7話 乱れて五月雨

「なぁ、シロくん。一緒に帰ろうや」


 突然、肩を組まれてビクっとすると、そこには遊び仲間のクラスメート達。

 体の温度がさっと下がったのを感じる。


「ほら、今日もやろか!

 コンビニまでダッシュして、1番遅かった人がみんなにおやつ奢るゲーム!」


 笑顔を浮かべたアキラは、唾を飲んで、口を開いた。

「…もうお金無いし、今日はまっすぐ帰るわ。

 ゴメンな」


 足早に歩き始めたアキラに彼らは、押しつけるように言葉を投げかけた。

「じゃあ、昨日のお前の負け分は、また次払えよ!利子つけとくからな!」

 アキラがピタリと足を止めたのを見て、ニヤッと笑うと、もう一言付け足す。

「…まぁ、今日勝てば、チャラにしたるわ」


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「まぁ、簡単に言えば、同級生からカツアゲされててん、僕」


 アキラはベンチの溝を撫でながら、苦笑いする。


「恐喝ってほどじゃないけど、ゲームに負けたことを理由に、お金せびられて、払えへんかったら、利子つけられて…」


「え?!いつの話?!」

 シノブが目を吊り上げ、身を乗り出す。


「シノちゃんとも、仲良くなる前。

 あの小学校に転校して来て、すぐくらいかな?」


「知らんかった…

 てか、小学生なのに、利子って…自分で稼いだお金でもない癖に…アチッ」


 力んで、タバコを握りしめてしまったシノブに、大丈夫?と微笑みながら、アキラは頷く。


「元々は友達同士のちょっとしたルールやったんやけど、途中で味をしめてしもたんやろうね。

 あっちにも、僕にもイジメのつもりは無かったけど、だんだんエスカレートして、気づいたら、僕の借金は、ゼロが4つ付いてた…。

 親にも相談出来なくて、途方にくれたわ。ホンマに…。

 もう少しで親からお金盗むトコやった」


 ふと東屋の外を見やると、雨は止んだようだった。アキラはそれを確かめるように、手を出し、空を眺める。

 まだ星は見えない。


「でも、何となく噂になってたみたいで、揉めてるときにハルが割って入ってきてん」


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「おい!ええ加減せぇよ!」

 ハルカが駆け寄った。


「何や、俺らは一緒に帰ろうって誘いに来ただけやで!

 なぁ、ワンコちゃん?」


 馴れ馴れしく肩を組む彼らに、アキラは顔をあげて、引きつった笑みを浮かべる。


「いやや!今日は俺と帰るんや!」

 ハルカは、アキラを奪い取り、手を握りしめた。


「お前らなんかにアキは譲らへん!」


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 アキラの第一印象はそれほど良くなかった。

 クラスで目立つヤンチャなグループに居る癖に、少し気弱で、ヘラヘラしていて…。いつも媚を売っているような様子に少し苛ついていた。


 でも、移動教室で、隣の席だったときのこと。

 授業の後、机に残った消しゴムのカスをササッと集めて、わざわざゴミ箱に捨てていた。周りが気づかないような、自然な仕草で。

 俺を含めて、他の人は地面に払ったり、そのままにしてるのに。

 その罪悪感もあって、何となく聴いてみると、「掃除の人に悪いから、自分の周りくらいはちゃんとしようと思って…」と俯き、頬を赤らめながら、言っていた。

 あぁ、コイツは媚を売っているんじゃなくて、優しいヤツなんだって気づいて、それからも何度か話しかけるようになった。

 すごく周りに気を遣うヤツで、苛つくこともあったけど、アキラの優しさは心地よかった。

 だから、アキラが他のヤツにたかられてるって、噂を聴いて、我慢出来ひんかった。


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「とは言っても、ヤンチャな友達も、黙って帰らせてくれるわけなくて、結局、大喧嘩。

 でも、そのお蔭で先生や親も出てきて、借金の話は解決してん」


 離れた先にある街灯の一つがチカチカと点滅している。

 街灯以外の音はなく、静まり返った住宅街の公園。


「それからは、ヤンチャな友達よりハルと遊ぶことが増えて、メッチャよく遊んだで。

 ハルが転校しちゃうまでは」


 ピカッと空が光り、3人を照らす。雨が再び降り始めていた。


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 アキと離れて、彼が優秀だってことに気づいた。

 周りをよく見ていて、周りに合わせるのが上手い。何より他人の気持ちを考えてる。

 他の同級生たちは、自分のことで精一杯。相手のためという名目で、自分のために動く。

 僕も含めて...。


 童話の「醜いアヒルの子」を思い出した。

「醜い」っていうのは、「白鳥の子」のことだけじゃないんだと思う。

 確かに白鳥の雛は綺麗じゃなかったかもしれないけど、ただそれだけで馬鹿にしたアヒルの子たちも醜い。


 アヒルってあだ名で呼ばれてたけど、ホントに僕はアヒルだよ。

 白鳥を馬鹿にはしてないけど、代わりに他の鳥を馬鹿にしていた。

 自分が白鳥なのだと勘違いすらしていた。

 僕は空を飛べないアヒルなのに...。


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 後悔と情けなさで、頭がはち切れそうになる。

 助けを求める方法も分からない。

 ただ恥ずかしくて、申し訳なくて…。

 自分が自分を責め立てる。

 後悔も反省も失望も、頭と体をぐるぐる回るばかりで、外には出て来ない。

 なんだか手足がバラバラになってしまいそうだ。


 震える手で、台所の刃物を握り締め、浴室へと向かう。

 もう、血の廻る音と過去の自分への罵詈雑言しか聴こえない。

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