつまで経っても挨拶が決まらないと僅かに危機感を覚える。
――そもそもなんで決めるの?
「まぁ、いろんなVTuberが特定の挨拶があるし、挨拶があれば覚えてもらいやすいかなって」
「あー、確かに」
「因みに締めの挨拶は最初の挨拶が決まってから発表します」
――でも、決めてないVTuberもいるぞ
――何故、勿体ぶるw
――あ、ここ、いいっすね
――じゃあ、地上行ってくるわ
マルチ参加組は完全にM〇necraftの話をし続け、他のリスナーさんが挨拶について質問してくる。とりあえず、その時にダイアモンドを見つけたので慎重に採掘した。
「でも、いろんな挨拶あるよね。ほら、よく『こんにちは』の『こん』付けるじゃん」
「……いや、考えたよ? そりゃあ、一番最初にそれが思いついたんだけどさ」
03の発言に少々言葉を詰まらせながら話を続ける。VTuberの挨拶はよく自分の名前を入れることが多い。俺のVTuberネームはほとんどのアカウントで使用している『ホッシー』だ。それと『こん』を組み合わせた結果、出来た挨拶は――。
「――『こんほし』。なぁ、めっちゃだせぇんだけど」
「だっさ! やっば!」
――だせぇwwwww
――これはダサい
――これはないわぁ
『こんほし』に03が大爆笑している中、ダサいとコメントが流れた。予想通りのリスナーさんの反応と、いつまで経ってもゲラ笑いが止まらない03に戸惑いながら話を進める。
「『こんほし』はないって! だから、意見を求めてんだよ! てか、どんだけウケてんのさ!」
「だって、『こんほし』……やばい……」
どうやら本格的にツボに入ってしまったらしい。03のことは諦めて改めてリスナーさんに挨拶を考えてもらう。その間に何度目かわからないマグマ処理も同時に進行する。
「でも、できれば『ホッシー』に纏わる挨拶がいいんだよ。名前が入ってないと誰ってなるしさ」
「あー、笑った……これ、忘れた頃に『こんほし』言って欲しいわぁ」
――セイハローは?
「セイハロー? こんにちはって言え?」
なんとか復帰した03を放置して流れたコメントを読む。セイは『Say』という意味だろう。まさかリスナーさんに挨拶を強制する?
「……あ、なるほど!
だが、すぐにコメントの真意に行き着く。確かに『ホッシー』と結びつく単語も入っているし、語呂もいい。少なくとも『こんほし』より何十倍もいい。まぁ、『こんほし』がダサすぎるだけなのだが。
――少なくともこんほしよりいいと思う
「こ、ん、ほ、し! あはは! あはははは!」
「笑いすぎだろ、お前」
「駄目! 一回、ゲラったらもう駄目なの!」
「はい、決定! 最初の挨拶は『セイハロー』で!」
不意打ち気味に『こんほし』爆撃を受け、見事撃沈した03にツッコミながら『セイハロー』を採用。これで今日の最難関を乗り越えた。
「じゃあ、最初の挨拶が決まったので、次は締めの挨拶ね……な、なんか改めて言おうとすると恥ずかしいな」
そう言いつつもせっかく決めた挨拶なので何度か咳払いしつつ、03が落ち着くのを待つ。数分と経たずに03の呼吸が整った。
「それで締めの挨拶なんですが……宇宙船から配信しているということで『以上、通信終了!』にしたいんだけどどう?」
「あー、いいんじゃないっすか?」
「雑過ぎない?」
締めの挨拶に関しては特に反対意見もなく、半ばスルー気味に決定する。これで挨拶は決まったので次に進む。決めることはまだまだあるので03とリスナーさんにはもう少し付き合ってもらおう。
「あ、その前に手持ちいっぱいだから一回帰るわ」
「ういー」
少しばかり長くなりそうなので今回のお話はここでおしまい。次回はタグ決めの様子を書こうと思う。
それでは、皆様、また、次のお話でお会いしましょう。
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