四ページ目:運命の日

 定期生放送。それは配信者が特定の日時に必ず生放送をすることである。その利点は突発的な生放送よりも遊びに来てくれる人が増えやすいこと。

 俺の場合、毎週金曜日の夜にニコニコ動画で生放送をしている。生放送の内容はソシャゲ、ゲーム、雑談、小説などその時の気分次第で決まるが基本的に思ったことをだらだら話しながら作業をしているだけだ。

 この日、いつものように定期生放送をしていたが、少しばかり緊張していたかもしれない。何故なら、生放送終了後、件の最古参リスナーさんとの話し合いが行われる予定だったからである。

「そういえば、昨日、マシュマロを設定してみたから適当に送ってみてくれない?」

 最古参リスナーさんが来るまでいつも通りに生放送をしながらしっかりVTuber活動の準備も進める。VTuberになったら匿名でメッセージを受け取ることができるマシュマロを使うと思っていたのでそのテストをしたかったのである。




 ――ねこねこしてみた(ふわふわなましゅまろ




「え、ほんと? 見てみていい?」

 謀クラフトゲームで鉱石を掘る作業をしているとリスナーさんの一人がマシュマロを投げてくれたようで早速、見に行ってみる。確かにマシュマロが届いていた。

「なるほど、こんな感じになるのか。うん、ありがと」

 何事もテストは大事である。これでマシュマロを受け取り方やどのような感じでメッセージが届くのか把握することができた。




 ――ちっすー




 すると、その時になって最古参リスナーさんが満を持して登場。事前にSNSで来ることは知っていたが、約束通りに来てくれて一安心した。

「いらっしゃい。24時、ディスコードで。あ、あらかじめチャット送ってくれる?」




 ――わいも送ってみたよ




 SNSで最古参リスナーさんに指示を出していると俺のアバターを作成してくれているリスナーさんも――俗にいう『ママ』になる人もマシュマロを送ってくれたらしい。だが、残念ながら今は最古参リスナーさんの方が優先なので、マシュマロは後で確認することにした。

 それから1時間ほど女声の練習などをしながら(結局、美少女にはならないので意味はない)生放送を続け、日付が変わった頃に生放送を終了。

 さぁ、今後のVTuber活動の行方を左右する話し合いの始まりだ。

「こんばんはー」

「こんばんはー」

 生放送終了後、すぐに最古参リスナーさん――03さんに通話を掛け、ボイスチャットを始める。

 03さんは7~8年前から俺の生放送に遊びに来てくれているリスナーさんである。もちろん、今俺の生放送に来てくれるリスナーさんの中で最も付き合いが長い。まぁ、一時期、忙しくて俺の生放送に来てくれなくなったことはあったが、最近は比較的遊びに来てくれている。

「時間作ってくれてありがとね」

「いえいえー」

「それで、早速話し合いをしたいんだけど……確か、ゲーム実況がしたいんだっけ?」

 先日の生放送で打ってくれたコメントを思い出しながら本題に入る。VTuberはよくゲーム配信をしているイメージがあるのでゲームをすること自体に異論はない。ただ、ゲーム配信とゲーム実況は違う。

「うん、昔からの夢だったからね」

「ゲーム実況ってことは動画を投稿したいの? それともライブ配信でゲームをしたいの?」

「うーん、どっちも、かな」

 その言葉に俺は思わず心の中で安堵のため息を吐いた。現在、俺はTRPGのリプレイ動画を投稿している。VTuberになっても投稿を続ける予定なのでゲーム実況動画も投稿するのは難しいと思っていたのである。

「――だから、ゲーム実況動画はちょっと俺はできないと思う」

「あ、そのことなんだけど――」

 どうやら、元々、03さんはリア友にゲーム実況動画を作る際、一緒にプレイしてくれないか、と声をかけていたらしく、数人のリア友に了承を得ていた。なるほど、それなら俺は主にライブ配信を担当し、03さんはゲーム実況動画を担当すれば幅が広がりそうである。

「あ、もしかしてこっちの名義とか変えた方がいい?」

「いや、むしろ、03さん名義でやった方がいいと思う。そうすれば03さんに興味を持った人がこっちにも流れてくるだろうし」

 最悪、ゲーム配信とゲーム実況の違いで03さんに断られるかもしれないと危惧していたので前向きに検討してくれているようで嬉しく思いながら話し合いを進める。

「でも、VTuberになるってことは立ち絵とか用意しないと駄目だよね? 間に合うかな」

「その辺りはちゃんと考えてるよ」

 実は03さんが相方になるかもしれないと分かった時点ですでにママと設定に関して打ち合わせを終えていた。

「実は俺のアバターなんだけどチャンネル登録数が一定数を超えると成長する、みたいな設定にしようと思ってるんだよ」

 言ってしまえば、進化するアバターである。もちろん。そうした方がチャンネル登録数も増えやすいかも、という打算的な考えはあるが、何より重要なのが成長する前のアバターは成長した後よりも構造が単純である、という点だ。

 アバターの制作を依頼したママはあまりLive2Dに触れたことがないらしく、不慣れなことが多い。そんな人が短時間で精巧なアバターを作るのはほぼ不可能だ。もちろん、時間をかければそれに見合ったアバターができるだろう。

 しかし、申し訳ない話だが、俺は今すぐにでもVTuberになりたかった。

 今しかないと俺の中の何かが訴えかけていた。ただの勘かもしれないが、今までの人生、この勘に助けられたこともあったので俺は基本的に自分の直感を信じるようにしている。




 だからこそ、成長するアバター。




 最初は単純な構造のアバターを使用し、チャンネル登録数がある一定数を超えた時点でアバターを作り替える。それがママに俺が提案した内容だった。悪く言えば、時間稼ぎ、と言えるかもしれない。

 打算的な考え――チャンネル登録数増加の見込み。

 中の人の事情――時間稼ぎ。

 そして、もう一つ。綺麗な言葉を使ってこの企画を説明するなら……皆の力を借りて成長するVTuberって面白そうだと思った。

「この設定を03さんの立ち絵にも使う。例えば、チャンネル登録数1000人を超えた時点で03さんの立ち絵を解禁する、とかね」

 そうすれば俺の初期アバターさえ完成すればVTuberとしてデビューすることができる。企業勢なら1000人はすぐに達成してしまうだろうが、俺たちはあくまで個人勢だ。1000人さえ届くかわからない厳しい世界だ。それを逆に利用する。厳しい世界だからこそ可能な時間稼ぎ。

 もし、奇跡が起きてすぐに1000人を超えてしまったら? その時はその時の俺に任せる。そんな奇跡が起きることさえ、想像できないほどの世界なのだから。

「へぇ、それいいかも」

「じゃあ、03さんのアバターはそんな感じで……でも、その前に言っておくことがあってさ」

 先日の生放送でVTuber活動を小説にすることを常連さんには話したが、03さんはその日は来なかったので改めて説明する。

「だから、このやり取りも小説にするけどいい?」

「うん、いいよ」

「……正直、小説化も宣伝になるけど、その分、アンチも来るだろうから誹謗中傷があるかもしれないけど大丈夫?」

「いやぁ、メンタル強い方なんで」

 くすくすと笑いながらあっけらかんと答えた03さんに思わず苦笑いを浮かべてしまう。まぁ、7~8年も付き合いがあったのでそう答えるとは思っていたが、あまりにすんなり頷いたので拍子抜けしてしまったのだ。

「小説化だけじゃない。個人勢だからリスナーさんは思うように増えないだろうし……なにより、俺、多分、人生で初めて本気を出してるから――最後まで付き合ってもらうことになるよ?」

 9年前、創作活動を始めた。それから少し経ってニコニコ動画で生放送を始めた。

 もう、9年だ。学生だった俺はもちろん、俺より年下の03さんも社会人になった。

 創作活動を始めたのは『話を書きたくなったから』。

 でも、生放送を始めたきっかけは少し違う。俺には目的、というより夢? いや、違う。ちょっとした願い――『奇跡を望んで』生放送を始めた。

 もし、有名になったら叶うかもしれない望み。すっかり、生放送そのものを楽しんでいる現在も、心のどこかでその奇跡が起こることを願っている俺がいるのだ。

「うん、大丈夫。だって、もう何年も一緒にいるんだし」

「……そうだな」

 話し合うことはまだたくさんある。問題もたくさんあるだろう。でも、コンビを組むことを阻む壁はもうなくなった。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」




 こうして、1時間にも満たない話し合いの末、俺たちは二人でVtuberになることを決意した。




「じゃあ、色々設定を決めるか。あ、その前に」

「どうしたの?」

「いや、俺のアバターを作ってくれてる人――ママがマシュマロ送ってくれたみたいでそれ見てなかったなって」

 ホッと一安心した俺は設定を決める前にちょっとした雑談目的でママから貰ったマシュマロを食べることにした。




『デュフフ・・・

 ねぇねぇホッシー・・・

 ママってぇ・・・呼んでみてぇ!

 デュフ・・・』




「クソマロじゃねーか!」

「あははは!」

 これが俺たちがコンビを組むことになった経緯。

 だが、この通話はまだ終わらない。コンビを組むことになったらやろうと思っていたことがあったからだ。

 VTuberになるにあたって必要な物は多い。その中でもアバターと同じくらい大切な物がある。




 そう、チャンネルだ。




 この小説を読んでいる読者様はすでに俺のチャンネルに飛ぶことができるだろう。しかし、そのチャンネルがどのようにできたのか。それは次回のお話で。






 それでは、皆様、また、次のお話でお会いしましょう。

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