第13話 賢者



 最上階にあるレストランとあって、そこから見える夜景は絶景だった。その景色を楽しめるようにか、レストランの照明はほんのり薄暗い。各所に取り付けられたスピーカーからは落ち着いた音楽が流れ、薄暗い空間に彩りを添えていた。テーブルに着く客も、そんな夜の雰囲気にマッチしたドレスコードをした人が多い。


 そんな空間の中だと、作業着の男と制服のような格好をした女子、ヒト型ロボット、腰にナイフをつけたエルフの一団というのは、ひときわ目を引く。


「昼間から薄々感じていたが、人間達から見た我々エルフの印象はあまり良くないようだな」

「は? どうして?」

「昼間の場所でもそうだったが、じろじろ見られて鬱陶しい」

「まぁ、俺らの服装だとどうしても目立つからな」

「服装もだろうが、皆エルフの私を警戒しているようだが?」

「人間の中でエルフ並みに顔立ちが良い奴はなかなかいないからな。見惚れてんだろ」

「それにしては、随分と不穏な空気を感じるぞ」

「ヒトは自分と違う者ほど心の壁を大きくするもんだ……飲むか?」

「……いただこう」


 リトに勧められ。ユーファニムはグラスを受け取って葡萄酒を注いでもらった。


 服装もそうだが、エルフであるユーファニムは見目麗しく、なおさら人目を引いた。人間とエルフは過去に戦争をして、おまけにエルフは滅多に住処から出てこない。王国の街中ではまず見ることのないエルフの美しい姿に、周りの人間が興味を持つのは当然だった。


「んーーっ、さっすが二ツ星ロイヤルホテルの豪華料理! 血の通った料理人が作った味がするよぉ!」


 しかし、アルファはそんな周りの視線など一切気にすることなく滅多に食べない豪華な料理に舌鼓していた。機械化が進んでいる王国内では手作りの料理を食べる機会というのはほとんど無い。

 人間が一から作った料理を食べるには、そこそこ値段のするお店の料理人か料理を趣味にしてる人間に作ってもらうくらいしかない。


 リトとユーファニムが酒を楽しみ、アルファが料理を美味しそうに食べていると、ふと彼らのテーブルの前で給仕のロボットがホイール、もとい足を止めた。


「お待たせしました。天然肉のサーロインステーキです」

「私です」


 Sanが手を上げると、給仕のロボットは彼の前に料理を置いて、すぐに去っていった。


「なんでお前が頼んでんだよ!」

「私も食べたいです」

「食えねぇだろうが」

「でも食べたいです」

「その辺のコンセントから電気でも食ってろ」

「……ていうか、それってある種の“欲”なんじゃ?」


 リトはSanの目の前に置かれたステーキの皿を取り上げた。

 機械システムが“欲”を持ってることに、アルファは「相変わらず、どんなプログラムを組んでいるのやら」と料理を口に運びながら二人のやり取りを不思議そうに眺めた。

 他のロボットと比べて、Sanはとにかく人間臭いのだ。今も、リトが取り上げたステーキを自分含め三人に分けている様子を、どことなく羨ましそうに見ている。


「食べられないなら、なぜ連れてきた?」

「一人で部屋に残したら可哀想だろ」

「食べられないのに連れてくる方が、ある意味ひどいのではないか?」

「食べなくても雰囲気は味わえるだろ」

「むしろ疎外感の方が強まると思うが……」


 その後、どちらにも一理ある言い分なだけに、リトとユーファニムの話に結論はでなかった。



 やがてメインの料理も食べ終わり、三人は給仕に食器類を片すように頼み、追加の酒とジュースを注文した。


「レトロなデザインだったから少し心配したけど、良い感じだったね」


 アルファがメロンソーダを飲みながら、改めて店の中を眺める。

 その感想にはユーファニムも同感だった。このレストランには、街中と違って機械的なものが少ない。一般的なLED光とは違う温かみのある電球色の灯り、椅子や机は木製で、給仕こそロボットだがメニュー表は紙製だ。


「見掛けだけだけどな」

「えっ、どゆこと?」


 首を傾げたアルファを一瞥して、リトは自分達の座っているテーブル端を指で押し込んだ。すると、カチッと作動音がして、テーブルの表面が浮かび上がりモニターが出現した。7インチほどの大きさのあるそのモニターは、立ち上がると同時に電源が入り、テレビの映像が映し出した。


「おぉ!」

「目立たないだけで、このレストランの中にもいくつも機械が仕込まれてる。今の王国で機械を見ない方が難しいさ」

「ふーん」


 アルファは興味深そうにモニターを見る。よく観察すると、モニターはタッチパネルにもなっているようで必要とあればメニューを表示してセルフオーダーもできるようだ。一通り分析したアルファは、モニターをテレビを映したままテーブルに置く。


 音は出ていないが、テレビでは今、夜のニュース番組をやっていた。アイドルの結婚や民間人の暴行事件、神の試練への評論家のコメントなど、最近、王国で話題のニュースに関する映像もテロップがアナウンサーの字幕と共に流れていく。


 ふと、モニターに一人の男の映像が流れた。身なりを正して真摯な顔で話をしている、その男の映像から王国内の特別な人間なのだろうとユーファニムは直感的に推測した。


「この人間は誰だ?」

「ん? あぁ、最近新しく“王立研究機関”の局長に就任した人だよ」

「研究機関?」


 リトが返したワードに、ユーファニムは首を傾げる。


「物理学や工学、数学、“医学”、薬学、人類学、神学、考古学……この世のことわりに関するあらゆることを研究する組織のことだ」

「機関の中で全部の学問について一定の学位を修めた人を“賢者”って言うよね」

「まぁ、官僚や大臣の雑用係だって揶揄する奴等もいるけどな」

「そうか……ん、医学?」


 リトとアルファの話を聞いて、グラスを傾けるユーファニムの手が止まった。


「つまり、その賢者なら、人間の医療技術を熟知して、長を救えるかもしれないのか!」

「あ、あぁ、まぁ多分な」


 ユーファニムに、リトは少し気圧される。


「その賢者はどこにいる?」

「分かったから、とりあえず落ち着け」


 リトに言われ、ユーファニムはひとまず前のめりになっていた姿勢を元に戻して椅子に深く座った。


「研究所なら、あそこだよ」


 アルファの指差した方へユーファニムは顔を向ける。そこにはレストランの窓があり王国の夜景が広がっていたが、アルファが示したのは、さらにその先だった。


「向こうの少し高台になってる方に、周りよりライトが光ってて目立ってる建物があるでしょ? あそこが研究所だよ」


 アルファの説明通り、その先にはやけにライトアップして目立つ建物があった。

 その建物は頑丈そうな灰色の城壁に囲まれ、中心に樹々が密集して生えたような白い塔のようなものがある。高台にあることもあるが、中心の塔は天まで伸びているのではないかと思わせるほどの高さがある。まるで王国中を見下ろしているかのようだ。おまけに、外壁には生き物の血管のように全体にパイプが伝っているのが見えた。


 遠くに見えた建物に、ユーファニムはどこか不気味な雰囲気を感じたが、今は些細なことだ。


「じゃあ、あそこに、その賢者がいるのか?」

「そうだな」

「なら行こう!」

「無理だ、よせ」

「やめた方が良いよ」

「命は大切にした方が賢明ですよ」

「な、何故だ?」


 三人に揃ってやめるように言われたことに、今度はユーファニムが気圧された。


「研究所は王国のテクノロジーに関する文献や機材がすべて詰まった場所だ。それに皇帝がいる王宮の一部でもある。警備は厳重。一般人は許可なく入ることは許されないし、無理に入れば極刑、最悪の場合、その場で射殺される。エルフのお前が、もし中に入ろうなんてすれば、間違いなく命は無いぞ」

「そんな……!」


 ユーファニムは愕然としたように。せっかく掴んだ解決への糸口に手が届かず、やがて顔を俯かせて手のひらを強く握りしめた。


「ま、諦めろ」


 リトは内にある同情心を隠しつつグラスに残ってた葡萄酒を飲んだ。アルファとSanも決して表には出さず、お互いに空気を読んでしばらく何もしゃべらなかった。

 しかしふとここで、アルファがあることを思い出す。


「……そういえば、この局長も賢者じゃなかったっけ?」

「そういえばそうだったな」

「師匠、この人に会ったことある? もしくは研究所の誰かでも良いけど」

「研究所の奴等は秘密主義者が多くてな。まともな連絡手段なんて持ち合わせちゃいねぇーよ」

「じゃあ、知り合いを辿ったら会えたりしない? 師匠、無駄に顔広いでしょ」

「無駄には余計だっつーの」


 リトとアルファがそんな会話をしている横で、ユーファニムはずっと一人思いつめた顔をしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る