三ページ目:美少女になった日

 今回のお話をする前に、基本的な問いを投げかけよう。

 VTuber――バーチャルユーチューバーとは何か?

 その答えを導くため、誰もが一度は教えを乞うたことはあるだろう、グーグル大先生に質問を投げかけてみると一言でまとめると『2Dまたは3Dのアバターを使って活動しているYouTuber』らしい。ここで自分の予想と違う答えが返ってきたらどうしようかと思ったが、だいたい合っているようで一安心である

 そう、つまり、VTuberになるためには2Dまたは3Dのアバターを用意しなければならない。俺の場合、VTuberになると決意したその日に友人にアバター制作の依頼を出しているのでアバター問題はすでに解決している。

 だが、アバターが完成してもそれを動かすソフトがなければ宝の持ち腐れ。もちろん、アバターを動かす方法は初日の内に調べてあった。

「じゃあ、小説のことも話したので次に『FaceRig』を導入しまーす」

 小説に関して常連さんに許可をもらったのでグーグル大先生に『FaceRig』と打ち込みながら言う。

 『FaceRig』はウェブカメラで顔を映し、その顔の動きに合わせてアバターを動かすことができるソフトである。

 しかし、どうやら『FaceRig』は外国のソフトらしく、よく見るVTuberのような美少女系のアバターはもちろん、そもそもLive2Dにすら対応していない。そのため、Live2Dのイラストを動かすために『FaceRig Live2D Module』を同時に購入しなければならないのだ。

 また、自分の場合、『FaceRig』を購入するために『steam』のアカウントを作るところから始めたため、購入するだけで少しばかり時間がかかってしまった。




 ――Vになるって事は恋声とかつかってボイチェンするんですか?




 その間も生放送は続いている。どうやら、ボイチェンを使うか気になったようでそんな質問が飛んできた。

「ううん、地声。そもそも美少女にならないから」

 そう、俺は『バ美肉』――『バーチャル美少女受肉』はしない。もちろん、可愛い女の子のアバターを使うことも考えはしたが、それ以上に俺にふさわしいアバター候補があったため、美少女になることは断念したのである。




 ――美少女にならないってことは 筋肉になるんですか?




「え? 美少女にならないってことは筋肉になるってことなの?」

 『バ美肉』事情にあまり詳しくなかったのでそのコメントを見て思わず声が裏返ってしまった。おそらく冗談だと思うが、もしこれが事実ならバーチャル世界は俺の想像以上に混沌としているのかもしれない。もしかして俺はやばい世界に飛び込もうとしている?




 ――最初バ美肉するのかと思ってたw




「しないよー……あ、ただ――」

 『FaceRig』の導入を勧めながらニヤリと笑う。ソフトの導入をする、ということはその動作確認もしなければならない。幸い、ウェブカメラは角度的にもPCの内蔵カメラで大丈夫そう。あとは、購入するだけだ。

「――ちょっと、美少女になるわ」

 そして、この日、仮初とはいえ、俺は美少女になった。





「おぉ……美少女になってる」

 『FaceRig』の導入も終わり、早速美少女になってみたが、予想以上にサンプルアバターは自分の表情に合わせて動いてくれた。顔を横に軽く背ければアバターも同じように動くし、瞬きをすればアバターも目を閉じる。特に設定も弄っていないのにここまで動いてくれるとは思わず、感動してしまった。

 しかし、興奮する俺に対し、コメントはいつものように生主である俺を置いてリスナーさん同士で別の話を続けていた。俺の放送はよく生主が話についていけず、置いてけぼりになることで有名なのだ。

「すげぇ、ちゃんと目の動きも認識するんだな」




 ――facerig実況(声のみ)




 コメントで今の状況を説明してくれたが、事故が起きた時のために『FaceRig』の画面を一切、出していなかったのである。かれこれ9年ほど生放送を続けてきたが、事故で顔が映ったのは2回ほどしかなかった。こんなところで顔バレしてたまるか。

「さーて、そろそろ美少女になっちゃおうかな」

 『FaceRig』を弄り始めて10分ほどで事故も起きなさそうだと判断した俺は『FaceRig』の画面に映っている背景を緑に変更する。こうすることで配信ソフト――OBSで『FaceRig』をキャプチャーし、エフェクトフィルタでクロマキーを追加すればあら不思議。背景の緑――グリーンバックが透過されて、可愛らしい美少女が俺の生放送画面に登場。

「こんにちは」

 サンプルアバターであるツインテールの女の子が生放送画面の左下に出現し、俺の声に合わせて口をぱくぱくと動かす。しかし、その女の子を見て俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「あの、なんで……こんなにこの子、凛々しい顔してるの?」

 通常であれば女の子らしい、可愛い表情を浮かべているのだが、何故か俺の顔をトラッキングするとキリっとしてしまうのだ。




 ――草

 ――メガネとか関係あるかもしれない

 ――本人が笑ってて草生える




「メガネは外してるんだよなぁ……あ、他にもサンプルアバターあるんだけど」

 そう言いながら次々とアバターを変更する。だが、ほとんどのアバターは何故か凛々しい表情を浮かべてしまった。眉毛か? 眉毛の形のせいか?

 そう思いながら猫のアバターもあったのでそれに変更。他の人間体のものとは違い、目を見開くと黒目がキュッと細くなる仕様のようだ。




 ――ぬこだー

 ――顔で遊んでるでしょ




「いや、最初、絶対に遊ぶでしょ」

 実際、すごく楽しい。左右に揺れればアバターも左右にゆらゆら。目を見開けばアバターもカッと見開く。しかし、どうしても俺の場合、凛々しくなってしまう。




 ――ウインクやってみて




「ウインク?」

 これでもウインクは得意だ。昔、『ウインクしてみて』と言われ、ウインクしたら『上手すぎて気持ち悪い』と評価をもらったことがあるほど自信がある。もちろん、右目左目両方ともばっちり決められるぞ。

「……」

 やってみてわかったが、アバターが言うことを聞かない時もある。リアルでは完璧なウインクをしているのだが、アバターはばっちり両目を閉じていた。何度かチャレンジしてみたが、どうやってもウインクできない。

「これ、難しいですねー。あははー」

 そう笑いながらちらっと放送画面を見てみる。




 そこにはニチャアという効果音が聞こえそうな笑みを浮かべる美少女アバターがいた。




「絶対、これ悪いこと考えてる顔じゃん」

 普通に笑っただけなのにどうして、これほどの悪人顔になってしまったのだろうか。

 いや、笑い方が駄目なだけだ。きっと、女の子らしい笑顔も浮かべられるはず。そう思いながら満面の笑みではなく、口元を緩ませる程度の笑みを浮かべる。すると、女の子は先ほどとは打って変わり、女の子らしい笑顔を見せてくれた。しかし、この表情のまま、生放送をするのは難しいだろう。おそらく放送中はあの悪人のような笑みを浮かべることになると俺は諦めた。

「あ、ウインクできた」

 それからソーシャルゲームをしながらウインクの練習をしているとやっとウインクができるようになった。だが、瞬きをすると開けた目が閉じてしまう。




 ――失礼なんだけど、live2dの動きがウインクできない人が頑張ってるときのそれ




「いや、マジで難しいんだって」

 何度も練習した結果、首を少し傾け、右目を開ける時にわずかに顔を上に向けると右目を開けた状態で左目を閉じることができる。コツは右目を開ける際、ウェブカメラに瞳孔を向けること。今ではすっかりアバターでもウインクができるようになった。




 こうして、VTuber活動二日目で『FaceRig』の扱い方を学ぶことができた。

 しかし、まだ決めなければ――というより、話し合わなければならないことがある。

 そう、俺の生放送の最古参メンバー――相方になるかもしれない人との話し合いだ。


 その話し合いはVTuber活動四日目、毎週金曜日に行っている定期生放送終了後に行われた。

 俺に相方はできるのか。それとも一人でVTuberになるのか。それは次回のお話で。



 それでは、皆様、また、次のお話でお会いしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る